ダーク・ファング4

香港でのカジノ船を調べ、その時間帯に田沢3号がはじき出した場所にいた船を突き止めてくれたのは、トウフウケツであった。彼の組織はカジノ船に対していくつか情報を入手できる手段を持っていたのである。
男塾のメンバーが香港に付くと、宗嶺厳が現れて漁船を1隻与えてくれた。
皆、桃の救出の為ならば、と惜しみなく力を貸してくれる。
「みなさん、ありがとうございます」
飛燕の感謝の言葉に
「友の窮地を黙って見過ごすわけにはいかんからな」
と返してきた。

桃が閉じ込められている、と予測されるカジノ船は港に戻って来ず、そのままインドネシアに向かう予定であるという。カジノで遊ぶ客は、船から港まで定期的に運行されるボートで行き来するそうだ。
「救出するとすれば今夜しかありません。夜、借りた漁船で出来るだけ近づき、そこからレーダーで探知できない小さなボートでカジノ船まで漕いで乗り移りましょう」
「分かった」
カジノ船に出来るだけ近付き、様子を伺いつつ招待された客達が帰るのを待った。
この船に桃が閉じ込められているのかと思うと、すぐにでも乗り込みたい気持ちだったが、皆はなんとか必死に堪えた。
午前2時を過ぎた頃、ようやく船の明かりがほとんど消えた。定期的に行き来していたボートも動かなくなったところをみると、カジノが終わり客達が全員帰ったようである。すると船はいきなり沖合いに向かって動きだした。てっきり、この海域で夜を過ごすと思っていた皆は慌てた。怪しまれないよう一定の距離空け、魚を探しているような素振りをしながら船を走らせる。
30分程たつと、カジノ船は停止した。
何故、止まったのか目的は不明なままだが、このチャンスを逃すと次はないかもしれない。飛燕の判断で乗り込む作戦をここで実行する事になった。
船に近付く為の小さな船はカヌー1隻、ゴムボート2隻である。伊達、富樫、虎丸、赤石、J、飛燕が二人ずつ乗る事になった。他の塾性達は漁船に残り、合図があったらカジノ船に駆け付ける手はずである。
「それまで無線は使いませんので、何か無線が入ったと思ったら言葉が聞こえなくても、すぐに駆け付けて下さい」
「分かり申した」
小さな船は気付かれぬよう、明かりもつけずに静かに漕ぎ進み、なんとかカジノ船に横づけした。
「まずは、俺と伊達が乗り込んで中の様子を探ってくる。まだ、桃がいるかどうかも分からんしな」
「分かりました。気をつけて」
飛燕の言葉に見送られ、富樫と伊達が船に乗り込む。
隠れながら甲板の端を歩き、屈み込む体勢で中央を覗き込むと、幾人か見張りが立っているのが見えた。
「銃を持っていると考えた方いいな」
「…ああ…」
その時、大勢の子供が甲板に連れて来られたので、伊達と富樫は面くらった。
「お前達、静かにしろ!これからお前達を買いに来るお客さんがいらっしゃる!愛想よく笑ってろ!」
子供達は全員脅えていて、表情はひきつっていた。
「なんだと!こいつら人身売買までやってんのか!この場所に船を止めたのは買に来る船を待つ為だったのか!」
「…………」
伊達はなんとか深呼吸して心を落ち着かせようとした。今は怒りに身をまかせている場合ではない。
「桃がこの船にいなかったら、黙って引き上げるつもりだったが、こうなったら見すごしてはおけねーな」
「…ああ…」
富樫の言葉に伊達が頷く。
「富樫、皆を呼びにいって来い、この船にいる奴らを全員倒す」
「おっしゃ!」
富樫が動こうとした、その時
『動くな!』
と、スピーカから聞こえるような声が甲板中に響き渡った。
富樫は自分に向けて言われたのかと肩をすくめたが、そうではなかった。
『救命ボートを用意し、今すぐ子供達を乗せるんだ!』
スピーカの声の主がそう言ったのである。
「誰かが子供達を助けに来たんか…」
「らしいな…」
