※「誘惑」の続編的な話です。オリジナルキャラと人物設定が引き続かれますので、
そちらを先にお読み下さい。
今回の話はオリジナル色が強く、オリジナルキャラ(全員脇役ですが;)が多数出て
来ますので、嫌な方はご注意下さい。



モナリザの微笑み1

某映画監督の言葉
『モナリザが何故微笑んでいるのか分かっていたら、何百年もの間、これ程人々の心
を捕らえただろうか?』

「組長、着きましたよ」
「ああ」
この日、伊達はその筋の大物である、宮里翁の屋敷を訪ねた。
宮里翁は伊達が駆け出しの頃にいろいろと世話になったご老人で、義理人情に厚い事
でも有名な人物である。
この世界で彼のような人格者は、もはや絶滅危惧種といってもいいだろう(そういう
意味では伊達もその部類に入るのだが、伊達の場合は彼よりも強かな面がある分生き
残りやすい)
数日前、その彼から連絡をもらい「伊達組の組員を何人か貸して欲しい」と言われた
のである。
宮里組は三千人からなる巨大な組織であるのに、何故他の組員が必要なのか?
不思議に思ったが、伊達は宮里翁を信頼しているので、何も聞かず組員を貸した。
が、今度は宮里翁の息子である博信から連絡があり、逆に「組員を引き取って欲しい」
と言われたのである。
息子の博信は父親に似ず、野心家で損得勘定で動く冷酷な人物であった。
腕も頭も中途半端に切れるので、余計やっかいなのだ。
伊達はこの息子をあまり良く思っていない。
無理矢理返されて来た組員に事情を聞いてみると、宮里組は父親の宮里翁派と息子の
博信派に分かれて内部対立状態にあるそうである。
十年程前、宮里翁が大病を煩い、床に伏せがちになってから博信が組を掌握し始め、父
親である宮里翁とことごとく衝突している話は伊達も噂に聞いていた。
現在、組員のほとんどは博信側についている。
近く、正式に組長の座を受け継ぎ、5代目を襲名するそうだ。
「…で、お前達は一体何の用事をやらされる筈だったんだ?」
伊達が組員に尋ねる。
「それが、変な事になってまして」
「変な事?」
「宮里の御前が美術収集家なのは親分もご存知ですよね」
「ああ、多くの美術品を所有していたな。観たい者には誰でも無料で鑑賞できるよう
にしていた筈だが」
「その中でも国宝級の仏像があるんですが、これが怪盗に「盗みに来る」と予告され
たそうなんです」
「なんだって?」
伊達は耳を疑った。
推理小説や映画じゃあるまいし、今どき怪盗?盗みの予告?
「確かに変な事、だな」
「で、その仏像の警護を仰せつかったんですが…博信さんに「帰れ」と言われまして」
「何故だ?第一、仏像の警護ならどうして宮里組の組員にやらせねーんだ?」
「御前は息子の博信さんが盗みの予告をしたんじゃないかと疑っているんです。それ
で、息子の息のかかった宮里組の組員じゃなく、俺達みたいな他所もんに頼んだんで
す。博信さんはそれが気に入らないという訳でして」
「あの息子が何故仏像を盗むんだ?」
自分の父親の仏像を怪盗になりすまして。しかも予告までして?
伊達はますます訳が分からなかった。
「博信さんが利益いかんで動く事は親分もご存知でしょう。あの人は美術品など何に
役にもたたないから売り払おう、と言っているらしいです。中でもその仏像は海外の
コレクター達が我先に売ってくれと買手が殺到しているらしいんです。法外な値段を
申し出る者も多いようで」
「…なる程な…」
宮里翁は美術収集家であるが、自分だけのものにして満足する金持ちコレクターでは
ない。
彼は芸術を愛しているのだ。
才能のある者を援助したり、価値の分からない人達に、ぞんざいな扱いをされている
美術品を保護するのが一番の目的である。
だから、昨今の芸術を「金の道具」としか考えない鑑定家や評論家が増えた現状を嘆
いている。
特に、素晴らしい芸術品を金にあかせて買い集め、自分のコレクションに加えて虚栄
心を満足させる名ばかり成金コレクターを軽蔑していた。
芸術品は多くの人々に観られてこそ価値がある。暗い倉庫にしまわれ、誰の目にさら
されない芸術品など、何の価値もない。
と、常々口にしている。
だから、所有している美術品はすべて作らせた小屋に陳列させ、誰でも鑑賞出来るよ
うに公開しているのである。料金などは一切とらない。
博信にしてみれば、それが理解出来ない。金になってこその芸術品、なのだろう。
世の中のすべてを金で考える博信が考えそうな事だ。
さて、どうするか…
他の組の内部抗争に横やりをいれる訳にもいかず、伊達が考えていると、宮里翁から
電話がかかってきた。
明日が怪盗に予告された日だそうで、お前だけでも来てくれないか、という話であっ
た。
むろん、伊達は承知した。
「警護の方はどうなりましたか?」
「儂の昔からの側近が何人かいるから、その者達だけでやるつもりだ」
「やはり、うちの組員を何人か…」
「いや、これ以上こちらのうちわもめに、他組の者を巻き込む訳にはいかん」
「しかし…」
「実はある人物が協力してくれる事になっての。その人が最新式の金庫を持ってきて
くれるそうだ」
「その人物は大丈夫ですか?」
「ああ、間違いない人で、お前もよく知っている人物じゃ」
「というと?」
「少し前まで一国の総理じゃった」
「…ああ…」
「剣元総理じゃよ。お前の親友の」
ここで桃の名が出るとは思わなかった。伊達は心拍数が上がり、自分の身体が火照る
のを感じていた。

