暗闇への光 3


何かを感じた赤石は障子を開けて、見事な日本庭園を見渡した。
か細い気配を覚えた時、朝霧の中、うっすらと人影が浮かび上がってきた。
それが伊達であると気づくのに、さほど時間はかからなかった。不自然な身体の動きに
怪我を負っていると察する。
「…あんたも来てたのか…」
伊達が縁側の近くまで来て初めて声をかけた。
富樫が召集をかけたのは自分だけではなかったらしい。
無言を返す赤石の横を通り抜けて部屋に入る。
「富樫と塾長はどうした?」
誰もいない部屋を見渡して腰を降ろす。
「ついさっきまで待ってたんだがな…電話があって富樫といっしょに出掛けた」
「で、あんたは律儀に俺を待ってた訳か?」
「…怪我したのか?」
「たいしたことはない」
「見せてみろ」
伊達に手傷を負わせるとは、大人数で襲ったか、かなりの手練かどちらかだろう。
肩の傷が銃弾によるものだった。
「弾は貫通してるな」
「ああ」
「そっちは折れているのか?」
「ご覧の通り」
添え木になるものをさっと探した赤石は、押し入れの中にあった帚を見つけ、その柄
をちょどいい長さに折った。
「…富樫が怒るんじゃないか?」
「……………」
伊達の言葉を無視して、赤石は持っていた包帯を取り出し、柄を添え木にして折れた
左腕を固定した。
「どこの奴らだ?」
「さあな…中国語を喋っているのが数人いた。動きを見る限り、訓練された規模ので
かい組織だ」
「……………」
「あんたが前にくれた情報の奴らだろ」
「おそらくな…」
「今日の塾長の話はなんだったんだ?」
「EXPだ」
「なんだと?」
「影で動いている麻薬組織はEXPだ」
EXPといえば世界中を牛耳っている巨大な麻薬組織である。
「…とうとう日本にもきたか…」
伊達はそれで合点がいった。
いくら探りをいれているとはいえ、桃の事だけならこんなにも大規模な襲撃はしない
筈だ。伊達組は麻薬と売春関係に足を突っ込んでいない。そういう仕事でいがみ合っ
ている組織同志の、漁夫の利で勢力をのばしてきた。最近は伊達組のやり方を習う組
が小さいながらも出始めてきたので、目障りになってきたのだろう。
麻薬と売春関係は簡単に吸える甘い汁だ。が、巨大な富を生むこのマーケットはすで
に先駆者組織にシステムを牛耳られているので、彼らの御機嫌取りは必須なのである。
新参者はどんな事があっても、一定以上の利益も勢力も伸ばせないようコントロール
され、出る釘はすぐに打たれて消される。
性に合わない、という理由の他にそれもあって伊達は手を染めなかった。
他人の手の平で踊るのはごめんだ。
「どこかの政治家がバックにいるらしい。まだ分からんがな」
「…桃には伝えたのか?」
「富樫がな…」
「なんと?」
「そのうちしっぽを出すだろうから、放っておけとさ」
「はっ、桃らしい」
伊達は笑みをもらした。
「…で、結果はどうだった?」
「予想通りだ」
「…そうか…」
昨夜は総裁選が行われており、伊達が家を出る時はまだ結果が出ていなかったのだ。
予想通りという赤石の言葉は、桃が総理になった事を示している。
「…就任したか…」
伊達としては複雑な気持ちで、軽く息をはいてしまう。
どうして腐敗した世界に自ら飛び込んでいくのか…
自分がこの世界に入ったのは、他の世界で生きて行く資格も術も自分はもっていな
いと分かっていたからである。
「不満か…?」
赤石の珍しい問に、伊達は苦笑してみせる。
「…まあな…あんたはともかく、桃はどの世界でも生きていけるだろうにな…」
「……………」
てめーに言われたかねーよ…
と、赤石は思ったが口にはしなかった。
「汚い世界だからこそ、桃は選んだのだろう」
「…ああ…分かっている…」
桃はどんなに腐敗した世界にいっても、変わらず己を貫ける。聡明さを失わず、人
を魅きつけるだろう。だが、どの世界にも「正しい事を言う」人間を疎む奴がいる。
桃が選んだのは「正しい事」がもっとも通用しない世界なのだ。昨日まで味方と思
っていた奴に背中を撃たれる確率も高い。
…怪我のせいで弱気になっているのか…?
伊達は自分らしくなく、不安を感じているのに気づき、また苦笑した。
「…酒はねーのか?」
赤石は無言で立ち上がって部屋を出ていった。戻ってきた時は一升瓶に湯のみを手に
していた。伊達も無言で受け取り、二人は酌を交わし始める。
暫くの間、どちらも口をきかなかったが、伊達がぼつりと呟いた。
「以前は、単純だった…」
「……………」
「生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、引くか進むか…」
「……………」
「だが、今はそうはいかねー事が増えた」
「いつまでも餓鬼じゃいられねーだろ」
「さすが、おとーさんは大人ですな」
「…あほか…」
「…以前は…背中を預ける奴は絶対だった…」
少なくとも男塾にいる間は…
卒業してから、自分達を取り囲む世界はどんどん汚くなる。それなのに、桃は自ら
その深部に足を踏み入れるのだ。
「…桃なら敵も味方にする」
「その味方が敵になるかもしれねー」
「……………」
「あいつが守ろうとしている奴らが、桃に牙をむける。いわゆる民衆ってやつだ。
何も知ろうとせず、行動もしねーくせに批判だけはする」
「……………」
「あいつらは選ぶ権利をもちながら、時にそれを放棄したがる。自分の決断による
責任から逃れようと隷従を望む。俺には理解出来ねーがな」
政治の腐敗とは政治家個人の腐敗では無く、腐敗した政治家を非難も排除も出来ない
体制の事をいうのだ。
その体制を作る権限を与えるのは民衆である。
しかし、それを理解している者がどれほどいるのだろうか?
本当に誠実な者と、裸の王様との区別がつくだろうか?
桃はそれでも守るのだ。
自分を罵倒しようと、常に弱者を。
「総理を辞めさせたいのか?」
「…珍しいな…あんたが何度も質問してくるなんて…」
「珍しいのはお前だ。いつになく喋りまくってやがる」
「…酒が入ってるんでね……」
「……………」
「辞めさせてー訳じゃねー。桃がしたいようにすればいい。どんな事になろうが俺は
変わらない」
「桃自身も変わらない」
「…ああ…」
伊達はそう言って酒を飲み干した。
赤石はそんな伊達を見つめながら、つくづくこの男が激し、動くのは、自分の事では
ないのだな、と思う。
「空だぜ」
からっぽになった一升瓶を伊達が掲げてみせる。
「……………」
また俺に取って来いってのか?
目で赤石が語るが
「俺は怪我人だぜ」
「……………」
白々しく伊達がつぶやくので、赤石はまた無言で立ち上がった。


