大切なものは…

「あ、桃、なんか落ちたぞ」
「え?」
富樫の声に、床を見下ろすときらりと光るロケットがあった。
荷物を持ち上げた時に落ちたらしい。富樫が拾って桃に渡してくれた。
「ありがとう」
「なんだそれ?ペンダントみたいだが」
「祖母の形見のロケットだ」
綺麗な細工の施された銀色の円に、銀色の鎖が繋がっている。桃がパチンと円を
開くと、そこに上品な女性の白黒写真が納まっていた。
「桃のおばあちゃんか?」
「ああ」
「綺麗な人だったんだな〜」
「ああ…」
桃はとても優しい瞳でその写真を見つめている。それだけで、桃が祖母をいかに
愛していたのかが分かった。
家族は兄だけだった富樫は少し羨ましい気がした。
「その鎖切れてるんじゃない?」
二人のやりとりを聞いていた椿山が横から声をかけてくる。
見ると確かに繋がっている鎖が切れていた。このせいで落ちたらしい。
「古いものだからな」
「修理にだしたらどうだ?」
「出せるようなところあるかな?」
「叔父貴のダチで貴金属の店やっとるとこ知ってるぜ。そこに修理にだしたらど
うじゃ?」
富樫が桃に提案する。
「そうだな。教えてくれるか?」
「ああ、ちょうど夕飯まで時間があるから、今から行こうや」
「頼む」
「じゃあちょっと街に行ってくら」
と、富樫と桃は連れ立って出掛けた。
街に行き、富樫の知り合いの店に訪れると、その店主は修理を快く引き受けてく
れた。
「銀細工か。すごい値うちもんだね〜」
眼鏡をかけ、桃の持ってきたロケットをしげしげと眺める。
「はあ〜この細工がすばらしいね。職人がいい仕事してるわ」
「おっちゃん、見とれるのはもういい加減にしてくれや。修理の時間はどれぐら
いかかる?」
「鎖だけだから明日にも出来てるよ」
「取り扱いには注意してくれよ。形見の大切なものなんじゃから」
「分かってるって。かなり貴重なもんだよね〜」
店主はまた見とれている。
「じゃあ、明日の今ぐらいの時間に取りにくりゃいいか。なあ、桃」
「ああ」
「分かった。明日のこの時間だね」
「頼んだぜ」
二人が店を出ると、ちょうど前から歩いてきた数人の男達と目が合う。
その中の真ん中にいた、いかにも軽そうな男が、富樫を見て「げっ」と唸った。
「あ?」
「あ、お、お前…この前の!」
「ああ、あの時の奴か。なんか用か?」
富樫が面倒くさそうに男に声をかける。
「だ、誰が貴様に用なんか…!」
「ほほ〜じゃあ、失せろや」
「お、俺に命令する気か!」
「やろうってのか」
富樫が構えるので、隣の桃も男達に対して向かい合う。
「…きょ、今日のところは勘弁してやらあ!行くぜお前ら!」
男は他の取り巻きを引き連れて去っていった。
「け!何が何をどう勘弁するんだか…」
「富樫、なんだ、あいつら?」
「ケチなチンピラさ。この前もサラリーマンのおっちゃん相手にからんでたから、
ちょっと締め上げてやったのよ」
「…そうか…」
「お山の大将きどってるあの男は、根岸とかいう名前でいいとこの坊ちゃんらし
いぜ。金で取り巻き連れてんのよ。ケチくさいやろ〜だぜ」
「…………」
「行こうぜ、夕飯、食いっぱぐれちまわ」
富樫は先程の事など忘れてしまったかのように歩きだすが、桃はあの男の目つき
がどうも気になった。
   ***
次の日、昼休みに「ラーメン食いに行ってくる」と出掛けた富樫が放課後も帰っ
て来なかった。
みんなは、またさぼりか〜と笑っていたのだが、富樫と同室の者が塾長室に呼び
出され、衝撃の事実を聞かされた。
「富樫が痴漢で逮捕!?」
「そんなばかな!何かの間違いでしょ!?」
塾長室に呼出された桃、椿山、秀麻呂は、富樫が痴漢で逮捕された、といきなり
聞かされたのである。そして、今後、富樫の部屋を調べに警察がやってくるかも
しれないと。
「…塾長…どういう事です…」
「うむ…バスに乗った時に、前にいた女性が富樫の手を掴んで痴漢だと叫んだら
しい。そのまま現行犯で逮捕、身柄を拘束された」
「…そんな…」
「…富樫はそんな事をする男じゃありません。それは塾長もよくご存知でしょう」
桃が冷静だが、感情を押さえているような口調で意見を述べた。
「…分かっておる…」
「何か気にかかる事でも?」
「…富樫はどうも罠にはめられたような予感がする」
「罠〜?どういう事だよ塾長?」
秀麻呂が顔を歪めて尋ねる。
「警察庁長官の息子が、最近、富樫と喧嘩でやり合って、その事を恨みに思って
いたらしいのだ。しかも、今の根岸長官は儂を嫌っておる。塾生が痴漢で逮捕と
なれば、儂に恥をかかす事が出来る」
…根岸…昨日のあいつが長官の息子か…!