そして、怪盗が予告した今日。伊達は宮里組の屋敷を訪れた、という訳である。
広大な屋敷の中、一番奥にある宮里翁の別館に案内される。
そこに着くと、一気に人の数が減った。
息子の博信が組のほとんどを手中に納めているという事を実感する。
居間に通されると、そこに集まっていた人の中で、一番目立つ人物が目に飛び込んで
くる。
…桃…
桃は伊達の姿を認めると、微笑みを浮かべた。
相変わらず人を魅了する男である。
「よく来てくれたな、伊達」
宮里翁が立ち上がって手を出した。
「いえ、お役にたてるかどうか分かりませんが…」
居間に集まっていたのは、宮里翁と桃の他に、翁の忠実な側近が一人と女中が一人。
作業服を着た、いかにも一般人、という雰囲気の爺さんが一人いるだけであった。
「怪盗とやらが予告したのは今日の何時です?」
「何時、という指定はしていない『0時までに頂きに参ります』と書かれてい
た」
立っていた桃が伊達に近寄りながら、一通の封筒と手袋を差し出す。
見ると桃の手にも手袋がはめられている。
刑事みたいだな…
と思いつつ、伊達は手袋をはめて封筒の中身を取り出した。
『○月○日中、日付けが変わる0時までに紗那観音像を頂きに参ります 怪盗X』
デジタル文字で打ってある。おそらくパソコンだろう。
怪盗Xとは、またベタな名前である。
伊達は思わず口元が緩みそうになった。
「いたずら、という可能性はないのか?」
「いや、ある。だから笑い話で終わる可能性もあるが、本当だった場合は取り返しが
つかないからな」
「いつ届いたんだ?」
「一週間前だ」
「この屋敷にか?」
封筒には宛先などが書かれていないので、手で投函したと考えられる。ならば、監視
カメラに映っている可能性がある筈だ。
「ここじゃない。警察だ」
「警察?」
「そうだ、警察に届けられて宮里翁に連絡がいった」
「だが儂が警察の介入を拒んだのだ。事件の事はごく一部の者たちしか知らん。公に
なる事もない」
ソファに腰掛けていた宮里翁が説明した。
犯人が息子の博信だった場合の事を考えての配慮だろうか?
それとも、盗まれた時の恥を恐れてか?
まあ、この世界の者が警察の介入を好まないのは常するところなのだが。
「鑑識は?」
「してみたんだが、手がかりは無しだ。指紋も無い。カードと封筒もそこらへんにあ
るごく普通のものだし、文字もプリンタも目立った特徴は無い」
「手がかりはゼロか…」
伊達は手紙を桃に返しながら呟いた。
「そういう事だ」
何故、桃が、この事件に関与しているのか?
聞こうとしたが、今は止めておく事にした。
「…紗那観音像はどこにある?」
「今朝、金庫に入れたところだ。見るか?」
「いいならな」
「御前、よろしいですか?」
桃が丁寧な口調で尋ねる。
「もちろんじゃ」
翁が立ち上がって歩き出すと、部屋にいた全員は後をついていった。
屋敷の奥の長い廊下の突き当たりに、美術倉庫があった。二人の組員が扉の前に警護
に立っている。
そこは美術館に陳列するまでの間、美術品を保管しておいたり、修復したりする間置
いておく倉庫なのだが、今は何もなかった。真ん中にどでかい金庫が一台置かれてい
るだけである。
「これが、最新の金庫か」
金庫は高さも巾も3メートルはありそうな巨大な鉄の箱であった。何百キロはありそ
うな扉が閉まっており、その上には小さなカメラと液晶画面のようなものがついてい
る。
「岩さん、頼むよ」
桃の声に、広間にいた爺さんが金庫の前に歩みでる。
「では、宮里さん。右目で登録しておりますので、こちらのカメラを右目で覗いて見
て下さい」
どうやらこの爺さんは金庫の技術者のようだ。
宮里翁がカメラを覗くと、カシャという機械音がして液晶画面に
『認証しました。パスワードをお入れ下さい』
の文字が出てきて、数字の画面に切り替わる。
