シンデレラ?(出会い編)   


「若造!どこにいる!」
金剛寺氏(親)の声が聞こえて、桃はうんざりしながらも返事をしました。
「はい、ここにいます」
「呼んだらさっさと出てこんか!のろまな奴だ」
「はあ〜」
「私達はこれから藤堂家の舞踏会に行ってくる。お前は中国の壺を綺麗に磨いておくように」
「はあ〜」
「清朝時代の貴重なものだから丁寧に扱え」
「……………」
中国の壺とは、昨日金剛寺氏(親)が法外な値段で購入してきた骨董品です。
『あの壺ってにせ物なんじゃないかな〜』
と桃は思いましたが黙っていました。言っても金剛寺氏(親)は聞く耳をもたないだろうし、
怒って怒鳴るだけでしょう。
桃の保護者であった祖父母が亡くなったのは、半年ほど前です。
すると、いきなりこの金剛寺氏(親)が、息子の頼光を連れて、剣家にのりこんできました。
私は遠い親戚だ。まだ桃は未成年だから私が家の一切を取り仕切る
と勝手に決めてこの家を乗っ取ってしまったのです。
その時から桃は跡取りであるにも関わらず、使用人並みにこき使われるようになりました。
自室も追い出され、台所での寝起きを余儀なくされていますが、不幸な境遇に落とされても、
桃は明るく誠実さを失いませんでした。
優しい桃坊ちゃんに他の使用人達は同情しました。
横暴で威張りちらす金剛寺氏(親)は使用人全員から嫌われており、支持率は0%です。み
んな、早く桃が成人して昔の状態に戻る事を願っていました。
「お前はまだ未成年だから連れていかない(息子の頼光も未成年なのですがスルーです)な
により、そんな汚い身なりでは中に入れんだろうがな!」
金剛寺氏(親)は桃のススで汚れた姿を笑いました。台所で寝起きするようになってから、
かまどの灰をかぶるようになったのです。着替えたくても服もすべて取り上げられています。
それを知って金剛寺氏(親)はわざと笑っているのです。
不愉快な笑い声を響かせながら金剛寺氏(親)は玄関を出ていきます。息子の頼光も後に続
きますが、出て行く前にちらり、と桃に目を向けます。目が合った桃はにこり、と微笑みま
した。
それを見た頼光はしかめ顔で出て行きました。
頼光は父親を良く思っていません。内心、浅はかな男だ、と呆れる事も多々あります。
けれど、桃に対して反感のような感情を抱いているので、父親のやっている事にあえて異義
は唱えませんでした。
『あいつは気に入らない…』
桃の微笑みに苦々しいものを覚えながら、頼光は父親といっしょに馬車に乗り込みました。
「あ、金剛寺の旦那様は行ってしまわれましたか?!」
家の奥から執事のお爺さんが駆けてきます。
「うん、もう行ってしまったけど」
桃が答えると執事は額を押さえました。
「どうしよう、スピーチの原稿をお忘れです」
「え?俺が直したの閉会のスピーチかい?」
今夜の舞踏会には政界、軍関係、大企業から多くの人が集まる盛大なもので、その閉会の言
葉を金剛寺氏(親)が行う事になっています。金剛寺氏(親)は大喜びでしたが、あまりに
長過ぎる退屈なスピーチを考えていたので、桃が簡潔にまとめたのです。金剛寺氏(親)は
ブーブー文句を言っていましたが、頼光に「誰が読んでも桃の方がいい」と説得させられま
した。一応、頼光の方が父親よりは利口です。
「別にいいですかね。恥かくのは御本人ですから」
「そうね、たまにはいいんじゃない」
執事や他の使用人達も頷きます。
「そういう訳にもいかないだろう。俺が届けてくるよ」
金剛寺氏(親)の事ですから、後で何を言うか、何をするか分かりません。
「でも、受け付けてくれるでしょうか?追い払われないかしら?」
「なんとかするよ」
「これを使うある」
声に桃が振り向くと、コック長の王大人が小瓶を差し出していました。
「なんだいこれ?」
「飲んでみるある」
「?」
なんだろ?と思いながらも試しに桃は飲んでみました。水のように何の味もしませんでした。
が、いきなり身体の調子がおかしくなって、強烈な目眩に襲われました。
思わず、床に膝をついてしまいますが、しばらくすると治まりました。
なんだったんだろ?
桃が顔をあげると、他の使用人達がポカンと口を開けて見つめています。
「みんなどうしたんだい?」
「も、桃坊ちゃん…そ、その姿は…」
「え?」
自分を見つめると別に何も変わったところは…ん?何か胸が膨らんでない?あれ?あれ?
え!俺の大事なものがなくなってる!?
「桃坊ちゃん、これを…」
渡された手鏡を覗いてみると、そこには黒い瞳が綺麗な女の子が映っていました。
「あれ、これ誰?…って俺?!」
「中国四千年の秘儀。性転換の秘薬ある」
「おい〜勝手に性別変えないでくれよ〜」
「大丈夫ある。薬の効き目が切れれば元に戻るある」
「本当?」
「本当ある」
「俺の大事なものもちゃんと戻ってくる?」
「大丈夫ある。おそらく午前0時ぐらいに効き目が切れるある」
「桃ぼっちゃん、これを着ますか?」
使用人が大きなドレスと靴を持ってきました。舞台役者の友人が、女装する時に使う舞台
衣裳だそうです。
女性になったといっても、桃の身体の大きさは男性だった時と同じなので普通の女性のド
レスでは着れなかったでしょう。
桃はすばやくドレスに着替えました。
「じゃあ、渡しに行ってくるね〜」
「ちょうど、かぼちゃを運ぶのに使っていた荷馬車がありますから、それを使って下さい」
「ありがとう、じゃあ借りるよ。いってきま〜す」
「いってらっしゃ〜い」
変身した桃お嬢様は、かぼちゃを運ぶ荷馬車(略してかぼちゃの馬車)に乗って、舞踏会の
会場に急ぎました。

