キャット・ピープル3


「黒豹だって?」
次の日、職場に入った香藤が聞かされた話は突拍子もないものであった。
なんと、モーテルの部屋に黒豹が突然現れたので、なんとかしてほしいというのである。
モーテルに向かう道すがら、車の中で詳しい事情を仲間のマイクから聞いた。
「ああ、今朝モーテルのオーナーから通報があった。どうも売春婦らしい女が、客と泊
まったみたいなんだが、明け方悲鳴をあげて逃げて行くのを見たそうだ。で、オーナーが
部屋に入ると黒豹がいたんだと。男も逃げたらしく誰もいないみたいだ」
「で、黒豹はまだその部屋に?」
「ああ、で、俺達になんとかして欲しいとさ」
半信半疑でモーテルに着いた香藤とマイクだったが、オーナー室にあるモニターで確認す
ると、そこにはまぎれもなく黒豹が映っていた。
大暴れしたらしく、部屋の中はめちゃくちゃだった。
「……信じられん…………」
「でかいな……一体どこから現れたんだか」
「それは後で議論する事にして……香藤、どうする?麻酔銃を使うか?」
「それしかないな……問題はどこから撃つか、だな」
出入り口であるドアは、オーナーが大慌てで築いたタンスや椅子のバリケードがあって、
取り除くのは危険である。窓はないし、他に外に通じるドアもない。
結局、バスルームに通じる通風向から入り、そこから部屋へのドアを開けて撃つ事にし
た。
「トランシーバーで指示するから、気をつけてドアを開けろよ」
「ああ、大丈夫」
狭い通風向をなんとか通った香藤は、バスルームに降り立った。
銃の最終チェックを済ませ、安全装置をはずす。
「今、バスルームと部屋とのドアの前だ。中の様子を見たいんだが、黒豹の様子はどう
だ?」
ヘッドホンでマイクに尋ねる。
「相変わらず部屋の周りを歩き回ってる。ちょっと待ってくれ。バスルームとの位置が反
対になった時知らせる。お、今だ!」
香藤は慎重に音がしないようにドアを少し開けた。黒豹の後ろ姿がちらっと見える。ここ
から撃つには、ひっくりかえったテーブルが少し邪魔だった。
『少し前に出ないとな』
一度ドアを閉めて、もう一度頭の中でシュミレーションしてみる。
「マイク、次、撃つよ。今と同じ位置に来た時、教えてくれ」
「分かった。もう少しだ……よし、今だ」
香藤は銃を構え、先程と同じようにドアを開けた。少し身体を部屋に入れて、麻酔銃を撃
つ。
麻酔針は黒豹の腰の辺りに見事に命中したが、黒豹は当たった瞬間、香藤に気付いた。
黒豹の緑の目に憎悪の色が激しく燃える。
『え?』
すごい吠声をあげながら、香藤に向かってくる。香藤は急いでドアを閉めるが、黒豹の腕
がドアの薄い木を突き破って出てくる。
「げ!」
黒豹は激しくドアに体当たりして破ろうとした。明らかに香藤に襲い掛かろうとしている
のだ。
「やば〜」
ドアノブを押さえながら、香藤は何かバリケードになるようなものはないかと探したが、
何もない。
ドアの半分が壊され本格的にヤバいと思った時、黒豹のいきおいがなくなりだした。
麻酔が効いてきたらしい。やがて沈黙して、香藤は大きく息を吐いた。
『香藤、大丈夫か?』
「ああ、なんとかね。ちょっとやばかったな」
しかし、先程見せた黒豹の怒りが香藤は気になっていた。まるで、自分個人に対する怒り
を向けられたように感じたからである。
「そんな訳ないだろ。考えすぎ……」
自分に言い聞かせるように呟く。

とりあえず黒豹は保護センターで、預かる事になった。檻はどこもいっぱいである為、治 療室の檻に入れなければならなかった。 密輸業者が輸送途中で過って逃がしてしまった可能性もある為、警察が事情調書に来た。 保護センターの責任者であるジムが対応の為、事務所に連れて行った。 しばらくすると黒豹が麻酔から醒め、檻の中で暴れだした。治療室で様子を見ていた香藤 とマイクがその暴れように驚く。 「すごい暴れ方だな………」 黒豹は吠声を上げ、檻の中を動き回った。こちらを威嚇するかのような目を向けられて、 香藤はまた妙な感覚を覚えた。他の豹とは違う何かを感じるのだ。