永遠の終わり4

「彼がデビッド・クロフォードの父?」
「そうだ、誰の代わりでもない彼自身がそうなんだ」
「でも、彼は未来の人間で………」
「そこがパラドックスってやつかな。彼がタイムマスターを使って
タイムトラベルをし、息子にタイムマスターの基礎となる次元学を
教え、それを元にタイムマスターの原理が完成するんだからな」
「なぜ、それが分かったんだ?」
「彼が自分の事を書きしるしたノートがあるんだが、それがタイム
マスターの完成後発見されたのさ」
「だから彼は絶対に2001年4月23日にいなければならんのだ!」
長官が強い口調で言い切った。
「カトウ、お前に要求はそれだけだな」
「はい………」
香藤にとって岩城を救う事以外はどうでも良かったが、まさかエリ
ックがそんな重要人物だとは思いも寄らなかった。
「分かった…少し待っておれ……」
長官は部屋を出ていき、後には21号と香藤が残された。
「長官の言葉、胸が悪くならないか?」
「なにが?」
「記憶消去する事になんのためらいもないからさ、彼は」
「………………」
「確かに記憶消去は簡単だし、一番てっとり早い方法だ。だが、そ
れがどんなに怠惰な方法か分かっていない。もちろんされた人間の
事も考えちゃいない……そりゃ、人は誰でも忘れたい思い出のひと
つやふたつはあるが、誰にもそれを取り上げる権利などないんだ」
「…21号……?」
こんなに饒舌な彼を見るのは初めてである。
「お前は逃げなかったな……逃げずに行動を起こした」
「………………」
「随分思いきった行動だったがな」
「当り前だ………」
岩城を忘れる事など出来はしない。どんなに辛くとも、手を汚そうと
も、彼と再び同じ時を歩めるなら何をするのも躊躇わないだろう。
「何だってできる………」
香藤が強い視線を21号に向けた時、部屋のドアが開き、長官が顔を
だす。
「カトウ、21号、来い」
三人はタイムマスター操作室に入った。
「算定したところイワキ・キョウスケの死ぬ日の朝にタイムホールが
開く。カトウ、お前は行って彼を連れてこい」
「本当ですか?」
「ああ、だがくれぐれも人と接触するな。彼も死ぬ直前に助けだすん
だぞ」
「……分かりました」
香藤がタイムマスターのカプセルに入ると、長官は21号に小声で囁い
た。
「21号、お前はこっそり香藤を見張れ。何も余計な事をしないよう
にな」
「本当に岩城を連れてきてもいいのですか?」
「エリックの居所を教えてもらわねばならん。それからの処分はその
後考える。なに、お互いの記憶を抹消すれば簡単に処理できるだろう」
「……………」
21号は無言で、しかし侮蔑を浮かべた目で長官を見つめた。

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2003年6月28日の夜。暗闇の中、香藤は崖の上にある茂みで岩城が来
るのを待っていた。
じっと身を潜めながら、香藤は不安でたまらなかった。
本当に岩城はここにくるのだろうか?別の場所に行ったりしていないだ
ろうか?
チャンスは後にも先にも一度しかないのだ。失敗は許されない。
いや、絶対に俺が助けてみせる!
