暗闇への光 2


赤石から電話があったのは、真夜中過ぎであった。
『この電話は大丈夫か?』
盗聴の危険性はないか、という意味である。いつになく慎重な赤石の態度に、伊達は意識が
張り詰めるのを感じた。
「大丈夫だ」
『…例の件だが…片がついた…』
「…どうつけた…?」
『こちらがつけるまでもなく…自らの手でつけやがった…』
「……………」
『後味は悪いが、そいつが桃の失脚を狙った奴らに手を貸していた事は間違いない…』
「…本当に自分でか?」
『…口封じされた可能性もある…』
「先手を取られたって訳だ…抜かったな…」
『お前の事を知られているかもしれん…』
伊達の嫌味を無視して、赤石は言葉を続けた。
「……………」
『背後にいるのは、相当大きな麻薬関係の組織だ。探りをいれているお前に対し、なんらか
の行動を起こすかもしれんぞ』
「…だから…?」
『……それだけだ…』
気をつけろ
とは、赤石は言わずに電話を切った。言っても無駄だろうと分かっていたからである。
口にせずとも伊達自身が十分理解している事だ。
命を狙われようが、狙われまいが、そんな事で伊達は自分の行動を畏縮させる男ではない。
受話器を戻した伊達は、昨日、伊達組の門の側に置かれていた箱を思い出していた。
箱の中には猫の死骸が入っていた。
御丁寧にその猫の頬には、六つの傷が付けられていたのである。
こうなりたくなければ、これ以上探りを入れるな、という警告だろう。
そんな事でビビる俺だと思っているのか?
伊達は相手の姑息さに胸が悪くなった。


某日、富樫から桃の事で話がしたい、と連絡が入った。塾長が何らかの情報を入手したらし
い。
伊達は単独でバイクを走らせた。
夜中に人気のない海岸近くの山道を走っていると、伊達は妙な違和感を覚え始めた。
…静か過ぎる…
張り詰めた空気が肌に突きささってくる。
地面から伝わって来る威圧感に、巨大な何かが近付いてくるのに気づく。
バックミラーに目をやると、大型トレーラーが迫ってくるのが映っていた。ナンバープレー
トはついていない。
伊達がバイクを右に向けると、同じ方向についてくる。
予想した通り、そのトレーラーは伊達のバイクに突進してきた。
ひき殺す気か…それとも脅すだけのつもりなのか…
相手がどこまで本気なのか、伊達が決めあぐねていると、前方に同じ形の大型トレーラーが
道を塞ぐように横向けにして止まっている。
あまりに正攻法な敵の攻撃に、伊達はメットの中で苦笑した。
トレーラーの中に武器を持った大勢の手下が乗っているのだろう。バイクを止めれば手下ど
もが、わんさとかかってくるのは必定だった。それともひき殺す気か…
どちらにせよ、伊達を殺すつもりなのは確かなようである。
みすみす殺される気はない…
伊達はバイクのスピードを上げて、止まっているトレーラーに突っ込んでいった。
減速すると思っていただろう、運転席の奴が動揺するのが分かる。伊達はトレーラーに激突
する寸前でバイクを横に倒し、身をかがめた。
バイクの側面と地面が擦れあって火花が散る。
そのままトレーラーの下をくぐり抜けるが、上部になっていた右のミラーがトレーラーの側
面にぶつかり砕け散った。
通り抜けるとすばやくバイクの体勢を戻して走り去る。背後で
「何やってんだ、追え」
などの怒鳴り声が聞こえるが、中国語が混じっていた。
脇に止めてあった数台の車が追って来るのがミラーで見える。
前に目を向けると、道の真ん中に大きな山が出来ていた。土砂かセメントが盛られているの
だ。
チッ…
伊達は心の中で舌うちした。
道の右側は切立った岩場で、いくら伊達でも岩壁を登るのは不可能だ。左側は崖である。
走り続けるには、飛び上がって山を越えるしかないが、着地するところを狙われれば避けよ
うがないので、かなり危険だ。
しかし、他に選択肢はない。
覚悟を決めて、伊達はバイクで山を飛び越えた。
越えた先には思った通り、銃を構えた何人かの男がいて、着地する瞬間を狙って撃ってきた。
何発かの弾丸が伊達の身体をかすめる。音はしないので、サイレンサーであろう。
左肩に激痛が走り、メットにも弾が当たり、衝撃が頭に伝わって目眩がした。かろうじて意
識を保ち、ヒビのはいったメットを脱ぎ捨てる。
これ以上この道を走っていては不利だ
伊達は横道に入り、下の道路に抜けようとした。
が、そこには乗用車が何台も並んで止まり、道を塞いでいた。
「くそ」
思わず、声が漏れる。
これほど大規模な道路封鎖が出来るとは、赤石の話していた相当大きな組織というのは、誇
張ではないらしい。
伊達は一か八かガードレールを越え、崖を落ちるように降りていった。
なんとか、山下の海岸沿いの道路に出たが、そこにも待機していた乗用車が追ってきた。窓
からサイレンサー付きの銃で撃ってくる。このままでは追い詰められる。
こちらは武器は何一つ持っていないのだ。人気のあるところに行けば、攻撃は止むかもしれ
ないが、止まない可能性もある。関係ない者を巻き込む訳にはいかない。
伊達は港に向けてバイクを走らせた。車もそのまま追ってくる。
堤防を走らせ、伊達はバイクごと海に飛び込んだ。
追ってきた車は海に落ちる寸前で車を止め、降りた手下が伊達の飛び込んだ海に向けて弾を
打ち込む。
「近くの岸に上がってくる筈だ!捜せ!」
手下達が辺に散った。


