危険な密会2   


「どうぞ」
胸の高鳴りを表に出さぬように、香藤は返事をした。部屋に入ってきた岩城は少し俯いて、
青白い顔色をしている。
「…遅れてすみません…途中で馬車の事故があって…」
「怪我をしたのですか?」
香藤の声が微かに大きくなる。
「…いえ…横転した馬車が道を塞いでいたので、回り道をせざるえなかったのです…」
「そうですか…」
香藤はほっと胸をなで下ろした。
「ここには辻馬車で?」
岩城は頷いた。男爵家の家紋の入った馬車を使う訳にはいかない。
「寒かったでしょう。暖炉に近付いて火にあたって下さい」
しかし、岩城は動こうとしなかった。香藤はワゴンに近付いて二つのグラスにブランデーを
注いだ。
「コートぐらい脱いだらどうです。残念ながらこの部屋にいるのは私達だけなので、世話を
してくれる従者はいませんが」
「…………」
岩城はキッと香藤に鋭い視線を向けると、コートを脱いでドア近くの外套掛けに引っ掛けた。
「どうぞ」
差し出されたグラスを受取るのを躊躇っていたが
「飲んだ方が楽ですよ」
香藤のその言葉の意味が岩城は分からなかった。しかし、何か無気味なものを感じつつもグ
ラスを受取る。口をつけると香りといい味といい、最高級のブランデーである事が分かった。
それが顔に表れていたのか
「美味しいでしょう。スコットランド産のブランデーですが、国外にだしていませんので、
市場にはない代物です」
と、香藤が語った。
市場に出回っていない品をどうやって手に入れたのだろうか?
そんな疑問が岩城の頭をよぎったが、言葉にはしなかった。
この家は香藤のものなのだろうか?小さいながらも清潔で心地よい雰囲気が漂った部屋であ
る。使用人はいないと話していたので、普段生活している家ではなさそうだ。調度品や最低
限の家具は揃っているから、誰かに貸しているのかもしれない。例えば、恋人などに…
奥にある天蓋付きの大きなベッドから、岩城は目を反らした。
「岩城さん、あなたのことは少し調べさせてもらいました」
「…………」
「随分博学のようですね。英国の大学に留学なさって、そちらで最優秀学生に選ばれている。
卒業しても帰国せずに働いていたらしいですが貴族の方にしては珍しい。一昨年、帰国され
たのは父上が亡くなられたからですか?」
「…そうです…」
「確か兄上が男爵家を継いだのですね。それから、あなたは彼の仕事を手伝っている」
「……ええ……」
「アラン子爵と恋仲の姪御さんとは、男爵の娘さんですね。男爵はご存知なのですか?」
「…いいえ……」
「話していないからこそ…あなたがここにいる訳だ…でも、何故話さないのですか?実の兄
上でしょう」
「…兄は…少々堅物なところがあって…二人の恋人としての交際も認めていないのに、アラ
ン子爵に借金があるなど分かったら…」
「娘さんから遠ざけますか?」
「…………」
「…なるほど…」
あの頭の堅い兄が岩城は苦手だった。英国で留学した時は楽しかった。「家柄が」「世間の
目が」などとうるさく言われず、自由に好きなことを出来たからである。勉強も楽しかった
し、なかでも友人に連れられて初めて観た町劇場の芝居に岩城は夢中になった。貴族が鑑賞
するオペラよりも、身近で熱気と興奮に包まれていて…
英国に留まり、出版社で芸術部門のチームに入社した。役割は翻訳と通訳だが、演劇の世界
にもたずさわれてやりがいのある仕事だった。しかし、父の訃報が届いて、帰国せざるえな
くなる。
この国でも演劇に関係のある仕事に就こう、と考えていたのだが、兄は許してくれなかった。
自分達は貴族である。平民にまぎれて働く立場ではない。
と言って岩城の希望をはね除け、男爵家の仕事の手伝いを強要してきた。
土地を管理して、小作人達の暮しを守り、農作物を管理する。
それが、大切な仕事であると分かっている。ただ、自分に合っていないだけなのだ。そんな
自分の気持ちを分かってくれたのは兄嫁だった。
兄からの叱責をかばってくれたり、娘の付き添いと称して劇場に誘ってくれたり。彼女の気
遣いにどれだけ心が楽になったか。
彼女の為にも、姪を悲しませるわけにはいかない。
「…こちらには、覚悟してきたのですね…」
香藤の瞳が妖しい光を帯びたような気がして、岩城は背中がぞくりとした。
「…ええ…」
「では、服を脱いで下さい」
「…え……?」
「服を脱いで、と言ったんです」
岩城は香藤の言葉がすぐに理解出来なかった。
何故?どうして?何の為に服を脱がなければならないのか?
