ボディガード2

翌朝、岩城は旅立つ前に、香藤の家に挨拶に来てくれたが、香藤は会わな
かった。
会えば何をするか分からなかったから。
また傷つけるような事をしてしまいそうで、自信がなかったのである。
家族の者は香藤は駄々をこねているのだと思って、何度も怒って挨拶しろと
言ってきたが………

そして、岩城は行ってしまった。ハガキが何度か送られてきたものの、それ から一度も会っていない……… なのに、こんなところで再会するなんて、まるで予想していなかった。 胸を高鳴らせながら、香藤はホテルに着いた。 セキュリティカードを見せ、中に入ると、パーティ会場はもうお開きの雰囲 気が漂っており、人も少なくなっていた。残っている人々も別れの挨拶を述 べている。 香藤の心は不安と期待がごちゃまぜになったような、複雑な心境であった。 もし、会えたらなんて言おう……… チェリストになった事へのお祝の言葉を述べて、結婚した事へも……… 香藤は痛くなった胸を押さえた。 あれから、岩城が行ってしまってから、忘れようと女の子と何回かつき合っ てみた。 しかし、彼以上に好きになれる人は現れなかったのだ。 どうしても、彼を忘れられなかった。8年たった今でも……… パーティ会場をくまなく探してみたが、岩城は見あたらない。 残念なような、ほっとしたような……… 少し気分を落ち着かせようと奥のバーに入ると、カウンターに岩城がいた。 いきなりの事で香藤は一瞬夢を見ているのかと思った。自分の願望が現れた のかと……… そのうち、視線を感じた岩城が香藤に気付いた。 彼も驚きの表情を浮かべたが、すぐに優しい微笑みを香藤に向ける。 隣の椅子を引いて、香藤を呼んだ。 我にかえった香藤は岩城の隣に座った。まだ、信じられなかった。隣に岩城 がいる事が……… 「何か飲むか?」 「……そうだね…じゃスコッチ」 バーテンがグラスを前に置く。 「どうした?帰ったかと思ったよ」 「うん、一度ね。でも引き返してきたんだ」 「忘れ物でもしたのか?」 「………いや、岩城さんに会えないかと思って………」 「…………何年振りかな……」 「8年だよ………」 「………そうか……元気だったか?」 「うん、岩城さんも?そういえばチェリストになったんだね。おめでとう」 「ありがとう。お前はモデルやってるんだって?」 「………うん………」 嘘をつくのは気がひけたが、橋本との契約がまだ続行中の為、正体をばらす 訳にはいかなかった。 「香藤はいい男だからな。さっきのパーティでも女性に声かけられてたな」 「そんなにもててる訳じゃないよ。そうそう結婚したんだってね。おめでと う」 心の痛みに気付かない振りをしながら香藤は言葉をつなぐ。 「………してた、んだ」 「え………」 「離婚したんだ」 「えっ、なんで!ってごめん………」 「………いや………お前こそどうなんだ?」 「………してないよ…………」 「………じゃ恋人がいるのか?」 「いないよ……いろんな女性とつき合ったけど……8年前に振られた人が忘 れられなくて………」 「………………」 我ながら未練たらしいな〜と、思ったが、言わずにはおられなかった。 岩城は呆れてしまったのだろうか、何も言わない。 「………岩城さん………」 「………………」 「あのさ…………」 その時、岩城が香藤の肩に頭を乗せた。 『えっ!』 驚いた香藤が見ると、岩城は眠っていた。 緊張感が一気に抜ける。 「………岩城さん、こんなとこで眠っちゃだめだよ………」 「………ん………」 「岩城さんってば」 肩を軽く揺さぶるが起きそうにない。酔っているらしい。 「ちょっと〜岩城さん起きてよ」 と、岩城がゆっくりポケットからキーを取出す。このホテルの部屋のキーで ある。 おそらく岩城の部屋だろう。連れて行け、と言ってるらしい。 「しょうがない………」 岩城を抱えて、香藤はバーを出た。エレベーターに乗り、階まで上がる。部 屋番号は4612。 部屋に入り、ベッドに岩城を横たえると、側に腰掛け、その横顔を見つめ る。 やはり、8年前と変わらない美しさだった。酒のせいか頬が朱色に染まり、 余計に彼の色香をきわだたせている。 今でも彼が目の前にいるのが信じられなくて、その頬に触れてみる。 そして、やはり自分は岩城が好きなのだとはっきりと自覚する。 