日本の同性愛について検証する

 さて、いろんな資料を見る限り、明治以前は男性同志の恋愛というのはさほど
珍しくなかったようです。男性同志の恋愛の事を男色、衆道、義兄弟の契り、な
どと言っていました。『同性愛』という言葉は100年前に医師(多分?)が作っ
た言葉のようです。『愛』とい言葉も明治以降です。(『虎落笛』の中ではこの
言葉を使っていますが、本当はこの時代にこの言葉はありません;知ってはいた
のですが、心情を表現しやすくする為にあえて使いました。申し訳ありません;)
恋愛の事を『色』という言葉で表現していたようですが、これは単に恋ばかりで
なく、書道、茶道、華道、などの芸術的要素のあるものも表わしていたと考えら
れます。
 男色の背後には少年を「神霊の化身」とする信仰があります。奈良時代に貴族
の子弟が寺に預けられ、僧の身の回りの世話をする制度が定められますが、これ
がいわゆる「稚児」の始まりです。
 頭を丸めた「小坊主」さんとは違う稚児と僧の間にしばしば恋愛感情が宿る事
もあり、その種の恋愛小説など当時(鎌倉〜室町)流行したそうです。
なんにしてもこの時代、少年は特別な存在で性的な対象にするのは普通だったみ
たいです。
後に、これは僧の間だけでなく、『芸』を通じて大衆の間にも広がっていきます。
(役者などは芸(色)を売る、という意味でその対象になっていた事から、男色
と芸は密接な関係だったと思われます)
戦国期には男色の美意識が武士の間に広まります。衆道とは男色に武士道が加わ
ったようなもの、と解釈してもいいかと思います。
この間衆道は軽蔑の対象ではなく、『武士道の花』『神聖で美しいもの』とされ
ていました。「女性とは子を産む為の存在で、本当の恋愛は同性と」という女性
にとってはショックな事まで言われていたようです。
 武士の間で衆道が広まった理由として、男色の美意識と武士道の思想が極めて
近かったからでしょう。更に、生死を共にする者としての『心の結束』なるもの
が求められたのも大きな要因と考えられます。義を重んじ、浮気を固く戒め(二
君に仕えず)主君の為に命を捨てる覚悟を持つ。衆道が義兄弟のかたちをとるの
は、この為だと思います。
 武士の間では念友、念者は存在していたようですが、必ずしも肉体関係があっ
たかどうかは分かりません。男色に対して偏見はなかったでしょうが、たいてい
の場合、そのような関係をもつとすれば少年の時だけ、という雰囲気が感じられ
るのです(あくまで私思った、ですが)
 例えば織田信長が前田利家に「昔はお前と〜」という話をして前田利家は赤面
した、という逸話を聞いた事があります。昔は〜というのは前田利家が幼少時代
(小姓時代)の頃に織田信長とそういう関係をもった事がある、という意味で、
成人後ではないと思われます。つまり、肉体関係を結ぶのは「小姓」という少年
や「稚児」だったのではないか、と思うのです。
 有名な『東海道中膝栗毛』で出てくる弥次さん喜多さんですが、喜多さんは旅
役者でまだ少年の頃(前髪がある頃)に贔屓客だった弥次さんに連れられ江戸に
出て来ます。十中八九、二人は肉体関係があったと思われますが、お互い成人し
てからはいっしょに女漁りをしています。(弥次さんが女性と間違えて喜多さん
に接吻した時、お互い「ぺっぺっぺ、何しやがんでえ!」と叫んでいます)
 これは二人が武士でなく、庶民だったから、という事も考えられますが、初め
に話したように『少年は特別な存在』という理由が大きいと思います。
 という事から、どちらかが少年だった場合はともかく、念友といえど、成人同
志の間では肉体より精神的な結びつきが重視されたのだと思うのですが、いかが
でしょう?(まったくない、とは思いませんが、肉体的な欲望は女で満たし、心
は同性と〜という感じがするのですよ〜女性にとっちゃショックですが、男尊女
卑の国ですものね〜;)
 新撰組の間で「衆道が流行って困る」という事を近藤勇がこぼした、という逸
話があるのですが、この時の場合はどうだったのでしょう?(この逸話を元に描
かれた映画が『御法度』です)少年ではありませんが、組員はまだ若いですよね。
肉体関係はあったのかどうか、微妙なところ。どちらにしても、彼等は常に命を
危険にさらす立場で、若い情熱が滾っていたと思います。これからの未来に、理
想の日本を作る事に希望をもっていた。そんな彼等が念友と呼ぶ固い絆で結ばれ
た友を得て、心に安らぎを求めたとしても不思議ではない。むしろ自然な行為だ
ったのかもしれません。(なんか真面目に書いてるぞ!)
