親が親なら…

伊達は自室の横に設けた自分専用の風呂に入っていた。
その風呂は総檜で、大人が5、6人は楽に入れる広さがある。
別に将としての別格を見せつける為ではなく、プライベート空間にいる時ぐらい、
一人でゆっくりと風呂に入りたい、と思い作らせたものだ。
気持ち良く湯舟に浸かっていると、伊達はある気配を感じる。
誰かが伊達の自室に入ってきたのだ。
稼業柄、伊達に敵は多い。屋敷はあらゆる場所にセキュリティシステムが仕掛け
られている。屋敷の一番奥に設けられたこの小さなプライベート空間にも例外な
く仕掛けられているが、どんなシステムにも完璧という事は
ない。必ず穴はある。
が、伊達は穴があると知りつつ、それを放置しているし、気にした事もなかった。
伊達本人がもっとも信用できるセキュリティシステムだからだ。
しかし、今部屋の中に入ってきた人物は殺気もなければ、怯えも苛立ち発してい
ない。
侵入者の気配を感じて殺気を漲らせたのは一瞬で、伊達はすぐに警戒を解く。
これは知っている気配だ。
なる程、彼ならばセキュリティシステムの裏をかいてこの部屋に入ってこれる
だろう。自分以外の誰にも見つからずに。
その人物が浴室の扉を開き、顔を覗かせる。
「やはり、ここか」
桃は背広の上着と靴下を脱いだ格好で、伊達の浸かっている湯舟に近付いてきた。
ネクタイを緩めながらかがみこむ姿が色っぽい。
「日本一忙しい男がこんな時間にどうした?」
日付けはとうの昔に変わっている。
「お前に会いたくなってな」
「…そうか…」
何か話したい事があるのだろうか?
と思ったが伊達は黙っていた。もしもそうなら桃が自分から話すまで待てばいい
のだ。
桃は艶のある仕草で、湯舟に手をいれて軽くかき回した。
「気持ちよさそうだな」
「お前も入るか?」
「いいのか?」
「ああ、構わん」
「では、お言葉に甘えて…」
「…おい」
桃はシャツとズボンを着たまま湯舟に入ってきたので伊達は苦笑した。
「あきれた奴だ…」
「ふふ…」
塾生時代はそれなりに無茶や悪ふざけもやったが、政界に身を置いてから桃がこ
んな風におどける姿は珍しい。
『何かあったな』
自分の向い側の湯舟に微笑みを浮かべて身を浸す桃を見て伊達は察する。
「…獅子丸が日本に来る」
「ほう?」
公にはされていないが、獅子丸とは桃の一人息子の名である。ハーバード大に留学
していた際に付き合っていた女性が彼を身ごもったのだ。桃に知らせず、一人で獅
子丸を産み、それからすぐに亡くなったそうである。桃は長い間息子の存在を知ら
なかった。
「何故?お前に会いにか?」
「男塾に入塾するそうだ」
「…それは…」
「塾長にも挨拶に行ってきた」
「…おめでとう、と言えばいいのか?」
「…正直なところ…」
「ああ…?」
「…嬉しい…」
桃は悪餓鬼みたいな、しかし、どこか親の顔をして笑みを浮かべた。
「脂さがっているな」
「そうか?」
「ああ。俺は先に上がるぜ。ニヤケ男は気のすむまで浸かってろ」
伊達は桃を置き去りにして浴室からでた。
息子が親の自慢の塾への入塾を希望するという事は、自分の背中を追っている証
とも言えるので、男親としては嬉しい限りなのだろう。
浴衣に着替えて部屋でくつろいでいると、桃が浴室の扉を開けて声をかけてくる。
服は浴室で脱いでしまったらしく、何も着ていなかった。
「伊達。何か着るもの貸してくれ」
「まったく」
伊達は自分の他の浴衣を投げ渡した。
迷惑顔をわざと浮かべてやったが、瞳が嫌がっていなかった。桃が自分に対してし
