初めての…

第二話 接吻


桃は伊達に口付けをされた。
口付けと言っても唇が軽く触れる程度のものだったのだが…

その日、桃は伊達に棍の相手を頼んだ。
槍や棍は伊達の方が桃より経験がある。上達を目的とした鍛練には最適の相手であるし、
存分にやっても構わない実力の持ち主でもある。もっとも、何の相手でも桃が加減無し
で頼めるのは伊達ぐらいなのだ。
木の棍を持って、二人は誰もいない道場で打ち合った。
初めはお互い一歩も譲らずの状態が続くが、時間がたつにつれ、桃の息が上がり始めた。
棍の扱いに長けている分、伊達は無駄な動きがなく、体力の消耗が少ないのである。
力は拮抗しているが、長引けば桃の方が劣勢になるのは目に見えていた。桃はここで勝
負を決めておかねば、と判断して打って出た。
伊達はそれを真っ向から受け止め、二つの棍がぶつかり合った。
途端に桃の持っていた棍にヒビがはいり、裂けて砕けてしまう。
「あー…やられたか…」
構えを解いて桃は呼吸を整える。
「さすがだな、伊達」
「今のは運が良かった。こっちの棍が強かっただけだ」
「これまでのやりとりで、俺の方が棍に負担をかけてたんだと思う。それで裂け目が走
ったんだ」
「最後の一手は危なかった」
「伊達が言うのなら、俺の棍の腕も少しは上達したのかな?」
彼がお世辞を言う男ではないと知っている。
「そういう事だ」
「ふふ、付き合ってくれてありがとう」
「木の破片が飛んでるぞ」
「え?」
砕け散った棍の破片が桃の髪についている。伊達は優しく払い落としてやった。
「ありがとう」
礼を言って顔をあげた桃の瞳に、真剣に自分を見つめる伊達の瞳が写る。
…あ…まただ…
屋根裏で初めて見せた伊達の真剣な瞳。
あの時から、伊達はその瞳で桃を見つめる事が多くなった。
その瞳に見つめられると、桃は視線が外せず、言葉も失って、どうしていいのか分から
なくなってしまうのである。
いつもなら、誰かが話しかけてきたりして視線を外せるきっかけがあるのだが、今は誰
もいない道場で二人きりだ。
伊達の身体がゆっくりと近付いてくるので、桃は無意識に後ずさった。視線を合わせた
ままで。
道場の壁が背中につくと、桃は行き場を失う。伊達の顔が桃に覆いかぶさるように近付
いてきて、お互いの唇が触れ合った。
触れ合う瞬間、桃は知らずに目を閉じていた。
触れただけで伊達はすぐに身を引いた。そのまま道場を黙って出て行く。
今の…は…?
何をされたか自覚するのに、少し時間がかかる。
口付けを受けたのだと気付いた桃の身体は燃えるように熱くなった。
な、なんで…
桃の胸はドキドキと高鳴り、頬に熱を感じて両手で包みこんだ。
一体、伊達はどういうつもりで、自分に口付けたのだろう?
いくら考えても答は分からず、桃はしばらくそこから動けなかった。

