※オリジナルキャラが大勢出てきますので、そういう話が嫌いな方はご注意下さい。
※ある小説が元ネタになっております。


歪んだ薔薇 前編   

玄関のドアに鍵はかかっていなかったので、伊達は勝手に家に入った。
中は静まりかえっている。
バイクのヘルメットを床に置いたまま、足を止めて中を見渡す。
もうすぐ売りに出すと聞いていたが、すでに家具は運び出されていた。小さな家だが別荘
なので広さはこんなものだろう。何も無くなった家はやけにからっぽに見える。特に持ち
主がこの世にいないとあっては、なおさら空虚に感じる。
この別荘の持ち主は、気っ風と度胸のある女組長だったが、数カ月前に病で他界した。伊
達は組を持つ前のかけ出しの頃、その女組長にいろいろと世話になった。
紹介してくれたのは宮里翁である。ある巨大な組織から命を狙われた伊達を、彼女は自分
の組に匿ってくれたのだ。宮里翁の頼みとはいえ、へたすればその組織を敵にまわす恐れ
があるというのに、よく引き受けたものだと思う。
彼女はそういった仁義を押し通す性質で、この世界で女ながらに一目置かれる存在であっ
た。
花に例えるなら薔薇か牡丹だった。大輪で華々しく、妖艶で艶やかで。
彼女は伊達を気に入ったようであった。
匿ってもらった時期に、夜に自室に呼ばれて肌を重ねた事がある。
伊達は彼女に自分と同じ匂いをかぎとっていた。
闇の世界の住人で、地獄を見てきた者の瞳をしていた。心の底に果てしれない「負」を抱
えている。ここまでくるのに壮絶な修羅場をくぐってきたのだろう、と察した。
最後に彼女に会ったのは彼女が入院する前である。

珍しく伊達の家に訪ねてきた。
お互い巨大な組の頭となってからは、疎遠になっていたのだ。それなりの歳の筈なのだが、
相変わらず若々しく美しかった。
二人きりで話がしたい、と言い張るので、伊達は桃以外誰も通した事のない自分のプライ
ベートルームに連れて行った。彼女のいつもと違う様子が気になったのだ。
とりとめのない昔話をしていたが、急に黙り込み、自分が入院する事、おそらく助からな
いだろう、という旨を告げた。
「私は怖くないんだけどね…美雪の事が少し心配だわ…」
美雪とは彼女の一人娘の名で、父親は不明である。
「……………」
「榊に頼んであるから大丈夫だろうけど」
榊とは、彼女のもっとも信頼する部下で、彼女の「影」とまで言われている男である。
「……………」
俺も力になる、とは伊達は言わなかった。彼女が望んでいないのは分かっている。
彼女はチラリと奥の和室に目を向けた。一瞬、瞳に炎が宿る。
「今夜は泊めてくれる?」
「…では客室の準備をさせよう」
「この部屋では駄目なの?」
「気にいったのか?」
「…まあね…」
「では、一人で好きに使え」
「…あんたはどうするの?ここはあんたの部屋でしょ」
「別の部屋で寝る」
「……そう……やっぱり帰るわ……」
彼女は立ち上がった。
「私はあんたを気にいっている…あんたは私が寝た中では最高の男だったわ」
「……………」
「私が何も言わないうちに、褥から出て行った男もあんただけ…」
「……………」
見送りを断って彼女は去って行った。

彼女の姿を見たのは、それが最後だったが、声を聞いたのは彼女が亡くなる直前だった。
電話がかかってきたのである。
  来て…私に会いに来て…
  あの薔薇の庭で待っているから…
  分かるでしょ…あの薔薇の庭…
  庭にいるから…裏門から入ってきて…

