※オリジナルキャラが大勢出てきますので、そういう話が嫌いな方はご注意下さい。
※ある小説が元ネタになっております。


歪んだ薔薇 後編   

「あの日、どうしてここに来なかったのですか?」
「………………」
「親分から電話で呼ばれた筈です。薔薇の庭で待っていると…死にかけた女にかける情けはない、
とでも?」
小刀を握りしめ、榊は殺気の滾った目で伊達を睨んでくる。
伊達は彼の視線を正面から受け止めた。
榊が自分を殺すつもりであると、確信していた訳ではない。が、葬式の日に会った時から、彼の
自分を見る目に殺気を感じていたので、ここへの呼び出しを受けた時に予感はしていた。
「ここには来た…だが庭に入らなかった…」
「…何故です?」
「説明出来ん…」
あの時、裏門の前で伊達は立ちつくしていた。
彼女の愛する庭を門ごしに眺めて、伊達が感じたのは「歪み」だった。
自分をからめとろうとしている薔薇のツタの感触を肌に覚える。
携帯電話で連絡をとり、組員に彼女の居場所を突き止めるよう指示した。連絡を待っていると、
彼女は確かに病院におり、今しがた危篤状態になった、と伝えてきた。
伊達は急いで引き返して病院に駆け付けたが、間に合わなかった。
そこに、榊の姿はなかった。
彼女の「影」とまで呼ばれ、常に傍らにいた筈の彼が…
「お前があの日、この庭にいたのか…」
「………………」
「ここで俺を待っていた…だが、現れなかった」
「そうです…」
「俺を殺す為か…」
「いいえ…あなたを殺すのは親分です」
伊達は眉を寄せた。
「親分の薔薇が、あなたを殺すはずでした…」
彼女の愛した、彼女の分身ともいうべき薔薇が伊達を殺す…
伊達はあの日の光景を脳裏に思い浮かべた。
庭の薔薇は一面に咲き誇り、放たれる香りの強烈さに目眩がしてきそうだった。
  来て…私に会いに来て…
  あの薔薇の庭で待っているから…

「罠だな…」
「………………」
「庭に罠が仕掛けてあった…」
「………………」
「薔薇の庭でなければならなかった…毒か…?香りで消そうとしたのか…?」
「正確には門と巻きつけてあった鎖です。あれには青酸カリが塗ってありました」
門を開ける為には絶対に触れねばならない。
青酸カリはほんのわずかな量でも、死にいたらしめる劇薬である。時間はかかるが、皮膚からでも
体内に入ってくる。アーモンドのような香りがするが、それは薔薇の香りで消されたのだ。
「私は後始末とあなた以外の誰かが門に触れるのをふせぐように、と親分に言いつかってここにい
たのです」
「………………」
「何故、親分があなたを殺そうとしたか聞かないんですか?」
「………………」
「あなたを愛していたからです。どうしても自分のものにしたかった…」
彼女は知っていたのだ。伊達の心の中にはすでに誰かがいることを…
それを変える事は不可能なのだと。
伊達の屋敷に訪ねてきた時、彼女は桃の為に作らせた客室を見て、一目で分かったのだろう。
あれは伊達が特別な人の為に作らせた部屋なのだ、と。
このプライベートルームは、伊達が心から大切な人と共に過ごす為の場なのだ。
ここで自分と、時も心も共有するつもりは伊達にない。部屋に通したのは、単なる同情からだ。
彼女ははっきりと分かったのだ。
あの時、彼女の瞳に宿った炎は、嫉妬に狂う夜叉の姿をしていた。
そして、この庭の薔薇にも同じ情念を伊達は感じた。だから、入れなかった。
蔦がからみつき、トゲが皮膚に食い込もうとする。
伊達を欲して、自分のものにしようと待っている彼女の薔薇。
蔦は彼女の腕であり、トゲは彼女の爪である。歪んだ彼女の心そのままに、薔薇は恐ろしいまでに
忠実に分身であったのだ。
彼女と自分は似ている、と伊達は思っていた。
心の底に「負」を抱える…
それは狂気である。
愛する者の命を奪ってまで、手に入れたい、と思う狂気…
伊達は彼女の気持ちが分かる気がした。
自分も同じ「狂気」をもっているから…
「だから、私が伊達組長のお命を頂きます。親分の想いを成就させる為に…」
「………………」
お前も似ているのか、榊?
伊達は心の中でだけ問うてみる。
美雪の父親かどうか聞いたのは、殺す事にためらいを持ちたくなかったからのようである。
ゆっくりと立ち上がり、槍を懐から取り出した。
「伊達組長の道具でお相手して頂けるとは光栄ですな…」
夕刻のうす暗い室内で、伊達と榊は向かい合った。
外でやり合う気はないようだ。
狭い室内の方が自分に分があると榊は分かっているのだ。長い槍は広さに限りのある場所では不
利である。
榊は少しずつ歩を進め、伊達ににじりよっていく。
沈みかけた日が差し込んだ部屋は、血のように紅く染まっている。
榊は伊達に向かって突進して、刀を振り降ろした。
躱している余裕はない程の鋭い手だったので、伊達はいっぱいに膝を折って身を屈めた。刃先が
こめかみを掠めた時、伊達の槍は寸分の狂いもなく、急所を貫いていた。

日が沈み、闇が落ちてきた部屋の中、倒れ伏す榊の身体を伊達は見下ろしていた。
即死だったので、苦しみはなかっただろう。
榊は死ぬ気だった。
銃ではなく、小刀を取り出した時点で伊達に勝てる見込みはほとんどなかった。
伊達に勝てたとしても、おそらく生きているつもりはなかったであろう。
彼女のいない人生など、彼にとって生きるに値しないからだ。
自分のこめかみに伝っている血を拭うと、伊達は居間を出て行った。
後始末は誰かが処理する手筈になっているに違い無い。榊はそういう男である。
玄関に置いてあったヘルメットを取って、家の外に出る。
停めてあったバイクに跨がり、エンジンをかける。
メットの中から、伊達は最後に家を見た

  来て…私に会いに来て…
  あの薔薇の庭で待っているから…
  分かるでしょ…あの薔薇の庭…
  庭にいるから…裏門から入ってきて…

また、彼女の声が聞こえてくる。
…悪いな…俺は行かないぜ…
榊の思いも、殺して迄自分を手に入れたいと願った彼女の気持ちを知っても、伊達の心は動かな
かった。
嫌悪もなければ、情念に対する厭わしさも覚えない。
哀れに思いこそすれ、一欠片の愛しさも沸いてこないとは…
我ながら、その非情さに苦笑する。
どれほど激しい情熱を燃やされようとも、伊達にとって意味はない。
自分の欲するものは、たった一つ…
…俺は、あいつのものなんだよ…
身も心も一人にすべて捧げつくしている…お前が奪うものなど何も残っちゃいないんだ…
だから、そいつのすべてを奪わなければ、俺は決して満足しない…
永遠に不可能だとしても、求め続けずにはいられない…
…悪いが、それは…お前じゃない……

伊達はバイクを発進させた。
前だけを見て、決して振り向かないその後ろ姿に、未練はいっさいなかった。


H22.3.12

私的に伊達は迷いのない男だと思っております。容赦ないっつーか;
お前、もうちょっと躊躇えよ;ってぐらいスパッとしてると思う。
一見、かっこ良く見えたり楽に思えたりするけど、結構悲しい事かも。