夕食の時間、桃は半分心あらずの状態で食堂にいた。
天動宮では三号生の食堂が他の塾生達とは別に設けられており、その日のメニューは決
まっているが、どの時間に来ても食事がとれるようになっている。
桃は食事時間どきに来るが、伊達は混んでいるのが嫌だからと、遅い時間に来る。
そんな訳で、食堂に伊達の姿はなかったが、今の桃にはそれがありがたかった。伊達の
顔が恥ずかしくて見れないような気がしたからである。
彼が触れていった唇の感触がまだ残っている。
桃は指でそっと自分の唇に触れてみる。
どうして…
「よう、桃、どうした?うかない顔して?」
「え!」
いきなり富樫に話し掛けられて、桃の心臓が飛び上がった。
「なんだ、全然食べてねーじゃねーか?苦手なのか?」
夕食のトレイを前に置いたまま、まったく手をつけていない桃の皿を見て、富樫は不思
議そうに尋ねる。
「い、いやそうじゃないんだ…た、食べるよ」
取り繕うように、桃は食べ始める。その姿を見た富樫は、首をかしげながらも桃の横に
座って、自分も食べ始めた。
隣の富樫をふと見ると、ご飯つぶが頬についていた。
手で取ってやろうとした桃にいたずら心が沸き上がり、ついていたご飯粒をパクリと食
べて取ってやる。
「な…」
富樫が呆然とした表情で桃を見つめる。
「な、な、な、なにしやがんだ〜桃〜!てめ〜!」
顔を真っ赤にして、富樫は椅子から転げ落ちる。他の塾生達がなんだ?と振り返るので
「なんでもねーみせもんじゃねー!」と文句を言う富樫。その姿を見て
『おもしろ〜い』と桃の中の小悪魔が思う。
「いや〜ご飯つぶがほっぺについていたもんだからv」
しれっとした口調で桃は言う。
「ご、ご、ご飯つぶがついていたんならそう言え!自分で取らあ!」
「そうか、そりゃ悪かったなv」
またも、しれっとした口調で桃は言う。
「ま、まったく…」
顔をまだ真っ赤にしながらも、富樫は椅子に座り直す。その姿をみて、桃は心の中で微
笑ましく思うが、胸が高鳴っていない事に気付くのだ。
伊達の唇が触れた時は、あんなに身体が熱くなって、胸が高鳴ったのに…
どうしてなんだろ?
いたずらだからか?
伊達の口付けもいたずらのつもりなんだろうか?
それにしては伊達の視線は強くて、熱くて、真直ぐで、ふざけた感じはまるでない。真
剣そのものである。
桃はやはり分からなかった。

