モナリザの微笑み3

桃がホテルについたのは午前二時をまわった頃だった。
伊達の部屋の前に立ち、ベルを鳴らす直前にドアが開いて、腕を掴まれ中に引っ張り
こまれる。
ドアが閉まると伊達は桃に激しく口付けた。
「…ん…ん…」
伊達はバスローブ姿だったので、桃は口付けを受け止めながらローブの紐を解くだけ
でよかったが、伊達は背広の上着を脱がせ、シャツのボタンをはずさねばならなかっ
た。
「まどろっこしいな…」
項に歯をたてながら伊達が呟く。
「ちぎるなよ…」
「だったらお前がはずせ」
「しょうがないな…」
笑みを浮かべた桃は、腕をまわして伊達の肩越しに袖のボタンを自らはずした。その
間に伊達は桃のベルトをはずす。
シャツを脱がせ、あらわになった桃の胸に舌をはわせ、伊達は桃の身体を浚うように
ベッドに連れて行く。
裸体をベッドに投げ出す。
覆いかぶさった伊達は桃に口付けようとしたが、桃が足の方に向けて手をのばしてい
た。
何をしているのかと、伊達が見てみると、左足の靴下が脱げていなかったのだ。伊達
は足首を掴んで持ち上げた。
「裸に靴下って姿もエロイな」
「いつからそんな趣味をもったんだ?」
「冗談だ」
靴下を脱がせて足の甲に唇をおとす。
「お前の身体で肌に触れられないところがあるなんてごめんだ」
伊達は桃に深く口付け、身体をこすり合わせるように揺らす。
「…う…ん…」
伊達の背中にまわしていた手を、桃はゆっくりと背筋をたどって下に降ろしていく。
双丘を両手で鷲掴みにすると、双丘の真ん中にある溝を指でなぞる。
「…桃…誘ってんのか…?」
「…欲しいからな…」
「…お前は、明日の身体の心配をするべきだ…」


「さて、桃。そろそろ真相を話してもらおうか」
「うん?」
唐突に伊達が桃に声をかける。
何度か身体を繋いだ二人は、シャワーを浴びて酒をくみかわしていた。ソファに座っ
てくつろぎ、お互いバスローブ姿だった。
「それは、何のことかな?」
「とぼけるな。一体何の目的でこんな猿芝居うったんだ?」
「…お前の予想は?」
「俺が思うに、お前と宮里翁は初対面じゃないだろ?」
「…ほう?」
「彼は警戒心の強い人物だ。総理時代からお前の事は気に入っていたみたいだが、今
日みたいに心を許している雰囲気にはならない筈だ。金庫を貸してもらった借りがあ
るにしてもだ」
「………」
「それと…これは、まったくの第六感なんだが…」
「なんだ…?」
「あの観音像は偽物だろ?」
桃は片眉を上げた。
「偽物を燃やし、あの観音像はもうこの世にはない、と博信に思いこませる為にこの
事件を仕組んだんじゃないのか?」
「…どうして偽物だと?」
「確かにあの像は美しくて綺麗だったが、それだけだった。綺麗なだけなんてただ見
られて終わり。それじゃ人形と同じだ」
「………」
「空気をびりびりさせる魅力というか、心を震わせるもの、胸に迫るものがないんだ。
『重さ』があの像にはなかった。俺でさえそう感じるものを、あの宮里翁が大切にす
る訳がない」
「…すごいな…伊達、お前美術鑑定の素質があるんじゃないか?」
「やっぱり偽者だったか」
「ふふ…鑑定人の資格とって転職したらどうだ?」
「ばか言うな。で、どうなんだ?真相は?」
「お前の言うとおり、あの像は偽物で、俺と宮里氏は初対面じゃない」
「では、博信を欺く為に予告状を出したのか?」
「予告状を出したのは博信だ」
「像を盗む為か?」
「ああ、博信は怪盗騒ぎを起こして、自分の部下に警護をさせる振りをして、こっそ
り持ち出して海外の成金コレクターに売る気だった」
「だが、父親に見破られた」
どうりで…博信は『あんたがやったんじゃないのかよ!』と罵っていた筈だ。自分が
怪盗なんだから、燃やしたのは怪盗ではない、と一番分かっていただろうから。
御前も役者だな、と伊達は苦笑した。
「そう。警護を断られたばかりか、最新式の金庫まで持ち出されてしまった。が、隙
あらば持ち出そうとチャンスをうかがっていた」
「それで「いたずらに決まっている」と言いまわって少しでも油断させようとしてた
のか」
「だろうな」
「俺を呼んだのも博信の動きを封じる為か?」
