珍現象

「貴様ら〜来月に某老人ホームに慰問に行く事が決定した〜!ついては、そのホームのご老人方にお見せできる出し物を何か考えておけ〜!」
授業のしょっぱなに、鬼ひげにいきなりこう言われた。
「老人ホームに慰問?なんだよそれ?」
塾長の知人が老人ホームを経営する事になったらしい。その祝いとしてホームへ慰問に訪れる事を約束したのだという。
「若い人と触れ合うのを楽しみにしているというから、お前達、くれぐれも粗相のないように。ちゃんとした出し物を考えておくんだぞ!さらに〜分かっているとは思うが、ご老人方の心臓に負担をかける出し物はひかえるように…分かったな!塾長に恥かかすんじゃねーぞ!以上!」
と、言ったきり鬼ひげは出て行った。後は勝手に決めろ、という事のようである。
「何すりゃいいんだよ?」
「歌でも歌うのか?」
「皆で合唱部みたくか?勘弁してくれよ」
「楽器の演奏なんか出来ないしな〜;」
「劇はどうだろう?」
「ああ、劇か。小学生の時にやった事あるな」
「俺も」
「劇なら経験がある奴も多いみたいだな。そうすっか」
「話はどうする?」
「日本昔話とかは?」
「なら桃太郎の鬼退治がいいんじゃないか」
皆の視線が、教室の一番奥で爆睡かましている桃の姿に注がれる。
「無難かもしれねーな」
「でも、日本の話だったら、お年寄りはよく知ってるからおもしろくないかもよ。洋ものにした方がいいじゃないか?」
「洋ものってなんだよ?シンデレラとか?」
「僕、中学生の時に文化祭でやった「眠れる森の美女」の台本だったら持ってるよ」
「台本があるのか?そりゃ楽でいいや、それにしようぜ」
皆、話の内容もよく知らないが、あっさり決める。
「どんな話だったっけ?」
「魔女の呪いで100年間眠らされていたお姫様が、王子様のキスで目覚める話ですよ」
飛燕が簡単に説明してくれる。
「100年も寝てたのかよ〜寝ぎたね〜姫さんだな〜」
「誰かさんみたいに」
皆の視線が、教室の一番奥で爆睡かましている桃の姿に注がれる。
「姫さんの役は決定だな」
「ああ、適役だ」
桃の了承も得ずに勝手に決める。
「他の配役は何だ?ああ、王子様か」
「王子って姫にキスするんだよな?」
「そうなのか?」
「だってキスで目が覚めるって言ってたじゃん」
「じゃあ、桃にキスするわけか?」
「…俺…やってもいいかな〜」
「…僕も…」
そこの無名の塾生達。頬を赤く染めながら手を上げないように。
「王子ってイメージなら飛燕だろ」
無名の塾生達の勇気ある言葉は無視された。
「私ですか?私が王子ならお姫様役は富樫にして欲しいのですが…」
「…………………………」
その場にいた全員が、氷点下マイナス40度のシベリア地帯へのご招待を受けていた。
「嫌ですね、冗談です」
「…………………………(本当か?)」
皆はまだシベリア地帯から帰還出来ずにいた。
「王子は伊達がやりゃいいじゃん」
虎丸の言葉に全員の氷が一気に氷解する。
「なに?」
自分の名前がいきなり出てきて声をあげたのは伊達である。
今まで自分には関係ないものと、ろくに話を聞いていなかったのに。
「そうだな。桃がお姫様なら王子は伊達が妥当だな」
「副将だし」
「誰も文句言わねーだろ」
「おい、勝手に決めるんじゃねーよ」
「嫌なのか?」
「当たり前だ、誰が…」
絶対断る、と思っていた伊達であるが、自分が断った場合、王子役の誰かが桃にキスするはめになると気付いた。それは、あまりおもしろい事ではない。
「駄目か?」
「…………」
「嫌じゃないんだな?よし、決まりだ」
勝手に配役を決められてしまったが、まあ、いいか、と伊達は思った。