このタイミングでか…吉とでるか凶とでるか…
声の主の姿は見えない。甲板に幾台かスピーカーを置いて喋っているようだ。自分の居場所を知られない為だろう。
『この船にはいくつか爆弾を仕掛けた!子供達を解放しないなら船を爆破する!』
「げ!」
「やばいな…」
凶とでたか…
「富樫、皆を急いで呼んで来い。俺が槍を投げたら一斉に飛び出すように伝えろ」
「おう!」
伊達は一人で甲板の様子を伺った。
『嘘でない証拠にまず1つ爆破させる!』
その言葉通り、爆発音が船尾の方から轟いて、船は大きな振動に包まれた。振動がおさまった後、船は船尾に大きく傾いていたが、甲板に立っていた黒服の男達に動揺した様子はない。
「捕まえたぞ!」
黒服の男に引きずられて一人の青年が甲板に放りだされる。黒服の奴らはにやにやと笑って青年を見下ろしているので、伊達は唾を吐きかけてやりたい気持ちになった。
「残念だったね。度胸だけは認めてあげよう」
「爆弾の制御装置は海に捨てた!解除しない限り5分おきに爆破して最後は船が沈むぞ!」
青年の言葉にボスらしき男は顔を歪める。
「船が沈んだら君も子供達も死ぬじゃないか?」
「お前達と取引するんだからな!命を捨てる覚悟はとうに出来てる!」
「ほほ〜う」
「すぐに子供達を救命ボートに乗せるんだ!そうしたら爆弾の仕掛けた場所を教える!」
「そんな脅しが俺達に通用すると思っているのかね?」
黒服の男の一人が青年に向かって銃を向ける。
「俺を殺したら爆弾の仕掛けた場所は分からないぞ!」
「殺すまでもないさ、君の身体に聞けばいいんだ」
「なんだと!」
「まず、耳を吹き飛ばしてあげよう。次は右足にぶちこんで…」
ボスがそう言った時、青年に銃を向けていた男の額に槍が突き刺さった。
甲板にいた全員が何が起こったか分からずに硬直していると
「かかれ!」
富樫の声で船に乗り込んでいた男塾のメンバーが黒服の男達に一斉に飛びかかる。
「な、なんだ貴様ら!」
「お前達、な、何をしている!全員殺せ!」
黒服の男達が慌てて銃で応戦する。
「あ、あんた達は一体…」
捕まっていた青年は呆気にとられている。
「俺達はあんたの味方だ!同じようにさらわれた仲間を助けに来たんじゃ!」
「そ、そうなのか!」
「あんたは子供達を安全なところに!」
「わ、分かりました!みんな、こっちに来るんだ!」
「お兄ちゃん!」
「ジャック、無事だったか?もう大丈夫だからな!」
どうやら青年の弟が、捕らえられていた子供達の中にいたようである。
甲板にいた黒服の男達は全員銃を持っていたが、使う間もなく男塾のメンバーに倒されていった。船の中から何人もの応援が駆け付け、乱戦模様となった。
混戦している最中に2度目の爆発が起こり、船がまた大きく傾く。船のあちこちから煙が登り始め、船員の中には騒ぎに乗じて救命ボートでこっそり逃げ出す奴らも出てきた。
「おい!桃はどこにいる!?どこに閉じ込めたんじゃ!」
ボスの男に富樫が襟首を掴んで詰め寄った。
「誰が教えるか。貴様の仲間はこの船と共に海のもくずだ!ざまーみろ!」
「てめ〜!」
「…………」
どうやら、桃はこの船にいるようだ。
伊達が男の足に槍を突き刺してやろうか、と思った時、赤石が前に出てきた。伊達の槍を額に受けて絶命した男の遺体を掲げている。
赤石は子供達が見ていないのを確認すると、遺体を斬岩剣で斬り付けた。腰のあたりで真っ二つになった遺体は派手な血飛沫をあげて再び甲板に転がった。赤石が血まみれの剣先をボスの顔に突き付ける。
「桃はどこだ?」
「…はい!地下三階の一番奥の部屋です!」
今度は真っ青になりながらあっさり喋った。
「鍵がかけてあるんじゃねーか?」
「はい!これがマスターキーです!」
今度もあっさり鍵を差し出したので伊達が受け取る。
