※この話は映画「アンダー・ワールド」が元になっています。
そういった話が嫌いな方。映画のイメージを壊されたくない方は読まないで下さい。
お願い致します;
なお、映画の性質上、流血や残酷なシーンの描写がありますのでご注意下さい。
話の基礎となる設定の家系図です。こちら




ダーク・ワールド4

腕を打たれたらしい男は途端に苦しみだした。
「ば、ばかな!」
血管がブクブクと浮き出てきて、腕から全身に広がっていく。
断末魔の咆哮を上げると、床に倒れ伏した。
身体から白い煙が沸き出してくると、怪物とも呼べる容貌だった筈なのに、じょじょに
人間の姿に戻っていった。
「…なんてこった…」
香藤はその様子を見て声を洩らした。
自分が思った事は間違いじゃなかった。これは現実だ。この世に存在していたのだ…
…狼人間が…
呆然としている香藤の元に、岩城は近付き腕を取った。その時、影が飛びかかってきたの
で、避ける為に床を大きく蹴っていっしょに跳んだ。空中で敵を確認すると銃を乱射する。
例の液体銀の入った弾である。先程のワーウルフには効果テキ面で、弾抜きも出来ず死んだ。
今度の敵も1発だけ腕に当たったが、その男は自分で腕をもぎ取って捨てた。
銀が身体を侵食していくのを防いだのである。
「!」
岩城は強敵が現れたのを悟った。
たった一度見ただけなのに、敵の武器の性能を即座に見抜く洞察力といい、迷いのない迅速
な対処に優れた戦士の資質を感じる。
『まさか、サミュエル!』
サミュエルはワーウルフ族の長であるが、自ら戦士として闘いの場に出てくる。彼が出てく
るという事は本気でこの人間を捕まえる気だ。
岩城は400年間の闘いで彼に対峙した事はなく、彼に傷をつけた者さえ知らない。
「走れ!」
着地した岩城は香藤に向かって叫んだ。二人は廊下を走って建物の外に出る。大学内の森を
走りながら、自分の後ろからついてくる香藤を振り返って、少し不安な気持ちになった。
自分一人ならば、追っ手をまける自信があるが、今は無防備な人間を連れている。
『突破できるか?』
ワーウルフに奪われそうになった時はその人間を殺せ
長老達の言葉が脳裏を横切り、岩城は胸が掴まれたような苦しさを覚える。
そして、そんな自分に戸惑いを感じるのだ。
『なんだ…この気持ちは…俺はこの人間を殺すのを躊躇っているのか…?』
岩城は「処刑人」だが人間を殺した事はない。
大半がワーウルフの戦士で、後は理性を失って血を啜るだけの悪鬼と化したヴァンパイアだ
けである。
『だから、戸惑っているのか…?』
情けない気持ちになりながら、岩城は自分を叱責した。
『この使命はヴァンパイア一族の存亡がかかっているんだぞ!この男が本当に「不死者の末
裔」なら、ワ−ウルフ一族の手に渡す訳にはいかない!』
自分はヴァンパイア一族の処刑人だ。その使命を忘れてはならない。
走る岩城と香藤の前に、完全に変身したワーウルフがはだかった。岩城は銃ではなく、剣を
抜いた。
白い閃光が闇を切り裂いた。
と、香藤が思った時、目の前に飛び出してきた毛むくじゃらの怪物は、身体を縦にまっ二つ
に裂いて地面に倒れた。遺体はすぐに人間の姿に戻る。
あまりの手練の鮮やかさに見とれ、香藤は血飛沫が顔にかかったのに気付かなかった。
しかし、長く見とれている時間はなかった。またしても影が上から岩城に襲いかかってきた
からである。
岩城は横に跳んで影の一撃をなんとか避けた。
ものすごい破壊音と共に、拳が地面にめりこむ。
上から岩城に襲いかかった男は、片方だけになった拳をゆっくりと引き抜き、岩城に真直ぐ
に向かい合った。
「今の一撃を避けるとは、なかなかの腕前だ」
「…………」
「岩城だな。お噂はかねがね聞いている。お目にかかれて光栄だ」
長身なその男は完全に人間の姿をしていた。
