※「秘密の言葉」の続編です。
「警告」と「秘密の言葉」を読んで了承した方のみ、お読み下さい。



祈 り

「久し振りだな、桃」
「アンバー…どうしてここに?」
夕食も終わり、そろそろ就寝時間となる時刻だった。
桃は男塾に訪れた思いがけない客を、驚きの表情で出迎える。
伊達は、そのアンバーと呼ばれた浅黒い肌の男を、不愉快な気分で見つめていた。

このアンバーという男を伊達が初めて知ったのは、天挑五輪に参加していた時だった。
桃が宿泊施設で偶然見つけ、声をかけたのである。
「アンバー?アンバーじゃないか?」
「…桃…お前か…」
「どうしてここに?この大会に参加しているのか?」
「…いや…あるチームの助っ人として来たんだが、残念ながら自分が着く前にチームは
敗退しちまった」
「そうか…」
「…………」
「懐かしいな、元気か?」
と、桃は親し気に尋ねていたが、アンバーは桃に対して冷淡だった。皮肉めいた言葉を
はいたり、男塾をバカにした言葉もこぼしていた。
後で虎丸がアンバーといっしょにいた、他の助っ人の男に聞いた話によると、桃と彼は
王虎寺で共に修行した弟子同士だったらしい。共に修行した弟子同士にしては、アンバ
ーの態度は不遜だった。これには理由があり、修行中に師匠は兄弟子であるアンバーよ
り先に桃に奥義を伝授し、それに不満を覚えたアンバーは寺を出て行ったそうだ。
つまり、アンバーは桃に逆恨み的な感情を抱いているのである。
桃は彼の嫌味な言葉や態度をさりげなくかわしていたが、側で聞いていた富樫や虎丸な
どはかなり腹をたてていた。
こういった理由から、彼が男塾に現れていい顔をする者は誰もいなかった。
「何しに来やがったんだ、あの嫌味やろ〜。桃の知り合いじゃなかったら、ぶん殴って
るところだ」
富樫の言葉には伊達も同感である。
まったく何しに来たんだか…
そして伊達にはこの男に良い印象をもてない理由が、もう一つあった。
当時の天挑五輪の宿泊施設での出来事だった。夕暮れ近くだっただろうか。伊達が施設
の外で一人、槍を振っているとアンバーが声をかけて来たのである。
「よう。お前、男塾の伊達とか言ったな」
「…………」
伊達は無視しようと思った。桃に対する態度といい、傲慢さの感じられる物言いといい、
この男はムシが好かない。が、アンバーは気にせず続けて声をかけてくる。
「槍術が得意なのか。相当な腕前だと見ているだけでも分かる」
「…………」
「副将だそうだな。どうして大将じゃないんだ?お前程の腕なら桃に勝てるんじゃない
のか?」
「…………」
「桃のサポートじゃ、大変だろ。あいつは甘ちゃんだからな」
「…………」
むかつくが無視する。
「…あいつと出来てんのか?」
アンバーの下卑た言い方に、カッとして睨み付ける。彼はニヤニヤした表情で伊達を見
つめ返していた。
確かに伊達と桃は恋人と呼べる間柄で、想いが通じ合ってからは肌も重ねた仲だ。が、
この男に答える義務はない筈である。
これ以上、この男といっしょにいたくない、と思った伊達はその場を去ろうと歩きだし
た。
「あいつの身体はそんなにいいのか?」
伊達は全身から怒りを発して振り返り、アンバーを殺気の滾った視線で睨みつけた。
近くに止まっていた鳥が脅えて飛び立つ程、伊達の殺気は凄まじかったが、彼は相変わ
らずにやけた顔で涼し気に受け止める。
「…図星か…」
「…………」
伊達は必死に怒りを押さえ付けた。今、この男に手をだせば殺してしまいそうだ。
アンバーはそんな強烈な殺気を放つ伊達に背を向けて歩きだした。
相当なバカか相当な手練である。
伊達が手をあげないと確信しているのか…
アンバーが消えた後も、殺気を鎮める為に伊達はしばらくその場を離れる事が出来なか
った。
彼の下卑た声が不快な気分と共に、いつまでも胸にこびりついていた。
そんな事があったせいで、伊達は他の塾生達より彼を嫌っていたのである。
何しに来たのかと不審だったが、アンバーの目的は桃だった。
彼は桃に「話が有る」と寮から連れ出して裏庭の方へ行ってしまう。伊達は引き止めた
い気分だったが、止める理由が見つからず、仕方なく二人を見送った。
人気のない裏庭の林まで来たところで、アンバーと桃は足を止めた。
「この男塾に来たのはお前におめでとう、を言う為だ」
「え?何の?」
「探していた兄貴が見つかったんだろ?良かったな」
アンバーの言葉に、桃は凍り付く。
どうして知っている?
「何故知ってるんだ、って顔だな。一応傭兵として各国渡り歩いてそれなりに裏の情報
には長けているのさ。お前がDNA鑑定を依頼した情報が入ってきたんだ」
「…入ってきたんじゃなくて、仕入れたんじゃないのか?」
おどけたように肩をすくめたアンバーは
「ま、そういう言い方も出来るが」
「…………」
「怒るなよ。俺もかつてはお前の兄貴候補だったんだ。少しは気にするさ」
手首に刻まれた入れ墨は綺麗に消してあるが、アンバーは孤戮闘に送られた子供の一人
である。
自分の子供の行方を探していた桃の父親の手によって救出されたのだ。血液型から彼は
自分の子供ではないと分かったので、彼を両親の元に返した。