伊達組に帰ると、組員は慌てふためき、急いで主治医を呼びにやらせた。
「どこの奴らにやられたんです!」「畜生!ただじゃおかない!」
などと血気に走る若いものを
「この程度で騒ぐんじゃねーみっともねー」
と、伊達が一声で黙らせる。
手当てがすんで組員を下がらせると、伊達は桃の携帯に電話をかけてみた。
繋がる確率は低いと思っていたから、桃の声が返ってきた時は少々意外だった。
『伊達か。どうした?』
「…とうとう、就任したな」
『ああ…』
「一応、祝いの言葉を述べるべきか?」
『ふふ…本心じゃない事は言わなくていいさ』
伊達がこの世界を嫌っているのは知っている。自分がこの世界にいるのも。
「…これからか?」
『…ああ…これからだ…』
「……………」
『…伊達…国家も政治家も、ちっぽけでくだらないものだと思わないか?』
「あ?」
『…俺は歴史を作りたい訳じゃない。歴史は千人の個人が作るものだ』
「……桃……」
『なんだ?』
「隙を見つけてうちに来い。俺からそっちに行けなーからな。お前から来い」
『ん?』
「…抱いてやる…」
会いたい…とは言わない。言うには少々照れもプライドもある。
『…ふふ…では、近いうちにお邪魔するよ』
「そうしろ」
『俺もお前に抱かれたい…』
てっきり近くに側近がいると想像して、勝手に露骨な事は言わない気がしていたから、
桃のストレートな言葉は意表をついた。
頭の奥が熱くなる感触を伊達は覚える。
誰か来たのか、すぐに電話は切られた。伊達も受話器を起き、座り心地の良いソファに
腰かける。
桃は自分の暗闇に差し込んで来た光だった。今でもそうだ。
…また、他の者の光になるのか…
伊達は苦笑を浮かべて、落ちて来た睡魔に身を委ねた。



H21.8.28

注意:ちょっと毒あり?;

これは完全にフィクションです。自覚もしております。
現実、私は個人的に893もウヨもグンタイも政治家も嫌いです。
だから、男塾のメンバーに関しては「こんな人がいたら少しは違うよね〜」という完全
ドリームで書いてます。
二次元妄想と現実の区別はついてます。
いくら桃が好きだからって、現実の総理をむやみに応援したりなどしません;(893や
ウヨも)常に中身みて確認するよう、心掛けているつもりです。軍隊はシビリアンコン
トロールでなければならないとちゃんと理解しておりますので、ご心配なさらずに。