かぐや姫?


昔、昔って程昔ではないけれど、ある日、富樫が竹林の中で薪を拾っていると、
一本の竹が光り輝いているのに気付きました。
「な、なんじゃこりゃ〜」
驚いた富樫は竹に近付いてしげしげと見つめました。光っているのはちょうど真
ん中のあたりです。
中に何か入っているのだろうか?
どうして光っているのか知りたくなった富樫は、持っていた鉈で光っている部分
の少し上を切りました。中に何か入っていた場合、それを傷つけない為です。
この富樫の判断には感謝せねばなりません。
ここで光っている部分をズバッと真ん中を切っちゃえば、中にいたかぐや姫の身
体もズバッと切られて物語は「完!」だったところです。日本昔話ではなく、ス
プラッタになるところです。あ〜良かった。
富樫が切り口を覗いてみると、中には桃を持った赤ん坊がスヤスヤと寝ていまし
た。
「うわ!な、なんでこんなところに赤ん坊が!」
驚きのあまり、富樫はしばらく呆然と立ちつくしてしまいました。
正気にかえると、どうしたものか、と悩みました。
見つけてしまった以上、赤ん坊を放っていく訳にもいきません。ここは連れて帰
ってやらなければ。
しかし、家にいる飛燕は何と言うだろうか?
光り輝く竹を切ったら中に赤ん坊が入ってました。
なんて信じてくれるだろうか?
少し心配しながらも、富樫は竹の中で眠っていた赤ん坊をそっと取り出し、優し
く抱き締めながら家に連れて帰ったのでありました。
予想に反して飛燕は富樫の言う事を信じてくれました。富樫がそんな嘘を言う人
間ではない、と分かっていたからです。
「きっと天からの贈り物です。私達で大切に育てましょう」
と言いました。
「そうだな」
飛燕の言葉を深く考えずに頷く富樫。
別に飛燕と富樫は結婚しているのでもなんでもなく、ただの同居人です。
だから飛燕は
『富樫と赤ん坊を育てるんなんて夫婦みたい〜』
と嬉しくて仕方ありませんでした。
この竹の中で眠っていた赤ん坊は「かぐや姫」と当初は呼ばれておりましたが、
その後、「桃姫」と呼ばれるようになりました。
というのも桃しか食べないからです。他は飲み物ばかりでご飯も他の果物も一切に
口にしなかったのです。