その後、何の偶然か、桃はアンバーと王虎寺で出会ったのである。
アンバーが桃の父親の名前を覚えていたので話したのだ。桃は亡くなる前の祖父から少
し話を聞いていたので理解できた。
当初は
「もしかしたら兄弟だったかもしれないな」
と笑い合う仲だったのに…
いつの間にか二人の間に深い溝が出来てしまった。桃は溝を埋めようと努力したつもり
だが、埋まる前にアンバーは姿を消した。
「伊達って奴も孤戮闘の出身だろ。天挑五輪の最終戦では驚いたぜ」
「…………」
「あいつが兄貴か?」
「…………」
「黙ってるって事は肯定だな」
「…………」
「お前あいつと出来てんだろ?」
桃は少し眉を寄せた。
「天挑五輪で再会した時は、お前があまりに色っぽくなってるんで驚いたぜ。これでも
いろんな人間に会ってるから見ただけで分かる事は分かる」
「…………」
「すぐに分かった。男を知ったんだなって…」
「…………」
「相手はあいつなんだろ。腹違いとはいえ実の兄と寝るなんて許されると思ってんのか?」
許される?誰にだろう…
ふと、桃は思った。
世間というやつか?道徳か?社会か?それとも…神様か…?
「優秀だったお前も堕ちたもんだ」
「…それを言いにきたのか?」
「それもあるが…伊達は知らないんだよな…?」
「…………」
「沈黙は答えだと言ったろ」
痛いところをついてくる、と桃は思った。
が、実際のところアンバーは事実をほとんど把握しているのだから、何を言おうと無駄
だとも分かっている。
「だからなんだ?」
「伊達に話していないのは何故だ?知られたくないからだろう?」
「…違う…」
「無言はまずいからと、なんでも言えばいいってもんじゃないぜ。すぐ分かる嘘を言う
な」
「…………」
「俺に黙ってて欲しかったら…お前を抱かせろよ」
「…………」
「一度お前の身体を味わってみたかったんでね」
「…分かった…」
アンバーは桃の頤に手をかけ、唇を吸おうと顔を近付けたが
「…言いたければ言え…」
桃の言葉に動きを止めた。
「何?」
「伊達に言いたければ言え。お前の好きにすればいい」
「なんだと?桃、お前あいつに知られてもいいのか?」
「だから好きにしろと言ってる」
「知られたくないから黙ってんだろうが。でなきゃとっくに話して感動の兄弟再会シー
ンを演じてるんじゃないのかよ?」
「知られたくないから黙っているんじゃない…守りたいからだ…」
「守る?なんだそりゃ?」
「……もし、お前の目の前に神様が現れて…」
「は?」
「神様が現れて、君の愛する人は明日死ぬ、と聞かされたら、愛する事を止められるの
か?」
「…な…?」
「明日死ぬ人を愛するのは辛いからと、止められるのか?」
「…………」
「俺は出来ない…愛する事を止められない…伊達も同じだと分かっている。ならば事実
を知る事には何の意味もない…苦しむだけだ…」
「…………」
「俺は彼を無意味な苦しみから守りたい…そして侮辱もしない。お前に身体を許すのは
彼を裏切る行為で、侮辱と同じだ…」
「…………」
「俺は彼を裏切らない…」
「…何体裁繕ってやがる…裏切らないだと?とっくに裏切ってんじゃないのかよ。事実
を打ち明けないのは裏切りだろうが」
「彼に恥じる事は何もしていないと思っている」
お前に身体を許せば、それが恥ずべき事になる。
「近親相姦やろうがえらそうに言うな!」
「罪も…罰も…あるならすべて俺が受ける。彼には一欠片も背負わせたりしない」
罵りも侮辱も自分が受ける。伊達に共用させたりしない。
「俺は彼を知っている…」
伊達が自分を想ってくれているのを知っている…
「彼にとって何が不誠実か分かってる…」
桃の瞳は真直ぐにアンバーを見つめ、そこには憎しみも彼に対する軽蔑も浮かんでいな
かった。
澄みきった瞳が強い意志を映して、彼を見つめているだけだ。
アンバーは居心地の悪さを感じ、舌打ちをして桃に背を向けた。
「後悔すんなよ」
捨て台詞をはいてアンバーは去っていった。
一人残された桃の上に、冷たい雨が落ちてくる。
…誰かに教えて欲しかった。
どうして伊達なのか…
どうして彼でなければ想えないのか…
…誰かに答えて欲しかった。
どうして彼が「兄」なのか…
彼を想っていなければ、兄弟の存在を素直に喜び合えたんだろうか?
間違っているのか?
もし、目の前に神様が現れて…あなたの愛する人は兄です。だから愛する事をやめなさい、
と言われたら…
想う事を止められるのか?
それが正しいのか?
正しくある為には、自分の心を偽って生きねばならないのか?この先、ずっと?
「…う…」
胸が締め付けられたように苦しくなって、桃は両手で押さえた。
墨色の空を見上げ、自分に降り注ぐ冷たい雨を見つめる。
…いっそ雨といっしょに記憶も流れ落ちてしまえばいいのに…
桃はふっと淋しげな笑みを浮かべた。
…ばかだな…俺は…
検査をすると決めた時、こうなる事も覚悟していたんじゃないのか?
万分の一でも可能性があるが、それでもいいのかと自分に問うた。
…安心したかった…
心のどこかで祈っていた…違う可能性に縋り付いていた…
…やっぱり…俺はばかだ…
溢れてきた涙が雨とともに、桃の頬を伝い地面に落ちた。

