ダーク・ファング E

その夜、皆が寝静まってから、伊達は二号生筆頭部屋を訪れた。
連日の宴会続きで、さすがの男塾の塾生も疲れているらしい。久し振りの宴会のない夜で骨休みとなったのだろう、いつもよりも大きないびきと寝息が周りの部屋から聞こえている。
二号生筆頭部屋のドアに鍵はかかっていなかった。
勝手知ったるで中に入ると、桃がやすらかな寝息をたてて眠っていた。覗きこむと寝顔もやすらかそうだ。
「…おい…」
スヤスヤ…
「…桃…」
スヤスヤ…
「…………」
殺気がないとはいえ、人が部屋に入って来た事にも気付かず桃は熟睡している。自分が主役の宴会が連続したのだから、かなり疲れているだろう、仕方ないとも言えるが伊達はおもしろくなかった。
桃の鼻をつまんでみる。
しばらく沈黙が続いたが、プハーと口から息を吐いて桃の目がうっすらと開いた。
「…あ…?あれ…らぁて…?」
完全に寝ぼけている。
「…おい…桃…」
「…らぁて…何してんだ〜?」
まだ、寝ぼけている。
「…何してるじゃねーだろ…お前、俺にまだ忍耐を要求する気か?」
「…ん〜…寒いだろ〜いっしょに寝るか〜?」
伊達の手を掴んで桃は布団に潜り込む。伊達の香りに包まれながら眠ったら、良い気分で眠れるだろうな〜と夢心地にぼんやり思う。
「…こら…桃…起きろ…」
「…ん〜…眠い…」
「…………」
桃はまた眠りの世界に突入しようとしている。伊達はそんな彼の姿を見て、かなり不快な気分になった。
求めているのが自分だけみたいではないか。
少々乱暴な仕草で桃の単衣の襟を開くと、胸元に舌を這わせた。
「…ん…え…?…」
官能的な刺激に桃の意識が目覚めてくる。
「…だ、伊達…何して…あ…」
「…………」
「…ちょ…伊達…俺は…眠い…ん…」
「ああ、お前は寝てろ。俺は勝手に触ってるだけだ」
「…そ、そんな…あ…!」
ああ、そうか…ここしばらく伊達と二人きりで過ごしてなかったな…と桃はやっと思い出す。
まだ、頭はぼんやりしていたが、伊達の好きにさせてやろうかな〜とのんびり思った時、強烈な刺激を感じて一気に覚醒した。
驚いて頭を上げると、伊達が自分の下腹部に顔を埋めている。桃の身体が羞恥に煽られ熱くなった。
「…だ、伊達…やめろ…そ、それは…」
「…………」
「…やだって…頼むから…う…!」
また強い刺激を感じて桃の言葉は飲まれてしまう。恥ずかしくて、桃は交差した両腕で顔を覆った。
「…知ってる…くせに…」
「…眠いとか言うからだ…」
伊達の言葉に、桃は彼が怒っているのに気付いた。
桃が口淫を本気で嫌がるのを伊達は知っていた。
知っていて伊達は思い出したようにそれをする。我を忘れて自分を求める桃の姿が、時折見たくなるのである。
桃の気持ちを疑っている訳ではないが、伊達は不安に襲われる時があった。
大勢の仲間に桃が愛されて、桃自身も彼等を大切に思っているのだとまざまざと見せつけられる時である。
皆に愛され、応える力量をもった桃を誇りに思う一方で、誰の目にも触れさせたくない、と思ったりしてしまう。
誰も知らない場所に桃を閉じ込めて、自分だけを見つめるようにすれば、こんな不安な思いはしなくてすむのだろうか?海の底に漂う難破船に閉じ込めたら?
そんな考えが頭をよぎる。
伊達が行為を止めたので、桃はほっとして力を抜いたが、秘部に濡れた柔らかい感触を感じて、電流が全身を突き抜けた。
「…い…!」
膝を抱え上げて、伊達が舌でそこに触れているのだ。
桃は恐ろしい程高まってくる快感から逃れたくて腰を引こうとするが、伊達にしっかり抱えられて動かない。
「…あ…や、やだ…!」
桃がその行為が嫌なのは、自分の身体が欲望に包まれ、暴走してしまうからだった。
自分は本気で伊達を想っている。
だから情愛よりも肉欲に支配された交合を重ねたくないのだ。
けれど、もう遅かった。
先程まで内側にくすぶっていた獣欲が、桃の皮膚を食い破って現れ全身を苛み始める。
伊達が欲しくてたまらなくなってくる。
「…あ…う…」
荒れ狂う快感の海に叩き落とされ、身体が燃えるように熱い。熱の持って行き場がなくて桃はシーツを握りしめた。身を激しく捩ると、乱れたシーツが足にもまとわりついてくる。
「…う…く…伊達…」
伊達は桃の様子に限界を悟り、腰を掴んで彼の内に入っていった。
求めていたものが与えられて、桃は正常な意識が飛ぶのを感じる。
激しく揺さぶってくる伊達の背中に爪をたてて縋り付き、苦しい快感に涙がこぼれた。
桃の内の濡れた熱さに、伊達は息が止まりそうになる。
悦楽を求めて蠢くそこが強請るように絡み付いてくるので、我を忘れてむさぼってしまいそうだ。
官能の波に揺さぶられながら、無意識なのだろう、桃は小さく「…いい…」と呟いた。
普段の桃なら決して口にしない言葉である。
その事に満足感を覚えるが、それがドス黒くて自分勝手な独占欲なのだと、伊達は分かっていた。

