酩 酊

「こちらの白いカクテルがマルガリータ。そちらの水色のカクテルがブルー・マ
ルガリータとなっております」
伊達と桃は、ある品の良いバーの個室で二人きりで酒を酌み交わしていた。
二人はテーブルを挟んで向かい合わせの長椅子のソファに腰かけているが、二人
とも背をもたせ、ふんぞりかえるように座っている。
別に威張っている訳ではなく、酔っているのである。それも、かなり。
二人の前のテーブルには、たくさんのカクテルグラスがところ狭しと並んでいた。
「テーブルのグラスを片付けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
飲んだ数が一目で分かるようグラスはそのままにしておいてくれ、と言われてい
たが、カクテルを運んで来たバーテンダーは置き場所を探すのに苦労したのだ。
「頼む。もう、見た目じゃ数は分からないしな」
「何個ある?」
「ちょうど80個です」
「よし、お互い40杯ずつ飲んだって事だな」
「そういう事になる」
「では、41杯目に乾杯」
二人は杯をかかげてバーテンダーの持って来たカクテルを飲み干した。
どうして、こんな事になったのか?
初めはいつも通り、二人でスコッチを飲みながら、楽しく話をしていたのだが
「日本の男はカクテルを飲む人が少ないかもしれない」
という話が出てきた。
そこから、どれぐらいカクテルを飲んだ事があるか、一番美味しいと思ったカク
テルはどれか?どれぐらい種類があるのか?などという話になり
「じゃあ、制覇してみるか?」
という桃の言葉に伊達がのった。
ここは伊達の行き付けのバーであり、バーテンダーのマスターもよく知っている
ので、多少は無理のきくところなのだ。
バーテンダーに、今作れるだけのカクテルを作ってもってきてもらう事は出来る
か?
と尋ねた。
マスターの話では150種類は作れる、との事だった。ロングサイズのカクテルを
抜いても約120種類。営業時間の延長が可能かどうかも確認したところで、ショ
ートサイズのカクテルを100種類作ってもってきてくれと頼んだ。
「おもしろそうですね」
無茶な注文をバーテンダーのマスターは引き受けてくれた。
カクテルの出す順番、種類、などは完全におまかせする。100種類のカクテルは
マスター兼のバーテンダーが作り、新人のバーテンダーがそれを運んで来てくれ
る事となった。
「途中で音をあげるなよ」
「そっちこそ」
と、いう訳で、伊達組長と元総理による、カクテル全種類制覇が始まったのであ
る。
ワインベースのカクテルから始まり、これは二人はなんなく飲み干した。
ビールベース、ノンアルコールははずしてもらい、次にウォカベース、ラムベー
ス、リキュールベース、ブランデーベース、ジンベースと続き、今はテキーラベ
ースのカクテルを制覇中なのだ。
酒の強さには自信のある二人とはいえ、約15〜40度のアルコールを飲み続ける
のは結構きつかった。しかも、種類の違う酒をバラバラに飲むのである。同じ
日本酒を何升もあけるのとは訳が違う。最初にスコッチを幾分か飲んでいたのも
あって、30杯目を過ぎたあたりから、二人の目から精悍さが欠いてきた。
「ラムベースはもっと甘ったるくて飲みにくいと思ってた」
「ジンは予想通り飲みやすかったな」
「ミモザは…オレンジの苦味が下品に舌に残った」
お互いカクテルの感想をポツポツ語る。
桃はすでに上着を脱ぎ、ネクタイも緩めていた。型が解けて前髪が降りているの
でいつもより幼い印象である。
「後、10杯だな…」
大きく息をつくと、桃は背もたれに身体を預けて仰け反った。
黒い瞳は潤み、目尻と頬を紅く染め、けだる気に動く所作から滲みでる桃の艶は
半端ではなく、それを正面から眺める伊達は別の意味で酔っていた。
「参ったのか?」
「まだ大丈夫だ…お前はどうだ?」
多少、頬が赤くなり、動作は緩慢だが伊達の見た目はあまり変わり無いように見
える。
「結構酔ってるがな…」
「本当か?」
「ああ…お前よりは軽いかもしれんが…」
「…塾生時代は同じくらいの強さだったのにな…追い越されたかな…?」
「俺はお前という一番人を酔わせる味を知ってるからな。これぐらいじゃ酩酊し
ないんだ」
伊達の言葉に、桃は虚をつかれたように顔を上げたが、すぐに「ふ〜ん」と含み
笑いを浮かべる。
あ、まずい、余計な事言っちまった…
酔って口が軽くなっているらしい。桃のいたずら心に火をつけてしまうとは迂闊
だった、と伊達は心中で呟いた。
「じゃあ、お前を酔わすには、俺を飲ませればいい訳だな」
桃が身を乗り出し、テーブルの上に乗ってくる。そのまま伊達の前に迫る形に座