雨が降ってきたので、伊達は心配になって桃とアンバーが消えた裏庭に足を向けた。途
中で反対側から歩いてくるアンバーに遭遇する。
「これは、これは、いいところに…」
「…桃はどうした…?」
「お前に会いに行くところだったんだ。話したい事があってな」
伊達はアンバーを無視して脇を通り抜けた。
「桃が貴様に黙ってる事があるんだぜ。教えてやろうか?」
アンバーの言葉など聞こえていないかのように、伊達は足を止めなかった。
「おい!聞こえてんだろうが!」
通りすぎようとする伊達の手をアンバーは掴むが、思いきり振り払われる。
「なんで、てめーから聞かなきゃなんねーんだ?」
不機嫌な顔をアンバーに向けて、はき捨てるように口にする。
「そりゃ、桃は絶対に言わないからさ」
「なら知らなくていい」
伊達は再び歩き出した。
「待てよ。お前の出生に関わる事なんだぜ。知りたいだろーが」
わざとらしく大きなため息をつくと、伊達はアンバーを振り返った。
「言いたければ言え」
「な…」
先程の桃と同じ言葉を伊達が言ったので、アンバーはぎくりとした。
「だが、俺は貴様が何を言おうと信じないぜ。信用出来る人間か分からねーのに、信じ
る訳ないだろ」
「…なんだと…」
「俺は認めた奴しか信じねー」
お前を俺は認めていない…
と、伊達は目で語る。
「…ちょ…おい、待てよ!」
伊達は歩を進め、アンバーがどれだけわめこうが、二度と振り返らなかった。
伊達の背中が見えなくなると、アンバーは男塾の門に向かった。
剣桃太郎…やはり、俺はあいつが大嫌いだ。
いつだって真直ぐで、素直で、歪みがなくて、愛されて…
無防備のくせに…強い…
…昔からあいつが大嫌いだ…
アンバーは悔しさを抱えたまま男塾を後にした。
夜の闇の中、見つけた時の桃は雨に濡れそぼっていて、まるで迷子になった子犬のよ
うに見える。
「…桃…」
伊達の声に、桃は振り返る。
「…伊達…」
瞳が潤んでいるが、それが涙のせいなのか雨のせいなのか伊達には分からなかった。
「ずぶ濡れだぞ…寮に入れ」
「お前もな…」
桃は少し微笑んで、伊達の頬にそっと触れる。
美しい瞳で伊達を見つめ、彼の首に手を回す。伊達は桃を包み込むように抱き締めた。
「…伊達…」
「…なんだ…?」
「…伊達…」
「何…?」
「…伊達…」
伊達は、桃が自分の名前を口にするのは、呼んでいるのではないと気付いた。
溢れ出る想いを堪えきれずに、桃は名前を囁いているのだ。
それは、まるで祈りのようで…
「…伊達…」
「…ああ…」
桃が自分の名前を呼ぶ度に、伊達は言葉を返す。
彼の想いを全部受け止めてやりたかった。
桃が自分に黙っている事があるのは知っている。知れば自分が傷付く事なのだろう、
と伊達は察していた。
でなければ桃が黙っている筈がない。
自分が傷付けば、桃自身も傷つくのだ。分かっているから伊達は何も聞かなかった。
知らなくていい…
言わなくていい…
お前の想いを知っている。
それだけでいい…
優しく伊達の唇が桃のそれに触れる。
「冷たいな…」
「…暖めてくれるか…」
二人は深い口付けをかわす。
唇からぬくもりを感じて、桃の胸に愛しさが溢れてくる。
想いが…満たされる幸福を感じるのだ…
分かっている、これは背徳だ。実の兄と身体を繋いでる。
でも、止められない。
愛さずにはいられない…
想いは深く、激しくなるばかりで…
「…伊達…」
「…ん…」
名前を呼ぶと必ず受け止めて言葉を返してくれる。
愛しさは増すばかりで…
「…伊達…お前を…守りたい…」
例えお前に軽蔑されても…
「…ああ……知ってる…」
雨の中を、お互いの存在を確かめるように抱き合っていた。
祈りは決して届かない。
ならば、もう祈らない…
桃は、決して自分は泣かないと心の中で誓う。自分達の血の繋がりに対して、もう
決して涙は流さず、迷いもしない。
正しいのか間違っているのか分からないが、俺は自分で選んだのだ。
自分の心を偽らない事を選ぶ。
彼を想い続けるのだと…
その為に、自分は強くなる。
想いを貫く為に…愛し続けられるように…
大切な人を守れるように…
運命よりも強くなってみせる。

