永遠の終わり3

 23世紀に帰った香藤は乱れる心を表に出すまいと必死だった。
岩城が自殺!?どうして!?俺の後を追って?
理由はそれしか考えられなかった。
その時、タイムパトロール本部の部屋で一人パズルを組み立てる21号の
姿が目に入る。
途端に怒りが沸き上がった。
岩城が死ぬのはずっと先の事だと言ったくせに、あれは嘘だったのか!
彼は護衛者(ガーディアン)と呼ばれる特別な存在で、パトロール隊員
が不正をしていないかを監視する役割を担っている。その為、特別な待
遇をされており、隊員なら知らない事も知っているのだ。
彼は暇を見つけてはいつもジグソーパズルを組み立てている。
それは特別な紙でできていて、パズルが完成した途端燃え尽きるのだった。
香藤はゆっくりと21号に近付いた。
何故嘘をついたのか、問いたださねば気がすまない。
が、途中で香藤は足を止めた。
新聞には岩城が崖から海に飛び込んだと書いてあった。
自殺の名所であるその断がい絶壁の崖の上に、岩城の靴が残されていた
と。
もしや、それから生きているのが見つかったのでは?
しかし、新聞には岩城が姿を消してから2日たっていて、生存は絶望視
されていた。
『あ………』
香藤はある事に気付いた。
もし、岩城があの時代のその時死ぬのなら、それ以降の21世紀には存在
しない事になる。
だから、いなくなっても歴史になんの影響もない筈だ。
死ぬ直前の岩城を救いだして、自分のところに連れてくる事ができたな
ら………
歴史になんの影響もなく、またいっしょにいられるのではないだろうか。
香藤の胸は早鐘を打ち始めた。
『そうだ、それが出来たなら………!』
「カトウ」
後ろから声をかけられ香藤は振り返った。するとそこには長官が立って
いた。
「カトウ、長い間御苦労だったな」
「いえ………」
この本部の中では皆本名は名乗らず、お互いニックネームで呼び合って
いる。
香藤も”香藤”である期間が長かった為、そう呼ばれるようになった。
「新しい任務がある。来てくれ」
「…………」
長官に促されて一つの部屋に入った香藤は一人の男を紹介された。
どこかで見たような気がする男だった。
「彼はエリック。彼に20世紀後半から21世紀のかけての時代の生活様式
を教えてやって欲しい」
「と言いますと?」
「そのまんまだ。資料はあるが、実際あの時代で生活してきたお前の言葉
の方が分かりやすいだろう。頼んだぞ」
「……分かりました」
長官が出ていき、エリックは香藤に手を出した。
「エリックです、よろしくお願いします」
「カトウです、こちらこそよろしくお願いします」
二人は席に着いて話し始めた。エリックはある程度調べてきたようで、資
料の写真を見せては香藤にそれらの用途を質問してきた。
「君も21世紀にタイムアウトするのかい?」
「ええ、そのようです。詳しくは言えませんが」
「ああ、任務に関しては誰にも話さないのが鉄則だからね」
「すみません」
かなり真面目な男のようである。それにどこかで会った気がするのはなぜ
だろうか?