こちらの様子を観察し ているような目をしているし、何より黒豹は自分を見ている。 自意識過剰かとも思ったが、明らかにこのたくさんいる人間の中で、自分を選んで見てい る。 もしかして、麻酔銃を撃った本人だからそれを覚えているのかもしれないのだが…… 「香藤、お客さんよ」 「え………」 獣医のケリ−に連れられて岩城が入ってきた。 「…岩城さん………」 「……別にいいって言ったんだが、ちょうど休憩中だって言われて……仕事中すまななっ た、すぐ帰るから」 「い、いや、いいんだよ。何?」 香藤は嬉しくて胸をどきどきさせながら話をしていた。なんだか、昨日より岩城が眩しく 見える。 「岩城さんじゃないか、こっちにどうぞ」 マイクが声をかけてくる。彼とも香藤を交えて何度かいっしょに食事をした仲で顔なじみ である。 「コーヒーでもどうぞ」 「あ、ありがとうマイク」 差出されたコーヒーを岩城が受け取っている時、あれほど暴れていた黒豹がおとなしく なっている事に香藤は気付いた。 「?」 そして視線は香藤から岩城に移っていた。じっと、なめるように彼を見ている。 岩城もそれに気付き、黒豹を見つめた。 「……どうかしたのかい、この黒豹?病気かい?」 「いや、今朝、ホテルの部屋で保護されたんだ。密猟された疑いがあるんだ」 「……そうか……」 「どうかした?岩城さん?」 「……いや、なんでもない………」 黒豹と目が合い、岩城はなぜか動揺してしまった。 何か見つめられている、という気がして妙に恥ずかしくなってしまったのである。 『変なの………』 自分がおかしかった。香藤といっしょにいるせいだろうか?気持が浮き立っているのは… 「あ、香藤これ、昨日の本。あれからすぐ見つかったんだ」 「あ…ありがとう………」 昨夜の事を思い出して、二人は照れてしまう。お互い目を合わせられない。 と、今までおとなしかった黒豹が檻に体当たりをした。 すごい音がして部屋にいたみんなは驚いて振り返える。 しかし、そのまま黒豹は角に座り、おとなしくなった。 「どうした。すごい音がしたけど」 清掃員のフレディが治療室にモップを持って入って来た。 「ああ、今朝保護した黒豹が暴れてね。気をつけて檻には近付かないようにな」 「へ〜でかいね〜」 高年齢のフレディは耳が遠い。 「フレディ、あんまり近付くなよ!そいつ、病気じゃないんだから!」 「ん〜、分かった分かった」 「じゃあ、俺はこれで。コーヒーありがとう」 「え、もう帰るの?ランチは食べた?」 マイクがさりげなく尋ねてくれたので、香藤は心の中で小躍りした。 「いや、まだだけど………」 「じゃあ、いっしょに行こうよ。ケリーが帰ってきたら、俺と香藤とは交代だから」 「そうだよ、そうしよう岩城さん」 香藤がルンルン気分で誘ったその時、後ろでモップを檻の方に倒してしまったフレディ が、取ろうと無意識に檻に近付いてしまった。一番端におとなしく座っていた黒豹がフレ ディ目掛けて突進した。 「うわ〜!!」 すごい悲鳴にみんなは檻の方に目を移す。フレディの右手が黒豹に噛み付かれ、檻の中に 引きずりこまれていた。 「!」 「フレディ!」 「バカ!近付いたのか!」 マイクと香藤は急いでフレディの身体にしがみつき、なんとか黒豹から離そうとした。が、 すごい力で引かれ、まるで離れない。 「ぎゃあ〜!!」 フレディの目が失神寸前で白くなる。 「くそ!マイク!スタンガン持ってこい!」 「分かった!」 マイクが急いでスタンガンを取りに行く。電気ショックを黒豹に与えようというのだ。 が、黒豹はすばやく位置を変え、手の届かない所に移動し始めた。 『なんだと!』 まるで、香藤の言葉を理解したかのような行動に目を見張った。 マイクがスタンガンを持って近付いてきた時、フレディの腕が肩からちぎれた。 彼は痙攣を起こしながら床に倒れた。丁度ケリーも入ってきたところで、彼女の悲鳴があ たりに響く。 大量の血が岩城の立っていたところまで流れてきて、白い靴を赤く染める。 岩城はまるでスローモーションになっているかのようなその光景を、じっと見ている事し か出来なかった。 黒豹の緑色の目が笑っていた。