か甘えてこないと伊達知っているが、それでも久しぶりなので、伊達も少し嬉しか
ったのである。
浴衣姿の桃が部屋に入ってきたが、髪からは雫は落ちていた。
「ちゃんとふけ」
伊達はタオルを桃の頭からかぶせた。冷えたグラスを二つと、上等の酒を用意して
ソファに腰掛けると、桃もその横向い座る。
何も言わず、桃の前に置いたグラスに酒を注ぐと、今度は桃が伊達の手から酒瓶を
取って伊達のグラスに注いだ。お互いグラスを持ち上げて笑みを交わし、グラスを
あける。
「機会があったら会ってくれるか?」
「獅子丸にか?」
「ああ、お前の話はいつもしているんだ。獅子丸も会いたいと思っているだろうし」
「変な事ふきこんでるんじゃないだろうな?」
「まさか。頼りになる親友だといつも語っているさ」
「どうだか」
他愛のない話をしながら、今さらながら桃に会うのは久しぶりだと伊達は思う。
お互いの仕事が激務で自由な時間がほとんどない、という理由もあるが、この日本
の表と裏の世界に住み分かれてしまったのが一番の原因かもしれない。
特に桃は極道の世界に知り合いがいるなどと知れたら結構なスキャンダルである。
もちろん桃は気にもしないだろう。真直ぐに、堂々と
『極道の世界に親友がいるが何か?』
と答えるのだろう。
グラスが、カタンと音をたてる。
見ると、桃がグラスを持ったまま、瞳を閉じてソファに身を預けていた。微かな寝
息が聞こえる。少し疲れた表情だ。折り紙つきの寝入りの良さは、塾生時代から変
わりないらしい。
伊達が和室通じる襖を開けると、そこには伊達の為に用意された夜具が敷いてあっ
た。
桃の手からグラスを取り上げ、肩を貸して桃の身体を和室に運んだ。起さぬように
そっと夜具に横たえる。
さて、自分が寝る夜具を敷かねばならないな、と伊達が身を起そうとすると、浴衣
の袖を桃に掴まれているのに気付く。
顔に目を向けると、桃の黒く澄んだ瞳が自分を見上げている。桃は半身を起して伊
達に口付けた。
触れるだけの優しい接吻。
意味するところは分かっている。
「疲れているんだろ?やめておけ」
「何故だ?」
「…押さえられそうもねえ…」
「…俺もだ…」
桃も自分と同じ想いだと分り、伊達は桃に激しく口付けた。
唇をわり、舌をからませると桃がそれに応えてくる。
浴衣の裾から手を差し入れ直接桃の肌に触れると、ちゃんとふいていなかったのか、
濡れた感触がした。
愛撫を深くすると、桃の手が伊達の背中にしがみついてくる。
「…伊…達…」
自分を呼ぶ桃の声がかすれている。
それを聞くと、やはり押さえられそうもない、と伊達は思った。

翌朝、伊達組の組員達は、組長の部屋にテレビで見知った顔の人物がいる事に驚愕
した。
組長の浴衣を着て、談笑しながら組長と共に朝食をとる姿を、目をこすりながら確
認する。
「いつ、どうやって来なすったんだ?」
「わ、分らねえ…」
桃が朝食をとっている間、桃のシャツとズボンを乾かし、アイロンをかけて着用出
来るようにしたのは組員達である。
「ありがとう」
持ってきてくれた組員に、桃は日本国民を虜にした微笑みを浮かべて礼を言う。
伊達組の組員達がその笑顔に見愡れてぽーっとする様を伊達は苦々しく見つめてい
た。
子が親に似るものならば、子分も親分に似るものなのかもしれない、と思いながら。

                              


腹黒い総理とそれに振り回される組長って図をやってみたかったのですv
満足しました(自己満オンリーな話かも;)