※この話は映画「アンダー・ワールド」が元になっています。
そういった話が嫌いな方。映画のイメージを壊されたくない方は読まないで下さい。
お願い致します;
なお、映画の性質上、流血や残酷なシーンの描写がありますのでご注意下さい。
話の基礎となる設定の家系図です。こちら




ダーク・ワールド6

岩城は部屋を出て、浅野教授と話そうと思った。しかし、香藤はここに閉じ込めて
おきたい。
「香藤…」
「…な、なに…?」
岩城の甘く感じる魅力的な声で名前を呼ばれて、香藤は胸が高鳴った。
真直ぐに瞳を見つめられ、岩城が香藤の顔を覗きこんでくる。
美しく冷たい…淋しさを秘めた瞳で…
引き込まれるように岩城と見つめ合った香藤は、ふいに彼に口付けたいという想い
に捕われる。
「…岩城さん…」
彼の頬に手をのばす。
ガチャ…
突然、金属音が聞こえて香藤が下を向くと、自分の右腕とベッドの柵が手錠で繋が
れていた。
「え〜!な、何これ?い、岩城さん?」
「お前はここから動くな…」
ふらつきながらも岩城は立ち上がり、部屋の鍵を針金で解除させるとドアを開けて
部屋を出ていった。
「そんな〜岩城さん〜」
香藤は大きなため息をついた。
手錠をかけられた手に巻かれているハンカチが目に入り、怪我していたのを思い出
す。
『あ、怪我してるのを忘れるぐらい痛みがないや』
ハンカチをとってみると、昨夜、車に乗り込む時に噛まれた傷が、痕も分からない
くらいにふさがっていた。
『出血のわりには、たいした傷じゃなかったんだな』
香藤は簡単に思い、またすぐに忘れてしまった。
部屋を出た岩城は教授を探して、キッチンにいた彼を見つける。
「岩城さん…怪我は大丈夫ですか?」
「…なんとか…」
「血液サプリメントを持っていこうとしてたんです。どうぞ」
教授は赤い錠剤と水の入ったコップを岩城に差し出した。岩城が日頃、食事として
血液の代わりに摂取しているものである。岩城は無言でそれを取って飲み込んだ。
岩城は人から血を飲んだ事がない。四百年前から血を欲しても動物の血で補ってき
た。
「動物の血など泥水に等しい味がするものを…よく飲めるな…」
と、多くのヴァンパイア達にからかわれ、「あいつは人を殺す度胸がないのだ」と
軽蔑された。
しかし、岩城が処刑人としての有能さを発揮し始めると、そんな声は聞かれなくな
った。逆に「人の血を吸わない崇高な人だ」と讃美する者まで現れてきたが、岩城
は誰とも距離を置いた。強いて言えば、浅野のように処刑人の補佐をする役割を与
えられているデイウォーカーには、多少、心を許している。
今はこうして人を殺して血を啜らずとも、生き延びる手段があるので、血を求めて
人間を襲う事は禁じられている。すべてのヴァンパイアはそれに従う規則だが、時
折、人間の甘い血の誘惑に勝てなくなる者がいる。
そんな事をするヴァンパイアのほとんどは平民クラスである為に、人間を襲ってア
ルヴァウイルスを体内に送りこんでも、感染力が弱いので50%以上の確率で悪鬼と
化してしまう。
ヴァンパイアに完全に変貌させるには、濃い血のアルヴァウイルス程確率が高いの
だ。
その為に、悲劇は繰り替えされ、デイウォーカーは絶えず生まれ続けている。
教授も、その悲劇に巻き込まれた一人である。
デイウォーカーと呼ばれるのは半吸血鬼の者だけでなく、ヴァンパイア一族の協力
者もそう呼ばれる。
彼等は「吸血鬼信者」で目的は「ヴァンパイアになる事」である。
中には大企業の実業家や権力者もおり、彼等と協力関係を築く事で、ヴァンパイア
一族は安定した生活と隠れ家を確保出来た。
地位も名声も財力も手に入れた権力者が最終的に欲するのは「不老不死」なのだ。
彼等が求めるのは「長老クラス以上の血」だ。
ヴァンパイア一族はそれエサに利用しているという訳である。
この血液サプリメントも大企業にバックアップされた研究所で開発されたものだっ
た。
岩城はヴァンパイア一族のそんなやり方にも身分制度にも反対だが、その一族に属
するいる以上、従うしかない。
俺の目的はワーウルフを全滅させる事だけだ
そう言い聞かせて、復讐の為だけに生きてきたのであった。
「あの男は?」
「…ああ、彼は基地の研究所に連れていく…不死者の末裔か調べなくては…」
「岩城さん…今、伸幸とも話していたんですが…」
教授は裏切り者がいる可能性を話した。
岩城は『まさか』と思ったが、考えてみると不信な点はたくさんあった。
ワーウルフが都合よく現れるのは、前回の香藤を捕獲する時もだ。情報が洩れ過ぎ
