決勝前夜(豪毅視点)

天挑五輪大武會、決勝戦進出は「男塾」と決まった。
正直、新参者の「男塾」がここまで勝ち登ってくるとは予想だにしなかった。
まあいい、誰であろうと叩き潰せばいいだけだ。必ず自分は勝つ。
その夜、藤堂豪毅は「男塾」のメンバーの今までの戦いぶりを調べておこうと、
コンピューターのあるモニター室に向かった。これまでの試合を録画したフィ
ルムが保管してある筈だ。
モニター室に入ると防犯カメラを管理している警備員が一人、何台もの画面の
前に座っていた。
この大会が行われる闘場は藤堂財閥が造った人工島である。大会は何日にも渡
って行われる為、参加者の寝泊まりする施設も完備している。参加者は世界中
から集った屈強な男達ばかりだが、その中に藤堂財閥に恨みをもつ者やスパイ
がまぎれこんでいる可能性もある。その為、人工島は闘場だけでなく、あらゆ
るところに防犯・監視カメラが取りつけられているのだ。
モニター室は一ケ所だけでなく、この建物の中に何ケ所かあり、そこで二十四
時間監視している。
このモニター室はマザーコンピューターがある部屋で一番設備が整っていた。
今大会で行われた試合のすべてが記録してあり、試合が行われていない今の時
間帯は空いているモニターもある。それで「男塾」の試合を観戦すればいい、
と豪毅は考えていた。
豪毅が入ってきた事に気付いた警備員は、立ち上がって頭を下げた。豪毅は片
手をあげてそれを制する。
「こっちのモニターとコンピューターは空いているな?」
「はい、そちらは闘場用のモニターですから今は使用しておりません」
「借りるぞ」
「はい。何かお手伝い致しましょうか?」
「これまでの「男塾」の試合のVTRが見たい」
「畏まりました。ただいま用意致します」
警備員がVTRを検索している間、豪毅は何気なくモニターに目をやった。そし
て、ある事に気付いて眉を寄せた。
「何故、個室の中が映し出されているんだ?」
「え?」
何台ものモニターの中の幾つかが、宿泊施設の部屋の中の様子を映しだしてい
たのである。
見れば、「男塾」の塾生達の部屋ではないか。
防犯カメラとはいえ、プライバシーの侵害はしていない。宿泊施設もエントラ
ンスや廊下、外装にのみに取り付けられており、個人の部屋までは監視してい
なかった筈である。
「どういう事だ?」
豪毅は警備員に鋭い視線を送る。
「い、いえ…藤堂様のお言い付けで…」
「親父の?」
「はい…「男塾」のメンバー達の言動を絶えず監視しろと。弱味や弱点を握れ
るかもしれないと…」
「ばかな!」
豪毅はカッとなって大声を上げた。
弱点を握るだと!?弱味をつかないと私達が勝てないとでも思っているのか?!
ばかにするな!
プライドを傷つけられた豪毅は怒りのあまり、しばらく声がでなかった。
「…豪毅様…?」
警備員が恐る恐る声をかけてくる。
「…消せ…」
「はい?」
「消せ!今すぐに!」
「し、しかし藤堂様が…」
「親父に叱責されるのと、今俺に切られるのとどちらがいい!」
豪毅が太刀の柄に手をかけるのを見て、警備員は慌ててモニターを消し始める。
「今まで録画したものもすべて消せ!」
「は、はい!」
「他のモニター室でも録画しているのだろう。そこにも消すように伝えろ!」
「わ、分かりました!」
警備員はよろめきながら部屋を飛び出して行った。
内線の電話があるだろうに、慌てていた為に忘れていたのか、怒れる豪毅の側
から離れたかったのか…
一人残されたモニター室で豪毅はため息をつく。
まだ消し忘れたモニターがある事に気付き、豪毅はスイッチに手をのばした。
が、そこに映しだされた人物を認めて思わず手を止める。
それは鉢巻をしめた一人の男と、頬に特徴的な傷をもつ男がバルコニーで談笑
している映像だった。
確か、この男は「男塾」の大将だった筈…
大会すべての試合を見ている訳ではないが、この男はいつも真直ぐに前を見つ
め、包み込むような大きな意志をその瞳に映して、他のメンバーを導いていた
と記憶している。
だが、モニターに映し出されたその大将の瞳は、不安の色をもって揺れていた。
この男がそんな瞳をするとは思いもしなかった…
豪毅は意外な気持ちで、消すのを忘れてモニターを見つめてしまった。音声も
拾っているらしく、二人の会話がマイクから聞こえて来る。
『とうとう、ここまで来たな…』
『ああ…長かった…』
『…犠牲者も出た…』
『…ああ…』
二人は柵に手をかけ、バルコニーから外を眺めていた。
夜の闇にとざされて見えないが、波立つ海がそこにあるのを、頬を撫でる潮風が
教えてくれる。
『…伊達…』
『…ん?…』
『お前は…大丈夫だよな…?』
男塾の大将である筈の男が、今まで見た事もない迷いの表情を浮かべている。
『当たり前だろ、何言ってる』
頬に特徴的な傷をもつ男はその瞳を受け止め、自信に満ちた言葉を返す。
『そうだな…お前は大丈夫だ…』
『ああ…』
二人は見つめあって軽い笑みを躱した。大将の瞳に光が戻って来る。どこか淋
し気だが、それでも迷いを吹っ切ったそんな瞳だった。
そうか…
と、豪毅は悟った。
この男だからだ。
揺れる瞳は男塾の大将がこの自信に満ちた男の前でだけ見せるものなのだ。
見ているだけで、二人の間に特別な絆があるのが分かる。確固たる信頼関係を
築いている者だけに存在する絆だ。
豪毅は胸に靄が広がっていくような感覚を覚えて、急に不快な気分になった。
手をのばしてスイッチを切ると、モニターから光が消えた。
だが、胸の靄はそう簡単に晴れず、豪毅はモニター室から出て行った。
廊下を歩いていると、先程見た男塾の大将の瞳が脳裏にちらつく。
迷子になった子犬のような、幼子のような瞳。
けれど、黒く澄んだ瞳は不安や迷いに揺れても濁りはない。
潤んだそれは心なしか誘いを感じさせもする…
目の前のあの男だけに見せる瞳。他の者の前では決して見せる事のない揺れる
表情。
何故、こんなに苛つく?
今しがたの光景を見た途端、不快な気分になった自分の感情がなんなのか豪毅
は分からなかった。
胸をチリチリと焦がすその思いを豪毅は持て余す。
「ばかな…」
失望しただけだ。対戦相手となる「男塾」の大将がとんだふぬけだと分かって。
ここまできて迷いを見せる等、精神力が未熟な証拠。大将たる者が部下に頼る
など、情けないにもほどがある。
そうだ、あの大将はとんだ甘ちゃんなのだ。
「俺が負ける訳がない…」
あんな甘い男に誰が負けるものか…
俺はあの大将を殺す。
迷える表情も不安に揺れる瞳を俺がこの手で血に染めるのだ。
それは、とても甘美な事にように感じて、豪毅は思わず身を震わせた。
あの大将を殺したら…その時、頬に傷をもつ男はどんな顔をするのだろうか?
豪毅は師匠を殺した時に見せた残忍な笑みを浮かべて廊下を歩いていた。

                                


H20.9.8

天挑五輪ってきっと何日にも渡って行われているから、当然、参加者の為の
宿泊施設はあったんですよね?ミッシェルが冨樫を助けようとした時、誰かが
ミッシェルを撃とうとしたのを豪毅が腕切って怒るのみて思い付きました。
豪毅は戦いにおいてプライド高そう