きみといる場所

今、君といるこの場所が好き

町の商店街を歩いていた伊達は、耳に飛び込んできたその言葉に足を止めた。
人通りの多いこの商店街は、様々な雑多音と店から流れるBGMなどがとびかっていて
にぎやかだ。伊達の聴いたその言葉も、一定のメロディーに乗せられていたので、ど
こかの店が流している音楽だったのだろう。
特別音楽に興味がある訳でなく、いつもなら意識せずに聞き流している筈なのに、な
ぜだかそのフレーズだけは伊達の心に止まった。
「伊達〜こっちじゃあ〜!」
人込みの中から富樫が手を振ってこちらに来るよう促す。言われた通り、そちらに向
かって歩を進める。
「人が多いからはぐれんなよ」
富樫の他には虎丸、田沢、松尾、秀麻呂、椿山、J、そして桃がいた。
「飛燕達は来ないのか?」
「後から来るそうだ」
桃の言葉に伊達が答える。
「場所は分かるのか?」
「飛燕がいれば大丈夫だ」
「そうか」
「お、聞こえてきたぞ!」
松尾の言葉に、富樫達の歩く歩調が早くなった。皆の耳にも笛と太鼓の音が聞こ
えてくる。
商店街を抜けたこの先の広場で秋祭りが行われているのだ。皆はそこに遊びにやって
来たのである。すでに大勢人が集まり、商店街より賑やかな様子だった。たくさ
んの屋台が並び、子供達のはしゃぐ声が聞こえ、中央では盆踊りも行われているよう
だ。
男塾のガタイのいい男が数人歩けば、人の注目が集まるところなのだが、今回は祭り
の雑踏と浮かれた雰囲気にかき消されているようで、誰も痛い視線を送ってこない。
「うは〜うまそうな匂いじゃの〜」
虎丸が舌舐めずりをする。
「何から食う、富樫!」
「ばかも〜ん食いもんより先にやる事があるじゃろうが」
「なんじゃ、そりゃ?」
「祭りの定番と言えばこれと決まっとる!金魚すくいよ!」
「金魚すくいかよ〜ちっとも腹のたしになんねーじゃねーか」
「なにお〜さては虎丸、お前金魚すくいがヘタなんじゃな」
「何を言う!俺様の金魚すくいの達人と言われた技をみせてやるわい」
「達人とは俺の事よ。その昔、一度に30匹すくってチャンピオンになったんじゃから
の〜」
「ほほ〜それはそれは、お手並み拝見といこうじゃねーか」
「よっしゃ、勝負じゃ!」
富樫と虎丸のやりとりを桃は微笑みながら見ている。そんな桃の横顔を伊達は眺めて
いた。
「お〜し、俺達は富樫と虎丸、どっちが勝つか賭けようぜ」
「よっし、のった〜」
「わしも〜」
秀麻呂が賭事を持ち出して、これにまっ先に乗ったのは田沢と松尾である。
「椿山はどうする?」
「僕は遠慮するよ。他に行きたいとこあるし」
「何するんだ?」
「ひよこ釣りだよ。可愛いひよこちゃんを救いだしにいってくる」
「へ?ひよこ」
「うん、あの黄色くて小さくてふわふわした可愛いひよこちゃんだよ。あ、あそこに
あるみたいだ。ちょっと僕行ってくるね〜」
椿山は心なしかスキップしながら人込みの中に消えていった。
「あ〜あ、また椿山のペットが増えそうだぜ」
秀麻呂は呆れた口調でつぶやくが、すぐに気を取り直して
「Jはどうする?」
「金魚すくいってのはなんだ?」
アメリカ人であるJは金魚すくいなど知らないだろう。秋祭り自体が初めての経験で
あろうし。
「金魚を紙で出来た網で取る遊びさ。紙が破れたらおしまい」
桃がJの為に分かりやすく説明する。
「伊達は?」
「…止めておく」
「なんならお前も勝負に参加するか?」
富樫が伊達の金魚すくい対決の参戦を誘うが、伊達は一瞬返事につまる。金魚すくい
なる遊びをやった事がないからだ。やった事がないどころか、Jと同じく、今の桃の
説明でどんなものであるか知ったという案配なのである。
「…やった事がねえ…」
「金魚すくいやった事がねえのか?」
「…ああ…」
アメリカ人であるJと違い、日本人である伊達が金魚すくいをやった事がないという
のは珍しい。伊達は好奇と不信の視線にさらされるかと思ったのだが…
富樫と虎丸はガハハと豪快に笑い飛ばした。
「なんだ、それならまかせなさい。儂らが教えちゃるわい!」
「おうよ。俺達の教えを受ければ一発で達人の域に到達するぜ」
日頃、武道の実力で適わない伊達より、自分達が得意とするものがあると知って嬉し
かったらしい。二人は伊達の背中をバンバンと叩く。
「おい、俺は別にやりたいなんて…」
「あ、あそこにあるぞ金魚すくい!」
「よし、行くぞ!ほら、伊達も来いよ。教えてやるからよ」
腕を引っぱり強引に連れて行こうとする虎丸。伊達は助けを求めるように桃を振り返
る。
「いいじゃないか、教えてもらえよ」
桃は無邪気に笑いながらウインクしてみせる。伊達は邪魔くさいのも手伝って逆らう
のを諦めた。
何を言ってもこいつらには無駄だしな…それに…
伊達自身もちょっとやりたい、と思っていたのである。
こいつらに何かを教えてもらうのも悪くない…
「よし、まずは道具の説明からじゃ!」
富樫が差し出す丸い紙の網を持って、伊達は金魚の泳ぐ水槽の前に座った。