ている…
「基地に帰ったら詳しく調査してみよう…とにかく、あの人間の移動を…」
「分かりました。夜になる頃、迎えが来るよう手配しておきます。私はこれから警
察に出頭して適当に話さなくてはありませんので…」
「ああ…」
教授は小屋を出ていき、岩城は香藤を見張る為にまた部屋に戻った。香藤は手錠に
繋がれたまま、ベッドに腰かけていた。
「教授はどうしてるの?」
「…………」
「…教授は吸血鬼じゃないよね?なのに、どうして岩城さんに協力してるの?」
「…………」
香藤の声を無視して、岩城はドアの前に立った。
「…岩城さんも、元は人間だよね」
岩城は香藤の言葉に驚いて彼の顔を見つめた。
「身体に傷跡があったから。吸血鬼だったら傷は治っちゃうから、それは違う時に
出来た傷なんでしょ?」
「…そうだ…」
彼の見掛けとは違う勘の良さを、岩城は少し意外に感じる。柔軟性があるだけでな
く、頭の回転が早いようだ。
「どうして吸血鬼になったの?」
「…………」
「…ごめん…嫌な事、聞いたね…」
「…ビクトルだ…」
「え?」
「ヴァンパイア一族の大老の一人で、最強の戦士ビクトルから血を分けられヴァン
パイアになった」
岩城は平民クラスの処刑人であるが、その血は大老から受けるという破格の待遇を
得ている。
「…なんで…?」
「…俺の家族をワーウルフが殺したからだ…」
あの夜、意識を取り戻した岩城が見たのは血の海と化した我が家。兄も兄嫁も、幼
い姪も皆、原形をとどめぬぐらいひどい死体となって部屋のあちこちに散らばって
いた。
錯乱し、悲鳴をあげ続けていた岩城は、いつの間にか逞しい腕に抱き締められてい
る事に気づいた。それが、ビクトルだった。
彼はヴァンパイア一族とワーウルフの存在と闘いの話を聞かせ、岩城に同志になる
か尋ねた。
岩城はヴァンパイアとなって、家族の復讐を果たす事を誓ったのだった。そして、
その場でビクトルに噛まれたのである。
「400年間…ワーウルフを殺し続けてきた…」
「…400年も…ずっと?淋しく無いの?」
香藤の言葉に、岩城は胸にチクリと痛みを覚えたが気づかぬふりをした。
「そんな感傷は処刑人には不要だ…」
「どうして殺し合わなきゃいけない?」
「…そういう運命だ…」
「でも、何か原因がある筈でしょ?そんな何百年間も殺し合うんだから、何か理由
だある筈だよ」
「…そんなものはない…」
「じゃあ、何の為に殺し合うの?」
「…………」
この闘いの発端がなんであるか岩城は知らない。そんなものは知らなくていい、と
思っていた。しかし、改めて考えてみれば不明な点が多い。
どうして、ヴァンパイア一族とワーウルフ一族は闘い続けているのだろうか?
「…この二つの種族は、DNAでも殺し合う…」
「え?どういう意味?」
「お前もアルヴァウイルスを見ただろう。ワーウルフにもヴォルグウイルスという
ウイルスで変貌するが、この二つのウイルスが一つの肉体に入れば、そのウイルス
同士が殺しあって、肉体は死んでしまうんだ」
「…………」
「…だから、殺し合う運命なんだ…」
自分に言い聞かせるかのような岩城の言葉だった。
「…俺はどうして狙われたのかな?」
香藤は話題を変えようと、他の話をふった。
「…………」
「まさか、ヴァンパイアになれ、とか言うの?」
「…………」
そうだ、と言いかけて岩城は口をつぐんだ。この世界の事を知ってしまった以上、
もう人間の世界には戻れない。何より、彼が不死者の子孫だった場合は、血を欲さ
れ、あらゆる検査にかけられるだろう。
岩城は目の前の人間に、それはとても不似合いな気がした。
「ね〜岩城さん。喉乾いた〜」
「は?」
「喉乾いたし、トイレもいきたいんだけど〜逃げないからこの手錠はずしてくんな
い?」
「…………」
普通の食事など必要なくなってから400年もたつので、岩城は忘れていた。人間は
食べ物を摂取しなければいけないのだった。
「…何か持ってきてやる…」
「手錠は?」
「駄目だ」
「ケチだな〜岩城さん」
ケチ?
そんな事を自分に言った者はいなかった。少なくとも一族の者には。
岩城はふと兄の事を思い出す。兄は好き嫌いをするな、とか、勉強のしすぎはよく
ない、とかいろいろ口出す事が多かった。
そういえば、この男も兄と同じ医者だったのだ。
「…ケチで悪かったな…」
岩城は少し浮き立った気持ちを抱えながら、部屋を出た。
やはり、あの人間の闇の世界は似つかわしく無い。
暖かい太陽の香りのする彼には…


