※脇役ですが、オリジナルキャラが出て来ます。
 お嫌いな方はご注意下さい。

桜の香り(前編)

夜中にふっと伊達は目を覚ました。
眠りの浅い自分は何かの気配ですぐ覚醒するのだが、どうも何かを感じた
らしい。
部屋の中ではない。外だな…
伊達は足音もたてずに部屋を出た。
塾校内の奥の庭にある、見事な桜の樹の下に桃が立っていた。
桜の花びらが風に乗って舞い散り、桃の身体に、髪に落ちている。
気配を消して近寄ったが、桃はすぐに振り向き、伊達に向かって笑みを浮
かべた。
「こんな時間にどうした?」
睡眠をこよなく愛する桃が夜中に出歩くなど珍しい。
「ん?ちょっとな…」
桃は桜の樹を見上げる。
「この桜も見納めだな、と思って…」
「…そうだな…」
明日は卒業式で、この男塾を去る日なのだ。
お互い、たくさんの思い出と想いが脳裏を横切っていく。
卒業後はどうするのか聞いていなかったが、お互い他の塾生からの問いに
答えたり聞いたりして耳には入っていた。
桃は大学に進学し、伊達は旅に出るのだと。
「あっ」
桃がいきなり声をあげた。
「見たか?伊達」
「なんだ?」
「流れ星だよ。一瞬で消えてしまったけど…」
「見てねーな…」
「ふふっ願いを唱える暇もないな」
「…だな…」
「幼い頃、祖父に聞いたんだが、星の光はここに届くまでの何百年、何千
年かかるやつがあるそうだ」
「…そうか…」
「だから、今見ている星は、もしかしたら今は存在しない星かもしれない
ってな…」
「…………」
「存在しないのに、光だけが残っている…夢とか、香りと似てないか?」
「香り…?」
「ああ、香りだけ残ってるって感じる時があるだろ?そういえば、桜って
香りがないよな…」
「…………」
伊達は近くにいる桃が、とても遠くにいるような感覚に襲われた。
桃は誰に向かって話しているのだろう?
自分の話をする時の桃はいつもこうだ。こんなに近くにいるのに、とてつ
もなく遠くに感じる…
「梅は少しの花が咲いても、とても薫るのにな…」
香りか…お前に似ているな…
と伊達は思う。
確かにそこに存在しているのに…
これほどまでに心を捕らえて離さないくせに…
決して触れる事が出来ないのだ。
桜の花びらが舞う中に立つ桃は、とても美しく、儚く感じる。
香りのように、時間がたてば消えてしまうのではないか、と不安になった
伊達は桃の肩を掴んだ。
「なんだ?」
桃が不思議そうな瞳を向ける。伊達はほっとして思わず桃の身体を抱き締
めた。
確かに、ここに桃はいる…この手の中に…
でも、明日は…
「伊達?」
もしかしたら、桜の香りを知る事が出来るのではないだろうか…?
抱き締めたまま、伊達は桃に口付けた。
驚いた表情を浮かべる桃を、そのまま地面に静かに押し倒す。
顔を覗きこむと、桃はもう驚いた表情をしていなかった。静かに、優しく
伊達を見つめ返している。
伊達が襟を拡げて、うなじに歯をたてても、抵抗もせず、彼のされるがま
まになっていた。
「…あ…」
肌に触れられて、桃は吐息をもらす。
夢かもしれない…香りかもしれない…
腕の中にいる人をそんな風に思いながら、伊達は抱く手に力を込める。
闇の中、白い鉢巻と桜の花びらが風に舞った。

