初めての…

第一話 恋


桃達もこの春でついに三号生となった。
寮もボロ小屋とはお別れで、天動宮に移る事となる。その引っ越し作業で春休み中、
男塾内はひっちゃかめっちゃかであった。
「おい、この鍋誰のだ〜?」
「儂の靴知らんかの〜?片方しかないんじゃが」
「この布団早く運べよ。邪魔だろ」
天動宮では全員一人部屋があてがわれるので、すし詰状態から解放される、と皆は
大喜びであった。が、ほんの少し寂寥感を覚えないでもなかった。
オンボロだ、狭い、最悪だ〜と言いつつも、ごちゃまぜの状態もそれなりに気に入っ
ていたからだ。
「こっちに雑巾余ってないか?」
桃がバケツを持ったまま廊下を歩いている。
荷物を運び終わった後の、簡単な掃除に取りかかっているのである。
「皆も、荷物を運んだら簡単な掃除しとけよ。明日から新二号生が使うんだからな」
ほ〜い、と返事の声があがる。
今まで桃達が使っていたこの寮は、明日、東郷ら新二号生が引っ越してくるのだ。ボ
ロでも清潔感ぐらいはそれなりにしておいてやらないと可哀想である。
「雑巾なら屋根裏にあった段ボール箱の中にあるかもしれないよ」
「そうか、ありがとう」
椿山の言葉に、桃は屋根裏の入口のある場所に向かった。
すると、屋根裏に通じる天井板がはがされており、すでに誰かが屋根裏に登っている
ようであった。梯子も何もかけていないところをみると、飛び上がったのだろう。
誰が登っているんだろ?
不思議に思いつつ、桃も天井に飛びついて屋根裏に上がった。中は天井が低いので半
屈み状態になる。
「桃か?」
「伊達?何してるんだ?」
屋根裏に上がっていたのは伊達であった。
所持品をほとんど持たず、身一つの彼の引っ越しはあっという間に終わっていた。部
屋の掃除も同室である飛燕に言われてしぶしぶ行っていたようで、一番初めに片付い
たと記憶しているが。
「何か探し物か?」
「…ま、そんなとこだ」
実は虎丸に頼まれて、昔隠したというエ●本を探しに来たのである。
梯子が見つからないが、飛び上がるのが面倒だから、身の軽いお前が上がってくれ、
と言われた。
なんで、俺が…
と思ったが『暇そうにしているくせに、けち、ばか』等、いつまでもつきまとって、
わめき散らしてうるさいので来てやったのだ。
「見つかったのか?」
「いや…ないな…」
誰かが偶然見つけて持っていったのかもしれない。簡単に探したがそれらしい本は
なかった。
「お前はどうした?」
「雑巾探しに来たんだが…これかな?」
桃が近くにあった段ボールの箱を覗き込む。
「雑巾ならこの段ボールの中にあったぜ」
伊達が奥にあった段ボールの箱を引っぱってきてくれた。
「ありがと…プッ」
礼を言おうとした桃が伊達の顔を見て吹き出す。
「?」
伊達は意味が分からない。
「あはは…伊達…お前の顔、すごい事になってるぞ…」
「は?」
顔を手で軽く擦ってみると、真っ黒なススが手についてきた。
「まっくろくろすけにやられたんだな…あはは…」
おもしろそうに笑う桃を見て、ムッとした伊達のいたずら心が沸き上がる。
「おめーもススまみれになれ」
「わ!」
ススのついた手を桃の顔に擦りつける。桃は手を払ったり身をひいたりするが、そ
こを押さえこんでさらに擦りつけてやる。
「こら、やめろ、伊達」
「うるせー人の顔笑った罰だ」
「やめろって」
拒絶しているようにみえても本気ではない。二人はじゃれ合い、身体を縺れ合わせ
ながら屋根裏を転がった。
おもしろくなってお互い笑い声が洩れてくる。伊達の腕に捕まった桃が、床に押し
倒されススまみれの顔を押し付けられた。
「ぐわ〜やめろ〜」
笑いながら桃が文句を言った時、柔らかいものが唇に触れる。
なんだろ?あ、伊達の唇にあたったのか…
そう思った桃の瞳に伊達のドアップが飛び込んできた。動きを止めて、真剣な表情
で桃を見つめている。
「…伊達…?」
「…………」
伊達の真直ぐな瞳と無言の圧力に桃は気まずさを感じ始めていた。
なんだろう?今まで伊達といっしょにいて気まずいなんて思った事ないのに…
伊達の視線がいつもと違う色をもっているようで、桃は胸の鼓動が高鳴るのを感じ