夜になると、ヴァンパイア一族の迎えが到着した。車に武装した処刑人が3人乗って
来た。
「岩城さん、お迎えに上がりました」
「…ああ…」
香藤の手錠をはずした時、岩城は胸に黒い塊を飲み込んだような気がした。
この先…この人間はどうなってしまうのだろう…?
感傷的な気分を振払おうと、岩城は出来るだけ香藤に冷たい態度をとり、目を合わ
せないようにする。彼の顔を見ると、何故か胸が苦しくなるのだ。
「では、行きましょう」
辺を警戒しながら小屋から出て、車に乗り込む。
全員が車に乗り込んで出発した。とりあえず、皆はホッと息をついだ。
今回の情報はワ−ウルフには洩れていなかったようである。
「あ…」
後部座席の真ん中で、岩城と他の処刑人に挟まれる形で座っていた香藤が声をあげ
た。
「どうした?」
「ハンカチ落としちゃっただけ」
屈みこんでハンカチを拾うと、香藤は自分のポケットに入れた。
「怪我してたのか?」
血のついていたそれを見て思わず岩城は声をかける。
「うん、でもたいした傷じゃないよ。もうふさがったし…」
「……………」
「……………」
皆、無言で辺を警戒しつつ、車を走らせている。車内の重苦しい雰囲気をはらおう
と、香藤は陽気な口調で話だした。
「いや〜昨日の夜に襲ってきた奴が、何を思ったかいきなり噛み付いてきてさ〜」
「!」
「…なんだと…」
「……………」
「びっくりしちゃったよ〜結構痛みもあったし、かなり出血したんで大きな傷かと
勘違いしてたけど…」
「殺せ!」
車はいきなり急ブレーキをかけて止まり、香藤の隣に座っていた処刑人が銃を香藤
に向ける。
「やめろ!」
しかし、岩城が銃をはらい、弾は天井めがけて放たれる。
ドアを蹴破った岩城は香藤を引きずり出しながら外に飛び出した。
「早く、逃げろ!」
岩城は香藤に、大声で叫んだ。
「…な、なに…」
「早く逃げるんだ!殺されるぞ!」
「…ど、どうして…」
答える間もなく、車から処刑人が飛び出してくる。岩城は香藤を殺そうとする処刑
人の前に立ちはだかった。
『な、なんか分からないけど、ここはひとまず逃げた方が賢明らしい…』
香藤は森の中に大急ぎでダッシュした。
「逃がすな!追え!」
「止めろ!」
香藤の後を追って、一人の処刑人が森に飛び込む。止めようとした岩城に剣が向かっ
てきたので、岩城はそれを素早くよけた。
「何を考えている岩城!あいつはワ−ウルフに噛まれたんだぞ!ワーウルフに変貌す
るのは時間の問題だ!今のうちに殺しておかなければ!」
「し、しかし…あの人間は不死者の…」
「ヴォルグウイルスに感染した以上、もう用はない!殺すんだ!」
「……………」
岩城も自分自身、何故こんな事をしているのか分からなかった。
彼はあきらかにヴォルグウイルスに感染している。確実にワーウルフに変貌するとい
うのに。
ただ、どうしても彼を殺したくなかったのである。
あの優しい心をもつ彼を…




H21.4.23

やっぱりのろのろ進んでいます;が、なんとか話も際になってきたようです〜;
もう少しで話の核心が見えてくるところ…かな…(オイ;)