「俺が行ってくる」
伊達は爆弾を仕掛けた青年に話かけた。
「おい、爆弾は後何個ある?」
「全部で10個取り付けました」
2つ爆発したから残りは8個。35分以上時間がある。
全部爆発する前に船が沈むかもしれないが、少々余裕があるようだ。
「残りの爆弾を外すより脱出を急いだ方が安全だな」
「そうだな、その方が…」
「あの…時間はあまりないんです…」
青年が富樫と伊達の会話の間に入ってくる。
「どういう事だ?」
「爆弾は全部で10個ですが、5回目の爆発で全部の爆弾が爆発して、この船が吹っ飛ぶようになってるんです」
「!」
「なんじゃと〜!なんでそんな事になっとるんじゃ〜!」
「子供達を救命ボートで逃がした後は、俺もろともこの船を吹き飛ばしてこいつら全員みちずれにするつもりだったんです。だから、爆弾は順番に爆破するから時間があると思わせて油断させる気でした」
「なにお〜」
「私も弟も漁師ですので、弟も船の運転が出来るんです。だから子供達の船は弟にまかせて、私は追っ手が出ないようにしようと…」
自分の命を引き換えにしてでも、子供達を助けようとした度胸は怖れいるが、こっちの都合も考えて欲しかった、と思ってしまう。仕方ないとはいえタイミングが悪すぎる。
「と、いう事は…後10分弱しかない!」
「もしかしたら、この船は危険と判断すると自動的に防水壁が降りる構造になっているかもしれません。降りたら最後。船の中からは出られません」
「なんじゃ〜弱り目に崇り目かい〜!」
「富樫、お前は皆の避難を急がせろ!俺が桃のところに行く!」
地下に通じる階段に向けて伊達は走りだした。
「待て、伊達!わしも行くわい!」
「お前は避難の誘導しろ。桃は俺が必ず助けだす」
「桃を助けだしたいのはお前だけじゃねー!」
「…お前に何か合ったら桃が悲しむだろーが」
「ふざけんな!桃の為にわしが命張れないとでも思ってんのか!」
「…………」
「大体、お前に何かあっても桃は悲しむだろーが!」
「…富樫」
伊達は階段の手前で足を止めて富樫を振り返った。
「なんじゃい?止まっとる場合かい!」
「俺はな、桃より先に死ぬ、と決めてるんだ。こればかりは桃が泣こうが、わめこうが譲る気はない」
「あ?」
「だが、お前は桃を泣かせるのは嫌だろ?」
「伊達…」
伊達は不敵な笑みを浮かべて、富樫の腹に一撃をお見舞いした。
「げほっ!」
富樫が腹をかかえて膝をついている間に、伊達は階段を駆け降りた。
「伊達〜てめ〜」
痛みを堪えながらも立ち上がろうとした時、3度目の爆発が起こって、床が持ち上がる衝撃に富樫の身体は甲板を転がった。
「富樫!みんなの漁船が来たぞ!」
虎丸の言葉に海を見ると、確かに皆の乗った船がこちらに向かって来ていた。飛燕が無線で呼んでいたのだ。甲板では黒服の奴らとの応戦がまだ続いている。
「船にあった救命ボートは船員達が逃げるのに全部使ってます!」
「子供達を俺達の漁船に乗せようぜ」
「私達が乗って来たゴムボートに乗せて一旦この船から離脱させましょう!私達はいざとなったら泳げばいい!」
「桃はどうした?」
「伊達が助けに行ったから心配ねー!」
桃の事はまかせたぜ伊達!
富樫は心の中で呟いて、まだ続いている乱闘の中に飛び込んでいった。


H20.10.21

次で終わりですので申し訳ありませんがお付き合い下さいませ;
船の構造とかまったく知りませんので、防水壁とか全部想像で書いてます;
伊達が自分の命に執着してないのは確かだと思うので「桃より先に〜」みたいな事
考えてるんじゃないかな〜と妄想してます。熱い男だけど、残酷な部分ももってい
るので。桃がボロボロになるって分かっていても譲らないと思う。
ま、伊達は「自分がいなければ生きていけない」なんて柔な人に本気で惚れないと
思うんですけどね〜v