だから、神様
あなたの許しは
いりません…







H20.11.28

「秘密の言葉」はパッと設定が思い付いて書きましたが、自分なりにケリをつけた
くて、この「祈り」を書きました。完全にイレギュラーな話ですので、今後、この
設定は使わないと思います。
警告致しましたとおり、不快になられても責任はもちませんので、ご了承下さい。

↓後書き(言い訳)読んでやろうという方のみ、お読み下さい。


「秘密の言葉」の設定が思い付いて書いた後、「桃ならどうするか?」という事を
自分なりに考えました。
考えた末、「桃なら逃げたり偽ったりしないだろう、事実を受け止めるだろう」と
いう結論に至りました。
伊達が好きなのも事実で、血が繋がっているのも事実で、それを認めた上で、心に
嘘をついたり逃げたりしないだろう、と。答えを出すまでに苦悩すると思うけど。
真実って絶対的で変えようがないから、受け止めるには覚悟と強さが必要だと思う。
今回の「痛い真実」は桃が掘り起こした訳で、それに関して桃に責任があり、本人
も自覚してる筈(A君につけいる隙を作ったとも言える訳で)
この話で桃は血の繋がりの事を伊達に話しませんが、あれは
「自分で選べない事」「誰にもどうしようもない事」
だから、という解釈で書いています。(聞いてきたら言うと思ってます)
でも「恋人以外に身体を許す」事は、自分で選べますよね。
「愛する人が傷付く事」を分かっていて、自分でそれを選んでおいて、黙っている
事は不誠実だと思っています。恋人をバカにしてる。
だから、それは桃はしないだろう、と。
いきなりですが、よく女性が「浮気を許すか」という質問に
「分からないようにして欲しい」
て言いますよね。あれ、私「おかしい」と思ってます。
「分からないのならしていい」ともとれるし、本当に相手の事好きなのか?
バカにされた愛され方で平気なのか?と疑問に思ってしまふ;
本当に相手の事が好きなら
「私にキスしたかったら他の女と別れて来い!それからじゃ!」
ぐらい言うべきだと思ふ;
強姦された事を黙っているのは分かります。どうしようもない事だし、相手も傷つ
くし。訴えるとかなると話は別だけど(強姦された事を責めるような奴は論外)
伊達は、桃が自分に対し不誠実な事をしないと分かっているから
「知らなくていい」
と思っている、という解釈です。
もし、知った場合は言うと思う。そんで、そこから二人で始めると思う。話し合っ
たり苦しんだり傷つけ合ったりするかもしれないけど、二人で結論だすと思う。
知らないふりは絶対しないと思うんです。(お互い知っているのが分かっているの
に、お互い黙っているのは、ただの誤魔化し。逃げてるだけだと思う)
ちゃんと魂をぶつけ合って、二人で結論だすだろう、と私は解釈してます。
まあ、こういう考え方って少数派だろうけど、こういう解釈で話を書いてるので、
合わない方は申し訳ありません;
何度も言いますけど苦情は一切お受けしませんので!;
警告しましたよね!;ね!;よろしくお願いします;