初めての…

第五話(最終話) 朝


昼近い時間になっても、桃は目を覚まさなかった。
ベッドの上にうつ伏せに横たわり、ぐったりと身を沈め、それこそ泥のようにという
形容詞に相応しい姿で眠っていた。
伊達は彼の横で寝そべり、その寝顔を眺めていた。
ぴくりとも動かない桃が心配になって何度も寝息を確かめる。
身体を拭いてやった時も、まったく起きずに四肢を投げ出したままであった。
無理させちまったか…
自分が桃をこういう状態にしたという自覚はある。
昨夜、燃え上がった伊達は桃を何度も求め、身体を繋いだのだ。
桃が、もう無理、駄目だ、やめてくれ、と頼んできても、止まらなかった。
涙をぽろぽろ流しながら
『…もう…許し…て…』
と意識を朦朧とさせた様子で懇願してきて、やっと離したのである。
やっぱ、あの時止めておけば良かったか…
だけど、止めようとした自分の熱を煽ったのは桃だし…
などと考えていると、桃の目がうっすらと開いているのに気付いた。
「桃、起きたか?」
「…………」
まだ、寝ぼけた状態であるらしい、瞳がうつろである。
「桃?」
「…水…」
「へ?」
「…水…くれ…」
ダミ声で小さく呟く。
無理もない。昨夜は一晩中泣かされ喘ぎ続けたのだから、声が嗄れて当然であった。
「水ね…はいよ」
伊達は朝に食堂から取ってきたペットボトルの水を差し出した。が、桃は一向に手に
取る気配がない。
「桃?水だぞ」
「…うん…」
瞳がうつろなまま、あいまいな返事をする。
水が飲みたいのは、やまやまなのだが、身体が重くて指一本動かせなかったのである。
桃は手を動かそうとしてみたが、やはり動かず、はあ、と息をはいた。
伊達は桃の様子を察して、彼を仰向けにさせて、自分が水を飲んで口移しに飲ませ
てやった。
「…はあ…」
桃が軽く息をつく。
「…もっと…」
何度か水を飲ませてやると、少し元気になってきたらしい、手を差し出してきた。
「…飲む…」
「大丈夫か?」
水のボトルを伊達の手から受け取り、握ろうとするが、力が出ていないのが分かっ
た。伊達は桃の頭を自分の膝に乗せ、赤ん坊にほ乳瓶でミルクを与えるように水を
飲ませてやった。桃はあっという間に全部飲み干した。
「…はあ〜」
さっきよりは大きく息をついた。
「大丈夫か?」
「…う…ん…」
上半身を起こそうとしたので、背を押して手伝ってやる。ベッドの上に座ったが桃
はけだる気で、まだ瞳はうつろなままだった。
桃の身体を拭いた後に単衣を着せたが、ちゃんと着衣させていなかったので、すっ
かり着崩れしていた。裾はめくり上がり、襟が肩からずり落ちている。そこから覗
く桃の肌には昨夜に伊達が刻みつけた痕が濃厚に残っていた。
潤んだ瞳に濡れた唇の桃の姿を見た伊達は、また情欲が燃え上がりそうで目を逸ら
した。
桃の身体を知っている今の方が押さえが効かないような気がする。
まずい…いくらなんでも、この状態の桃に手をだすのはまずい…
「水…」
「まだ飲むのか?」
桃がこくりと頷く。
「ちょっと待ってろ」
伊達は部屋を出て行き、食堂に水を取りに向かった。
途中で富樫と廊下でばったり会う。
「あれ?伊達、今日は寮にいたのか」
「お前こそ出掛けないのか?」
今日は塾の休みの日である。皆、好きなように過ごしていい事になっているので、
日頃のうさ晴らしに街に出掛ける塾生が多いのだ。
「出掛けるのは午後からじゃ。虎丸と街にくり出すんだが、お前もいっしょに行く
か?」
「いや…俺はいい」
「そうか、あ、そうだ桃を知らないか?」
「何故?」
「朝飯の時間、食堂に来なかったんじゃ。どっかに出掛けたのかの〜?」
「さあ…」
「ま、桃の事だから惰眠をむさぼっとるかもな。昼飯に来なかったら部屋に行って
みるか」
「…………」
「引き止めて悪かったな。じゃな」
「ああ…」
富樫の後ろ姿を見ながら、桃の部屋に戻ったら鍵をかけておこう、と伊達は思った。
水を持って部屋に戻ると、桃はベッドに横になっていた。だが、伊達の姿を見ると、
のろのろと起き上がる。水のボトルを今度はしっかりと受け取り、自分で蓋を開けて
一気に飲み干す。かなり、意識が戻ってきているようだった。
「大丈夫か?」
「…ん…シャワー浴びてくる…」
桃は緩慢な動きでベッドから降りようとした。
「肩貸そうか?」
「…いい…」
そうはいっても、動きがおぼつかなくて心配である。
「連れていってやろうか?」
「…い…いいって…」
伊達は桃が恥ずかしがっているのに気付いた。目が覚めるにつれ、昨夜の事を思い出
してきたのだろう、少し頬が赤い。
桃はベッドから降りて立とうとしたが、そのまま床にペタンとへたりこんでしまう。
下半身に力がまったく入らなかったのである。桃はしばし、呆然とした。
「大丈夫か?」
「…………」
「やっぱり連れていってやろうか?」
「だ、誰のせいでこうなったと思ってるんだ!」
耳たぶまで真っ赤になりながら桃が叫ぶ。
「俺のせいか?」
「そうだよ!」
「…………」
「も、もう駄目だって言ったのに…何度も……程度ってもんを考えろよ!」
「…………」
俺が悪いんじゃねーお前の身体が良すぎるんだ
大体、お前だって求めてきたじゃねーか
と、言ってやりたい伊達ではあるが、無理させたのは事実なので黙っておいた。
「…やっぱ肩貸す」
「いいって!」
伊達は桃の身体を引っぱり上げ、抱えながら半分引きずるようにシャワー室の前まで
連れていった。
「ほい、立てるか?」
「…う…うん…」
今度はしっかりと意識して脚に力をいれたので立てた。桃は恥ずかしくて顔を伏せて
いた。
「シャワー浴びるのも手伝ってやろうか?」
「ば!ばか…手を放せよ、もう、いいから…」
伊達は言われた通り、手を放して部屋に戻った。桃はほっとしてシャワー室に入った
が、脚がガクガクしてきそうで、滑らないように気をつけねばならなかった。
※この間のシーン隠しで追加
伊達は少し心配だったが、シャワーを浴びている桃なんぞ見てしまうと、理性を押さ
えられる自信があまりなかったので、ここは堪える事にした。
かなり長い間、出て来なかったので、見に行こうかと思った時、桃が新しい単衣を着
てやっと出て来た。
「大丈夫か?」
「…うん…」
言いながらもまたベッドの上に倒れ込む。
「…お腹すいた…」
「ん?ああ、もう昼過ぎだな。お前朝も食ってないしな」
正確には昨日の夜も、である。
伊達も朝に水を取りに行った時、持って来た林檎を桃の寝顔を眺めつつかじっただけ
だ。
「何か取って来てやるから待ってろ」
「…いいよ…食堂行くから…」
ベッドの上に起き上がり、立とうとしたが伊達が止めた。
「駄目だ。ここで待ってろ」
「いいって…食堂に行くぐらい大丈夫だ」
昨夜から何もかも伊達にしてもらっているようで、桃は気恥ずかしかったのだ。
「…そんな顔で皆の前に出るんじゃねーよ」
「そんな顔って…なんだよ?」
「いかにも『やりました』って顔」
桃は意味が分からずポカンとするが、悟とると頬を赤くして、枕を伊達の顔に押し付
けた。
「な、何言ってる!そんなの分かる訳ないだろ!」
分かるに決まってんだろ
と、伊達は言ってやりたかった。
腰に力の入ってなさそうな緩慢な動きに、潤んだ瞳、朱色の目もとに頬。気をつけて
見ると項にキスマークである。
いつもの精悍な桃とは違う艶っぽいその姿に、富樫や虎丸ならまだしも、勘のいい奴
なら一発で分かるだろう。
今の桃の姿を誰にも見せる訳にはいかない。
桃を慕っている塾生が何人かいるだろうが、そいつらに火をつけてやる事もあるまい
し、ライバルを増やすなどごめんである。
尤も、ライバルがいくら増えても負けるつもりはないのだが。
「いいから、待ってろ。いいな、部屋から出るなよ」
伊達が部屋から出ていくと鍵のかかる音がした。
念のいった事だ、と桃は呆れたが、身体がだるかったので、そのまま放っておいた。
ベッドの上に横たわると、昨夜の事が頭に思い浮かんでくる。
昨日の夜…俺は伊達と…
ボッと頭に熱が上って、桃は寝返りをうった。
自分の身体があんな風になるなんて、本当に信じられなかった。
甘い刺激に酔って、乱れて、伊達を求めて縋りついた。
記憶が曖昧な部分もあるのだが、なんだかものすごく恥ずかしい事を口走っていた気
がする。
淫らな声で喘いだり…伊達に愛撫を強請ったり…
頭から湯気が出てきそうな程熱くなって、桃は枕を抱えて顔を埋めた。
恥ずかしい…
でも…幸せで…
こんなに幸せでいいのだろうか?
こんなに好きな人に、同じくらい想われるなんて…
まるで奇跡みたいだ…
胸が苦しくて、桃はまた悲しくないのに涙がこぼれそうになった。

