キャット・ピープル8


朝日が登っていく中、香藤は岩城を探し続けた。
オリバーの事件があって間も無いのだ。
警察が発見すれば、即射殺されてしまう。
その考えが頭をよぎり、香藤の全身は凍ったように冷たくなった。
岩城さんが殺されるなどと考えたくない。
香藤は思い付く場所に車を走らせたが、どこにも岩城はいなかった。
出勤時間になって香藤は携帯電話から職場に電話した。
今日は体調が悪くていけないと告げる為だ。受話器からケリーの声が元気よく聞こえる。
『そう、大丈夫なの?』
「……ああ、たいした事ない。大丈夫だ」
『ならいいけどゆっくり休んでね。そうだわ、ニュース見た?』
「?いや………」
「警察に夜明け頃、黒豹を見たという通報があったそうよ」
香藤の心臓が跳ね上がる。
「…ど、どこで………」
高鳴る胸が苦しくて、思わず押さえながら尋ねる。
『アイッシュ橋辺りらしいわ。通報者の話では人影を見た途端川に飛び込んだそうよ。今
その辺一帯は厳戒体制がとられている筈よ。ねえ、香藤はどう思』
ケリーの言葉を最後まで聞かないで香藤は電話を切った。
アイッシュ橋がかかる川は、以前、岩城と共に過ごした叔父の別荘がある場所に流れてい
る。
香藤は車を二人で過ごした叔父の別荘に向けて走らせた。
きっと彼はここに来る。
そう確信して………


別荘にたどり付いた時、すでに夜は更けていた。 厳戒体制で道が封鎖され、かなり遠回りをしてきた為である。 駐車場に車を止め、ライフルを握りしめて車を降りた。 別荘の周りは背の高い草花が咲きほこっており、周りが見渡せず視界が悪い。 ゆっくりと周りを警戒しながら別荘に近付く。 月が出ているうちはまだ明るいが、雲に隠れると何も見えぬ程暗くなる。 香藤はその度に足を止めて息をついた。 自分はどうしたいのだろう? 岩城が襲ってきた時、彼を殺すのか?このライフルで……… もう一度会わなければ。香藤はそれだけを思っていた。 しばらく進むと、草むらに誰かがうつ伏せに倒れているのが見える。慌てて駆け寄ると、 男が一人、首を噛み切られて死んでいた。 知っている男だった。密猟を生業とし、香藤達レンジャーのブラックリストに乗っている 人物である。 ずる賢く、逮捕しても法を上手く利用してすぐ釈放されてしまう。仲間うちでは動物達を 食い物にする奴だと嫌われていた。 「……今度は自分が食われた訳だ………」 香藤は皮肉を呟き、再び歩き出した。 別荘の扉を押すと、鍵はかかっておらず、なんの抵抗もなく開く。中は真っ暗である。 香藤は電気をつけずにゆっくりと階段を登り始めた。 岩城が使っていた部屋のドアを開けると、部屋の中央に岩城が立っていた。 シャツを羽織った人間の姿で……… 「……岩城さん………」 「………………」 「…なんで、俺を殺さなかったの?」 「……できない…愛してるんだ………」 香藤の胸がきりきりと痛んだ。 俺だって愛してる。 では、どうすればいい? 岩城はゆっくりと着ていたシャツのボタンをはずし始めた。 「……岩城さん………?」 「………俺を救ってくれ…香藤………」 「……駄目だ…できない………」 「本当の姿で生きたいんだ……」 「駄目だ……俺にはできない………」 「お前しかいないんだ」 「岩城さん………」 「……もう…誰も殺したくない………」 「………………」 シャツを脱ぎ捨てると、岩城はベッドに身を横たえた。 香藤はライフルを静かに降ろして、ベッドに近付く。 昨日の夜と同じ、月明かりの中に見える岩城は美しかった。 いや、昨日よりも更にきつく妖艶な色香をただよわせ、香藤を誘っているようである。 岩城の横に彼が置いたのだろうロープがあった。 思わずこぼれそうになった涙を香藤は堪えた。 ロープを手に取り、岩城の右手首に巻き、ベッドの縁に結びつける。 左手首も、両足首も同じようにロープで固定させた。 香藤は服を脱いで、開かれた岩城の身体に覆いかぶさる。 岩城が甘い悲鳴をあげた。
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「香藤はどこだ?」 保護区の見回りから帰ってきたマイクはケリーに尋ねた。 先に帰っている筈なのに姿が見当たらないからである。 「例の黒豹のところよ」 「またか。香藤はどうもあの黒豹が気になってしかたないようだな」 「そりゃね。自分が保護したんだし、あの男を殺した豹だものね。それにとびきり美形だ わ」 「美形〜なんだそりゃ」 「あら、あの黒豹は滅多に見られないくらい美しいわよ。あの男が目をつけて密猟するの も分かるわ。マイクもそう思わない?」 「う〜ん、そうかな〜?俺にはよく分からん。まあ、香藤も岩城さんが日本に帰って落ち 込んでいるみたいだし、気がまぎれるものがあった方がいいかもな」 「岩城さんってあの、黒髪の綺麗な日本男性?」 「ああ。ある日プイっといなくなったんだ。どうも日本に帰ったらしい。最後の電話で香 藤にそう伝えてきたそうだ。やっぱり、兄さんとのあんな思い出があるここにいるのは辛 かったんだろう」 「………そう……可哀想ね……で、なぜ香藤を探しているの?」 「ああ、その黒豹なんだが、ジムの話では来月にでも森に還してもいい許しがでるそう だ。あの男を殺した事は野生の動物なら身を守る為の防衛だと判断されたんだ。それを伝 えてやろうと思って」 「そう。良かったわね。じゃあ、早く教えてあげなさいよ」 「ああ、そうする」 香藤はじっと檻の中にいる岩城を見つめていた。 黒豹となった今でもその美しさは変わらない。野生のものとなった分その美しさが研ぎす まされたかのようにも感じる。 そこにマイクがやってきて、岩城が処分されずに野生に還される事を知らされた。 「そうか……良かった……」 香藤は息をついた。 「ああ、良かったよ。じゃあ、俺は診療所の方に行くから」 「ああ………」 マイクが去ってから、香藤はまた岩城を優し気な瞳で見つめる。 「……岩城さん……もうすぐだ………」 もうすぐあなたはあの俺の愛する自然の中に還っていく………そして、その横には自分も いるだろう。 岩城が与えてくれた野生の血は香藤の中に眠っていた。しかし、近い将来それが目覚める であろう事を香藤は確信していた。必要となる一族の血は岩城が与えてくれる。 迷う事など何もなかった。これ程愛した人と同じ存在となって共に生きていけるのだから ………あの美しい場所で……… 香藤は檻の中にそっと手を差し入れた。その香藤の手を岩城は愛しそうに舐めていた。