   *****

5年後…
伊達は中国にいた。
男塾卒業後、伊達は世界各地をまわった。
まず、韓国に行き、ベトナム、タイ、などのアジアを歩き、インド、トル
コを経てヨーロッパに渡った。
アフリカ大陸にも行きたかったのだが、情勢の悪化で渡れず、南アメリカ、
北アメリカに行った。
出来るだけたくさんの世界をこの目で見たかったのである。
各地でたくさんの人に出会い、別れ、いろいろな経験をした。楽しい経験
も嫌な思いも、ちょっと危ない事があれば、良い思いをした事もあった。
どこに行こうと、最後に帰るのは故郷であるあの小さな島国だ。
昔と違って、帰るところがあるのだから、どこを彷徨おうと伊達に不安は
なかった。
中国に渡った時、覇極流の槍術を学んだ寺に挨拶に行ったのだが、そこで
頼み事をされてしまう。
四川省から男の子を一人、連れて来てくれないか、というのである。
伊達の師の友人の孫だが、武術を学びたいと言っているそうなのだ。こち
らで修行させたいと世話を頼まれた。
迎えに行ってやりたいが、師はかなりの高齢で、体に無理がきかなくなっ
ている。
伊達は簡単に引き受けた。
列車と徒歩で目的地にたどりつき、男の子を引き取ってまた引き返す旅に
出た。
今度は子供連れなので、あまり無理は出来なかった。
男の子が疲れてきたな、と思えばすぐ休む事にする。
手持ちの金は少なかったが、伊達の師の手紙があったので、中国武術に所
縁のある寺や道場を訪れれば、いくらでも宿や食事を用意してくれたので
あまり困らなかった。
男の子の名は
「フー・マオ」
といったので、伊達はマオと呼ぶ事にした。
マオは覇極流を極めている伊達を尊敬の眼差しで見つめ、無骨だが男らし
い伊達にとても懐いてきた。マオは聡明で素直な性格をしているので、伊
達もすぐに好感を抱いた。
二人は仲良く、旅は順調よく問題なく進んでいた。この時までは…
「もうすぐ重慶ですね」
「ああ、着いたら少し休んで、列車かバスに乗るか」
重慶ほどの大都市ならば、多くの交通手段がある筈だ。
これまで、ちょうどいいバスや列車がなかったので、ほとんどを歩いてき
たのだ。
まだ12才のマオには結構きつかっただろう。
ヒッチハイクも試してみたのだが、伊達の顔の傷を見ると誰も車を止めて
くれなかった。どちらかというと、通り過ぎる時、スピードを上げられて
しまったようなのである。
そんな時、マオは
「伊達さん、無理しなくていいですよ」
と言った。伊達は苦笑するしかなかった。
「夏でなくて良かったです。重慶は武漢、南京と並んで「三大火炉」と言
われるぐらいの酷暑都市ですから」
まだ、春先なので、暑さはそれほどではない。朝、夜はまだ冷えるぐらい
である。
塾の桜も咲き誇っている時期だな…
伊達はそんな事を思い出していた。
あの桜の樹の下で、桃と肌を重ねた…
たった一度きりの逢瀬だった…
次の日に卒業式を迎え、それ以後、桃とは会っていない。
あれから五年か…
もの思いに耽りつつ歩いていた伊達だが、日が暮れかけているのに気付き、
マオに声をかけた。
「少し、急げるか?この山道を抜けてどこかで宿をとらないと野宿するは
めになる」
「はい」
野宿しても伊達は平気だが、マオの身体を考えると、ちゃんとした床で寝
かせてやりたい。
背負って走るか。
と伊達は考えた。
荷物は伊達が全部持っているが、マオの一人ぐらい増えたところで、どう
という事はない。
マオに負ぶされ、と言おうとした時、どこからか発せられている殺気を感
じて足を止めた。
伊達の尋常ならぬ様子にマオも何かを感じて足を止める。
「…伊達…さん…?」
「…し、静かに…」
どこからだ…?
自分達に向けられているのではない。では、どこから誰に向けて発せられ
た殺気なのか?
目を閉じて、伊達は殺気の源を探った。
左の…崖の上か…
見ると左側の崖の上は竹林だった。この中で誰かが誰かを殺そうとしてい
るのだ。
マフィア同士の抗争だと巻き込まれたくはないが、庶民が殺されようとし
ている可能性もある。
仕方ねー確かめるか…
「マオ、ちょっとここで待ってろ」
伊達は荷物を置いて崖を登り始めた。
登っている途中で、すでに刃をまじえる音が聞こえだす。
竹林に辿り着くと、そこには一人の男に数人の男が刃で襲っていた。
襲われている男は丸腰である。
しかも、襲いかかってくる男を殺そうとしていない。
あくまで気絶させるだけに留めている。
フードをかぶっている為、顔は分からないが相当の手練なので、自分の手
助けは無用かもしれない。だが
「おい、多勢に無勢とは卑怯なんじゃねーか?」
伊達の声に争っていた全員が驚いて目を向ける。
「しかも、丸腰相手によ」
「邪魔するな!」
「こいつの仲間か?」
「構わん!殺せ!」
問答無用で男達は伊達にも襲いかかってくる。
やっぱり、面構えと同じくこいつらが悪者か…
伊達は背中にしまっていた槍を取り出し、襲いかかってきた奴らをなぎ倒
した。一応、気絶させるだけに留めておいた。
男達が全員地面に伏した時、マントをかぶっていた男が伊達に近付いてき
た。
「ありがとう、助かったよ、伊達」
いきなり日本語で、しかも名前を呼ばれて伊達は驚愕した。
なによりも、その声は…
フードのついたマントを取って現れた顔は
「…桃…」
桃が月明かりを浴びて、そこに立っていた。
伊達の目の前に…

                            


H20.11.5

なんか、いつの時代だよ?みたいな展開ですが、ほら、中国の奥地の方って
まだまだ電気とかガスとか通ってないらしいし〜;広大だし〜;(バカにし
てるとかじゃないですので誤解されないで下さい!)時代劇好きの私として
は、書いてて楽しかったvはっはっは…;
地理とかよく分かってませんので、そこらへんはあまり深く突っ込まないで
下さい;次でとっとと終りますので、ご勘弁下さい;