         *

数日たったある日。
「椿山のペットが逃げた?」
夕食後、皆が娯楽室と称される寮の居間のような場所でくつろいでいると、秀麻呂が椿
山のペットが逃げたが、見掛けていないか、と聞きに来た。
「リスのゴクミちゃんさ。飯が終わって部屋に帰ったらゲージの蓋が開いてて、いなく
なってたんだと」
椿山は、裏庭に迷い込んでノラ犬やカラスのえじきなったらどうしよう!と泣いて探し
回っているそうである。
「じゃあ、俺も探すのを手伝うよ」
桃が立ち上がって部屋を出ようとする。
「え〜探すのかよ〜リス1匹だろ。見つかるか〜?」
「人数が多い方が見つけやすいだろ?」
その場にいた塾生は顔を見合わせた。
なんだかんだ言って、結局三号生全員で探す事になった。
「屋根裏も誰か上がって探してみた方がいいんじゃないか?」
誰かの言葉に桃は少しドキリとする。
伊達の視線を初めて感じた時の事を思い出してしまったからだ。
すべてはあの日からだ。
道場の出来事から、伊達は二人きりの時、桃に口付けるようになった。
あの時と同じ、触れるだけの優しいものだが、桃はされるたびに胸が高鳴って苦しくな
るのだ。
でも、拒めない。
伊達に真直ぐに見つめられると視線が外せなくて、逃げられなくて、いつも優しい口付
けを目を閉じて受けとめてしまう。
どうしてなんだろう?
桃はまだ分からなかった。
「屋根裏は桃達が穴開けただろ?大丈夫か?」
「ちゃんと直したぞ」
穴を開けた桃と伊達は他の塾生に手伝ってもらって、その日中に修繕したのだ。
「でもな〜」
「俺が上がる」
伊達が横から口を挟んだ。
「え?」
振り向いた桃の視線が、からみ合う。
最近、伊達の顔をドアップで見つめる様になって、睫が結構長いとか、鼻筋が通ってい
るとか、整った顔だちをしている、などを知った。
「…一人で上がる」
そう言って伊達は屋根裏の入口に向かったので、桃はほっとする。
二人だけで屋根裏に上がったら、自分の中にどういった感情が沸き上がるのか、分から
なくて…
少し怖い、と思ったのだ。
「…よし、じゃあ、他は皆で手分けして探そう」
桃の言葉に、塾生達は寮の中に散った。
30分後。
「見つかったよ〜v」
椿山の喜びの声が響き渡り、三号生全員による「ゴクミちゃん捜索」は終を告げた。
屋根裏に上がっている伊達に知らせに、桃が天井板の開いた箇所の下から大声で話しか
ける。
「伊達ー!見つかったそうだ!もう、降りてきていいぞ!」
ゴトゴトと足音がして、伊達が下に飛び降りてくる。
「お疲れさま。今日はあまり汚れてないな?」
「この間、大量に埃やススが落ちたからな」
「…ああ…この間な…」
「…………」
また伊達の熱い視線を感じて、桃がドキリとした時だった。突然、辺が真っ暗になる。
「え?」
「…停電か…」
窓があった方を振り返ると、他の寮も明かりが消えていた。今夜は新月で曇り空だ。桃
達のいる場所は窓も少なく、奥まったところなので顔の判別ができない程の暗闇に包ま
れる。
「ここら辺一帯かな?」
「…桃…」
「ん?ここだ」
多分、伊達の手なのだろう、暗闇の中、手が桃の肩を掴む。
「肩か?」
「ああ、そうだ」
「額か?」
「ふふ、そうだが」
鉢巻をしている額に指が触れる。当てっこクイズのようだなと思った桃は少し笑ったが、
頬が両手に包み込まれると笑えなくなった。
「…頬…だな」
「…あ…」
「ここは…目だな…」
「…伊達…」
「ここは鼻で…」
伊達の指が桃の顔を優しく撫でていく。そして、指が唇に触れる。
次の瞬間、その指が桃の口の中に入ってきた。
「…お前の舌だな…」
舌を指で撫でられると、桃の身体がカッと熱くなり、心臓の鼓動が早くなる。
指は口から抜かれたが、伊達が近付いてくる気配がした。今度は柔らかくて濡れたもの
が桃の瞳に触れてくる。それが伊達の唇と舌だと分かるのに時間はかからなかった。
指で撫でた同じところを伊達の唇が、舌が辿っていく。
どうしていいのか分からず、桃は暗闇にも関わらず目を閉じた。
「…あ…」
見えない分、触感に敏感になっていて、嫌でも意識がそこに集中してしまう。鼓動が耳
に響いてくるぐらい大きくなり、桃は伊達にも聞こえているのではないかと思う。
桃の唇に伊達の唇が触れる。濡れた舌も触れてくる。
目を開けても同じ暗闇で、間近にいる伊達の顔さえ見えない。
誘われるように、ゆっくりと桃は唇を開き、自分の舌で伊達の舌に触れた。
何故そんな事をしたのか、桃自身も分からなかった。暗闇だから大胆になっていたのか
もしれない。ただ、伊達がそこにいる事を触れて確認したかった。彼と同じように…
舌先が触れ合った瞬間、身体に電流が貫いて、桃は後ろに身を引いた。
引こうとしたのだが、伊達の手が桃の頭部を押さえてきて許さなかった。桃の身体を強
く抱き締め、開いた唇に舌を入れて激しく口付けてくる。
「…ん…」
伊達の舌が触れてくると、桃は逃げずに受け止めた。
お互いの舌をからませ、吐息を奪い合うように何度も口付ける。唇が離れても舌は触れ
ていて、また激しく唇を吸う。
「…あ…ふ…」
桃は頭の芯が痺れてくるような感覚を味わっていた。互いの息使いとピチャリと濡れた
音が耳に届いて、背筋がぞくりとする。
力が抜けてくるので、伊達の肩にしがみついて身体を支えた。
「…は…う…」
息をしようと唇を開けるが、伊達の唇が奪っていく。
酸欠のせいだろうか、頭の中に霞みがかってボーッとしてくる。暗闇の中、まるでこの
世に二人しかいないような錯覚を覚える。
…俺は…何してるんだろう…
濡れた舌の感触が、唇からもれる吐息が甘くて、もっと欲しくなる。自分の内から妖し
い淫らな気持ちが滲みだしてくるのを感じる。唇の端から蜜が伝い落ちているのは分かっ
ていたが、気にもとめない。
伊達の唇が離れた、と思うと首筋に歯をたてられる。
「あ…!」
身体に再び電流が走るのを感じて、桃は伊達にしがみつく腕に力を込めた。その時、急
に辺が真昼のように明るくなった。
「ん?」
「…え…」
停電が直ったのだ。
暗闇から解放されて一瞬目がくらむが、すぐに見なれた廊下の景色が視界に飛び込んで
くる。いつもの寮で、遠くから塾生達の「停電が終わった〜」という声がしている。
二人だけの世界から、いきなり現実世界に引き戻された。
逞しい身体にしがみついている自分に気付いて、桃は火が吹き出たかのごとく顔が熱く
なった。後ろに大きく飛び下がると伊達の姿が目に入る。
自分の口元が濡れているのに気付いて、急いで手の甲で拭う。
「…あ…」
伊達の顔がまともに見れない。
自分は一体何をしていた?
頭が混乱して考えがまとまらず、顔がますます熱くなる。
「…あ…見つかって…よかった…な…」
…何言ってるんだろう…俺は…
「…桃…」
「じゃ、じゃあ…!おやすみ!」
ギクシャクした動きで桃は脱兎のごとく駆け出した。
その場に一人残された伊達は、壁に手をつき深いため息をついた。
「…お預けかよ…」
…結構辛いぜ…
と、伊達は大きく肩を落とした。
気がつくと桃は自分の部屋の前に来ていた。
どうやってここまで歩いてきたか覚えていない。
中に入るとベッドの端にちょこんと座った。手持ち無沙汰な気がして枕を抱え込む。
それでも落ち着かなくて、枕を抱えたまま立ち上がって部屋の中を歩き回る。
また、ベッドの端に座り、今度は身を横たえる。落ち着かなくて何度も寝返りをうつ。
どうして…なんで、あんな事…
激しい口付けをした事を思い出して、桃は身体が熱くなり、死にそうなぐらい恥ずかし
くなった。
どうして、あんな事がしたのか、出来たのか、考えてみると答は一つだった。
…俺は…伊達が…
好きなのだ…
だから、触れるだけの口付けでもあんなに胸が高鳴ったのだ。
激しい口付けが甘く感じられて、酔ったのだ。
富樫や虎丸やJと同じように大切な仲間だと思っていた。しかし、いつの間にか、彼だけ
が自分にとって特別な色を持つようになっていた。
どうしよう…
どうしようと言っても、どうしようもないじゃないか…!
思わず自分の思考に突っ込みをいれてしまう。それぐらい桃の頭は混乱していた。
伊達は…どうなんだろう…
熱い視線で自分を見つめる伊達の瞳を思い出す。
もしかして…俺の事…好きなんだろうか…?
好きだから、口付けたのだろうか?それは自惚れ?
胸の奥がキュと掴まれたように苦しくなる。しかし、不快ではない。むしろ、心地よく
て、初めて知った自分の内側から沸き出してくる想いに身を浸すと、悲しくもないのに
涙がこぼれそうになる。
…どうしよう…伊達が…好きだ…
暖かな気持ちが溢れ、全身に広がっていく。
目を閉じて抱えていた枕に顔をうずめると、桃はこのうえなく幸せな気持ちで寝返りを
うった。