肩までかかる金髪に優雅さを感じさせる動きで、まっ二つになった遺体に近付き、その手を
ちぎりとって自分の無くなった腕につけた。
途端に腕はその男の身体と一体化し、新しい腕を確かめるように動かした。
岩城は目の前のまったく隙のない男から、圧倒的な力を感じて皮膚が泡立つのを感じていた。
間違いない、こいつはサミュエルだ…
ワーウルフを束ねる長…
兄夫婦と幼い姪を殺したワーウルフの…
岩城の心は怒りと悲しみに満たされ、その激情のままに剣を振りかざしてサミュエルに襲い
かかった。
が、サミュエルは剣を何なく躱し、岩城の胸に拳を叩きこんだ。
「ぐっ!」
岩城の身体が大きく吹っ飛び、木に背中を打たれる。
立ち上がった岩城はサミュエルに凄まじい剣を何度も放ったが、すべて軽くかわされた。力
の差は歴然であった。
駄目だ、到底かなわない!
見ていた香藤はそう、確信する。しかし、一つ気になる事があった。
それは憎しみの炎を全身から漲らせる岩城と違って、対する男の瞳には一欠けらの憎しみも
殺気も宿っていないのである。
殺す気がないのだろうか?
と思った香藤だったが、男が剣を抜いたので、その目測は誤りだったかと思う。
「残念だが、お前とこれ以上遊んでいる暇はない」
『遊ぶ?遊ぶだと!』
岩城はカッとして、怒りの剣を振り下ろしたが、またもかわされ、後ろに周りこまれる。
サミュエルの剣が振り下ろされ、岩城の背中は大きく裂けた。
「う!」
激痛に耐えながら振り返りつつ剣を振るが、それもかわされ袈裟懸けに切られてしまう。
岩城は気を失って地面に倒れる。
「岩城さん!」
香藤は相対している男が言葉にしたので、黒髪の彼の名が「岩城」であると知った。彼の側
に素早く駆け寄り、彼の身体を確かめる。
傷はひどいものだった。
背中は骨がのぞくほど深く切り裂かれており、胸の傷からもドクドクと血が流れている。
このままでは出血多量で死んでしまう!
近づいてくる足音を察して、香藤は岩城をかばいながら、振り向いた。
「もうよせ!これ以上傷つけると死んでしまう!」
「…………」
「気も失っているんだ!抵抗出来ない人を殺す気か!」
すると、遠くから機械音が聞こえてきたので、サミュエルと香藤は音のする方向に目を向け
た。
それは車が近づいてくる音だった。森の中を車が猛スピードで走っているのだ。木々の間か
ら現れた車はスピードを緩めず、サミュエルに突進し、彼に体当たりをかました。
「な、何!」
人をひき殺した!?
香藤が言葉を失っていると、急ブレーキをかけて止まった車のドアが開く。
「早く乗れ!」
運転席に座って声をかけてきたのは、浅野教授であった。額に乾いて固まった血がこびりつ
いている。
「きょ、教授…」
「早く!その人を連れて乗れ!」
「で、でも、あの人は…」
香藤がふっ飛ばされた男を見ると、彼は起き上がってこちらに向かって歩いてきていた。
「…ばかな…」
あのスピードで車に体当たりされて無事な筈が…
「早くしろ!」
香藤は大急ぎで岩城を抱えて車の後部座席に飛び乗った。ドアを閉める寸前、香藤の手に
激痛が走る。男が噛み付いてきたのである。
「痛!」
車が動き出して猛スピードで走りだしたので、なんとか振り払えた。
去っていく車をサミュエルは黙って見送った。
欲しいものは手に入ったからである。
「どうだ、追ってくるか!?」
「分かりません。木が邪魔して見えない…」
香藤が手を見ると、肉片が抉り取られ、血が流れていた。ポケットの中からハンカチを取り
出し、巻きつける。
自分より岩城の怪我が心配だった。頭を自分の膝に乗せて様子を診てみると、青白い顔は更
に青みがかり、呼吸も乱れていた。体温も異常に下がっている。
「早く病院に連れていかないと」
「病院に行っても無駄だ。血清を打たなければ…そのシートの下にアタッシュケースがある