と、香藤が思った時、ふいに彼の手が目に入る。
香藤らのものと違い、綺麗な一度も力仕事などした事のない手だった。
『エンジニアか医者みたいな手だな』
「あ!」
「は?どうしましたカトウさん?」
「い、いやごめん、なんでもない………」
香藤は思わず声を出してしまった。目の前にいる男をどこで見たか思い出
したからである。
あの飛行機177便の中で見た雑誌の中にあった顔だった。
岩城と香藤が助けた女性を手術した医者、その女性と結婚する医者だった
のだ。
間違いない、彼はこれからあの時代にタイムアウトするのだ。
そして、あの女性を救い、結婚する。
おそらく”香藤”と同じように誰かの人生を演じるのだろう。
しかし、それにしては妙である。香藤は記憶操作され、あの時代に送られた
のに、生活様式を教えるという事はタイムパトロールとしての自分を覚えて
いなければならないらしい。
『なにか特別な指令があるのだろうか?』
だが今の香藤にとってはそれはどうでもいい事であった。
肝心なのは彼が21世紀にいなくてはならないという事実。
香藤は必死に考えた。
今こそ岩城を救う千載一遇のチャンスかもしれないのだから。

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「では、これよりタイムマスターを作動させる」
「時間は2001年2月10日午前2時4分36秒、座標位置834.65のK3319」
あれから一ヶ月。エリックはとうとう21世紀にタイムアウトしようとして
いた。
タイムマスターのカプセルに入り、じっとその時を待っている。
操作室では長官がいつになく緊張している様子で見守っていた。
「異常なし、すべて順調です」
「よし、作動開始!」
「作動開始」
スイッチが入り、エリックはタイムアウトした。
「どうだ?成功したか?」
「………そ、それが………」
オペレーターの不安げな声をだす。
「どうした?何かあったのか?」
「おかしいんです。座標の計器がむちゃくちゃな数字をだしています」
「何!どこか別の場所にタイムアウトしたというのか?どこだ?」
「それが……分かりません……今も動き続けていて、どこにタイムアウト
したのか……」
「何を言っている、すぐに確認しろ!早くどこに行ったかつきとめるの
だ!」
「は、はい」
いつも冷静な筈の長官の慌てぶりにオペレーターは焦ってしまう。
「長官」
汗を吹いている長官に香藤は声をかけた。
「後にしろ!」
「俺はエリックがどこに行ったか知っています」
「なんだと………」
「なぜなら俺がやったからです」
「………こっちに来い」
長官は香藤を隣の部屋に連れて行ったが、そこには21号がまたもジグ
ソーパズルをしていた。
「21号、出て行ってくれ」
「構いませんよ、彼にも関係ある事ですから」
「………エリックをどこにやった?」
「それは教えられません」
「なぜだ?」
「長官が俺の望みを聞いてくれたら教えます」
「脅迫か?」
「取り引きです」
「何が望みだ?」
「岩城京介か?」
21号が口を開いた。
「おおかた岩城京介をどうにかしたいってんだろ?そうだろカトウ」
21号の言様に香藤は怒りを覚えた。
「お前は俺に嘘をついたな」
「嘘?」
「岩城さんが死ぬのはずっと後だと言ったのに、俺がいなくなってから
三ヶ月後に後追い自殺するじゃないか」
「嘘じゃないさ。岩城京介の遺体は結局見つからなかったから、法律的
に死亡と断定されたのは行方不明になってから7年後だ」
「貴様!」
香藤は21号に拳を叩き付け、彼は床に倒れ、ジグソーパズルの紙が宙に
舞った。
「二人ともやめんか!何が望みだカトウ?」
「岩城京介は2003年の6月28日に崖から身を投げて死にます。その時に
助け出し、この世界に連れてくる許可を下さい」
「……………」
「そうすればエリックをどこにタイムアウトさせたか教えます」
「仕掛けをしていたのか?」
「はい、点検する時に」
「カトウ、お前はどこまで知っているのだ、エリックの事を」
「2001年4月23日に女性を手術し助ける事、その女性と結婚する事、
何か重要な指令がある事、です」
「……それだけか?」
「はい」
「まさかお前がこれ程思いきった事をするとはな……やはり記憶操作すべ
きだったな……」
長官はどっかりと椅子に腰を降ろした。
「……お断りです………」
自分は絶対に岩城の事を忘れたりするものか、と香藤は強く思った。
「お前ではない、香藤洋二を知る者の、だ」
「は?」
「本物の香藤洋二を事故で死なせてしまった時、新しい香藤洋二を作りだ
すか、香藤洋二という人物はいなかったとして皆の記憶を抹消するかどう
か話し合われたのだ。私は抹消すべきだと思ったのだ」
一人の人間の存在を皆の記憶から抹消するだと?自分を神のごとく思って
いるつもりか?
あまりに理不尽で非人道的な事を、平気な顔をして言う長官に香藤は嫌悪
感を覚えた。
「だが、香藤洋二はあの時、あの場所に存在しなければならなかったのだ、
絶対にな」
「エリックが手術する女性を助けるからですか?」
「そうだ、そしてその女性は誰だか知っているのか?」
21号が香藤に話し掛けた。
「………いや………」
「彼女はエリックと結婚して子供を産む。その子供こそタイムマスターの
原理を発見したデビッド・クロフォードなのさ」