※この話は映画「アンダー・ワールド」が元になっています。
そういった話が嫌いな方。映画のイメージを壊されたくない方は読まないで下さい。
お願い致します;
なお、映画の性質上、流血や残酷なシーンの描写がありますのでご注意下さい。




ダーク・ワールド2

次の日、さわやかな朝の光の中で目を覚ました香藤は、しばらくボーとしていた。
少し意識が戻ってくると、まっ先に考えたのは昨夜の出来事である。
昨夜、ビルの屋上に取り残された香藤は、夢心地のまま歩ききながらもなんとか自宅
のマンションに帰りつき、そのままベッドに倒れこんで眠ってしまったのである。
あれは夢だったのだろうか…
見た事もない奇怪な生き物と、それを殺しただろう黒髪の男との出会い…
この世の人とは思えない美しさで…
香藤は目を閉じて彼の姿を思い浮かべようとしたが、細部までは思いだせなかった。
しかし、漆黒の闇を落としこんだかのような瞳だけは鮮明に覚えている。
何の感情も表さない無機質な瞳。その瞳がほんの一瞬揺らいだのも…
「あ…あの時のハンカチ…」
思い出した香藤はいそいでポケットの中を探った。すると、血のついたハンカチが出
てきた。
…夢じゃなかった…!
彼は現実に存在していたのだ。
という事はあの奇怪な生き物も…?
いや、本当にあれは生き物だったのだろうか?昨日は疲れていたし、かなりの暗闇だっ
た。何か勘違いした可能性もあるではないか…
香藤は適当な理由を見つけ、なんとか理論的に考えてみようとした。
だが、心のどこかであれは現実であり、奇怪な生き物は存在するのだとも分かってい
た。
理屈ではなく、本能が告げているのだ。
もし、本当にあれが生き物だったとしたら…
考え込む香藤の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
手に持っていたハンカチに染み込んでいた血のシミが、徐々に消えていっているのだ。
正確には消えていっているのではなく、空気中にチリになって離散していたのだ。
どんどんハンカチのシミは無くなり、もう少しですべて消えてしまうところまできた
時、我に返った香藤が慌ててポケットの中にハンカチを戻した。
な、なんだ…?一体…何がどうなってるんだ…?
香藤は混乱しながらも答を見つけようと考えた。
ポケットの中ではなんともなかったのに、取り出した途端に空気の中に消え出したの
は何故か?
離散していくそれは、火の粉が灰になって消えていく様に似ていた。
「…まさか…」
窓から降り注ぐ陽光を見つめながら呟く。
香藤は窓のないバスルームに入り、明かりをつけてドアを閉めた。そこでポケットか
らもう一度ハンカチを取り出す。
今度は血は消えていかなかった。
「…太陽の光か…」
太陽の光にあたると消えてしまうなんて…これではまるで…
「…そんな…ばかな…」
これでは、まるで、伝説の吸血鬼みたいではないか…
「映画や怪奇小説じゃあるまいし…」
香藤は無意識に声にだしていた。
理性は否定するのだが、昨夜起きた出来事とあの男の容貌を思い出すと、それがぴた
りと当てはまり、真実味を帯びてしまう。
男を思い出すと訳もなく胸が高鳴る。
もし、彼が吸血鬼だったら…
「…ぴったりだな…」
恐怖を覚えるどころか、恍惚に似た感情が沸き上がるのを感じて、香藤は戸惑った。
な、何考えてんだ俺は…!
思わず、自分でせき払いをする。
俺は医師だぞ。もっと科学的に考えなきゃ!
もしかしたら、彼は病気かもしれない。
紫外線に対する免疫がなくて、太陽の光を浴びれない病気も存在するのだ。そのよう
な体質を持った人の血液なのかもしれない。
「よし、今日の仕事が終わったら、この血液を調べてみよう」
香藤はハンカチををポケットに入れ、服を脱いで服ごとそこに置いておいた。
バスルームから出て、時計を見た香藤は大声を上げる。
「うわ〜もう、こんな時間!完全に遅刻だよ〜!」
香藤は大急ぎで病院に行く支度をし始めた。