「宮里氏が外部の者もいた方が、息子が動きにくくなるだろうってな。お前なら信頼
出来るからと」
「火はいつ点けた?」
「伊達組長の見解は?」
「予想では、俺が像を見た時だ。金庫を閉める時に博信がやってきて、皆はそちらに
気をとられた。その隙にお前が扉の後ろに発火装置か何かを取り付けたんだろ。そし
て扉を素早く閉めた。多分、時間がくれば火が出るようにでもしてたんじゃないか」
「当たりだ。どうして分かった?」
「金庫の中が像以外何もなかったのは俺も確認している。ならば金庫の中に何か仕掛
けるならあの時しかなかった。出来るのはお前だけだった。それに…」
「なんだ?」
「0時を過ぎてから確かめに開ける時、岩さんが金庫の扉の前に立っただろ。あの時、
お前と宮里翁がかなり心配そうに気をつけろと忠告した。バックドラフトで炎が吹き
出ることを知っていたんだ」
バックドラフトとは、空気が可燃性のガスに変わり、酸素が入った途端に一気に爆発
する現象の事である。金庫の中身は密閉状態なので、そこで火が出れば酸素がなくな
って一旦は炎が消える。だが扉が開いて酸素が流れ込めば、バックドラフト現象が起
こる。
「あの時な…俺もお前は気づくんじゃないかと思った」
「もう、ひとつ付け加えるなら…」
「まだ、見抜いていたのか?」
「警護している奴の中に博信のスパイがいて、気づいていながら泳がせてるだろ。本
当に像が燃えたと思いこませる為に、博信に報告する証人がいるからな」
「パーフェクトだな」
「だが、分からない事がある。いつ偽物とすり換えたんだ?すり換えられるのなら、
こんな芝居うつ事もないだろうに」
「すり換わっていたのは十年前だ。しかも、本物が無事だと宮里氏は最近まで知らな
かった」
「なんだって?」
桃は微笑みながらグラスを傾けた。
「おい、どういう事だ、桃?」
「十年前、彼は大病を患っただろ」
「ああ、確か生きるか死ぬかの大手術をしたと聞いた」
「手術前に、宮里氏自らあの像を燃やしたんだ」
「何故?大切にしていた物だろ?」
「彼はあの像に特別な思い入れがあるらしい。だが、もし自分が死んで、あの像が誰
かの手に渡ると思ったら堪えられなくなったのさ」
「それで燃やしたのか?」
永遠に自分だけのものにする為に。
「正確には燃やしたと思っていた。が、像は無事だった。燃やす前にそれに気づいた
仏師が偽物を作ってすり替えてた」
「よく、ばれなかったな」
「彼が見ていたのは最後まで本物だったんだ。燃やす時に箱に入れたんだが、細工が
してあって、燃える直前すり換わるような仕組みをしていたのさ」
「やけに詳しいな」
「その仕組みを考えて仏師に教えたのは俺だからな」
伊達は酒を吹き出しそうになった。
「はあ?」
「その仏師とは…もう亡くなっているんだが知人だった。翁が素晴らしい像を燃やそ
うとしているのですが、どうしたらいいでしょう、と相談された」
「それで、トリック使って騙せと教えた訳だ」
「人聞きの悪い。素晴らしい像が消滅する危機を救ったと言ってくれ」
桃がいたずらっ子のように笑みを浮かべる。
…やっぱり小悪魔の微笑みじゃねーか…
と伊達は思う。
「今まで、その仏師が隠し持っていた。宮里氏が知ればまた燃やすかもしれないと、
心配でずっと言えなかったんだ」
「亡くなってからお前が宮里翁に言いに来たのか?」
「遺言だったからな。そこで宮里氏とどうしたものかと考えていたんだ。家に戻して
も博信の手中に入れる事になるだろ。そんな時に予告状を受け取ったんで、博信の裏
をかく今回の計画を思いついた」
「今日、燃えた像は?」
「あれは、息子の博信を試す為、十年前に宮里氏が命じて作らせた偽者だ。この像が
偽物だと分かるぐらい、芸術を理解して欲しい。それぐらいの鑑識眼をもったのなら
美術品を譲ろう、と思っていたそうだ」
「が、彼は最後まで金の道具としてしか観れなかった…」
「そういう事だ」
「本物の像はどうした?」
「明日にもNYの美術館に届く」
「…ほほう…」
またしても、あの若造の出番か…
伊達は少々おもしろくなかった。