奴隷になれ、という香藤の言葉に、岩城は自分の所有財産をすべて取り上げられるのかと思
っていた。名義の書き換えを要求されたり、言われた物件への投資を強要されるのかと。が、
それらのすべてに服を脱ぐ必要はない。
「どうしたんですか?まさか、いつも使用人に脱がせてもらっているので自分では脱げない、
なんてことはありませんよね」
「な!そんなわけないでしょう。服ぐらい脱げます!」
香藤の中傷めいた言葉に、思わず語気が荒くなる。この男から漠然とした貴族への憎悪があ
ることを、岩城は初めて会った時から感じとっていた。
「意味が分からないだけです…どうして服を脱ぐ必要があるんです?」
「見たいからです」
「…え…?」
「さっさと言う通りにしてくれませんか?奴隷は主人に質問しないものでは?」
香藤の軽口に岩城はカッとなり、上着のボタンに手をかけて、乱暴に服を脱ぎ始めた。
上着を脱いで床に投げ捨てる。ベストとサスペンダーをはずしたところで手が止まる。シャ
ツの下は何も着ていないのだ。
「どうしました?何故止めるんです」
「……………」
「全部脱いで、と言ったはずです。シャツだけでなく、ズボンも靴下も下着もです」
岩城は顔を上げて香藤を見つめた。彼はまっすぐに自分を見つめている。まるで、これから
買う商品の品定めをするように…
彼は自分に屈辱を与えようとしているのだと、岩城は分かった。
「さあ、早く…」
怒りに手が震えながらも、岩城は服を脱いでいった。すべて脱ぎ捨てると香藤の前に堂々と
立つ。これぐらいの事で動揺する姿をさらしたくなかったのである。
「では、ベッドに寝て下さい」
「……………」
「早く…」
くやしさのあまり唇を噛みしめ、岩城は奥にあるベッドにゆっくりと近付いていった。綺麗
な白いシーツの上に身体を横たえた。
そんな岩城の姿を見つめながら、香藤は必死に自分を押さえつけていた。
彼の身体は想像以上に美しかった。同性の肉体をこれ程美しい、と思ったことはない。
白く、染みひとつないきめ細かな肌。ギリシャの彫刻を思わせる無駄のない肉体。逞しい身
体つきだが、男性にしては細い腰と見事な脚線美が柔らかな印象を与えている。暖炉の炎に
照らされた岩城の身体は、なまめかしく輝いて誘っているかのようだ。
先程、ベッドに寝るよう指示した時、声がうわずらないようにするのが精一杯だった。身体
の奥から熱い欲望が突上げてきて、今にも爆発しそうである。
ベッドにゆっくりと近付き、シーツの上に投げ出された岩城の裸体を見つめた。
仰向けになった岩城は、堅く目を閉じて横を向いている。
香藤はそっと手をのばし、岩城の肌に指を滑らせた。
途端に、岩城の身体がビクリと跳ね、強張ったのが分かった。
「な、なにを…!」
驚愕の色が浮かんだ瞳を香藤に向ける。
「じっとして…動かないように…」
「……………」
岩城はそっぽを向き、また目を堅く閉じて、両手でシーツを握りしめた。香藤は岩城の胸や
腹部を指でたどり、絹のような感触を楽しんだ。身体がどんどん熱くなり、押さえられなく
なってくる。
ベッドに上がって、岩城の上に覆いかぶさる。
唇を指で撫でると、岩城は眉間に皺を寄せて、ますます身体を堅くした。
濡れた紅い唇の妖艶さに押さえがきかなくなり、香藤はその唇に自分のそれを重ねた。
「…!…」
いきなりの濡れた感触に、岩城の身体は飛び上がった。目を開くと自分が何をされているの
か分かって、屈辱と恐怖で胸がいっぱいになる。
「いやだ!」