 では、現代の感覚ではどうなっているのか?皆様御存じのようにゲイは偏見の
目で見られる存在となってしまいました。これは西洋文化は入ってきた事がおお
いに関係あります。西洋における『同性愛』は『悪』なのです。キリスト教で厳
しく禁じている事が大きな要因と考えられますが、何故キリスト教では『同性愛』
が『悪』なのでしょう?
 そこらへんカトリックでもなんでもない私は伺い知る事はできませんが、はっ
きりとした理由は書かれていないようです。
 キリスト教で『同性愛』が『悪』であるという理由の推測でおもしろい説があ
りました。キリスト教が伝道し始めた頃はローマが支配していた時代です。強大
な国は富と栄光をもたらし、あらゆる力がローマに集約しました。結果、ローマ
は堕落していきます。怠惰、大食(吐いては食べる)、乱交、享楽が人々の間に
はびこり、崇高な思想は失われていきました。その時のローマの堕落を『悪』と、
とらえたのではないかというのです。(怠惰も大食も七つの大罪に入ってますも
のね)その時のローマは男性の肉体が一番『美』にちかいとし、『同性愛』も普
通にあったみたいですので、それも『悪』としたのではないかと。
なかなか、理にかなった考えだな〜と思いました。
 私の見方からお話させて頂く、とやっぱり「気色悪い」というのが現代の男性
のご意見のようですね。しかし、男同士の友情というのはかなり強いとも感じま
す。女性には入り込めない領域というか…そこらへんはやはり『念友』をもって
いた武士と相通じる感覚なのでしょうか?
 それにキスくらいではどうってことない、っていう感覚がある(人によります
が)みたいですね。
昔、男性上司と車に乗っていた時、ラジオがかかっていたのですが、リスナーの
女の子の葉書を読んでまして、その内容が「同性とキスするくらいなら○○(お
笑いタレント)とキスする方がまし!」というものでした。しかしDJを勤めてい
た三人の男性は「男はキスぐらいなんとも思わないな〜俺した事あるし」「俺も
ある」「俺も。なんとも思わないな〜」と口々に言ったので、運転している上司に
「(同性とキス)した事ありますか?」と聞いてみました(若気の至り…;)
「あるよ〜(即答)」
「酔っぱらってですか?」
「いや、学校の文化祭で「ロミオとジュリエット」やる事になってさ〜ロミオ役
やったのが親友だったんだ。で、あいつと仲いいからジュリエットお前な、て決
められてさ」
「フリじゃなかったんですか?」
「んなもんしないよ、もうブッチュ〜!」(ディープだったと思われる;)
 よくテレビでキム○クとか反町○などのかっこいい男性の話する時冗談で「抱
かれたい〜て思う」と発言してますよね。これは50%ぐらいは本心なんだろうな
〜て思います。(しかし、こういう発言をするのはたいてい男性お笑い芸人によ
うな気がする…やはり『芸(色)』だからか?)
 後、テレビである男性俳優が話していたのですが、ある芝居で男性と狭いバス
タブにいっしょにお風呂に入る、というシーンを撮る事になったそうです。
「初めはすね毛とかあたって『気色悪〜い』と思ったんですが、10分ぐらい入っ
てたら慣れました。全然平気になっちゃった」
だそうです。
 以上の事などから、現在日本で男性が『同性愛』の事を「気色悪い〜」と叫ん
でいるのは、単に世間が「同性愛は異常だ!悪だ!」という雰囲気があるからで
はないでしょうか?もし、『同性愛』に対する偏見が無くなり、「珍しいけど異
常じゃない」雰囲気になったとしたら、江戸時代のような感覚になっていくかも
しれませんね〜。(まあ素敵v)
 しかし、そうなったらやはり女性は悲しい立場になるのでしょうか?ただでさ
え男って浮気する人種なのに、男の愛人まで気にしなきゃいかんのか!しかも、
身体の関係がない心の結びつきで結ばれているとしたら!『真珠○人』みたく、
たわしコロッケ食卓にのせたくなりますわな〜;ははは…

注意:ここに書かれている事柄は、いろんな資料を見て、私が感じた事思った事を
まとめた文章ですので、意見の違う方や間違っている箇所などあると思いますが、
そこはお許し下さい。また、明らかな意味間違いなど、御指摘下さるとありがたい
ので、ぜひお願いいたします。