   ***

月日は過ぎて(巻きます)慰問の日の当日。
老人ホームを訪れた皆は、こしらえた手製の大道具と衣装で幕を開いた。
桃の衣装はカーテンを巻き付け、鉢巻の後ろに赤いでっかいリボンをつけただけだが、無理矢理「これが姫です!」とごり押しした。
台詞はあらかじめ録音しておいたテープを流すので、舞台に出ている役者はその声に合わせて身体を動かせばいいだけになっていた。
声を吹き込んだのは飛燕なので、なんとかそれなりに話は進む。
そして、最後のお姫様が目覚めるシーン。
王子伊達が登場した。衣装は学生服だが、頭に紙で作った王冠を乗せられた。剣の替わりに槍を持っているのはご愛嬌である。
ベッド(箱に布かけただけ)で眠るお姫様桃に触れるだけの口付けをして目覚めさせる。
桃の唇は柔らかく、微かに花の香りがした…
が、桃は目覚めなかった。
『おい、桃…』
小声で呼ぶ。
すやすやすや…
桃はベッドで爆睡していた。
まあ、ここまでは予想の範疇。
仕方ないので伊達はもう一度、桃にキスをした。が、桃は起きない。
すやすやすや…
もう一度挑戦する。が、桃はやっぱり起きない。
お姫さんは王子のキスで目覚めるんじゃないのか?
なんか、腹たってきた…
伊達は思いきってディープキスをしてやった。
ぶっちゅ〜〜〜〜〜
これならどうだ?
すやすやすや…
…が桃は起きない。
こいつ…むかつく…
多くの女性をうっとりさせてきた、俺のディープキスをくらって爆睡するとはいい度胸じゃねーか…
このまま永眠させてやろうか、と伊達は一瞬思うが堪える。
『おい、伊達。桃の顔をこっちに向けろ』
後ろからの声に振り向くと、秀麻呂がこっそり忍び寄っていた。
『何する?』
『緊急事態だ。目が覚めてるように見せ掛ける』
『?』
よく分からなかったが、一応桃の顔を掴んで秀麻呂の方に向かせた。秀麻呂が何か書き込んだようだった。
『よし、これで起きた様に見えるから、抱き起こせ』
伊達が桃の顔を覗きこんでみると
「ブッ」
桃の閉じた目蓋に、マジックインクで目が書き込まれていた。
………はっきり言って無気味である。きもい……怖い……
この無気味な物体はなんだ?もしかして●ッチ●イフか?南極二号か?(意味が分かる方だけ笑っ…いや、怒って下さい;カミソリはいりません;)
伊達の気持ちは200mほどドン引きした。
潮が引いた浜辺では、アサリやシジミが捕れ放題だ!
『おい、伊達!早く抱き起こして客に桃の顔が見えるようにしろ』
なる程、ご老人方の視力では、この無気味な目も本当の瞳に見えるかもしれない。
伊達はしぶしぶ桃の身体を抱き起こし、自分は目を背けながら客席から見えるようにした。
『何やってんだ、王子はお姫さんの顔見つめなきゃ駄目だろ!』
『見つめられるか、こんな気持ち悪いもん!』(伊達、ひどい…)
そこにテープの声が流れる。
「まあ、王子様。あなたが私を助けて下さったんですね
お姫さま、私の城に参りましょう。そこでいっしょに幸せに暮らしましょう。
こうして、お姫さまと王子さまはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
「おい、幕だ、幕!」
ザザーと幕が引かれ劇は終了した。
観客からお義理程度の拍手がパチパチとあがる。
「どんな劇だったんかいな?よー分からんかったわ」
「外国のコメデーとかいうやつじゃないかいの?」
「エンターテイナーとかな」
「ほほ〜しかし、でかい女の子やったの〜」
「海外の女性は骨格から違うからの〜」
「そうか〜」
ご老人方にはそれなりに楽しんで頂けたようだったので、塾生達は満足して帰った。
が、この寸劇には後日談がついてしまった。

「…桃…頼むから目を閉じて寝ないでくれ…」
「目を閉じないでどうやって寝るんだよ?」
秀麻呂が桃の目蓋に描きこんだ目は、油性のマジックインクで描かれた為、なかなかとれなかったのである。
教室で桃がいつものように昼寝をしようものなら、その無気味な姿がさらけだされる事となり、教室の塾生達は恐怖を味わった。
はっきりいって無気味である、気持ち悪い、怖い…
「秀麻呂!お前のせいだぞ!」
「しょうがねーだろ、緊急事態だったんだからよ〜油性とか確かめてらんねーよ」
桃としては外で寝てもいいのだが、一応総代であり、後輩もいる立場なので、授業をさぼるような真似はあまりしたくなかった。
伊達はちゃっかりさぼっている。桃の目のラクガキが消えるまで、教室に戻る気はない。
「これつけて寝てくれるかい?」
椿山がアイマスクを桃に差し出す。
「お、椿山、頭いいじゃねーか」
富樫がバンと椿山の背中を叩く。
「分かった。つけて寝ればいんだな」
桃がアイマスクを受け取り、着用して眠りに入ったので、皆はほっとした。
しかし、寝ているうちにアイマスクがずれて、いつの間にか無気味な目が覗いている。という事が多々起こってしまった。
安心しているところに、うっかりその無気味な姿を目撃してしまった時の精神的ダメージは大きい。
例外なく、ムンクの叫び状態になって悲鳴をあげた。
「ひいい〜〜〜」
その油性マジックで描かれた目が消えるまでの約一週間の間、塾生達が桃から目を背けるという珍しい現象が起きたのであった。
ちゃん、ちゃん♪


※ムンクの「叫び」は悲鳴をあげているのではなく、悲鳴を聞いている絵です(蛇足)


H20.11.21

久し振りにこういう大円団書いてみたかったんです;
元ネタは昔の上司の話から。詳しく知りたい方はこちらに→
この時はまだ桃と伊達は恋人じゃないって感じで。
伊達は自分の気持ちに気付いているけど、桃はまだ全然…かな。



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