     ***

「何故、手ぶらで帰ってきた?」
暗い部屋の中、中央に立つ岩城は四方からの冷たい視線と叱責を浴びていた。
「不死者の末裔かどうか確かめる為、肉体のサンプルを持ち帰るのが君の使命だった
筈」
「人狼族にその人間を奪われそうな事態になれば、末裔かどうかは関係なく抹殺せよ
とも命じた」
「そのどちらも果たさないとは」
「最高の処刑人と謳われた君の仕事とは思えんな」
「…………」
岩城は無言で、顔色の一つも変えず、それらの言葉を聞いている。
「お言葉ですが長老」
岩城の少し後ろに控えていた浅野が控えめながら発言した。
「そなたの発言は許していない」
「黙っておれ」
「まあ、そう言わず…言いたい事があれば申してみなさい」
長老の中で温和な性格のカミーラが浅野の発言を許した。
「…確かにサンプルの採取は出来ませんでしたが、人狼族の情報を抹消し、末裔の事
を知るワーウルフは全員始末しているではありませんか。取り返しのつかない失態を
犯した訳でもありません。今からでも任務は達成する事が出来る筈です。岩城さんは
今まで失敗した事はありません。その功績を考慮しないのはあんまりです」
「今回の任務は今までの任務とは重みが違う」
「失敗は許されん。我々ヴァンパイア一族の滅亡にかかわる」
「だからこそ岩城を派遣したのだ」
「事の重要性の分からぬ若造は黙っているがいい」
容赦ない叱責が浅野にも飛んだ。
頭を項垂れながらも浅野は
『文句と命令するだけしか能のない年寄りこそ黙っていればいいんだ』
と、心の中で毒づいた。
ちらりと岩城の顔を盗み見たが、彼は相変わらず無表情であった。その横顔は相変わ
らず冷たく、美しい。
「しかし、あの若者の言う事にも一理あります。まだ人狼族にあの候補者の情報は洩
れていないようですから、今からでもサンプルを採取させましょう」
「だが、人狼族もそこは分かっている筈。味方が抹殺されたのだから、あの近くに候
補者いると検討をつけ、目を光らせているだろう」
「ならばこそ、最高の処刑人を送りださねば…」
「…………」
カミ−ラの言葉に他の長老達は押し黙った。
「岩城にもう一度、末裔の候補者のサンプルの採取を命じます。異論はございません
ね」
「…よかろう、許可しよう」
「今度は任務を達成するように」
「…はっ」
岩城は小さく返答すると、部屋を足音もたてずに出て行く。浅野は急いで彼の後を追っ
た。
「災難でしたね」
「…………」
歩きながらも浅野が声をかけてくるが、岩城は聞いていないかのような態度であった。
だが、浅野は気にしなかった。岩城が感情を出さないのはいつもの事で慣れている。
こちらの話をちゃんと聞いている事も、彼を庇った自分に対し、恩を感じている事も
浅野は分かっていた。彼はそういう性格なのだ。
ポーカーフィスを装っているが、誰よりも情に厚く、激しく純粋な心を持っている。
だからこそ無表情という鎧をつけて心が傷付くのを守っているのだ。
「すぐに出発するつもりですか?」
武器庫に向かっている事に気付き、尋ねる。
「…ああ…日が沈んだら出る」
岩城はやっと言葉を返した。
「それじゃあ、気をつけて下さいね」
武器の選別や手入れをしている時に、一人になりたがるのを知っている浅野は身を引い
た。これ以上付きまとっていると嫌われる。
「浅野君…」
「何か?」
「ありがとう…」
長老に意見するのはかなりの勇気が必要である。それを知っている岩城は先程自分を
庇った事に対して礼を言った。
『やっぱりな…』
とうに岩城の心を読めていた浅野ではあるが、初々しい態度を見せた。
「そんな…私は言いたかった事を言っただけですから…」
「…………」
「では、気をつけて下さい。任務の成功をお祈りしています」
浅野は自分の部屋に戻るつもりなのだろう、岩城から離れていった。岩城はそのまま
武器庫に向かい、ICカードでドアを開けて中に入った。中には管理人と製造係りがいた。
「…弾の補充がしたい…」
「銃はいつものシルバーか?」
処刑人である岩城と武器係りは顔なじみである。彼らが常に新しい武器を作り出すナビ
ゲーター的存在でそれを実践で使用する岩城達処刑人とはバディ関係、と言っていいか
もしれない。
「岩城、これを試してみるか?」
製造係りが奇妙な色をした弾丸を見せてくる。
「?」
「中に銀の液体が入っている。当たれば中で破裂して銀が体内に流れ込むから弾抜きが
出来ない」
「ま、岩城には必要ないかもしれないがな」
近年の人狼族は銀の弾丸が当たっても、すぐに筋肉の収縮と膨張を利用して体内から排出
する術を身につけていた。
その為、人狼の処刑率はかなり下がってきているのだ。
岩城は銃より剣を武器に使用する事が多いので、あまり関係なかったが、銃を主な武器と
している処刑人はこのせいで致命傷を与えられず、かなりの人数が殺されている。
400年間、処刑率が変わらないのは岩城だけである。
「試してみたのか?」
「いや、まだだ。実験では成功しているが、本当の人狼に使わなければ分からない」
「では、チャンスがあれば使ってみよう」
もし、これが有効なら、処刑人の死亡数が減るかもしれない。
岩城は弾が装填されたカートリッジをいくつか持って部屋を出た。
自室に戻り、準備を整えた。
時計を確認すると、日が暮れるまで後8時間であった。
沈んでも人間達の活動が少なくなる時間帯まで動かない方がいいだろう。
それまで岩城は少し眠る事にした。
眠るのは悪夢を見るので嫌いだったが、体力と集中力の温存の為には仕方がない。
ベッドに横になると、昨夜の出来事を思い出す。
何故、俺は、あの時躊躇したのだろう?
あの男の腕でも足でも傷つけ、肉片を採取するつもりだったのに。
彼が優しく頬の傷を布で拭ってくれた時、怯えのない瞳をしていた。
あの怪物を見ている筈なのに…
自分が殺した事も分かっている筈なのに…
恐怖の浮かんでいない瞳で人に見つめられるのは何百年振りだろうか?
超鈍感な男で、今起こっている出来事が把握できなかったのだろうか?
…きっと…そんなところだ…
今度こそ任務を遂行しなければ。
岩城は気を引き締めようとしたが、あの男の優しい瞳を思い出して妙な気持ちになる。
「…なんだっていうんだ…」
自分の心の動きが分からず、変に動揺してしまう。
しっかりしろ!
こんな事で任務を遂行出来ると思っているのか…
今度こそ失敗は許されないのだ。
岩城は心の中で自分を叱咤して、毛布を深くかぶり、無理矢理眠りについた。




H21.2.16

ダーク・ワールドの続きでございます。書くたんびに「春抱き」に飢えてる事を自覚
するざんす;け、結構辛いですね;皆様も同じだろうけど(T_T)
この話書き終わる前に復活してくんないかな〜なんて思ったり…;
思わずドリームしてしまいました;