ダーリンはヴァンパイア

ヴァンパイア
それは闇の世界の生き物
夜な夜な美女の生き血を求めてさまよい、人間の血を啜る恐るべき悪鬼

な〜んちゃって。
まあ、中世の時代頃までは、本当にそんな恐ろしい生き物だったのかもしれないけど、
今じゃ見る影もない。
ヴァンパイアのどこか恐ろしい闇の生き物だって?
絶対、信じないね。
俺の育ての親はヴァンパイアである。
産みの親は俺をヴァンパイアの館の前に捨てていったらしい。
でも、別に恨んじゃいない。
想像するしかないが、何かよっぽどの事情があったんだろう。
生まれてこの方一度も会っていない親なんだから、恨みも沸きようがないのだ。同じよう
に愛情も沸かないが。
しかし、そんな風に思えるのは、俺が愛情いっぱいで育てられたからかもしれない。
サムという名のヴァンパイアに。
「ガイル、サムは?」
「まだ寝ていると思うぞ」
学校から帰った俺は、この家をとりしきっているガイルに尋ねた。
俺は世間的にはこのガイルの孫という事になっている。幼い頃、事故で両親を失い、祖父
の元に引き取られたというお涙頂戴の設定だ。
「日が沈んで大分経つっていうのに、まだ寝てるのかよ。相変わらず寝汚い奴だな」
「まあまあ、最近は日が沈むのが早いから」
キッチンに立つガイルがオーブンから焼けた鶏肉を取り出す。
おいしそうな香りに、俺はお腹の虫が鳴るのを感じた。冷蔵庫からミルクを取り出し、鶏
が盛り付けられるのを待つ事にした。
映画の中に出てくるヴァンパイアには、大抵人間の召使が仕えている。
せむし男だったり、フランケンシュタインみたいな怖い顔をした人造人間だったり。
それらの男と同じような役割を担うガイルはせむし男どころか、背筋がスラッとのびた老
紳士である。趣味が社交ダンスなので、姿勢がすこぶるよろしいのだ。
ガイルもサムに拾われて育てられたのだ。戦時中で食料も物資も極端に不足している時代、
サムはかなり苦労して育ててくれたらしい。
俺と同じように愛情いっぱいに。
食料も物もなかったが、心が飢える事はなかった、とガイルはよく語る。
戦争が終わり、ガイルがたくましい青年に成長すると、
「人間の世界に行き、自分の幸せを掴みなさい」
といって屋敷の外に行くよう薦めたのである。自分の元に置いて奴隷にしようなんて露ほど
も思ってなかったのだ。
ガイルは残していくサムが心配だったが、若さゆえ、外の世界への好奇心に抗えず、一度、
この屋敷を出て行った。
そして、一人の女性と出会い、愛し合い結婚し、子供も生まれ孫も生まれ、まさに幸せな人
生を送った。
長年連れ添った最愛の妻を亡くした時、ガイルはこの屋敷に戻ってきたのである。
サムは変わらない笑顔で出迎えてくれた。
時折、手紙を出していたとはいえ、40年以上も放っておいた自分を責める事無く。
ガイルは残りの人生をこの人の為に捧げよう、とその時、決めたそうである。
それからある朝、門の側に置かれた籠に入った赤ん坊の俺を見つけた。
俺はその日から十六年間、この屋敷でガイルとサムに育てられたのだ。
「おはよう〜今、何時だい?」
サムがやっと地下室のベッドから抜け出て、このキッチンに現れた。
ヴァンパイアは棺で寝る、なんてほとんど人が思っているようだがサムはベッドで寝る。
一度、どうして棺で寝ないのか聞いた事があるが、答えは
「狭いし息苦しいから嫌」
だった。
「午後六時過ぎだ」
俺がミルクを飲みながら教えてやった。
「おかえりクリス。帰ってたのか?」
「おう、ただいま」
「外はすっかり日が落ちて暗くなっている。夜が大分長くなってきたみたいだな。学校から
の帰り道は気をつけるんだぞ」
「大丈夫だ」
「自転車でスピード出しすぎちゃ駄目だぞ。こけると大怪我するからな」
「…………」
サムは心配症である。
「サム、朝ごはんは?」
「あ、食べるよv今朝は何?」
ガイルの言葉に嬉しそうに声を弾ませる。
「トマトとオリーブのミックスジュース」
オリーブとは家で飼っている白蛇の名で、トマトと彼女の生き血をミックスしたジュースと
いう意味である。もちろん、オリーブは殺しちゃいない。頼んで少しだけ血を分けてもらう
のだ。
「それは美味しそうだね。後でオリーブに礼を言っておかなきゃ。ん?ガイルとクリスもも
うすぐ食事かい?」
「鶏を盛り付けたら」
「じゃあ、それまで待ってるからいっしょに食べようよ。皆で食べた方が美味しいからね」
ルンルンした様子でサムは食卓の席について、ガイルの盛り付けを見守った。
俺達は大抵、台所にある小さなテーブルでみんなで食事をする。大きな長いテーブルのある
大広間があるにはあるのだが、そんな無駄に広いところで食べる必要はない。
相手の表情がはっきり見えて、体温が感じられて、声が聞こえるこの場所で食べるのがいい。
「さ、出来たよ」
ガイルがテーブルの真ん中に美味しそうに盛り付けた鶏料理を置く。
「わ〜お。うまそう〜」
俺は思わずつばを飲み込んだ。
「こら、クリス、食器ぐらいださないか」
「おっと」
あまりに美味しそうなんで忘れてた。急いで席を立って、取り皿とナイフ、フォークを用意
する。その間にガイルがサラダを冷蔵庫から出してくる。
「サム、どうぞ」
「ありがとう」
赤いミックスジュースの入ったグラスをサムの目の前におく。ストロー付で。
いただきま〜す、と皆で声をかけて食事が始まった。
「あれ?このストロー曲がらないの?」
「あ、きらしてて。今度、街に買出しに行った時買ってくるよ」
「そっか〜残念…あのストロー可愛いんだよね」
サムはストローで赤いジュースをチューと吸いこんだ。
俺はサムが血だけ飲んでいるのを見たことがない。いつも、トマトやオレンジなどと混ぜて
飲んでいる。ましてや、人の首筋に牙をたてるところなんて。
ガイルもそうだと言っていた。
小さい頃、まだサムがヴァンパイアだと知らなかった時、俺は初めてテレビで吸血鬼の存在
を知った。
それは、よくあるホラー映画だった。
あまりの怖さに震えあがり、その夜はサムのベッドにもぐりこんで眠ったのを覚えている。
ヴァンパイアが怖くてヴァンパイアの腕の中で寝るなんて、今思うと笑い話である。
でも、映画や小説の中で描かれるヴァンパイアの姿はひどい。怖すぎだ。あまりにも現実と
かけ離れている。
「クリス、好き嫌いは駄目だぞ」
パセリを避ける俺にサムが優しく声をかける。
ヴァンパイアのどこが闇の生き物だって?恐るべき悪鬼?
こんなに暖かい笑みを浮かべるのに…



H21.3.22

別の茶屋でヴァンパイアの話書いているので、そこから思いついちゃいました;そっちが暗い話なので、反動でコメディになりました;
続きは思いついたら、その時書こうと思ってます;ははは…;