そんなこんなで月日はザザッと流れ、竹の中で眠っていた赤ん坊は、富樫と飛燕に
大切にされて美しく大きく強く逞しく成長していきました。
性格もすこぶる宜しく、いじめっこが弱い者いじめをしていれば、駆け付けて仲を
とりもってやり、森で熊に襲われた人がいれば熊と話し合って人を襲わない約束を
してもらうなど、人々を助けてやりました。
しかも、それを鼻にかけない清々しさ。
桃姫はいつしか町一番の美人さんになっておりました。
求婚する者も後を絶たず、帝の使いまで現れました。しかし、桃姫は笑って相手に
しませんでした。
けれど、いつまでたっても諦めない帝は、毎日毎日贈り物と使者を寄越しました。
号を煮やした桃姫は、帝のお城に出向き
「俺に勝ったら結婚してやる」
と、勝負を申し込んだのです。
帝は七人の名の有る剣術家を代理人にたて、桃姫と勝負させました。
残念ながら、結果は帝側の惨敗…
「じゃあな」
これで、うっとおしい使者から解放される〜v
桃姫はさわやかな笑みを浮かべて家に帰って来ました。いつも元気で明るくさわ
やかな桃姫でした。
ところが、ある時期から桃姫の元気が無くなってきたのです。
夜に縁側から空に輝く月を見てはため息をつくばかり…
「桃、どうしたのです?」
飛燕が優しく尋ねても
「…なんでもない…」
と言うだけです。富樫と飛燕は、そんな桃姫が心配でなりませんでした。
「なあ、飛燕…」
「なんです富樫」
「最近、桃の奴…元気ないよな…」
「…そうですね…」
「なんか聞いてないか?」
「…いえ何も…」
「恋の悩みじゃねーの?」
いつの間にか側に来て話を聞いていたらしい、居候の虎丸が口を挟みました。
「どういう意味だ、虎丸?」
「ほら、隣の藤堂の若が桃姫にホの字だって噂だろ」
「なんだって〜?」
「いや違うか…道場仲間の東郷だったかな?」
「何〜あの無鉄砲野郎がか〜?」
隣に住んでいる藤堂の若様は、良家の家柄にふさわしくキリッとした美男子です。
冷たく感じられる時もあるけれど、気品の高さは疑う余地のないところ。
道場仲間の東郷は、桃の後輩です。
無茶なところもあるけれど、人の良さで評判の好男子です。
「どっちも許さんぞ〜!」
二人とも、世間の評価が高いのが余計に気に入りません。
すっかり嫁入り前の娘を持った父親気分の富樫が立ち上がって怒鳴った時、夜空が
ピカッと光りました。
「うん?」
「なんじゃい?」
三人が不思議そうに夜空を見上げると、大きな流れ星がこちらに向かって来ていま
した。
それは、どんどん大きくなり、迫ってきます。
「な、なんだ〜!」
「はあ〜とうとう、見つかったか…」
桃姫がため息をついた時、その流れ星は家の庭に落ちました。
ものすごい衝撃と土煙が上がり、縁側にいた三人はひっくり返ってしまいます。
「やっと見つけたぞ…桃…」
流れ星の落下地点あたりから、なにやら人の声がします。
もうもうと立ち込める煙の中から、一人の男の姿が浮かび上がりました。
顔にたくさんの傷をもった鋭い目つきの男です。槍を手にしています。
「伊達…」
その男は桃姫の前に歩み出て、手を差し伸べました。
「桃…さ、帰るぞ…」
「いやだ」
が、桃姫はあっさり拒絶の言葉を口にしました。
「何わがままぶっこいてやがる。下界なんぞに逃げ込みやがって、どれだけ探した
と思ってるんだ」
「俺は帰らないからな」
桃姫は男からそっぽを向いたままです。
「…な、なんじゃ〜こ、この男は桃の知り合いか?」
「…そのようですね」
「…空から降ってきやがったのか?」
呆然と事の成り行きを見つめていた富樫、飛燕、虎丸はやっと我に返りました。
「桃…どういう事です。これは…」
飛燕が桃に尋ねました。桃は一瞬悲しい瞳をして話し始めます。
「俺は…天上に住む種族なんだ…」
「天井?そんな狭いとこに住んでんのか?」
ぼけをかます虎丸の頭を、富樫が思いっきりどつきました。
「天上界の月に住んでいる天人なんだ。この前下界に降りてきた時、うっかり眠って
若返っちゃったんだ」
桃姫の話しによれば、天人はこの世界に降りてくると、この世界で生きた時間がまっ
たくないので、赤ん坊に戻ってしまうそうです。
戻らない為にはしっかり意識を保っておかなければならないのですが、睡眠をこよな
く愛する桃姫は竹の中で眠ってしまったので、赤ん坊になってしまったのです。
桃姫が桃しか食べないのは、他の食べ物は天人の口に合わず、身体を悪くしてしまう