その時、遠くの方から茂みをかき分ける音がした。
目をこらして見ると、間違いなく岩城であった。
香藤の胸は飛び出るのではと思えるぐらい跳ね上がった。そして、彼に
向かって駆け出した。
「岩城さん!」
岩城はふらふらとまるで夢遊病者のような足取りである。
「岩城さん!待って!」
香藤がもう一度大声で呼ぶと、岩城の肩がピクリと動いた。そしてゆっ
くり振り向いた。
自分に向かって駆け出してくる香藤が目に入り、信じられないといった
表情を浮かべる。
「…岩城さん……」
「……香…藤………」
香藤は息をきらせて岩城の前に立った。
岩城は驚きの表情をしながらも、その瞳は歓喜に輝かせている。
会えなかった間に随分と岩城は痩せていて、ひとまわり小さくなったよ
うに感じた。岩城と再び会えた喜びと同時にそんな岩城の姿に胸が痛む。
岩城が香藤の頬に手をのばす。
「香藤……本当に……香藤なのか………」
「ああ、そうだよ俺だよ岩城さん。生きているんだよ俺は」
「香藤!」
岩城は香藤に抱き着いて激しく泣き出した。
そんな岩城を香藤も強く抱き締める。
「香藤…香藤……!」
二人は抱き締め合いながら口付けをかわした。激しく何度もかわすうち
に、いつしか二人は身体を草の上に投げ出していた。
お互いの服を取り合い、手を、足をからませる。
岩城は香藤が何故生きているのか、どうしてここにいるのか聞かなかった。
ただ香藤がここにいる事実を確かめたかった。
もう一度会えた事を実感したかったのである。
「あ……あ…香藤………」
「岩城さん………」
身体もとても痩せていたので、香藤の胸はずきりと痛んだ。もともと細い
腰がさらに細くなっていて、強くかき抱くと折れてしまうのではないか
と思った。白い肌もさらに透明感を増したようである。
岩城が死んだという記事を見た時のあの恐怖を思い出す。
岩城はその恐怖を三ヶ月も味わったのだ。どんなに辛い時間だったか。
やさしく抱きたいと思ったが、香藤も岩城に会えた喜びを押さえられ
なかった。
「……岩城さん……ごめん…俺余裕ないかも……」
「いい……はやく……お前を感じたいんだ………」
「岩城さん………」
二人は愛する人に再び会えた喜びを感じながら、何度も深く愛しあった。

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「もうすぐ夜明けだね………」
「ああ………」
水平線が朱色に染まり、のぼってくる太陽を予感させている。
服をととのえた二人は草の上に座っていた。岩城は香藤の肩に顔を乗せ、
海を見つめている。
「岩城さん、驚かないで聞いて欲しいんだ」
「ん?」
香藤は岩城の手をとり真正面に向かい合った。
「俺は未来からきた人間なんだ」
「え………」
「本当の香藤洋二は事故で亡くなってしまったので、未来から俺が彼の変
わりとして送りこまれたんだ。岩城さんに初めて会ったあの日だよ」
「…………」
岩城はまんじりともせず、香藤の話を黙って聞いている。
香藤はすべてを話して聞かせた。タイムマスターの事、タイムパトロール
の事、エリックの事もすべてを。
「でも、俺は本当に岩城さんを愛してしまったんだ。だからこうやって迎
えにやって来た」
「……香藤………」
「岩城さん、俺といっしょに来てくれる?」
「どこに?」
「どこへでもいい、どこか遠くに二人で暮らせるところに………」
香藤は長官がそう簡単に岩城の事を許してくれるとは思っていなかった。
エリックの居場所が分かればなんらかの処理をするつもりだろう。その前
に岩城とどこかの時代に行こうと思っていた。
「いっしょに来てくれる?」
岩城は香藤の胸に飛び込んだ。
「もう俺を独りにしないよな?」
「ああ、もう絶対にしない」
「なら、どこにでもついていく。香藤、お前といっしょならどこにでも……」
「岩城さん………」
香藤も岩城の背中に手を回して抱き締めた。
身体を離すと香藤は岩城に尋ねた。
「岩城さん、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「21号に会ったの?」
「え?」
その時一瞬だったが、岩城の目に動揺の影が揺れたのを見のがさなかった。
「何言ってるんだ?なんだ21号って?」
「岩城さんの服に小さな紙切れがついてたんだ。それを手にとると燃えてなく
なってしまった。燃え尽きる紙なんてこの時代にはないものだ」
「………………」