り直した。
伊達の襟元を掴むと自分の方に引き寄せる。
強烈な口付けをしてくるかと思いきや、桃は優しく伊達の唇を触れただけだった。
桃の唇は伊達の鼻先にもちょこんと触れる。そのまま、頬に、目蓋に優しく触れ
るだけの口付けが落とされる。
酔って頭がぼんやりしている伊達は、目を閉じて心地良く桃のもたらす感触を楽
しんだ。
が、いきなり耳たぶを噛まれ、甘い刺激が全身に走る。堪えられず、桃の肩を掴
んで乱暴に引き離す。油断していた為に、それぐらい強烈な刺激となった。
桃はそんな伊達の様子を知ってか知らずか、乱暴な扱いに驚くでもなく、笑みを
浮かべ伊達の横向かいのソファに腰を降ろす。ちょうどその時、部屋のドアがノ
ックされた。
「…入れ」
伊達が返事をすると、バーテンダーが次のグラスを運んできた。
「こちらがメキシカン。そちらがテキーラ・サンセットです」
「84杯目でお互いにとっては42杯目だ…あと16杯かい?」
「はい、そうです」
桃は何事もなかった様子でバーテンダーに話しかけるが、身体の奥に妖しい火の
付いた伊達は少々気まずい思いがした。
バーテンダーが部屋を出て行くと、二人でグラスを空ける。桃は伊達の膝に片足
を乗せてきた。
「…おい…」
「…ん…?」
「足、どけろ…」
「嫌なら払い落とせ」
「…………」
嫌ではないから困っているのだ。
ドアがノックされると桃は自ら足を降ろした。が、バーテンダーが出て行くとま
た足を乗せてくる。
何度かそんな動作が続くが、桃はそれ以上何もしてこなかった。耳たぶを噛まれ
た時に灯った火が、鎮火していきそうなので伊達は安堵した。
「94杯目…あと、3杯か…」
「終わりが見えてくると淋しい気もするな…」
「そうだな…」
伊達はマンハッタンを飲み干した後、添えられていたサクランボの実を口に入れ
た。
「俺にくれ」
と桃がいきなり伊達の唇に噛み付くような口付けをして、口中から実を奪い取っ
た。
伊達の膝を跨ぐ形で腰を降ろし、実を食べてしまうと、また伊達に口付けてくる。
何かが伊達の口の中に入ってきたので取り出してみると、それはサクランボの種
だった。
鎮火しそうだった火が、また燃えあがるのを伊達は感じた。
桃はソファに座り直すと、再び足を乗せてくる。
先程までと違い、熱の上がった伊達の身体には、その足の重みは熱を煽る要素と
なった。そんな伊達の様子を知ってか知らずか…いや絶対知っている…
思わせぶりな笑みを浮かべ、潤んだ瞳で見つめてくる桃の顔を見ながら伊達は確
信した。
この小悪魔め〜
最後に絶対何かやってくるぞ、油断してたまるか〜
と、伊達は警戒しつつ、桃を睨みつけた。
「96杯目です。後2回お運びしますね」
バーテンダーが出て行くと桃はグラスを手に取った。
「俺のは撫子か。伊達はなんだっけ?」
「サムライだ」
日本酒をベースにしたレモン色の綺麗なカクテルである。
伊達が一気に飲むと、桃が口付けてきた。
手を出してくるとすれば最後だと思っていた伊達は、ふいをつかれてしまう。
酔っているせいで判断力がにぶくなっているらしい。桃が自分の心情を読まない
筈がないのだから、と気付いたが後の祭りだった。
まだ口の中に残っていたカクテルが溢れ出して頬を伝い落ちた。桃は伊達の顎を
掴んで上向きにさせると、残っていたカクテルを飲み干そうとするように激しく
吸ってくる。
「…辛口だな…」
そこに酒がなくなった後も、香りを奪い取ろうしているのか吐息をからませる。
伊達も桃の腰に手を回して引き寄せて唇と吐息を奪った。屈む体勢でいた桃が、
伊達の膝をわって腰を乗せてくる。
まずいぞ…
ただでさえ、酔って理性が半分飛んでいるというのに…
一番伊達を酔わせる味は、やはり強烈である。
もっと味わいたくなって桃の身体をテーブルの上に押し倒す。置いてあったグ
ラスが音をたてて床に転がる。
テーブルが小さいせいで、桃の頭は乗らずにはみだしてしまい、仰け反った喉
元が露になった。
誘われるままに、伊達は桃の喉に噛み付いた。
「…あ…!…おい…痕、つけるなよ…」
甘い声に冷静な声…飴と鞭…だ…
ノックが聞こえ、伊達は顔を上げた。
「起こしてくれ…」
「…………」
小悪魔が手を差し出してくるが、伊達は両肩を掴んで乱暴に起こしてやる。手
荒な動作をしなければ、振り切れそうもなかった。
桃はけだる気にソファに座って頬杖をつき
「どうぞ」
とバーテンダーを招き入れた。グラスが床に転がっているが、一流のバーテン
ダーに驚いた様子はない。
「こちらが舞乙女でそちらが春雪です。次が最後です」
「最後のカクテルといっしょに水ももらえるかな?」
「畏まりました」
「では、97杯と98杯目に」