からだとか。
「赤ん坊の時には見つかる心配が少なかったけど、元の姿に戻った今じゃ見つかるの
は時間の問題だと思って…」
元の姿に戻ると天人だった時の記憶も蘇ってきたのでした。
「み、見つかったらどうなるんだ…?」
恐る恐る富樫が聞きます。
「天上界に連れ戻されるんだ…」
「な、なんだって〜!」
「俺は皆が好きだ…離れたくない…だから…」
連れ戻されるのが嫌で、最近はため息ばかりついていたのです。
「帰る事はねーだろ〜!ずっとここにいればええじゃろが!」
「下界にいれば、天人の寿命は一万分の一になっちまうんだ」
流れ星として落ちてきた伊達とかいう男が口を挟みました。
「なんだって?」
「この世界と天上界とじゃ時間の流れが違うんだ。こっちの世界は桃が来てから十五
年以上の月日が流れているだろうが、天上界ではまだ十日だ」
「と、十日〜!」
富樫と虎丸が叫びます。
「十日も探しまわらせやがって。さ、桃、帰るぞ」
伊達は再び桃姫に手を差し出しましたが
「いやだ。お前一人で帰ればいいだろ」
再びあっさり拒絶されました。
「いい加減にしろ!天塾長も心配してんだぞ!」
「う…」
桃姫の表情がちょっと曇りました。
「まったく…勝手に下界に降りてうっかり眠って赤ん坊に戻っちまうなんぞ、気がた
るんでる証拠だ」
「なんだと〜そもそも俺が下界に逃げてきたのは伊達、お前のせいだろうが!」
「何?」
「お前こそ、こっちの言い分も聞かず我侭し放題だから、俺が姿を隠すしかなかった
んだろ!」
「どういう意味だ?」
「それは…」
桃姫の頬がほんのり紅色に染まります。
「…お、お前がこっちの身体の事も考えずに毎晩、毎晩、無理させるから…」
「あ?ああ、あれか…しょうがねーだろ。お前が「いい」のが悪いんだ」
「ふざけるな!毎晩夜明け頃まで付き合わされるこっちの身にもなってみろ!足腰が
立たなかったのは一度や二度じゃないんだぞ!」
「お前だって求めてくるじゃねーか!」
「そ、それはお前が焦らすから!」
「…も、桃は何怒ってんだ?」
「さあ?」
首をかしげる富樫と虎丸の横で飛燕は頭を抱えていました。
よーするに、あれです…犬もくわないなんとかってやつです。
桃は激しすぎる夜の営みを毎晩強行する伊達に腹をたて、下界に降りてきたようです。
確かに、伊達という男。見たところ人の話を素直に聞くタイプではなさそうです。
さて、どうしたものか…
天人である桃がこのまま下界にいるのは良くないだろう、と飛燕は思いました。今の
ところ、身体に異常はないようですが、この先何があるか分からないのですから。
何より、桃はこの伊達という男を想っているようです。伊達も桃を大切に想っている
という事が飛燕には分かりました。
想い合っている恋人がいつまでも離れ離れというのもねえ〜
「失礼ですが、伊達さんとやら…」
飛燕は犬も食わないなんとやらの喧嘩を続ける二人に声をかけました。
「話を伺っておりましたが、どう考えてもあなたが悪いです」
「あ?」
伊達は鬼も一発で黙らせられそうな目つきで睨みましたが、飛燕は涼しげに流します。
「愛する人の身体の事も考えず無理させるとは何事です。相手を思いやってこそ大人
の愛し方ではありませんか?あなたはお幾つですか?天人とはいえ子供ではないでし
ょう。欲望の制御くらい出来なくてどうします」
「…ぐ…」
正論をぶつけられて伊達は言葉に詰まります。
細い印象を受ける人間ですが、こういう理論的な説教をかまされるのが伊達は昔から
苦手なのです。
桃姫が「そーそー」と言わんばかりに頷いています。
…桃の奴…
伊達は心の中で舌打ちしました。
「どうでしょう?ここは桃の身体を休める日、というのを作ってみては?」
「あ、それいいかも〜よし、次の日は駄目って事にしよう」
桃姫が飛燕の出して来た提案に乗りました。
「はあ?つまり一日おきって事か?」
「そうだ。それなら俺の身体も休めるし…」
「我慢出来る訳ねーだろ」
「…………」
即効で拒絶する伊達に桃姫は再び怒りました。
「だから、俺の身体の心配も少しはしろって言ってんだ!」
「だから、俺の身体が我慢出来ねーつってんだ!」
「せめて三日に一日ぐらい休ませろ!」
「せめて十日だ!」
「ふざけんな!それじゃあ、今とほとんど変わりないだろ!」
また、不毛な喧嘩が始まり、側にいた三人はテニス試合を観戦している観客よろしく、
交互に首を振って見つめるしかありませんでした。