数分後…
水槽の金魚をすべてとりつくした富樫、虎丸、伊達の前で呆然としている金魚すくい
の店主がいた。
金魚を塾に持ち帰っても水槽などはないし、飼う気など毛頭ないので金魚はすべて店
に返した。「返す」と言った時の店主の感謝の思いが溢れた顔は一見の価値あり、で
あった。
勝者は伊達で57匹。次手は冨樫で21匹、虎丸は20匹だった。
「お前が俺らより多く取れたのは俺達の教えが上手かったからだぜ。分かってるか、
伊達!」
「はい、はい」
「富樫、金魚があと1匹いたら、絶対お前より勝ってたんだからな!」
「何を言うか〜もっと金魚がいたら、もっと大差で俺が勝っとる!」
富樫と虎丸の言い争いを「くだらねえ」と思いつつも、伊達は自分が笑みが浮かべて
いるのに気付いていた。心の中が満ち足りて温かくなるのは何故だろう?
「なんか食おうぜ!」
秀麻呂は伊達に賭けていたので、田沢と松尾から掛け金をせしめてしたり顔である。
「おう〜そうじゃった、そうじゃったこの腹の虫をなんとかせにゃ」
「桃とJはどうした?」
「あっちで射的やっとったけど、あ、来た」
人込みをかき分けて、桃とJが皆に近付いて来る。Jは大きなぬいぐるみを抱えていた。
「それどうした?」
「…もらった」
射的で大当たりをしてもらった景品なのだが、正直、どうしたものかと悩んでいる。
その時、
「あ、大きなぬいぐるみだ〜いいな〜」
と、Jの抱える熊のぬいぐるみをうらやましそうに見つめる男の子がいたので、Jはそ
の子にぬいぐるみを差し出した。男の子は驚いて一瞬ためらったようだったが、喜ん
でぬいぐるみを受け取って走っていった。
「フフ、良かったなJ」
「ああ…」
「おーいJ、アメリカンドッグあるぞ〜好きか〜?」
「アメリカンドッグって犬の種類か?」
「桃と伊達は何食う?」
「なんでもいいぞ。飲み物買ってこようか。何がいい?」
桃の問いに皆は俺はビール、芋焼酎、日本酒、などと次々に声がかかる。桃は注文に
答えるべく、伊達と共に買いに出る。
「ガクラン着てるから酒は売ってもらえないかもな」
「大丈夫だろ」
「睨みきかそう、とか考えてるんじゃないか?伊達」
「…………」
「駄目だぞ。寮に帰れば酒はあるんだから」
「じゃあ、どうする?」
「ウーロン茶でも買うさ」
「あいつら文句言うぞ」
「たまには素面もいいだろ」
伊達としては一杯ひっかけたいと思わないでもないが、桃のいうとおり、たまにはいい
か、という気分でもある。
周りを見渡すと人込みの多さが改めて分かるが、不思議と不快ではない。赤、黄色、青、
といった鮮やかな提灯の明かりの中、響き渡る人々の笑い声と囃しの音。秋になるとい
つも見られる光景なのだろうが、伊達には縁遠い世界であった。
自分の背後をたくさんの人が通るのに苛立ちはない。昔の自分では考えられない事だ。
隣を歩く桃を見ると、先に渦巻きがついた細長い棒を銜えている。
「?」
伊達がなんだろう?と眺めていると、ピーと笛に似た音と共に、先端についている渦巻
きがカメレオンの舌みたく、びろっと伸びた。
「な、なんだそりゃ?」
「吹き戻し、ていう玩具さ。さっきの射的でもらったんだ。息を吹き込むと伸びるんだ
ぜ、おもしろいだろ。伊達もやってみるか?」
「いらん…」
「そう言わずに」
「いらん」
桃が伊達に向けて息を吹いたので、吹き戻しの先端が伸びて伊達の頬に当たる。
「おい…」
「フフ、こういう使い方もある」
まぶしいくらいの桃の笑顔に、伊達の口元も弛んでしまう。それを見た桃は
「伊達は笑うと可愛いな」
「な…」
「もっと笑ったらいいのに」
「…………」
事もなげにさらりと言う彼の言葉。自分の心がどれほど揺さぶられているか桃は知って
いるのだろうか?
 君といるこの場所が好き
商店街で聴いたあの言葉を思い出す。
あれは自分の心境を表した言葉だったのだ。だから、心に止まったのだ。
以前、酔ったいきおいで、桃に俺の過去は気にならないか、と尋ねた時があった。桃は
「過去がどうであれ、伊達は伊達だろ」
と答えた。さらりとなんでもない事のように…
この場所が好きだ…皆のいるこの場所が…
伊達は桃の銜えていた偽カメレオンの舌のおもちゃを奪い取ると、替わりに自分の唇を
そこに落とす。
てっきり伊達も玩具で遊ぶと思っていた桃は驚いて目を丸くしている。
分かっている…この場所は永遠じゃない。いつか離れなければならない日が来る。
大きな広い世界に旅立つ桃を誰にも止める事は出来ない。それは自分も同じだ。
俺も旅立ちを決意する時が来る。
けれども、今、確かに自分はこの場所に立っている。この男の側に…
人の多い場所で唇を奪われて恥ずかしいのだろう、桃は微かに頬を赤く染めている。
伊達はその頬をかすめて、もう一度…
「…伊達…前が見えない…」

生きていれば、また会えるだろう
いつかまたここで…

                           


H20.9.12

某アーティストのライブで聴いた曲に感激して書いてしまったお話です;
本当にいい歌なんです〜