た。
ど、どうしてドキドキしてるんだ?
自分の頬が熱くなってくるのを感じて桃は戸惑う。伊達の視線から目が離せない。
何も言葉が出てこない。
だんだん伊達の顔が近付いてきて…
その時、桃の背中でミシリという嫌な音が鳴る。
「あ!」
「ん?」
桃が起き上がると同時に屋根裏の床が抜けて、二人の身体が下に落ちた。
二人は落下の途中で体勢を整えて、なんとか足から着地した。
砕けた床板といっしょに、大量のほこりとススが二人の上に落ちてくる。
「ブホッ」
「ゲホゲホ…」
「なんの音だ〜?桃、伊達?どうしたんだ?」
轟音に驚いた塾生達が集まってくる。そして、見事に穴の開いた天井を見上げた。
「あ〜あ〜抜けちまったか…」
「ボロ校舎だからしゃーねーな」
「てめ〜ら〜何やってんだ〜!あ…こ、これはどういう事だ〜!穴開いてんじゃ
ねーか!」
鬼ヒゲの怒号が廊下に響き渡る。
「どういう事だ!桃!伊達!お前らの仕業か〜!」
「…まあ…見てのとおりです…」
「…………」
「見てのとおりじゃねーだろ!こんなでかい穴開けやがって!明日までに修繕し
とけ!分かったか〜!」
頭から煙でもだしそうないきおいでまくしたてて、鬼ヒゲは去っていった。
「修繕しとけって言ってもなあ〜」
廊下に出ていた塾生達はそろって天井に開いた大きな穴を見上げた。
「こんなでかい穴開けちまって…何やってたんだ、桃?」
「え…な、何って…」
桃は訳もなくドキリとした。そして、そんな自分にまた戸惑う。
「ちょっと暴れてただけだ…」
横から伊達が声をはさむ。
「ま〜ったく。組手なら地面が固まってるところでやってくれよ」
「…すまん…」
「顔洗ってきたらどうだい?二人とも埃まみれだよ」
「そうだな、そうするよ。後で俺と伊達とで直すから置いておいてくれ」
「俺は自分の荷物をもうすぐ運び終わるから、手伝うよ」
「俺もすぐ手があくから」
「僕も」
「ふふ、ありがとう」
塾生達の協力の声に礼を述べ、とりあえず桃と伊達は顔を洗いに外に出た。春先
の気持ちの良い風が吹いている。
「仕事が増えちまったな」
顔を洗いながら桃が伊達に話し掛ける。いつもと同じ調子で、先程のきまずい雰
囲気などなかったかのように。
「今日中に直せるかな?」
「…そうだな…」
桃が伊達を振り向くと、彼は真直ぐに自分を見つめていた。また、桃の胸の鼓動
が高鳴る。
伊達の視線から目が離せず、何も言葉が出てこない。
どうしたんだ、俺は?いつもと同じ伊達じゃないか…
「…道具を取ってくる」
と、伊達は踵を返して歩きだす。彼の視線から解放されて桃はほっとした。
そして、何故ほっとしているのか…
自分の気持ちが桃は分からなかった。
伊達は歩きながら、屋根裏で触れた桃の唇の感触を思い出していた。
いつ頃からか、自分が桃に惹かれているのは自覚している。
だが、気持ちを打ち明ける気はなかった。
自分は桃にとって同じ塾生で、仲間で、生死を共にくぐり抜けた盟友で…それで
いいと思っていた。これまでは…
けれど、あの時、桃の唇が触れた時。想いが溢れ出て堪え切れなくなってしまっ
た。
こんなに近くにいるのに…
桃を遠くに感じる…
欲しい、と思っている…
触れたいのだ…自分は、彼に…
その想いは熱く激しくて、文字どおり身を焦がす程になっていて…
親友では満足できなくなっている自分に、伊達は初めて気付いた。



H20.11.22

私、伊達と桃が恋人になった時って、結構簡単にあっさり書いてるんですよね;
(または、すでに恋人になっているか)そんな感じだと思ってはおりますが、一度
ちゃんとじっくり丁寧に書いてみたい、という願望はありました。
と、いう事で初めてシリーズでございます。
これから初めての恋、初めての接吻、初めての夜…なんていう感じで砂糖吐き甘々で
進む予定。多分…(おい;)
王道っぽい感じの話なんで、いつもキワモノ専門の私が果たしてちゃんと書けるかどうか…
自信がないざます;大丈夫か?;


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