「伊達組長。よく来て下さいました」
廊下の奥から男が一人歩いてきた。榊である。この日、伊達をここに呼んだのは彼だった。
顔を見るのは、葬式の時以来だが、少しやつれたような印象を受ける。
榊以外の人気を感じないので、他には誰もいないらしい。
「茶でもだしますので、居間にあがって下さい」
「……………」
「さあ、どうぞ」
伊達は居間に入ったが、同じく家具類いは一切なかった。伊達は縁側に立って裏庭を眺
めた。そこには見事な薔薇園が広がっているが、今の季節では枯れた蔦がのびているだ
けの状態であった。
彼女はこの別荘を、この薔薇の庭を愛していた。オアシスのように思っていたのだろう。
娘の美雪と時折ここに訪れては、血に濡れた世界を一時忘れていたようである。
「伊達組長。どうぞ」
むき出しの畳に榊が湯のみを置いた。まだ、ガスや電気は通っているらしい。伊達はあ
ぐらをかいて座り、湯飲みを手にとった。
「今の季節は殺風景でしょう」
前に座った榊は淋しそうな目を庭に向けた。
「うちの親分は、この庭を愛して大切にしていました。知ってましたか?この別荘に連
れてこられた男は伊達組長だけなんですよ」
「……………」
確かに満開の薔薇に彩られた庭は美しかった。
しかし、伊達は好きになれなかった。
色が満ちあふれすぎて…香りが豊満すぎて…目眩を覚える…
薔薇はトゲを持っている。蔦がからみつき、皮膚に食い込み、自由を奪われるような錯
覚を思わせる。
あの日も伊達はそう感じた。
尋常で無い様子を電話の声から感じ取り、この別荘に駆け付けた。
彼女は病院に入院している筈だ。
抜け出してきたのだろうか?らしくもなく、弱気になっているのだろうか?
心配になって来てみたが、裏門の前で伊達は立ち尽くした。
鉄の門には鎖が巻いてある。巻いてあるだけなので簡単に外して中に入れる。それなの
に、伊達は躊躇っていた。
格子状の門なので、すでに咲き誇っている薔薇の庭が見れる。
降り注ぐ陽光の中に輝く薔薇の花。
恐ろしいくらい辺を包み込む薔薇の芳香。
それらのすべてが、伊達は不吉なものに見えた。
何かを感じる……からめとられる…トゲが皮膚に食い込もうとしている…
彼女の声が耳の奥で鳴り響く…
  来て…私に会いに来て…
  あの薔薇の庭で待っているから…
何故、あの日、彼女は俺をここに呼んだのだ?
そして榊も…
伊達は湯のみを茶托に戻して口を開いた。
「どうして、俺をここに呼んだ?」
「…お聞きしたい事がございまして…」
「なんだ?」
「美雪お嬢様の父親は、伊達組長ですか?」
「…違う…」
「本当に…違いますか…?」
「ああ、俺では無い」
伊達が彼女と肌を重ねたのは一度きり。美雪が産まれたのはその二年後である。
「確かですか?」
「確かだ」
「そうですか…」
榊は軽いため息をついた。伊達はそれが安堵からくるものであるのを感じとった。
「遺言で、美雪お嬢様の後見を伊達組長に選んでいなかったのを、皆は不思議がってま
した。親分はあなたに格別の信頼を置いておりましたから…」
「……………」
「…親分は…伊達組長を愛しておりました…」
「彼女に情はあったが、愛しいと思った事はない」
榊の肩がピクリと動いた。
「…親分は…あなたを…殺すつもりでした…」
「……………」
「だから、後見に選ばなかったのです…」
「お前もだろう、榊」
伊達の言葉に榊は驚きの目を向けた。
「お前は俺を殺すつもりでここに呼んだんだ」
「…気づいておられましたか…」
「……………」
「さすが、伊達組長ですね…」
自虐的な笑みを浮かべて、榊は懐から小刀を取り出した。
「お命、頂戴いたします…」


H22.3.10

桃に横恋慕する男の話を書きましたので、いつか伊達も書きたいな〜と思っていま
した。某小説を読んで、一気に妄想がふくらみました(原作を知っている方はイメ
ージを壊してしまってすみません;)
伊達って絶対もてると思うんですよね〜男にも女にも…;
私の腐敗想像で伊達は男塾を卒業したら、世界各地を廻った、ってのがあるんです
が、きっと行く先々でもてたと思ってます;でも、かたぎの女性には手を出さなか
ったような気がする。