「…乾杯…」
その後、桃は足を乗せてもこなかったし、挑発もしてこなかった。
だが、身体の奥に情欲の炎が燻っている事は、お互い分かっていた。
「99杯目と100杯目…」
マティーニを日本酒と焼酎ベースにアレンジしたサケティーニと酎ティーニが
最後のカクテルである。
二人は同時に最後のカクテルを飲み干した。
「…飲み終わったか…」
「…やっとだな…」
「どれが旨かった?」
「正直…途中からあまり覚えてない…」
「同感だ…」
ふふっと苦笑いをし、二人は水を飲んでしばらく休んでいた。
「今、何時だ?」
「午前3時前」
「バーテンダーとマスターにはこんな時間まで拘束して悪かったな」
「礼は十分にするつもりだ」
「直接会ってお礼が言いたい。厨房に行ってもいいかな?」
洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えると、桃と伊達は礼を言いに厨房を訪れ
た。
バーテンダーとマスターは、いえいえとんでもない、と恐縮して喜んでくれた。
「では、帰るか…」
「送ってくれるのか?」
「ああ、今、車を用意させてる」
桃は肩に上着を掲げ、壁にもたれて立っている。身だしなみを整えたとはいえ、
酔いは醒めきっておらず、潤んだ瞳から滲みでている艶は誰もが感じるもので
あった。伊達は出来るだけ桃を見ないようにした。
「車ってあのでかいやつか?」
「ああ」
それは伊達の持っている一番大きなリムジンカーで、客を喜ばせる為に用意し
たものである。10人は乗れる広さにくわえ、座席はソファでミニバーもテレ
ビも完備してあった。
「…じゃあ、すぐに家に帰らず、そこらへん回って酔いを醒まさないか…車の
中で…」
伊達は桃の顔を見た。彼の瞳の奥に、自分と同じものが燻っているのが分かる。
「…悪酔いしそうだな…」
「嫌か…?」
「…嫌じゃないから困ってるんだ…」
車の用意が出来ました、という声に二人は部屋を出た。

(仮)終 
※注意:ここからはギャグエロアダルト18禁となります。
シリアスで終わりたい方はここで読み終えて下さい。


店の入り口前で用意されていた車に二人は乗り込む。
桃と伊達は車の中とは思えないソファの上に並んで腰を下ろした。
車の窓ガラスはマジックミラーになっており、薄手のカーテンが降りていた
運転席との間もマジックミラーとカーテンで仕切られており、運転手とはマイ
クフォンで話をする事になっている。
「家には帰らず、そこら辺をしばらく適当に走れ」
伊達は運転手にマイクフォンで告げた。
車が走りだすと、二人はどちらからともなく、激しい口付けを交わした。お互
いの唇をむさぼり、服を脱がせ合う。
「…車でするのは初めてだな…」
「…今みたいに…酔ってなきゃしないだろ…」
お互い酔って理性が飛んでいるのは分かっている。情欲の炎が燻っている事も、
求めている事も、濡れている事も…
伊達は桃のシャツのボタンを解くのが面倒になり、力まかせに引いたので、ボ
タンがはじけ飛んで床に転がった。
「…伊達…」
ソファの上に押し倒され、伊達の愛撫を感じていた桃が、いきなり起き上がっ
て逆に伊達を組み敷いた。
「…なんだ…?」
「…伊達…お前は俺に触るなよ…俺がする…」
桃が潤んだ瞳で伊達を見降ろす。声まで魅惑的に艶めいている。
何をする気だろうか、と思っていた伊達が、桃が彼を自分から受け入れるつも
りである事を気付き、身体が昂った。
ゆっくり腰を落としていく桃を伊達は見つめていた。
窓から差し込こむ光と影が、桃の身体をなめて通り過ぎていく。この光景は煽
情的である。
桃がここまで積極的になるのは珍しいので、楽しませてもらおう、と彼を見上
げながら伊達は思った。
車の振動で身体が時折揺れるので、支えてやるが桃はそれが気に入らなかった
らしい。
「…駄目だ…触るな…」
桃は何かを手に持ち
「手をあげろ…」
と伊達に命令してきた。
伊達が素直に手を上げてやると、桃はミニバーのラックの柱と伊達の両手を手
錠で止めてしまった。
「あ?」
「ちょうど、そこに置いてあったぞ。何に使う気だったんだ?」
別に変なプレイをする為に置いていた訳でなく、本物の警官の手錠をある事情
で手に入れて、ここに置き忘れていたのである。伊達はソファに寝転んだまま
万歳の姿勢で身動き出来なくなった。
「おい桃…この手錠、鍵がないんだぞ」
「…後で俺がはずしてやるよ…」
「……………」
桃の瞳が据わっててちょっと悪い予感がする。
塾生時代に針金1本で鍵を開ける桃の姿を何度か見ているので、外せる事に不安
はないが、桃以外に外せない、というのはやばいんじゃないだろうか?