「岩城さんの言葉に嘘がないのは分ってる。けれど、何故21号に会ったのを
黙っているのかが分からない。さっき俺が質問した時、岩城さん一瞬だけど
動揺したね?21号と知っていて会ったんだ」
「香藤………」
「何か言われたの?話して欲しいんだ」
そんな証拠が残っていたとは迂闊だったと岩城は思った。香藤に再会できる
喜びで注意力が散漫になっていたようである。
「分った…お前に言おうかどうか迷っていたんだが、丁度いい、話そう」
「うん………」
「今朝、夜があける前に彼が俺の部屋に来たんだ。彼は俺にある事を思い出
させてくれた」
「何を?」
「俺が45世紀から来た人間である事さ」
「え………?」
思ってもない事を言われて香藤は頭が一瞬パニックになってしまった。
「岩城さんが45世紀から来た………」
そんな未来からやってくるなど信じられない。タイムマスターの観測できる
範囲を遥かに越えている。
「な、何故………」
「タイムマスターをこの世に誕生させない為だ」
「え…」
「23世紀から千年先の未来は測定不可能だろう。あれは我々45世紀の人間が
次元に壁を張ったからだ。過去の人間が我々の未来に介入できないようにする
為に」
「そんな事が可能なの?」
「我々の時代ではな。タイムトラベルも出来るが、実行する事は禁止されて
いる。俺達は観るだけにとどめていたんだ。ところがある時、23世紀頃から
のタイムトラベルのやり方をみて我々は不安を覚えた」
「不安を?」
「ああ、彼等は不安定なタイムマスターを頻繁に使い始め、歴史まで変えよ
うとし始めるんだ」
「まさかそんな事。俺達は一度もそんな事……!」
「香藤、お前達には知らされてないだけだ、現に香藤洋二が普通の人間だっ
たら記憶処理をされ、初めから存在しない人間にされるところだっただろ」
「……………」
「今度は彼等は人類を永遠に存続させる為、危険を解除しようとし始める。
あの人物は成人してから大統領を暗殺するから消してしまおう、一番消すの
はどの時点がいいかなど算定して、その人間を抹殺する」
「……………」
「我々はそんなやり方に恐怖を感じ、それらの事が実行された未来はどうな
るか算定してみた」
「どうなるの?」
「遥か未来60世紀に人類は死んでしまう」
「絶滅するって事?!」
「いや違う、無になるんだ」
「無になる?」
「すべて人間が感情をもたない生き物になってしまう。無気力に、無感動に、
ただ命があるから生きているだけの物体に成り果てる。誰も未来に夢をみな
い…………」
「そんな………」
「それも当たり前だと思う。何をしても、誰を愛しても、それが危険だと判断
されれば記憶を抹消される。しまいには自分が誰かなのかさえ実感がもてなく
なってしまうんだ」
「それで、どうしようと?」
「我々は考えた。そしてタイムマスターを存在させてはならないという結論に
達した。あれは危険とともに希望も、夢も、可能性をも排除するからだ。人類
が時間を支配してはならないんだ」
「じゃあ岩城さんはその為にこの時代に?どうやってタイムマスターを無くす
つもりなの?」
「あの日、香藤と俺が会ったあの日だ。俺はお前ではなく子供とぶつかる。
結果、子供は道路に飛び出さず、事故は起こらない」
「それだけで?」
「それだけでは不十分だ。エリックがこの時代にいるんだからな。出会う機会
はいくらでもある。そこで我々はお前を見つけた」
「俺を?」
「お前は俺を愛した。そして俺を救う為にエリックを1890年に飛ばした」
「じゃあ、俺の行動は仕組まれていたっていうのか!?」
「……そうだ。本物の岩城京介はお前に会う一週間前に列車事故で死ぬ筈だった
んだ。だが、その事故に合わなかった事にして偽りの未来をつくり、俺をこの
時代に送りこんだ。お前と同じ、岩城京介としても記憶をもち、お前と出会う
あの時に………」
香藤は驚きと絶望の入り交じった感情が胸に渦巻いていた。
あの日、出会った事はすべて仕組まれていたなんて………
「21号は23世紀の人間だ。彼は記憶処理によって一人娘の存在を抹消されたが、
娘の事を覚えていたんだ。記憶操作されたのに。その事で彼はタイムパトロール
を憎んでいたので、俺達に協力してくれた」
「では、あの飛行機事故の時、三ヶ月後の未来に行き、岩城さんの死亡記事を見
るのは彼によって操作されていたのか」
その記事を見たことによって香藤はエリックを過去に飛ばすのだから。
「……ああ、そうだ………」
自分のした事は一体なんだったのか?
