優しい微熱

「37.8度。やっぱり熱がある」
伊達が熱をだした。
「昨日のシャワー浴びる時、ガスつけてもらえばよかったな」
桃がベッドで横になっている伊達の額に手をあてる。
昨日の夜、外に出掛けていた伊達がずぶ濡れになって寮に帰ってきたので、
塾生全員は驚いた。何事かと問いただせば、川におちた子供を助けたのだと
言う。
今は真冬の最中である。
すぐに風呂に入れ、と皆は言ったのだが、消灯時間はとうの昔に過ぎており、
風呂は水しか出なかった。台所でお湯を沸かそうか、とも言ったのだが、伊
達は汚れを落とすだけでいい、と水のシャワーですませてしまったのである。
次の日、朝から伊達はくしゃみを連発し、授業中も視線はいつもの鋭さを欠
いていた。
寮に戻って伊達がベッドで寝ていると、どこで見つけてきたのか桃が体温計
をもってきて熱を計ったところ、案の上、熱をだしていたという訳である。
「薬を買ってくるから、おとなしく寝てろよ」
桃はしぼったタオルを伊達の額にのせる。こういう時に限って飛燕は留守だ。
「薬はいらん」
「何故?飲んだ方が治りが早いぞ?」
「…薬は好きじゃない…」
「何子供じみた事言ってんだ?」
「…とにかく、俺は飲まないから買ってくるな」
「…温かくしとけよ」
桃は軽くため息をついて出て行った。残された伊達は意識を朦朧とさせなが
ら、随分、軟弱な身体になったもんだ、と思う。
子供の頃、修行中の時はこれくらいの微熱が出ていても、横になったり武道
の鍛練も休んだりはしなかった。許されなかった、と言った方が正しいのだ
が、それでも自分も休みたいとは思わなかった。
休めば、用無しと判断され殺される
そういった恐怖心があったのは事実であるが。
倒れるまで鍛練は手を抜かずに行われ、高熱をだして生死の境を彷徨っても
薬は与えられなかった。
この経験からだろうか、伊達は薬を信用していない。
無くても治るじゃないか、と思ってしまう。
ましてや今は、こうしてゆっくり身体を休める事が出来るのだから。
だるい身体を持て余してぐるぐる考えていると、頭が重くなってきた伊達は
眠気を覚える。
しばらく、うたた寝をしていたのだが、伊達は額に冷たい感触を感じて意識
を戻した。火照った身体に心地良い。
「伊達?大丈夫か?」
桃の声がする。
ああ、桃か…
伊達はホッと身体の力を抜いた。
目を開けると桃の顔が目に入り、額のタオルを変えてくれたらしいと気付く。
部屋の中を見渡すと、窓のカーテンが引かれ、明かりは豆電球がついている
だけである。寝ている間にすっかり夜になっていたようだ。
「…桃?何してる?」
「ん?今夜はここで寝ようと思って」
桃は伊達の隣で布団をかぶり、同じベッドに身を横たえている。
「止めろ、感染ったらどうする」
「そんな、柔な身体はしてない。お前みたいに冷水を浴びたんじゃないしな」
「…狭いだろーが」
「俺の寝相は良いぞ。伊達は悪いのか?」
「…………」
「ここなら俺も寝ながらお前の様子が看れるし、タオルの取り替えも出来る
だろ」
「…………」
「俺がいたら嫌か?」
そんな訳はないだろ。
と伊達は心の中でつぶやいて、それ以上言うのを止めた。
ようするに、心配してくれているのだ。
同じベッドにいて手を出さずにいられるだろうか?
さすがに熱の出ている今の自分の状態では何かする気は起きないだろう。多
分…
ま、いっか…
伊達はそのまま何も言わずに目を閉じた。
心配される、という慣れていない感情を向けられて伊達は少々照れくさく感
じる。
桃が横に寝転ぶ気配を感じて、思わず笑みがこぼれた。
桃の優しさが素直に嬉しい。
伊達は身体の力を抜いて、そのままやすらかな眠りに落ちていった。

どれぐらい時間が過ぎただろうか。
伊達の意識が、不可解な感触をぼんやりとだが感じ始める。
なんだ?
下半身が変な格好でいるような?
誰かが触っている?
ズブッ
ぎゃああああ〜!
意識が一気に覚醒し、伊達は飛び起きた。
足下に座っている桃と目が合う。
「あ、やっぱり起きたか…」
「ももももも、桃!?」
「うん?」
「ななななな何やってる!?」
「薬だよ」
「くくくくく、薬!?」
「うん、熱さましの座薬。今、伊達に入れたから」
「はあ!?」
「いれろ、って言っても伊達は嫌がって絶対やらないだろ。だから寝ている間
にいれようかな〜と思って」
「★※□▲〜★#*〜!」
もう、言葉にならない…
「ま、まさか桃、お前…」
「なんだ?」
「その為にいっしょに寝たのか?」
「うん」
さわやかな笑顔浮かべて即答してるんじゃねえ〜!
伊達は重〜い目眩に襲われる。
怒りと恥ずかしさと混乱で熱が1、2度上がったに違いない。
何事にも器用なこの男の事だ。伊達が眠ったのを確認して、気配を感じさせな
いようパッと布団をめくり、伊達の身体をクルッと返し、ズブッと薬を挿入し
た訳である。
よくも、そんな恥ずかしい事してくれたな…
桃の優しさを嬉しく思った自分がばかみたいだ…
いろいろと文句を言ってやりたいところだが、あいにく脱力が激しくて熱で参
っているこの状態では気力が湧いてこない。
伊達はわざとらしく「はあ〜」と大きくため息ををはくと、乱暴な仕草で布団
を掴み、ベッドに突っ伏した。思いきり桃に背中を向けて。
「伊達?怒ってるのか?」
当たり前だ!
と、伊達は心の中で叫んだ。
「伊達が心配なのは本当だぜ。同じベッドにいたら、様子を看てられると思っ
たのも」
「…………」
「大切な人が苦しんでる姿なんて、長く見ていたくないだろ?早く良くなって
欲しいんだ」
「…………」
無言の伊達にあきらめたのか、それ以上声をかけず、桃もベッドに横になった。
伊達の背中に身体を密着させ、額をコツンと背中に寄せてくる。
こうなると、伊達はもう駄目だった。
先程までの怒りと恥ずかしさはどこへやら。桃に対し、愛しさしか感じなくな
ってくる。
俺も、甘ちゃんになったもんだぜ…
伊達はくるりと身体の向きを桃の方に変える。
桃は伊達の胸に顔をうずめ、背中に腕を回してきた。
そして、まるで幼子をあやすように優しく撫でるのだ。
やっぱり俺に薬は必要ない、と伊達は思う。
一番の特効薬である、安らぎを桃の存在と香りが与えてくれるからだ。
伊達は少々複雑ながらも、幸せな気持ちになって再び目を閉じた。

次の朝。桃の特効薬のおかげか、苦労のおかげか、伊達の熱はすっかり下がって
元気を取り戻したのでありました。
ちゃん、ちゃん♪

                           


H20.10.8

桃ちゃん誕生日おめでと〜vその誕生日にこんな話でごめんね〜;
結構かわいいタイトルだと思うのですが、内容は変態ギャグおちでした;
いや〜根がギャグ人間なんでねえ〜;申し訳ありません;
カミソリはご勘弁下さい;