キャット・ピープル4


フレディはその後、病院で出血多量によるショックで死んだ。
責任者のジムは銃を取り、黒豹を始末すると言って治療室に向かった。
香藤とケリーも後に続いた。ケリーの目は泣き晴らして真っ赤である。
治療室に入り、明かりをつけると三人は驚愕した。
いる筈の黒豹が檻にいなかったからである。


「ただいま、京介」 「兄さん!」 居間の窓辺に腰掛け、ぼんやりしていた岩城は兄が突然帰ってきたので驚いた。 「おかえり、随分長い間留守にしてたね」 「まあな、ところで、どうした京介?顔色が良くないようだが………」 「……ん……ちょっと今日、ショックな出来事があって………」 「ふーん…どんな?」 「……人が、目の前で死んだんだ…すごい血が出て………」 岩城はまた足元に流れてきた血を思い出して目を瞑った。 「そうか……ところで、夕食まだだろ?久しぶりだし、いっしょに食べよう」 「え……でも俺………」 今日はとても食欲などないのだが、オリバーとの久しぶりの食事だし、また今度いっしょ にできるか分からない。とりあえす食卓に座っていればいいか、と岩城は頷いた。 ほとんど料理は食べなかったのだが、オリバーが外国で買ってきた珍しいワインだ、と 言って赤ワインをだしてきた。 何もこんな日に……と、思った岩城だったが、 「せっかくお前の為に買ってきたんだ。一口だけでも飲んでくれ」と、言われたので、仕 方なく一口飲んだ。 懐かしい香りが口いっぱいに広がる。 不思議な感覚がして、もう一口、といって飲むうちにグラスをあけてしまった。我ながら 信じられない、思う岩城だった。 「京介は今年でいくつだ?」 「30だけど………」 「そうか。よくもったな………」 「え………」 ワインが回ってきたのか頭が少しボーッとする。 「俺達一族は大抵20才になるまでに血を飲み、覚醒しないと狂い死にするんだが。やはり ハーフだからかな」 「え………」 オリバーの言っている事がよく分からない。それに、本当に酔ってきたのか身体がだんだ ん熱くなってくる。 「そのワインは私の血で創ったものだ。同族の血が与えられる事によって完全に覚醒す る。覚醒できなければ死ぬしかない。お前の母が自殺したのは血を与えられなかった為 だ」 「ごめん兄さんよく聞こえな………」 岩城の体温が一気に上がる。あまりの衝撃に苦しくなった岩城は胸を押さえて椅子から床 に倒れた。 「な………」 身体が熱い。呼吸を荒くつき、岩城は必死に立ち上がろうとしたが、まるで力が入らな かった。意識も朦朧としてくる。 「京介」 オリバーの声が遠くで聞こえる。 「お前は今まで、二人の女と関係をもったな。一人はお前が成人前だから良かったもの の、もう一人は危なかったぞ。血が覚醒する前とはいえ普通の人間を我が一族に加えるか もしれなかったのだからな」 岩城の傍らに膝をつき、オリバーは岩城の上半身を抱え上げた。 「その女達は一族の血を受け継がなかったようだ。もし、持っていたとしたら殺さなけれ ばならないところだった。しかし、もう駄目だ。これで、お前は覚醒するんだ。一族以外 の者と関係をもつ事はできない」 オリバーは苦しそうに息をする岩城の頬に、額に、唇で触れていく。 「京介…お前は私のものだ。お前が私を救ってくれるのだ……誰にも渡さない。あの男に もな」 オリバーの言葉の意味を理解できないまま、岩城は完全に意識を手放した。
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フレディの御葬式の帰り道、今日非番だった香藤はその足で岩城に会いに行った。 彼の顔が見たかったのである。 あんな出来事が起こった現場にいて、とてもショックだっただろう、と心配していたの だ。 結局、例の黒豹はまだ捕まっておらず、街では警戒体制がとられていた。 ウィストン邸に着くが、玄関で黒人女性に会うのを断られてしまった。 「どうしたんですか?留守なんですか?」 「……とにかくお帰り下さい。京介様は御会いできません」 なんなんだこの態度は。この家には電話がないらしく、こちらから電話をかける事はでき なかった。兄であるオリバーが極端な電話嫌いだというのである。 岩城は携帯を持とうかどうか迷っていたが、まだ持っていないので、こちらから連絡でき なかった。彼はわざわざ外からかけてくれていたのだ。いつもそれでは悪いという理由 で、香藤は別れる時は必ず次の約束をとりつけていた。それはそれで香藤にとっては都合 が良かったのだが……… 「どうしたマミー」 玄関でもめていた香藤達に男が声をかける。オリバーだった。 「ああ。確か香藤君、だったね?」 「……はい。こんにちは。お久し振りです」 「マミー、君はいいよ。私が相手をしよう」 「………はい」 マミーは身を引き、台所に消えていった。 「中に入りたまえ」 「……おじゃまします」 外に立っていた香藤は中の玄関ホールに入った。が、それ以上は中に進ませる気がないよ うである。 オリバーの鋭い視線が香藤に突き刺さっていた。 「岩城さんに会いに来たのですが………」 「弟にかい?残念だが今ちょっと体調を崩していてね………」 「病気なんですか!」 「まあ、ちょっとね。保護センターで人が死ぬところを見てショックだったみたいだ」 香藤はぐっと言葉を飲み込んだ。 「大丈夫なんですか?どんな容態ですか?」 「君には関係ないんだろう。知ったところで、君に何が出来る?」 「…………」 棘のある言葉に香藤は気付いた。彼、オリバーは自分に敵意を抱いているのだ。 しかし、何故?以前会った時は、職員の一人としてしか見ていないようで、無関心な様子 だったのに。 「帰りたまえ。良くなれば、京介から連絡がそのうち入るだろう。おとなしく待っている んだな」 「……分かりました。帰ります」 これ以上話していても進展しないだろう。香藤は踵を返し、ドアを開けた。 「なんのお構いも無く悪かったね」 「………いえ…」 するつもりなどなかったくせに、と香藤は心の中で呟いた。 「そうそう、香藤君」 「はい?」 「京介にはもう近付くな」 「な………」 「これ以上近付くようなら、命を落とす事になるぞ」 「どういう意味です………?」 「有名な占い師によると彼はそういう星の下に生まれているらしい。選ばれた者しか彼の 側にいられないとな。そして選ばれた者とは、私だ。君ではない」 「………………」 オリバーの緑の目が鋭く香藤を見つめる。それを見て香藤の心に警告サイレンが鳴った。 この男は危険だ。普通じゃない。こいつの側に岩城さんはいてはいけない。 「………失礼します………」 なんとかして岩城と連絡を取らなければ、と香藤は思った。 香藤が帰った後、オリバーは岩城の部屋に行った。ベッドで岩城が汗をかいて、苦しそう な呼吸をしながら眠っていた。 あの日、血を飲ませてからもう一週間もこんな様子だ。少し心配していたが、昨日からよ うやく熱が下がり始めたので、もう二、三日すれば完全に回復するだろう。 一族の者として覚醒して………