     *

「どうだ豪毅、お前好みのお嬢さんはいたか?」
「……………」
父親である藤堂氏の言葉に、豪毅は内心ため息をつきました。
藤堂家の大広間では盛大な舞踏会が行われ、華やかな衣裳を身にまとった貴婦人と、各界
の紳士が大勢それぞれ楽しんでいて賑やかでした。
美しい女性の何人かが、豪毅に熱い視線を送っています。
「この舞踏会を開いたのは、お前の結婚相手を見つける為でもあるんだぞ。しっかり捜せ」
「父上、私はまだ結婚などする気はありません」
「そんな悠長な事を言っていると他の者に先を越されるぞ。良い娘程早く売れるからな。
お、あの子はどうだ?美しい子ではないか」
「あれは飛燕といって軍人です」
「そうなのか?しかし美しいの〜」
「では、父上が声をかけたらどうです?」
「ば、ばかを言うな」
「父上もそろそろ再婚を考える時期では?」
「な、何を言っている。儂の事よりお前だ。とにかく、早く結婚相手を見つけだすんだぞ」
そう言って藤堂氏は豪毅から離れました。
「はあ〜」
今度は大きくため息をつく豪毅です。
舞踏会でいきなり結婚相手を見つけろ、なんて無茶もいいところだ、と豪毅は思いました。
世継ぎとしての自覚はあるので、いずれ結婚しなければならないのは分かっていますが、
それなら本当に好きな相手としたいのです。
お互い相手を想い、尊重出来て、いっしょにいると幸せな気持ちになれる人。
それが豪毅の理想です。
家柄が良いのを自慢するだけで、中身のない空っぽな女性を妻にする気はありません。
けれど、舞踏会で見ただけでは、そんな事分かる筈がないのです。
「まったく…親父は無茶苦茶すぎる…」
豪毅は再びため息をつきました。
『少し外の空気を吸ってくるか…』
豪毅はベランダに出る事にしました。
パーティーの喧噪から離れ、ホッと一息つきます。
だだっ広い庭を見ていると、ガサガサと茂みが揺れているのに気づきました。
『なんだ?まさかくせ者が入り込んだのか?』
豪毅は警戒しながら静かに茂みに近付きました。
すると、そこには番犬と戯れる女性がいたのです。
「よしよし、いい子だな」
藤堂家では凶暴な番犬を庭に放っているのですが、その番犬が嬉しそうに尻尾を振って女性
に懐いています。豪毅は少しびっくりしてしまいました。
「あ、こんばんは」
女性が豪毅に気づいて声をかけてきます。
豪毅はドキリとしながらも挨拶をしました。
「こんなところで何をしているのです?」
「何って…」
藤堂家に着いた桃は、正面玄関から入ろうとしましたが、招待状のチェックをしていたので
諦めました。そこで見張りのいない場所を見計らって塀を登り、庭に入り込んだのです。
番犬がうなり声をあげて寄ってきましたが、桃が喉を撫でるとすぐに懐いたのでした。
「いえ、可愛いワンちゃんだな〜と思って。俺…じゃなくて私は動物が大好きなんです」
「……………」
番犬がこんなに懐く姿を豪毅は初めてみました。
「あなたはどちら様です?」
「俺…じゃなくて私ですか…私は…も、桃です」
「桃?」
「あなたは?」
「私は藤堂豪毅です」
「ああ、この家のご子息様ですね。初めまして」
にこりと微笑む桃の笑顔は、まったく媚がなくて清々しいものでした。
豪毅が誰だか分かった途端、目の色が変わる女性ばかり見てきたので、豪毅は新鮮な気持
ちになりました。
「あなたはどうしてここに?主催者の方が会場を離れて大丈夫ですか?」
