ピークド・ラペル


「もう少し深みのある色はないかい?」
桃は伊達の肩にあてられた生地を見てそう呟く。色の濃度がいまひとつだったらしい。
全身を確認出来る姿見の前に立っている伊達を、少し離れた場所で腰かけながら桃は
満足そうに見上げている。
伊達の周りには色の洪水がおきていた。
店にある上等な生地のあれこれが、ところ狭しと伊達の足下に置かれているのだ。
色の洪水といっても男性ものであるせいか、目が眩む程華やかなものではない。
ダークグリーン、グレー、ブルー、ブラウンといった渋系の色である。
以前電話で話した時、伊達はもうすぐお前の誕生日だが、何か欲しいものはないか桃
に尋ねると
「じゃあ、ちょっとつき合ってくれ」
そう言われ、今日この店に連れてこられたのだ。
小さな背広仕立ての専門店で、この道60年ベテラン職人の老紳士が一人いるだけだっ
た。
桃とは懇意にしているらしく、頑固そうな店主は親し気に挨拶を交わす。元総理の桃
に対して、気後れしたり、媚びるような様子はない。
「彼の背広を仕立ててくれるか」
伊達は桃の言葉に少なからず驚いた。
プレゼントをするのは自分の方なのに、どうして自分の背広が新調されるんだ?
疑わし気に桃の顔を見つめる。
「いいじゃないか。俺に選ばせろ」
お仕着せという訳である。
まあ、いいか、と伊達は大人しく言う通りにしてやる事にして、職人の寸法採りに従
った。
サイズ採りの後は生地選び。
生地の種類をシルクに決めると、桃はお勧めの色を持ってきてもらい、伊達の肩にあ
てて似合うかどうかを確かめた。
背広を着用する本人である伊達の意見は一切求めない。自分一人の好みで勝手にサク
サク決めていく。それを「プレゼント」に欲しいらしいと伊達も分かっていたので、
口出ししなかった。
「これがいい」
桃が選んだ色は濃い茶色で、美しい編み目が洗練された雰囲気をかもし出す生地だっ
た。
「では、次はデザインですね。サンプルを持って参ります」
職人が去ると二人にきりになったので、伊達は初めて口を開いた。
「桃、どういうつもりだ?」
「前からお前には茶系も似合うんじゃないかと思ってたんだ。ブルー系よりいいと
思うぞ」
「そうじゃねーよ。服を仕立てさせてどうしようってんだ?」
「どうだと思う?」
「…男が女に服を贈る時は、その服を脱がせたいからだって言うぞ」
「脱がせてもらいたいのか?」
「俺の願いをきくんじゃ、お前の誕生日プレゼントにならねーだろ。第一、俺は女
じゃねーしな」
「ふふ…伊達組長をコーディネイト出来るなんて、俺ぐらいだな」
その時店主がサンプルを持って戻って来たので、二人の会話は中断された。
サンプルを元に背広の裾、襟、袖口の形を桃が決めていく。ここでも伊達の選択権
は奪われている。
「襟は剣襟ですね」
「少し派手かな?」
「いえ、こちらのお客さまでしたら着こなせるでしょう」
「俺もそう思う」
店主と楽しそうに話す桃は、いたずら好きの子供のようであった。今度はボタンの
サンプルを持ってくると店主はまた部屋を出た。一言の発言も許されなかった伊達
が口を開く。
「剣襟?」
「ああ」
「俺にお前を着せる気か?」
「だとしたら、お前が一番似合うからな」
「よく言うぜ」
二人が笑みを交わしあった時に店主が戻ってくる。
桃が今度も楽しそうにボタンを選ぶ。金属製のものは止めて、木の風合いのある同
系色のものに決めた。
「これで、全部かな?」
「はい、あとは仕立てるだけです」
「10/8迄に出来るかい?」
桃の言葉に伊達は視線を向ける。
「はい、大丈夫です」
「では、その日に彼が取りに来るから頼むよ」
「分かりました」
仕立て代の話を一切しないので、この店では桃個人の支払い方法があるようだった。
預かり書を受け取った桃は、すかさずそれを伊達に渡す。
聞いてたよな、その通りにしろよ
と、瞳が語っていた。

伊達組の組員の迎えの車が来るまで、店で待たせてもらう事にする。
小声で伊達が桃に声をかけた。
「服を取りに来て、それからどうするんだ?」
「それを着て俺の所に来い。例のマンションでいいから」
例のマンションとは、現在、桃の住んでいる家である。知っている者はほとんど
いない。
「着て、か?」
「…ああ…俺が選んだんだ。似合うに決まってる」
「…ほう……それがプレゼントか?」
「そうだ。なんならリボンでもつけてくれるか?」
「あほ」
「…俺に身を包まれたお前が見たい……」
桃は椅子に腰掛け、男の艶を含んだ思わせぶりな笑みを浮かべ伊達を見上げてくる。
立っていた伊達は椅子のひじ掛けに手をかけ、詰め寄った。
「…いいだろう…見せてやるよ……」
「…誰よりも似合うだろな」
「当たり前だ…」
伊達は桃に軽い口付けを落とし
その日は食われるかもな…
と、感じて少し覚悟を決めた。



H21.10.8

桃のBDネタ。イベントに弱い私にしては珍しく日にち合わせてます。
マジで珍しい〜
一応、私は二人はリバ有りだと思っています;1対50の割合ぐらいで…;
剣襟(ピークド・ラペル)は(けんえり)と読むみたいですが、私が見つけて
読んだ時はしっかり「つるぎえり!なんて素敵な名前!」と思いましたさ;
「暁」で伊達が背広着て出て来た時「桃の背広と似てない?もしかして、お
そろい?!」なんて妄想したところから思い付きました;