海から上がった伊達が、港の倉庫に身を潜めているうちに夜が明けた。
辺に霧が立ち込めているのがありがたかった。同志撃ちを恐れて、相手が銃を使うのを躊躇
うからだ。
こういう時は大人数なのが足を引っぱる。
朝が近付くにつれ、引き上げ始めたらしく、人数が減ってきたのが気配で分かった。
人気が完全に無くなったのを察知して、伊達は倉庫の外に出た。
肩の傷は止血したが、頭にくらったダメージがまだ微かに残っている。脳震盪を起こしかけ
ていたようだ。
慎重に辺りの様子を伺い、歩き出すが、左方から何かを感じた伊達は咄嗟に身をひるがえし
た。
衝撃が傷のところを掠めて伊達は顔をしかめた。
身構えて自分を襲った奴を確認する。
小柄な東洋系の男が霧の中に立っていた。
頭のダメージが残っているとはいえ、伊達に気配を感じさせないのは、かなりの手練である。
同じように身構える体勢からは、微塵の隙も伺えない。
武器は持っていない。
自分を襲った衝撃がなんであるか分かるまで、伊達はヘタに動かない事にした。
相手はジリジリと間合いを詰め、いきなり一歩踏み出すとものすごい蹴りを伊達の頭部にく
り出す。伊達は咄嗟に左腕で庇うが、ミシリと骨がきしむ音がして、肩の傷に激痛が蘇った。
伊達は次の攻撃を避ける為に後ろに飛ぶ。
幸い、連打はしてこなかった。相手にとっても、今の一撃が躱されたのは意外だったらしい。
小柄な身体にも関わらず、強力な衝撃をもたらした理由が伊達は分かった。
「蹴り」は身体の大きさに関わらず、大きな衝撃を与えられる格闘的には最高の体術である。
頸骨や喉仏をやられれば、即死する。
しかし修得するのは並み大抵の事ではない。
伊達は、相手がこれまで何人もの命を奪ってきた者の目をしているのに気づいた。
無感情で冷たい目をしているが、知性の色も宿っている。
…暗殺者…しかも一流だな…
人を殺す生業をしている者で、殺人が好きだという奴もいるが、そんな輩は二流である。
命を奪う事を仕事と割り切り、冷静に冷徹に行う奴が一番怖い。感情的にならないので、乱
れがなく、常に的確な判断を下す。
目の前にいる奴はそれだ。
自分と同じ闇の世界の住人で、血と泥と汚濁の中に身を沈める者。
傷を負った今の状況では、戦闘能力は相手の方が勝っているだろう。
だが、伊達は自分が闇の中に光を見い出しているのを知っていた。
俺はこいつとは違う
汚濁の中に一筋流れる清流を持っている。
だから、俺は負けない…
暗殺者は、またも間合いを詰めてきた。伊達は同じ間合いを保つ為、後ずさった。
こちらから仕掛けては駄目だ。
次は連打で来る。
間に緊張感が満ちてきたその時
来る!
伊達が感じた次の瞬間、先程よりも強烈な蹴りがきた。
左腕でそれを受けた時、伊達は骨の折れる感触を覚える。
それは分かっていた。伊達は左腕を捨てる覚悟をしていたのだ。
間を開けずに次の攻撃が来た時、伊達はカウンターの要領で右腕の拳を相手の膝に叩きこむ。
「!」
暗殺者は初めて動揺の色を見せて後ろに下がる。
最初の一撃は右腕で受け止めると予想しており、次の一撃で倒すつもりだった。
足を降ろしたが、立てずにぐにゃりと地面に崩れた。伊達の拳は膝の急所をとらえ、皿の骨
を砕いたのである。
驚く暇も与えず、伊達は暗殺者の顎に蹴りを食らわせた。
地面に倒れるそいつに背を向けて、伊達は歩きだした。
歩く度に、だらしなく垂れ下がった左腕に激痛が走る。
完全に折れたな…
苦笑しながら伊達は霧の中を歩き続けた。



H21.8.11

一応、続編という形ですが、別に続いてなくてもいいかな〜と考えております。
書きたかった場面書いてみました、みたいな;
そういう感じで、次もあるかと思います。すみません;
極道の世界の伊達って一度書いてみたかったんですよね;多分、汚い世界だけど
伊達は自分の中の最低限のプライドは死守するだろう、と…
暗殺者との対決は、某小説の影響を受けてます。緊迫感がなんとも言えんかった!
私が書くと、その万分の1も緊張感がでないけど…;とほほのほ…;