だろ」
「は、はい…」
「その中に注射器とアンプルがあるから、それを彼に注射するんだ」
「で、でも…」
「彼を死なせたくなかったら言う通りにするんだ!」
教授の迫力に驚きながら、香藤はケースを引っ張り出し、中から注射器とアンプルを取り出
して岩城に注射した。
すると、ぱっくりと開いていた傷口がみるみる塞ぎだした。出血も止まり、完全とは言えな
いが、瞬く間に傷は治ってしまう。
だが、呼吸の乱れは納まらず、苦しそうな様子に変わりはなかった。
香藤は彼の頭を膝に乗せたまま教授に尋ねた。
「…どこに行くんですか?」
「…私の隠れ家が近くにある。とりあえずそこに行こう」
それから車中は沈黙に包まれた。
小2時間程走ると、森の中にある丸太小屋の前で車は止まった。
香藤は教授が玄関の鍵を開けると、岩城を抱えて小屋の中に入った。
「一番奥の窓のない部屋に彼を寝かせてくれ」
教授の言う通りに香藤は奥の部屋に連れて行ってベッドに寝かせた。すると、バンと扉が閉
められ、鍵の掛かる音がした。香藤は急いでドアノブに手をかけたが動かなかった。
『閉じ込められた!?』
「教授!教授!」
扉を思いきり叩いて叫ぶが、返事はない。
「…まったく…なんだってんだ…」
香藤はため息をついてベッドの側にあった椅子に腰かける。岩城の様子を診てみるが、息は
まだ荒かった。
『苦しそうだな…大丈夫かな…』
昨夜からの一連の事件といい、先程の傷が治った出来事といい、おそらく目の前の彼は人間
ではないのだろう、と香藤は分かっていた。
けれど、不思議な事に恐怖感はなかった。
初めて会った時から、彼に恐れは感じない。何故か自分でも分からないのだが…
岩城の呼吸がますます荒くなり、胎児のように身体を丸める。
「大丈夫?岩城さん…苦しいの?」
「…寒い…」
小さな声で岩城が呟く。岩城の瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。
「…岩城さん…」
サイドテーブルに置いてあったタオルで拭ってやろうと、香藤は近付いたが、胸にしがみつ
かれてしまう。
「岩城さん?」
意識を取り戻したのかと思うが、彼の瞳は堅く閉ざされたままだった。
小刻みに身体を震わせ、苦しそうに眉を寄せている。
「…寒い…」
さっきまで冷酷に、勇敢にあんな怪物を倒していたのに、今は自分の胸の中で迷子になった
子供のように身体を小さくして震えている。
香藤は必死にしがみつく岩城が愛しくなり、そっと優しく抱き締めた。
「…大丈夫だよ…俺が側にいるから…」
背中を撫でて、優しく語りかける。
岩城の息は次第に落ち着いてきて、いつしか安らかな寝息をたて始めていた。
香藤の胸の中で…




H21.3.17

話の基礎となる設定の家系図をアップしました。こちら

映画「アンダー・ワールド」のおいしい設定を頂戴しておりますが、登場人物の名前とか
細部はちょこちょこ変えています(映画をご存知の方はややこしいかも;)
「名も無きもの」で天使の事を調べている時知ったんですが、「el」って神に繋がっている
接続語みたいな意味合いがあるそうです。だから四大天使はみんな名前の最期に「el」が
つくと。(ミカエル、ラファエル、ガブリエル、ウリエル)この話の登場人物もそこらへん
意識して命名してみました;(デスノー●のLもそういう意味が関係してるのかな?)
先週から公開されている「アンダー・ワールド・ビギンズ」観てきました〜早速(^^;)
やっぱり三木さんの声をあてている俳優さんはいなかったですが、私の好きなルシアンの物語
(といっても過言ではない)だったので満足しましたv
「1、2」を観てないと分からない内容でしたね。R15指定だけあって残虐なシーンが多か
った…;「他人の尊厳を踏みにじる」残酷さも多かった…