ボディガード3

眩しい朝日に香藤が目を覚ますと、隣に岩城はいなかった。
一瞬、昨日の事を夢だったのかと考えてしまった。
そんな筈がない。
まだ、身体に岩城の感触が残っている。その香りも………
『岩城さん………』
絶対に探し出す、そしてもう一度会うのだ。
なに、すぐ見つかるだろう。岩城の所属するオーケストラも分かっている
し、あの有名な楽団に入れる程の腕前のチェリストなら、所在はすぐ分か
る筈である。なんと言っても今の香藤はその道のプロなのだから。
なにより、想いが通じえたのだ。一番大切なものが………
幸せな気持ちに浸りながら、香藤はホテルを後にした。


*******************
一ヶ月後、香藤は日本に帰国した。 すぐに休みをとって、オーストリアに旅立とおと、思っていたのだが、社 長の下条に呼び出されてしまう。 「え〜俺、昨日NYから帰ったばかりなんですよ」 「そう言わずに付き合ってくれ。すぐ済むから」 すぐ済むと言われて済んだ事がかつてあっただろうか。いや、ない……… しょうがないので、ぶつぶつ思いつつ、香藤は車の後部座席に乗り込ん だ。 隣に座っていた下条が運転席とのシードを閉める。誰にも聞かれたくない 話しらしい。 「これから会う奴は、俺の親友とある重要人物だ」 「はい。警護の依頼ですか?」 「ああ、その重要人物のボディガードなんだが、いわくありなんだ」 「と、いいますと?」 「実は俺の親友の中田がこの企業で重役になっているんだが、そいつに頼 まれたんだ。信頼できる奴にしか頼めないって言ってな」 「この企業、仮にK社としよう。K社は先代が一代で築きあげた大企業だ が、その力は世界をまたにかける程の規模だ。世界中のありとあらゆると ころにこの会社が入り込んでいる。世界を動かせる、と言っても過言では ない」 「へ〜」 「ところが、先日、このK社の社長が亡くなってね。跡継ぎ問題でもめてる んだ」 「その、跡継ぎを守れと?」 「まあ、そういうところだが、ちょっとややこしいんだ」 「何がです?」 「社長には三人子供がいるんだが、全員母親が違うんだ」 「ありゃま」 「社長の遺言で一番末っ子の17才の少女が後を継ぐ事になってるんだが、 彼女はまだ成人していない為、代理人が必要となったんだ。が、誰を代理 人にするかって事が問題なのさ」 「副社長とかではないのですか?」 「副社長は先代の弟でな。かなり腹黒い人物らしく、こいつを代理人にし ようものならすぐに乗っ取られて、次期社長は叩き出される危険性がある らしい」 「身内企業にありがちなトラブルですね」 「長男もすごい素行が悪く、先代から勘当されていたんだが、亡くなった と聞いた途端姿を現わしたんだ。おこぼれでも請求しにきたようだ。こい つも駄目だ」 「じゃあ、信頼できる重役の誰かがなったらいいのでは?」 「それも考えてみたらしいが、先代はすごいカリスマ性のあった人物らし く、ちょっとやそっとでは、選ばれなかった重役達も納得しない。おまけ に誰が副社長の息がかかっているか分からないし。代理とはいえ世界を牛 耳れる程の企業の社長になるんだ。妙な野心が芽生える可能性もある」 「う〜ん。難しいですね。で、もう一人の子供は?」 「そう、結局その次男が社長代理に就任する事になったんだ。俺達の役目 はその人のボディガードさ」 「その次男は大丈夫なんですか?野心が芽生えて会社のっとりなんて事は ………」 「俺の親友が言うには大丈夫だそうだ。実際、彼に会って話をしたらしい が、会社なんてものにおさまる人じゃないとさ」 「ん?」 「まあ、今から会えば分かるさ」 「え!今から会うのですか?」 「そうだ。今から会ってお前が気に入ってもらえれば、その社長付きのボ ディガードになってもらう」 「冗談じゃないですよ!俺、これから大切な用でオーストリアに行きたい んですから!」 「まあまあ、落ち着け。今日は顔会わすだけだ。それに向こうが気に入ら なかったら即刻お役御免だ」 「気に入ったら?」 「三年間守りっぱなし」 「社長〜!困りますよ〜相原とか清水にして下さい!」 「気に入らないかもしれないって言ったろ?それに、俺が思うにお前がベ ストだ」 「………………」 誉められるのは嬉しいがタイミングが悪すぎる。 もし、ボディガードとなっても、絶対最低一週間は休みをもらうぞ〜!と 香藤は思った。 やがて、帝国ホテルに到着して二人は降りた。 VIP専用のエレベーターを使って最上階に上がるが、それまでに2度もボ ディ検査と金属探知機で検査された。ドアの前には黒服のボディガードが 三人立っている。 下条がカードを見せて、やっと中に入れた。大きな会議室に、ボディガー ドが二人と、男が二人。