H20.12.6

王道はやはり難しいぜ;キワモノ専門の私には…;(なかなか筆が進まなかった;)
予告しておりましたとおり、砂糖吐き甘々です(よね?;)
これは原作の桃じゃないですな;アニメの桃ちゃんの方をご想像して頂いた方が違和感
少ないかと…(駄目ですか?そうですか…駄目ですか…←自己完結;)
余談ですが、アニメで八連制覇をやった時、闘場に向かうトラックの中で、伊達が桃に
一升瓶をすすめるシーンありますよね。原作では
伊達「やるか?」桃「ああ」瓶を受け取る。
なんですが、アニメだと
伊達「飲めよ」(強制くさい言葉)桃「ああ」受け取るシーンなし。
なんですよ。たぶん、主人公である桃自ら酒を受け取ったら、教育上良く無いってアニメ
スタッフの配慮でしょうけど(高校生っぽいし)
このシーンの違いから、何が言いたいかというとですね
「アニメの伊達の方が強引で攻めっぽい」って事なんです。声もゴイスだし。
アニメの桃は完全に「受け」ですしね(異論は許さんざんす←何様…;)
「桃攻めオンリー」な人は読んでないよね…;
「接吻」という言葉は好きです(漢字も好き)ただ、音の響きはあまり好きじゃないので、
文中にはあまり使わないな〜個人的にはタイトル向きの言葉ってイメージ。


I