恐ろしくなった岩城は香藤を押し退けて、ベッドの反対側に飛び降りた。隠すようにしゃが
み込む。自分の腕で身体を庇うように包み込んだ。
突き飛ばされた香藤は、涙を浮かべた岩城の顔を見つめた。荒く息をついて、身体は恐怖か
怒りの為か震えてる。おそらく、その両方なのだろう。彼のそんな姿を見て、香藤の胸はズ
キリと痛んだ。
フッと息を吐いて、香藤は笑みを浮かべた。
「…冗談ですよ…そんなに怖がらなくてもいいでしょう」
「な…!なに…!じょ、冗談だと!」
「そうです。あなたをからかっただけです。もう服を着ていいですよ」
「…そ…それは…どういう意味だ…!」
「怖がらせてやろうかな〜と思って…そんなに過剰反応するとは予想しませんでした。うぶ
なんですね」
「…!…ふ、ふざけるな!」
「早く服を着て下さい。今度は真面目に話をします」
「…!……」
岩城は怒りで顔を真っ赤にしながらも、服を取って身につけ始めた。香藤は岩城を見ないよ
うに背を向けて、またグラスにブランデーを注ぐ。一気に飲みほしたが、なかなか熱が引い
ていかない。落ち着かせる為には、もっと強い酒が必要のように思った。
背後に気配を感じて振り向くと、服を着た岩城が立っていた。瞳が怒りの色を帯びているの
を見て、香藤はさらに身体が熱くなるのを感じた。
一体、どうしたというのだ?彼がこんなに自分を落ち着かなくさせるのは、どうしてなのだ
ろう…?
「…真面目な話とはなんです…?」
口を開かない香藤に業をにやしたのか、岩城がきつい口調で尋ねる。気づかれぬように香藤
は深呼吸をした。余裕のあるふりをしなければ。
「あなたは街の中心から少し離れたところに家を所有していますね」
「…………」
この男はどこまで自分の事を調べたのだろう…岩城は一抹の恐怖を香藤に感じた。
「その家にある人が訪ねますから、滞在させてやって欲しいのです。余計な詮索はせず、誰
にも洩らさないように」
「なに?ある人とは何者です?」
「それは言えません。あなたは知らなくていいことです」
岩城は先程のブランデーの話を思い出した。
まさか…犯罪者ではないだろうな…
「…犯罪の片棒を担ぐ気はありませんよ…」
「犯罪者ではありません。あなたに非が及ぶことはありません」
「では、どういう事情のどういった人物なのか話してもらいたい」
「…………」
確かに、一切何も知らさない、というのは無理かもしれない。少しぐらい事情を説明してお
いた方が、何かあった時に対処しやすいだろう。
「…亡命者です…」
「…え…?」
「隣国アラミス国からの亡命者です。私は亡命を手助けする組織の一員なのです」
岩城は意外すぎる話を聞かされて呆然としている。
「岩城さん、これからあなたにも協力してもらいます」
「なに?どうして私がそんな事を…!」
「…あなたは貴族だ。貴族の特権は何かと利用出来るのです。当局の手入れがあっても、
捜索を拒否出来る」
「私を利用するというのか?」
「あなたは拒めない筈です」
岩城はグッと悔しそうに口をつぐんだ。
「あなたには私の仲間になってもらいます」


H22.7.1

今、ヒストリカルロマンスにはまっているのですが、最近読んだ「金色の巫女に捧ぐ」
というやつが萌えました。だってヒーローが幼い時に某男から●●された過去をもって
るんだもん!ヒストリカルで同性に貞節を奪われたヒーローなんて初めてでしたわ!
普通の小説に「男娼」なんて単語が出てきたら、驚きますがな!びっくりしましたわよ!
興味のある方はぜひ一度お読み下さいv(物語のコメントになってないな;)