「宮里氏は美術品を博信に譲らないと決めてから、確かな美術館に寄贈するようにし
ていた。が、最近は博信が手をまわして美術館に受け取らないように圧力をかけ始め
た」
美術倉庫がガラガラだったのを伊達は思い出した。
「まだ何点か美術館の方に残っているが、寄贈させないように博信は見張ってる。国
外に運び出される可能性も考えて、運送会社や港も張らせてるしな」
美術品を輸送するには、特別な技術を持っている運送会社に頼む必要があるのだが、
国内には1,2社ほどしかない。海外に出すにも手続きはいるだろうし、宮里組程の
大組織なら掌握するのはたやすいだろう。
「本当に中途半端に頭の切れる野郎だな」
「だから、やっかいなのさ。そんな訳で今まで国外に運びだせなかった。しかし、気
をとられている今なら出来る」
「気を取られている、とは?」
「今頃博信は、黒焦げの金庫を追ってる筈だ」
「何故黒焦げの金庫を?」
「岩さんが運んでいったあの金庫は、途中で行方が分からなくなるよう計画してある
んだ。その情報をわざと博信に流した」
「あの金庫に像が隠されているのではないか、と博信が疑って行方を追う、という訳
か」
「彼は、父親が像を海外に運ぼうとしていると、疑っているからな。すぐ飛びつく」
「…中途半端に頭が切れるのが、今度は災いするんだな…」
「そういう事だな」
「まったく…お前は本当に悪知恵が働くな」
「人聞きの悪い言い方するなと言ってるだろ」
桃はグラスを一気に空けた。
「NYの美術館に無事着いたとしても大丈夫なのか?博信から圧力はかからないのか?」
「着いた直後に記者会見をする事になってる。観音像の寄贈先はNY市だから「返せ」
とは言えないさ」
「宮里翁も承知か?」
「ああ。宮里氏は燃やした事をずっと後悔していたから、本物の無事を知った時は大
喜びだった。喜んで寄贈すると」
「返してもらっても、博信の手に落ちるだけだしな」
「…きついようだが、宮里氏にあの像を「返せ」と言う資格はないと俺は思っている」
「………」
「芸術は個人のものではない、と言って個人コレクターを非難しているのに、自分が
その芸術を個人の欲望で破壊しようとした」
「…ところで、桃…聞いておきたい事があるんだが…」
「なんだ?」
「…お前、あのNYのホテルで会った若造のマンションの鍵をまだ持っているのか?」
「NYのホテル…?ああ、彼ね…」
「像が運びこまれるっていう美術館の館長はそいつだろう」
「今夜の伊達組長は推理が冴えてるな」
「茶化すな。まだ、持ってるのか?」
「組長の推理は?」
「まだ持ってんな。何故、返さねーんだ?まさか、気があるんじゃないだろうな?」
「そんな訳ないだろう」
「じゃあ、とっとと返せ。いつまでも持ってると相手も期待するぜ」
「なかなか受け取ってくれなくてな…」
「焦らされると若さゆえにとんでもない事するかもしれんぜ」
「何だ、伊達。お前、俺が組み敷かれるとでも思ってるのか?」
「同情から…なんて事もあるんじゃないのか?」
「おいおい。俺は同情で身体を許す男じゃないぜ」
「だったらそれを証明してみせろ」
自分が伊達に言った台詞を言われ返されている、と桃は気づいた。
「今、ここでか?」
わざと伊達と同じ台詞を言う。
「そうだ、今ここでだ」
伊達も、桃の台詞を真似る。
確かに、証拠を見せろ、と言った自分に対して伊達は証明してみせた。
自分もそうするべきだろう。
彼に対して恋心はないが、可愛く思っているので、つい甘さが出てしまったよう
である。
桃が時計を確認すると午前4時前だった。NYは今頃午後2時頃だから、彼は美術
館にいる筈だ。
ソファから立ち上がった桃は、サイドテーブルに置いてあった電話機の子機を手
に取った。




H20.12.31

だ、だからちゃっちいトリックだとあらかじめお断りしたじゃありませんか〜;
石は投げないで下さい〜;
だ、大丈夫ですかね?意味通じてますかね;辻褄合わないとこあったりして;
そ、それが不安です;
運送会社はてきとーですので、本気にしないで下さいね。引き受ける運送屋と
受けない運送屋がある、とは聞いた事があるんですが、確認してません;すみま
せん;