「こちらに今朝登録した番号をお入れ下さい。私達は後ろを向いておりますから」
岩さんの言葉通り、その場にいた者は全員後ろを向いた。
「網膜が登録されているのか?」
後ろを向いて横に並んだ桃に伊達が聞いてみる。
「ああ、宮里翁の網膜とパスワードで金庫が開くようになっている。今朝登録したば
かりだし、こんな金庫に保管されるという情報もないだろう」
「目医者からデータを盗んで金庫を開けるには時間がない、って訳か」
「そういう事だ」
「開いたぞ」
宮里翁の言葉に振り向くと、金庫の中に入っている一体の仏像が伊達の目に映る。
木製の観音立像で、柔らかな微笑みを浮かべている美しい像である。
痛みが激しいと一目で分かった。かなり古い物らしく、ところどころ、こそげ落ちて、
黒ずんでいた。
「木製か」
「楠木で作られている」
桃が説明してくれる。
「痛みが激しいみたいだが古いのか?」
「1200年ほどたってるかな」
「結構でかいな」
「後光をいれて2mだ」
50cm前後の大きさを想像していた伊達は少し驚いた。これを盗むのは相当骨の折れる
仕事だろう。
「『東洋のヴィーナス』と言われた百済観音を彷佛とさせるじゃろう」
うっとりとした口調で宮里翁が話しかける。
「慈悲の微笑みがなんとも言えない気品があってな…救われる思いがする。モナリザ
の微笑みが多くの人々を魅了するように、この像の微笑みに魅せられる人は多いぞ」
「…確かに…美しいですね」
伊達が呟いた。金庫の中を見渡すが、像以外何もなかった。
「中の確認は?」
「すませた。像以外何もないし、妙な機具が取り付けられている心配もない」
「そうそう、先日会ったNYの美術館の館長が総理の話をしておったぞ」
「はい?」
桃が不思議そうに宮里翁を見つめる。
「あの館長、若いのに観る目があっておもしろい人物じゃな。総理の微笑みを「モナ
リザの微笑み」に例えておった「人々の心を虜にする」とな」
「それは、どうも…初耳です。ですが、御前。私はもう総理ではありませんよ」
「そうじゃったな。失礼した」
モナリザの微笑みじゃなくて「小悪魔の微笑み」だろう
と、伊達は心中で毒づいた。
そんな気障な事を言うのは、NYのホテルで見掛けた、あの若い米国人に違いない。
桃の奴…あいつのマンションの鍵、まだ持ってんのか?
「もう、いいですか?扉閉めませんと」
「ああ、構わんよ」
「手伝おう」
岩さんを手伝う為に桃が金庫の扉に手をかける。鉄の扉で20cm近い厚みがあるので、
重量は相当あるのだろう。
「これは皆様おそろいで鑑賞会ですかな」
その時、大声で話しかけてくる人物がいた。
全員が声の方を振り向くと、博信が立っていた。



H20.12.28

某映画を観に行った時「怪人20面相」の予告を見て、胸がドキドキしてしまいま
した〜小学生の頃「少年探偵団シリーズ」を読みまくった記憶が蘇ってきまして〜v
しかし、今、読むと結構突っ込みどころ満載であると気づきます;
例えば、小林少年が20面相に捕まった時、隠し持っていた伝書鳩で居場所を教える
とか。思わず「あんたはマジシャンか;」と突っ込みたくなるし。
他の時でも、女の子に変装して20面相の隠れ家を探っていた小林少年が、また
捕まった時
『「私は近所の女の子よ。素敵な屋敷だから庭に入りこんで見ていただけよ」
さすが小林少年だ。完全に女の子になりきっている。』
こんな文章が…;変です…;
大体、隠れ家を探らせたり女装させたり…明智探偵、あんた小学生に何をさせている
のかね;
いや、変なのは原作者である江戸川乱歩か…;
でも、少年少女時代に、この怪盗とか推理、頭脳戦のの攻防に胸を躍らせて読んだ
感動は大きいですよね。その後の私の「推理小説好き」がこれで決定した、といって
も過言ではないかも。まあ、自分がそれを書けるのかは別問題ですが〜;ははは〜;
くれぐれも期待されぬように…;