岩城を救うと思ってやった事がすべて計画されたいた?!
「……じゃあ、岩城さんが俺を愛してくれたのも、すべて計画どおりだったっ
て事?」
「……違う」
「でも、すべて計画だったんだろ?!俺を愛したのも……!」
「香藤、俺はお前が俺を知るずっと前からお前を愛していた………」
「え………」
「タイムマスターを消す為にあらゆる手段を算定していた時、お前を知った。
その時から俺はお前を愛していた。お前と同じ時代に生きれるのなら、何を捨
てても、何を犠牲にしてもいいと思った……」
「岩城さん………」
香藤は岩城を見つめた。岩城の自分を見る瞳は今までとなんら変わりなかった。
身体を繋げた時も、自分を求めてきた熱い情熱も同じだった。
記憶が変わろうと、岩城の自分を愛する気持ちは揺るいでいない。
「俺を信じてくれないか、香藤………」
「……………」
「お前の魂が俺を愛してくれたように、俺も岩城京介という人間でなく、自分と
いう魂がお前を愛しているんだ………」
「岩城さん、俺達はこれからどうなるの?」
「エリックは1890年から一個人としても生涯を生きて終える。俺達はもう一
度、岩城京介、香藤洋二としてあの出会った日に戻る。最後のタイムトラベルだ。
そして俺は子供とぶつかり、俺とお前は出会わない」
「それじゃあ、いつ?」
「分からない、タイムマスターの存在しない未来は算定不可能だ」
「そうか……でも、同じ時に生きれるんだね」
「ああ……そうだ……そして俺達の記憶を呼び覚ます者は存在しない……」
「岩城さん!」
香藤は岩城を強く抱き締めた。
「俺、絶対岩城さんを見つけるよ…そして絶対に愛すんだ…もう絶対離さない
から………」
「ああ、俺も絶対お前を愛するよ………」
二人の口付ける姿を、太陽が眩しく照らし始めていた。
永遠の終わる時だった。
そして無限が始まる………

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2001年4月23日
「おっと」
十字路に差し掛かった時、岩城は飛び出してきた子供とぶつかって足を止
めた。
「ごめんなさい」
「ああ、気をつけるんだよ」
「うん」
子供は元気良く駆け出していった。その後ろ姿を見ながら岩城は自分の今の
状況を思って軽くため息をついた。
役者になると言って上京してきたのに、まだ自分はAVなどという人に誇れ
ない仕事をしている。
時間ばかりが過ぎてゆき、岩城は心の中でいろんな事を諦め始めていた。
もう一度ため息をつき、歩きだした。反対側で香藤が歩道を歩いていた事、
ある女性が車で通り過ぎた事など知る由もなかった。

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「SEXしていただきたい」
「は?」
映画『春を抱いていた』のオーデション会場で佐和渚にそう言われ、岩城京介、
香藤洋二の二人は一瞬ポカンとした。
岩城は
『マジかよ男同志で本番しろってか………』
と、嫌だったのだが、隣に座っていた香藤が「やります」と言ったので、
「俺ももちろんやります」
と答え、二人でSEX勝負するはめになってしまった。
この時、誰も、本人達でさえ自分が相手に恋するなどと思っていなかっただ
ろう。
信じられないくらい愛しあい、世間公認でおしどり夫婦とまで呼ばれる事に
なるなんて………

二人に永遠はいらない。
あらゆる可能性を秘めた無限の未来が広がっているのだから………