と桃は思った。
「今回の事件はその息子が富樫に復讐する為に、女性に虚言させたとお考えです
か?」
「可能性はある。調べさせてみたところ、その女性は息子と付き合っているらし
い」
「じゃあ、それを言えばいいじゃん!」
「長官の息子と付き合っているから富樫は痴漢ではない、という理由にはならん」
「長官の家行って息子を締め上げてやろうぜ!」
秀麻呂が手を振り上げる。
「どこかに身を隠している。富樫が起訴されるまで出て来んだろう」
「き、起訴って…?」
椿山がおろおろしつつ聞いてくる。
「起訴されれば裁判となる。そうなると99.9%富樫は有罪だ」
「そ、そんな…どうすればいいんだろう…じ、示談とかは?」
「示談は罪を認めなければ成立せん。もちろん富樫は犯行を否認し続けている」
「富樫は死んだって無実の罪を認めねえ…」
「…桃…どうしたらいいんだろ…?」
「…てっとり早い方法は、女性に訴えを取り下げさせる事だな…」
「しかし、その女性は長官の息子に操られておる」
「その息子をなんとかしないと…」
「やっぱ、息子を締め上げてやろうぜ!」
「身を隠していて所在が分からんと言っておるだろう。調べればいつかは分かる
がその間、富樫が起訴されてしまう」
「くそ〜!」
「ど、どうしたら、いいんだろ〜」
「…電話は出来ますか?」
桃が静かに口を開いた。
「うむ?」
「塾長…そのどら息子の居場所は分からなくとも、電話か何かで話が出来るよう
にしてもらえませんか?」
「…なんとか、やってみよう」
「…桃…」
「…………」
   ***
「はあ〜やっぱ、しゃばの空気は旨いぜ〜」
身柄を拘束されていた富樫が、警察の建物から出ると、のびをして大きく息を
吸い込んだ。
被害者の女性が訴えを取り下げたので、即、釈放となったのである。
「ま、当然だな。なにもしとらんのじゃから!」
「富樫〜!」
呼ばれた方に顔を向けると、男塾の皆が迎えに来ていた。
「おう〜みんな〜」
富樫は皆の方に駆け寄り、肩を叩き合う。
「何しでかしたんだ〜?お前〜ど〜せくだらん喧嘩でもしたんだろ?」
虎丸が富樫の首をひっつかまえた。
「へ?お前ら知らんのか?」
「そんな事どうでもいいさ」
桃がさわやかな笑みを浮かべて富樫を見つめている。
「無実が証明されて、お前が戻って来たんだ。それでいいさ」
「それもそうだな!おし、帰ろうぜ!」
「昼休みに抜け出してきたからな〜腹減って来たぜ〜」
「どっかでラーメン食って行かないか?」
「わしゃ、中華が食いたいの〜」
「おい、お前ら」
後ろから声がかけられる。
振り向くと、大勢の取り巻きに囲まれた根岸のドラ息子がいた。
「約束だろ?」
「…………」
ドラ息子の言葉に桃が前に出る。
わざわざ富樫のいるところに来るとは…腐った根性の野郎だぜ…
と、桃は心の中で思った。
ポケットから取り出したものを、桃はドラ息子に向かって投げる。
息子の取り巻きがそれを受け取り、提げてみせた。
それは、いつか修理に出した、桃の祖母の形見のロケットだった。
「確かに」
「じゃあな〜あばよ〜」
「へへっ!」
ドラ息子達は下卑た笑いを浮かべながら去っていった。
富樫は呆気にとられながら、それらのやりとりを見ていた。
「…な、なんじゃ〜?も、桃!一体ありゃなんじゃ!」
「…なんでもない…」
「なんで、あいつにロケット渡すんじゃ?!ま、まさか、お前…俺をあそこから
出す為に…」
「…………」
塾長がなんとかドラ息子と電話を繋いでくれたので、桃は息子に取引を持ちかけ
たのだ。
何をしたら富樫の訴えを下げてくれるのか、と。