これから先も彼以上に愛せる人なんて出てくるのだろうか……… 「岩城さん………」 「………ん………」 起きているのか、いないのか分からなかったが、香藤は話し始めた。 「……あの時はごめん………俺、ガキで、結構いっぱい、いっぱいでさ…… 気持ち押し付けちゃって………」 「………………」 「でも………本当に好きだったんだ………」 「………………」 「今も……だけど…………」 「………………」 「今日は会えて良かった…………じゃあ……元気で……」 立ち去ろうとした香藤の腕を岩城が掴んだので、香藤は少し驚いて振り向い た。 「岩城さん…………」 「香藤……俺がなんで離婚したと思う?………」 岩城は目を瞑ったままであった。 「え?…………」 「………お前が好きだって…気付いたからだ…………」 「………岩城…さ…ん………」 今の言葉が信じられなくて、香藤は呆然と岩城の顔を見つめていた。やがて 瞑っていた瞳が開き、真直ぐに香藤を見つめる。濡れた美しい黒い瞳が…… 香藤の胸は早鐘を打っていた。 これは夢なのだろうか………でも手をのばせば届くところに岩城はいる…… 触れてもいいのだろうか…… 岩城の手がゆっくり香藤の頬を包み、自分の顔を近付けると、香藤の唇に口 付けた。 触れるだけの優しい口付け……… 「岩城さん」 香藤は岩城の背中に手を回し、強く抱き締めた。ベッドに押し倒し激しく口 付ける。 もう夢でもいい。目の前にあれ程焦がれた人がいるのだ。我慢など出来る筈 がない。 舌をからませ、息さえも奪う口付けをすると、香藤はそのまま首筋に唇を落 とす。 手を上着の襟元から差し入れ服を脱がせ始めた。 「……ん…うん………」 岩城も香藤を強く抱き締め、ジャケットを脱がせる。 お互い確かめ合うように、服を脱がせていく。 「………あ…明かりが………」 香藤がズボンに手をかけた時、恥ずかしくなったのか、岩城がサイドテーブ ルにあるスタンドの明かりを消そうとした。 「駄目だよ」 延ばした手を香藤が止める。 「岩城さんの顔……ずっと見ていたい…………」 その言葉に、岩城は頬を更に赤く染めた。 生まれたままの姿になった二人は、絡み合う身体をシーツの上に投げ出し た。 あの日、香藤に初めて好きだと言われた日、抱き締められた岩城はいつの間 にか自分と同じくらいの体格になった香藤に初めて気が付いた。 小さな頃から素直で、まっすぐで、自分を慕ってくれる隣の男の子。 それがいつの間にこんなに大人になったのだろうか、と……… 「…あ……香藤………」 香藤の手が、唇が自分の肌に触れる度、電流のような快感がはしる。 もっと感じたくて、岩城は香藤に手をのばす。 あの頃、香藤の素直な優しい心に、どれだけ救われた分からない。 ずっと、大切な弟のような存在だと思っていたのに。 初めて口付けされた時も、嫌ではなかった。むしろ、喜びを感じている自分 がいた。それが怖かった。 そして逃げた。自分の中にあった気持ちに気付くまいと目を反らしていた。 結婚した時、そんな自分を彼女に見すかされてしまった。自分から逃げては 駄目だと言われた。 今日、ここで香藤に再会した時、本当に夢かと思った。逃げては駄目だと分 かっていたのに、信じられなくて遠ざけてしまった。そんな自分が嫌になっ た。 けれど、香藤は再び自分の前に現れてくれた。そして、自分を好きだと、 言ってくれた。 これ以上望む事があるだろうか……… 「か、香藤………い、いや………」 自分の格好がはずかしくて、岩城は思わず声をあげた。 「……岩城さん…綺麗だ………」 「……う……あ…ああ!」 快感に流されて、岩城は何度もシーツを蹴った。その度に乱れたシーツが濡 れた身体にまとわりついてくる。 「……岩城さん…いい………?」 「……ああ………」 腰を掴まれると、香藤が内に入ってきた。声をあげ無意識に逃げようとする 岩城の身体を押さえて、香藤は深く自分を沈める。 「……岩城さん…分かる……全部はいったよ………」 岩城は激しく息をつき、涙で頬を濡らしていた。 「動くよ……大丈夫?………」 頷くかわりに香藤の首にしがみつく。 「……は…はやく…………」 もっと香藤を感じたかった。激しく揺さぶられて、岩城は彼の背中に爪をた ててしまう。 快感にさらわれる瞬間、岩城は自分の内が濡れるのを感じた。
香藤と再会したのは運命だったのだ。もう逃げない。何があっても………… 岩城は心を決めた。