結局、桃姫は天上界に帰る事になりました。
天塾長とやらの使者が月からやって来て、これ以上続けて下界にいると毒素がたまり、
身体に支障をきたす恐れがある、と警告してきたのです。
「一度帰れば下界の毒素が抜けますから、それからまた来ればいいでしょう」
と使者は言います。
富樫、飛燕、虎丸は桃姫と涙のお別れをしなければなりませんでした。悲しいけれど、
桃姫の身体には変えられません。
最後の言葉を交わしていた四人は別れを惜しんでなかなか離れませんでした。
そんな様子を「早くしろ」と言わんばかりに苛つきながら遠巻きに見つめる伊達。
彼は本来度量の大きい男なのですが、桃の事になるとミジンコ並に心が狭くなるの
です。
「絶対、また来るから」
と、桃姫はやっと涙を浮かべて使者が乗って来た雲に乗り込みました。
また来る、と言っても天上界と下界では時間の進み方が違うのです。桃が来る頃、三
人は存命していないかもしれません。
「元気でな〜」
「さようなら〜」
「幸せになるんですよ〜」
遠ざかる桃の乗った雲を、三人はいつまでも手を振って見送っておりました。

桃姫がいなくなって一年が過ぎました。
気の抜けた状態になっていた富樫が、少し元気になってきた頃です。気晴らしに川の
近くを散歩に出掛けた富樫の目に、川上から流れてくる大きな桃が飛び込んできまし
た。
「な、なんじゃこりゃ〜」
ま、まさか…
一抹の予感を覚える富樫。
とりあえず、川から桃をすくい上げ、家に持って帰ります。
巨大な桃を見た飛燕と虎丸も、富樫と同じ事を思いました。
ま、まさか…
「飛燕、中を傷つけないように切るんだぞ」
「…分かってます」
飛燕が包丁で切る前に、桃の中から自らの太刀で切った桃姫…じゃなくて桃太郎が
飛び出してきました。
桃から生まれた桃太郎です。
「皆〜久し振り〜」
「や、やっぱり桃じゃったか〜」
富樫は桃を抱きしめ、四人は再会を抱き合って喜びました。
「しばらくここにいさせてくれないか?」
「ええ、それは構いませんが、でもどうして?ここと天上界では時間の流れ方が違
ったのでは?」
「時間の流れをを遡ってきたんだ。今度は下界で暮らした時間があるから赤ん坊に
戻る事もないし、ゆっくり時の川を眠りながら流れてきた」
難しい話は富樫と虎丸はよく分かりませんでしたが、桃と再会出来たのならどうで
もいい、と思いました。
「伊達はどうしたんだ?」
「あんな奴知らない!」
虎丸の言葉に桃はプイッとそっぽを向きました。
「何かあったんですね?」
飛燕が優しく声をかけます。
「飛燕〜!」
桃は飛燕の胸に飛び込みました。
「聞いて、聞いて〜伊達ったらひどいんだよ!」
「はいはい、聞いてあげますから落ち着いて」
よしよし、と飛燕は桃の頭を撫でてあげます。これはもう、完璧に
『実家に戻って旦那の横暴を母親に愚痴る嫁』
の図です。
中睦まじい二人の姿を見ながら、富樫と虎丸は顔を見合わせました。
「桃がここに来たって事は…」
「当然、伊達も来るんだろうな〜」
二人の予想通り、その日の夜には伊達が降って来て、また庭に大きな穴が開いてし
まいました。今回は行き先が分かっていたので早い事。
「桃〜貴様、またこんなとこに逃げ込みやがって〜」
「ふん!俺は当分帰らないからな!」
「いい加減にしろ!」
いい加減にして欲しいのはこっちだ…
と、富樫、飛燕、虎丸は心の中で思いました。

毎晩やってくる伊達とぎゃーぎゃー喧嘩しながらも、しばらく下界で暮らした後、
桃は天上界に帰って行きました。
残された三人は、また淋しくなってしまいました。
淋しさを少しでもまぎらわそうと、飛燕は庭に開いた大きな穴に花をたくさん植え
て育てました。それらの花が蕾みを結び、まさに咲き誇ろうとする春が近付いて来
た頃です。
さわやかな春の朝に、飛燕は花に水をやろうと庭に出ようとしました。
「さあ、今日も花に水をやりましょうか…わ!」
飛燕は驚きの声を上げました。
「どうしたんだ飛燕?大声あげたりなんかして…わ!」
飛燕に続いて富樫も驚きの声を上げました。
「どうしたんだ富樫?大声あげたりなんかして…わ!」
飛燕と富樫に続いて虎丸も驚きの声を上げました。
花畑の中にあるチューリップの蕾が一輪だけ大きくなっていたのです。
ま、まさか…
一抹の予感を覚える三人。
「あ…な、なんか蕾が開きそうだぞ…」
巨大なチューリップの花が開くと、その中には…



H21.2.4

伊達の一寸法師もネタにあったんですが、こっちを先に;
「じいさんや〜」「ばあさんや〜」状態の富樫と飛燕が書きたくて;
他にコメントのしようがありません…;
書いてて楽しかったです;
そう、それだけ…;