こんな最低のゲス野郎と取引をするのは嫌だったが、グズグズしていると富樫の
名誉が一生傷付く事になってしまう。こういったチンピラは自分の自尊心を満足
させてやれば気が晴れる、程度の輩である。
『俺はあいつらを懲らしめてやった』
というチープな満足感をもたせてやればいいのだ。
ドラ息子は街で富樫と桃に会った後、二人が出て来た店を調べていたらしい。
形見の大切なロケットの引き換えを要求してきたのである。
桃はそれを了承した。
この次はない。その時は容赦しない
と、確実に釘をさしておいたので、この件が片付けば、もう自分達にからんでく
る事はないだろう。
「ふざけんじゃねーぞ、桃!俺がそんな事されて喜ぶとでも思ってんのか!」
「…富樫…」
桃は困った、淋しそうな表情を浮かべたので、富樫の胸は余計に痛んだ。
分かっている。桃は自分を思って助けてくれたのだと。
それなのに、彼に対して怒るなど、八つ当たりも甚だしい。
しかし、富樫の感情はそう簡単に割り切れず、怒りと情けなさが渦巻いていた。
それは、桃ではなく自分に対してだった。
桃にそこまでさせた自分に腹がたつ。何も出来なかった自分が情けない。なに
より、素直に礼が言えず、当り散らしている自分にも腹がたつ。
「俺が取り返してきてやらあ〜!」
富樫がドラ息子の後を追い掛けようとした時
「あんなものよりお前の方が大事だ」
桃の言葉に富樫は心から驚いてしまった。呆気にとられ、足を止める。
あんなもの?
「…なに言ってるんだ、桃…大切なばあちゃんの形見だろーが…」
「確かに大事だ。だが一番じゃない」
「…一番じゃないって…?」
「祖母の残してくれたもので、一番大事なものは思い出だ。それは俺の心の中
にある」
「…………」
「ここは誰に奪われる事も、汚される事もない」
桃は優しい笑みを浮かべている。
それは、ロケットを見つめていた時と同じ微笑みだった。
「あれはしょせん物だ。物なんかよりお前の方が俺は大事なんだ」
「…桃…」
「お前とこれから作る思い出も大切なものになるさ。皆もそうだろ?」
桃が他の皆を振り返ると
おお〜!
と、皆の歓声が上がった。
「さ、行こうぜ。あんなくだらない奴に腹たてるなんて、感情と時間の浪費だ」
「…………」
「早いとこラーメン食いに行こうぜ!」
「じゃから中華がいいって!」
「焼肉が食いたい〜!」
「そんな金ねーよ!」
皆は青空の下、笑いながら歩き出す。
「…桃…」
「なんだ?」
「お前に何か困った事が起こったら、俺が助けてやるからな」
「…富樫…」
「命賭けてでも、絶対助けてやるからな!」
「頼りにしてるぜ」
「おう!」
桃と富樫の肩が、トンと触れ合った。

俺達は大切なものを持っている
愛すべき仲間
忘れない、たくさんの思い出
離れていても、決して消えない絆を


H20.10.30

完全にアニメ男塾の世界観で書きました〜ビッグバトル・オーガストと同じ雰囲気
を感じてくれたらな〜と思います。(凶殺の前ね)
桃と富樫は熱い友情で結ばれていたらいいと思うの〜
ふと、思ったんですが、桃と富樫って「飢えてない」ってところで似てないかな?
男の友情って時間に左右されないと思う。何十年会ってなくても、まったく変わら
ずに接する事が出来るというか。女は駄目だよね〜ずっと会ってなかったら「過去
の人」になる事が多い感じが;まあ、人によるけど。
この話は「君といる場所」と同じ歌に感激して思い付きました〜
 『愛すべきは仲間 例え去っていっても忘れない』
はあ〜本当に良い歌だよ〜v