結局、その日の桃は一歩も部屋を出れなかった。
夕食も伊達が運んだので、何人かの塾生が気付いて尋ねてきた。軽い風邪をひいたら
しい、と誤魔化したが、それが災いして飛燕が様子を看に来た。
はっきりと話さなかったが、事情を察した飛燕は
「無理させたんですね」
と、怒気を含んだ声で伊達を睨んだ。
「…………」
「今度、桃をこんな状態にしたら許しませんよ」
「…………」
「分かりましたね」
伊達は頷くしかなかった。
「じゃあ、あなたは、もう部屋に戻りなさい」
「へ?」
「後は私が看ますからあなたは部屋に戻りなさい」
「なんで、俺が…」
「あなたは信用できません。けだる気な桃を見てその気になったりするんじゃないで
すか?」
「…………」
自信がないだけに、二の句がつげない伊達であった。
「それと、この部屋の鍵も持ってますね。私に渡しなさい」
「は?」
「富樫が桃の部屋に鍵がかかってるから、どこかに出掛けみたいだ、と言ってました
よ。いつも鍵なんかかけないのに変だな〜と。私もおかしいと思っていたんですが…
あなたの仕業でしょう」
「…………」
仕方なく伊達は飛燕に鍵を渡し、しぶしぶ部屋を出て行った。昔から飛燕には頭が上
がらないのである。
「しょうがない人ですね…桃、身体は大丈夫ですか?」
二人のやりとりを傍で見ていた桃は笑いを押さえるのに必死であった。
さすが飛燕、伊達の事はすべてお見通しのようである。
桃自身も今回で分かった事があった。
伊達は好きだし、信頼してるし、尊敬もしているのだが、信用してはならない事があ
る。
それは彼の愛情の暴走である。
これだけは信用できないと分かったので、桃は自分でしっかり死守しなければいけな
い、と胆に命じた。
「大分良くなったよ。明日はちゃんと授業にも出るよ」
「無理しないように。何かあったらいつでも言って下さいね」
「ありがとう、飛燕」
「じゃあ、今日はもう寝て。朝、大丈夫そうなら大浴場で湯舟に浸かって身体を暖め
たらいいですよ」
「そうする」
桃は飛燕の言う通りベッドに横になり、布団をかぶった。
「…飛燕…ちょっといいかな?」
「なんです?」
「…俺…すごく幸せ…」
布団を深くかぶって少し照れながら桃は自分の気持ちを語った。
とても幸せなこの気持ちを誰かに聞いて欲しかったのだが、恥ずかしいような、言って
はいけない事のような気がしていた。
でも、飛燕なら言ってもいいだろう、きっと分かってくれる。
「良かったですね」
微笑みを浮かべた飛燕が、ポンポンと布団越しに桃の身体を軽く叩く。
やっぱり恥ずかしくなった桃は布団をさらに深くかぶった。
「じゃあ、私は部屋に戻りますね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい。あ、そうだ桃…」
と、振り返った飛燕の目に熟睡している桃の姿が映った。
「…もうおやすみですか?」
覗きこんでみると、本当に眠っている。
「幸せそうな寝顔しちゃって…」
飛燕の言葉通り、桃の寝顔はこれ以上ないくらい幸せそうであった。
「…私も幸せになりたいですよ…」
私の場合、相手は超ウルトラスーパーデラックス鈍感な人だし…
軽いため息をつきながら、飛燕は部屋を出た。外から鍵をしっかりかけ、鍵は自分が
持っていく。
念の為にドアに
『誰もこの部屋に入るべからず!絶対安静!by飛燕』
と張り紙をしておいた。
案の定、真夜中に気になった伊達がやって来たが、桃の部屋の前でこの張り紙を見て、
すごすごと自室に引き返したのであった。