「…少し外の空気を吸いたくなりまして…」
「そういえば、お疲れのようですね。気分でも悪いのですか?」
「いえ…」
「お飲物でも持ってきましょうか?」
「大丈夫です…」
気さくな桃の態度を、豪毅は意外に感じました。
こんな風に素直に接されるのは初めてです。
見ると自分と同じ年頃でしょうか。黒い瞳が綺麗で聡明な印象に、豪毅は好感を覚えまし
た。
「ちょっと…親父に無茶言われてうんざりしただけです」
「嫌な事を言われたのですか?」
「早く結婚相手を見つけろと…」
豪毅はこんな風にペラペラ話している自分に驚きました。
やけっぱちになっているのか?
いや、違う。どうも、この人になら話してもいい気持ちになっているのだ。でもどうして?
会ったばかりの相手だと言うのに…
「あなたなら、きっと素敵な相手に巡り会えますよ」
「お世辞はいらない」
「本心です。あなたは素敵な方ですから」
微笑みを浮かべた桃の顔を、豪毅は驚いて見つめました。
そんな事を正面から言う人など、今までいませんでした。いたとしても、それは父親の機
嫌をとる為とか、もろにお世辞であると分かり切ったものばかりでした。
でも、目の前の女性は違います。本当に心からそう思っているのです。
『素敵な相手は私よ!』なんてアピールもなく。
何故だか豪毅の胸が熱くなりました。
『あ、そうだ、早いとこ金剛寺氏(親)に原稿を渡さなきゃ』
真っ向から持っていっても金剛寺氏(親)は素直に受取らないでしょう。こっそりポケット
に入れておくのがベストだと桃は思いました。
「では、失礼致します」
立ち上がって歩きだした桃は、ドレスの裾を踏んで転がってしまいました。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です?」
なれない服に扱いが困ります。急いで立ち上がりましたが、身体がふらついてしまいます。
当たり前ですがヒール靴なんて履くのも初めてなので、バランスが取りにくいのです。
「よろしければ掴まって下さい」
「あ、ありがとうございます」
優しく差し出された腕を桃は素直に掴まります。
そのまま大広間の会場へと二人は向かいました。

「冗談じゃねーぜ」
伊達は早足に大広間のフロアを突っ切りました。
やっと、つきまとってくる婦人達から逃れられて、柱の影でホッと息をつきます。
だからこんな舞踏会に出席したくなかったのだ。
今回の舞踏会には軍の将校も全員招かれておりました。
伊達は行く気はまったくなかったのですが、赤石将軍が行けなくなったので、あの藤堂家の
招待で将校を二人も欠席させる訳にはいかない、と軍の事務員に泣きつかれてしぶしぶ出席
したのです。
こんな見掛けだけ華やかで、中身のないパーティーに一体何の意味があるんだ?
伊達はこの舞踏会のすべてがくだらなくて無駄なものに感じました。
けれど、伊達大佐といえば知る者はいない程の猛将で、フロアに現れた途端、伊達は大勢の
貴婦人に囲まれてしまったのです。
中でも派手なドレスに厚化粧でカラス羽の髪飾りを頭につけた女性は、しつこく伊達につき
まとって離れませんでした。
きつすぎる香水の香りに伊達は気分が悪くなってきた程です。
「…まったく…」
フーッと息をはく伊達の目に、大広間に入って来たカップルの姿が映りました。

続?;


H22.4.16

書いてて楽しいシリーズ再び…
王子と将校。さて、どっちとくっつけましょうかね?(笑)