桃は深呼吸すると、再び伊達を飲み込み始めた。
身体をくねらせ、時折猫がのびをするように大きく身体を反らせる。車の振動が
予想外の動きとなって身体を揺らすので、その度の桃の口から妖しい声が洩れた。
そんな桃の姿は、しなやかな獣の姿を彷佛とさせる。ただし、野生の獣なので容
易く手を出すと、大怪我をするのは必至なのだが。
「…は…あ…」
かなり長い時間をかけて、桃は伊達をすべて飲み込んだ。
熱く濡れた桃の内が絡み付いてくるのみならず、自分の上で快楽を感じている桃
は視覚的にも煽られる。腰を掴んで激しく突き上げたくなり、伊達は自分の限界
が近いのを感じた。
その時、車が大きなカーブに入ったらしく、大きく傾いた。それに合わせて桃の
身体が横にふられる。
「…あ……」
伊達を包み込んでいる濡れた熱い襞が妙な方向に引かれ、離すまいと収縮してく
る。
「げっ!」
伊達は脳天に一撃お見舞いされたかのような衝撃を全身に感じた。
甘く強烈な刺激に歯を食いしばって堪える。
甘い刺激をくらったのは桃も同じで、ふるりと身体を震わせると、余韻を楽しむ
ように腰をゆっくり回してきた。
やめろ〜回すな〜!
伊達は声にならない悲鳴を上げた。
「…あ…ふ…」
恍惚とした表情を浮かべながら桃が伊達を見降ろす。
「…今の良かったな…」
「…良すぎだ…」
「…またこないかな…」
「…やめてくれ、今度こられたら俺の身がもたない…」
「…ん…?」
桃は少し首をかしげる。
「…あのな、桃…俺はもう快感を通り越して拷問に変わってるんだが…」
「…ふ〜ん…」
「なんだ、その思わせぶりな笑みは(流し目付)」
「…酔ってきたか…?」
「…ああ…もう、泥酔だ…」
「…何に…?」
「…………」
「…何に酔ってるんだ?さっきの酒か?」
「…お前だ…」
「…うん…?」
「…お前に酔ってる…」
「…素直でよろしい…」
桃は屈みこんで伊達の頬に優しく口付けた。そのまま伊達の胸元に顔を乗せる。
「どうした…?」
「…伊達の心音が落ち着く…」
先程までの妖艶さと違って、随分可愛い事を言ってくるじゃないか
と思った伊達であるが、桃がやすらかな寝息をたて始めたのを聞いて青くなる。
「おい、桃…」
やすらかな寝息はさらに深くなった。
「ちょっと、待て!寝るな!」
やすらかな寝息はさらに、さらに深くなった。
「この状態で寝るなって言ってるんだ!起きろ!せめて、手錠はずしてから寝
ろ!」
塾生時代から桃の、いつでも、どこでも、2秒で爆睡、は変わりないらしい。
もう、桃に起きる気配は一切なかった。
「お前、やっぱり悪魔だろ〜!(小はいらん!)」
伊達の悲鳴が車中に響いた。




H20.10.27

「誘惑」を書いてる時にいっしょに思いついた話ですので「誘惑」の兄弟話
みたいな感じですね。
受け身側が主導権握ってるのって、ある意味エロティックだと思うんですが…
あ、これもマイナー?;
塾生時代の桃ちゃんは気付かなかったけど、その後自分が「いい」という事
に気付くんざんす。自分が感じている快感を伊達にも与えてる、という事に
気付いちゃってから「黒総理桃」の誕生ざんすよ。
留学中時代は本場のゲイの方々からモーションされまくったと確信しており
ます。ほら、経験がある、ないって色気で分かるし〜(妄想終了;)
若い時、友人と色に違うカクテルを7種類七色制覇、と称して飲もうとした事
があったんですが、私は2杯でダウンしました;(弱すぎ;)ショートカクテ
ルは度数がきつい、というのを初めて思い知らされたでございます;