そのうちの一人は椅子に座り電話をしている。 「下条、来てくれたか!」 50才前後のがっしりした、いかつい顔もての男が走り寄って下城の手を握 る。この人が親友の中田らしい。 「君が香藤君かい?」 「はい、はじめまして。香藤洋二です」 「君の資料は読ませてもらったよ。この下条が太鼓判押してるんだ。期待 してるよ」 『おいおい、まだ決まってないんだろ〜』 「社長代理も君を気に入ったようで、ぜひ君に頼みたい、とおっしゃてお られるんだ。明日からでもこちらに来てくれないか?」 『はあ〜!冗談じゃ無いぞ!』 「あの、せっかくですが、私用がありまして。できれば他の者にお願いし たいのですが………」 「香藤!何言ってる!失礼だぞ!」 「申し訳ありませんが、明日からと言うのは無理でして」 「では、いつからならいいんだい?」 『え………』 椅子に腰掛け、後ろ向きに電話をしていた男が尋ねてくる。 その聞き覚えのある声に香藤は息をのんだ。 「社長………」 「社長はよして下さい。私は単なる代理人です」 男は立ち上がり、振り向いた。 「!」 香藤は目を見張った。 「香藤君、紹介しよう。社長代理人となった岩城京介様です」 嘘だろ〜! 香藤は驚きのあまり放心状態となってしまった。 「香藤?どうした?」 下城の声も耳に入らない。 「な、な、な、………」 言葉がでない。 「香藤?」 「実は香藤とは顔なじみなんです」 岩城が下条に説明した。 「そうなんですか?」 「ええ、一ヶ月程前にも会いました。NYで開かれたパーティで」 「あ!橋本氏に付き添っていた時の、ですか?」 「ええ。もっともそこでは彼はボディガードとは名乗らなかったですが」 「ああ、任務でしたので………」 「分かります。申し訳ありませんが、彼と二人で話してもよろしいですか?」 「え?ええ、どうぞ」 「では、香藤。バルコニーに行こうか」 「は、はい………」 香藤はふらふらと岩城に言われるまま、バルコニーに出た。そんな後ろ姿 を見て、下条は心配だった。 「どうしたんだ、あいつ?悪いもんでも食ったか〜?」 バルコニーでは少しきつめの風が吹いていた。風にふかれて香藤の心も落 ち着いてきた。 「………岩城さんのお父さんって、ここの亡くなった社長だったの……」 「ああ、母は正式な妻じゃなかったけどな………父とは何回か会ってた」 「………………」 「………母が亡くなって、もう父と会う理由がなかったので、それから ずっと会ってなかったんだが、亡くなる前、病院に来て欲しいと呼ばれて 会ったんだ」 「………それで、頼まれた、とか?」 「………ああ………」 「でも、そんな、都合良すぎるんじゃないの?代理人だろ?自分の継がせ たい子供に継がせる為に利用するみたいじゃないか!」 「ああ。俺もそう思ってた」 「じゃあ、なんで………」 「父や、あの中田さんと話をしてみて、彼は親としては好きになれない人 だったが、社長としては尊敬できる人だってわかったんだ」 「………岩城さん………」 「自分の妹にも会ったけど、本当にいい子なんだ。俺の事、愛人の子だっ て知ってても、まるで差別しなかった。父がこの子に継がせたいっていう 気持ちは分かったよ」 「………でも…危険なんだろ…………」 「それに、もう命は狙われたんだ」 「!」 「お前に再会する前。オーストリアのアパートに爆弾らしきものが仕掛け られてたんだ。奇遇な事にその日たまたま入った空き巣がそれに引っ掛 かって重傷を負った」 「………そんな………それじゃ、危険だって分かってて代理人を引き受け たの?!」 「………引き受けても受けなくても、狙われるのなら、正々堂々と勝負し ようと思ったんだ」 「な………」 「………俺は、もう逃げたく無い………逃げちゃダメなんだ………」 「………岩城さん………」 「NYでお前に会って決心が付いたよ。弁護士に会っていたんだが……。で も、まさかお前がボディガードとして、ここに来るなんてな。資料を見る 数時間前まで思いもしなかったよ」 「俺も、心臓が口から飛び出すかと思ったよ」 二人は見つめ合いながら微笑んだ。 「香藤………俺を助けてくれないか………いっしょに戦ってくれないか?」 「……もちろんだよ。俺の命にかえて、岩城さんを守ってみせる」 「香藤………ありがとう………」 香藤は我慢出来ず、岩城を抱き締めた。 「お、おい香藤……見られる…………」 「大丈夫。今はカーテンの影になってるから。それに、見られても昔なじ みの感動的な再会って包容シーンだから」 「………バカ………」 初めて岩城を抱き締めた時。あの母親の亡くなったあの夜から、ずっと彼 を守りたいと思っていた。 自分はきっと彼を守ってみせる。 香藤はそう決意した。 二人の頭上に太陽が眩しく輝いていいた。