H20.12.17

二人のなれそめ、王道バージョン(のつもり)砂糖吐き甘々(のつもり)で進んでおり
ました「初めて」シリーズ。やっと完結しました〜;PCの崩壊の危機がありつつ…
いやいや、まったく;
桃がちょっと可愛すぎるかな〜?とも思うのですが(私的にはOKだけどね〜vだから書いて
るんだけど〜v)「アニメの桃ちゃん」って事でご勘弁下さい。それに何事も「初めて」です
から〜;桃がシャワー浴びてるところ書こうか迷ったのですが、
生々しくなりそうだったんで
止めました;(何が?)
桃や伊達に憧れてる塾生は大勢いると思うけど、(そういう意味で)好きな塾生もいると思ふv
ただ、桃には気持ちをだけでも知ってもらいたい、と駄目と分かっていても告白だけするって
パターンありそうだけど、伊達は告白する事すら出来ないって感じがする;
ゲタ箱に手紙とか入ってても(いつの時代だよ;)「果たし状」とかじゃなかったら放ってそ
うな気が;桃は「ごめんね。でも気持ちは受け取ったから」と言って直接返してくれそうだけど;
恋人になってからの方が独占欲が増す場合もあると思うんですよね〜v
ちゃんと自分の中で「揺るぎない」と確信できるまで、いろいろと時間も経験も必要かとv
これから、いろいろと乗り越えて、アダルトな組長×総理になって頂きたいと思いま〜すv
おつき合い下さいましてありがとうございました。