無理矢理上りつめられた快楽の果てに、桃は少し意識を失ってしまう。
苦しそうに息を継ぎ、閉じた瞳の端から涙がこぼれていた。
涙を指で拭ってやるが、まだ解放してやるつもりのない伊達は、再び桃の身体を揺さぶった。
「…あ…!」
敏感になっている身体はすぐに反応してくる。
「…う…」
桃はまた、波を感じた。今度はゆっくりと穏やかに押し寄せてくる波だった。
波に揺られ、意識が沈み始める。
だが、深く沈んでいく事は許してくれなかった。
浮上する事も、深みに沈んでいく事もできない緩やかな波に、桃は焦れてくる。
「…あ…あ…」
伊達の背中に縋り付きたくて手をのばすが、叶わなかった。
じっと桃を見降したまま、伊達は確かめるようにゆっくりと律動を与えてくる。
燻る熱さに焦れて、身体を捩る自分の姿を、伊達は熱い視線で見ているのだ。
桃は身体だけでなく、瞳でも味わいつくされているようで恥ずかしかったが、その恥ずかしさは甘くもあった。
「…ん…う…」
「苦しいか…?」
問うてくる伊達の声が掠れている。彼も感じている事は受け入れている桃が一番分かっていた。
「…も…溶けそう…」
「欲しいか…?」
「…あ……」
頷けば伊達は欲しいものを与えてくれるのだろう。深く沈んで上りつめる事が出来る。
でも、桃はもう少し、この甘い苦しみに身を漂わせていたい気がした。
「もう…少し…このままで…」
桃の言葉が意外だったのか、伊達は少し身じろいだ。
同じ言葉を、以前、伊達から聞いたような気がする…
ああ…そうだ…「闇の牙」に浚われる前の日だったかな…
そんな事を桃はふわり、と思い出した。
伊達の優しい指先が桃の頬や唇に触れてくる。その動きの一つ一つに、彼の自分への想いが感じられる。
桃は伊達が愛しくて、胸がせつなくなった。
「…なんだ…?」
笑みを浮かべた桃が不思議だったのか、伊達が尋ねてくる。
「…ん…伊達が…可愛いから…」
桃の言葉に胸が苦しくなった伊達は動きを止めた。
「…伊達…?」
潤んだ瞳で伊達を見上げると、桃はまた優しく微笑んだ。その笑みを見ていると、自分の中にあったドス黒い独占欲や不安が洗い流れされていくのを伊達は感じていた。
桃はいつも簡単な言葉や仕草で自分を楽にしてくれる…
いつも、自分を許してくれるのだ。あっけない程に…
「…桃……」
身体を倒して桃の身体を抱き締めると、伊達は彼に深く口付けた。
「…ん…」
桃も伊達の背中に手を回して抱き締め、口付けを受け止める。
舌を絡ませ、長い空白をうめる様に、確かめる様に、お互い感じ合う。
唇を離すと伊達は激しい律動を与えてくる。
「…あ…」
今度は無理矢理落とされるのではなく、二人いっしょに深く沈んでいく。桃は伊達の背中にしがみつきながら、自分の感覚が落下していくのを感じる。
仰ぎ見ると、海底から煌めく水面が見えたような気がした。あの時のように…
どれほど深く沈んでも、また共に浮上していくのだろう。
手は繋いだままで…



H20.10.22

一応、完全完結でございます。おつきあい下さった皆様、ありがとうございます。
いや、離れていた分、深い濡れ場にしようかと思っていたのですが、難しいですね;激しいんじゃなくて、深い、っていうのが…どう違うんだ、って聞かれると上手く言葉に出来ないんですけど〜;うぐぐぐぐ…;
私の中では桃は究極のマドンナなので「好きになったら苦しい」と思ってるんですが、桃ちゃんも可哀想だと思ってるんですよね。なんか「みんな、大切に思っちゃ駄目なのか?」って感じで。
桃の相手は伊達ぐらい強い人間でないと勤まらないと思ってます;はい;(妄想終了;)