desire for monopolization

「え、ゲスト出演?」
「ああ、あの番組の特別編にゲストで出る事になったんだ」
夜、香藤と岩城はお互いの仕事の話をしていたが、岩城は人気のある刑事物の
TVシリーズにゲストで出ることになったと香藤に話した。
「へ〜あれ、すごい人気だもんね。もうシリーズ3弾目だったっけ?どういう
役なの?」
「主役二人の先輩で犯人の昔の親友って役だ。おもしろそうだろ」
「そうだね。内面の演技とか要求されそうだね。やりがいありそう」
「ああ、俺も楽しみだ」
「脚本は林先生なの?」
「ああ」
「となると、プロデューサーは安藤プロデューサーか」
「あ、ああ、そうみたいだな………」
「安藤プロデューサーありきのシリーズだもんね。しかし、ひっぱりだこだね
安藤プロデューサー」
「う、うんそうだな………」
「何?どうしたの岩城さん?歯ぎれ悪くなっちゃて?」
「そ、そうか?ただ…ちょっと苦手だなって思ってな………」
「あ〜、あんまりいい評判聞かないね。顔とプロデューサーとしての腕はいい
けど人間的にはちょっと問題ありらしいしって。ま、気にしなきゃいいんじゃ
ない?」
「そうだな………」
岩城は少し不安気な表情をしていた。そんなに嫌いなのだろうか?と香藤は思
った。
「いつ撮影に入るの?」
「明後日からだ。緑川スタジオで前半撮影してあとは街中でロケの予定」
「明後日緑川スタジオなの?!俺もだよ!」
「お前のとこもか?偶然だな」
「ほんと、会えたりしないかな?」
「無理だろ、大きいスタジオだし、楽屋も離れてるだろうし」
「電話しようかな〜今から人気の無くなった衣装部屋に来て!な〜んつって」
「ばか、俺は絶対行かないぞ、第一時間が合う訳ないだろ」
「ちぇ〜」

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「お疲れさま〜」
「どうも、お疲れさま」
「お疲れさま」
後日、緑川スタジオでの撮影が行われ、香藤の撮りが終了したのは午後10時
過ぎであった。
『思ったより早く終わったな〜、岩城さんはもう外の撮影に行ってるだろう
な〜』
と、考えながら香藤は楽屋で私服に着替えていると
「あ!」
衣装の服のポケットに携帯を入れていたのを忘れていた。急いでスタイリスト
さんを探す。
「あ、いたいた、宮沢さん〜」
「どうしたんですか?香藤さん?」
「ごめん、さっき俺が着てた衣装どこ?ポケットに携帯入れ忘れてたんだ」
「まあ、そうでしたの?大変、あれクリーニングにかけるんで地下の衣装置場
に直しちゃいました。急いで取ってきます」
「いいよ、いいよ、俺自分で取ってくるから。地下だね」
「ありがとうございます。番号はB-5です。その場所に吊るされていますから」
「分った、ありがとう」
香藤は地下の衣装置場に向かった。

「え〜とB-5、B-5……お、あった」
衣装置場は巨大な倉庫で何百、何千枚という衣装がハンガーに吊るされている。
人もおらず、少々薄気味悪かった。
『早く衣装見つけて帰ろう』
たくさんの衣装の中から、今日着ていた服を見つけた時、誰かが部屋に入って
来る音が聞こえた。
「一体なんの用だ。こんな所に連れて来て!」
「ここなら、誰もいませんから話を聞かれません」
いるんですけど〜と香藤は思ったが、いきなり出て行く訳にも行かず、じっと
なりをひそめる事にした。
「何の話だ!」
強気のあきらかに怒っている口調の男とオドオドした口調の男。
怒っている方の男の声には覚えがあった。
衣装の隙間からちらりと覗いてみると、やはり安藤プロデューサーであった。
もう一人は多分彼のマネージャーの田中とかいう名前の男である。
どうしたのだろう?安藤プロデューサーがまた誰かとトラぶったのだろうか?
感じの悪い彼は、よく大物俳優などと衝突し、もめごとを起こしたという話を
しょっちゅう聞く。
「岩城京介の事です………」
マネージャーの言葉に、思わず香藤は息を飲んだ。
「岩城?彼がどうかしたのかな?」
「安藤さん、もう彼にちょっかいかけるのは止めて下さい。これ以上モーショ
ンが過剰になるようでしたら、いずれ噂がたちます」
『なんだと!?』
香藤は言葉を失った。
モーションだと!?まさか、この安藤プロデューサー、岩城さんに何かしたんじゃ
ないだろうな!?
突然のことに驚いた香藤だったが、二人はそんな香藤の存在に気付かず、話を続
ける。
「…彼ね…全然つれなくてな〜。冷たくあしらわれるんだが、そういう態度とら
れると余計燃えてくるんだよな〜」
「安藤さん………」
「ああいう男前のくせにあそこまで純粋ってのはこの世界じゃ珍しい。それに、
お前は女しか知らないから分からないだろうが、岩城京介は相当いいぜ」
『何!』
安藤の下卑たいい様に怒りが沸き上がるが、香藤は必死にそれを押さえた。
「ヘタするとそこらへんの女よりいいだろう。香藤洋二だけとはもったいないね〜。
結構男泣かせの身体だと思うが」
「安藤さん…あなたがバイなのは、まだ知られていないんですから、気をつけて
下さいよ……」
「しかしな〜せっかく俺のプロデュースする番組に来てくれたのに、これを逃が
すテもないだろう」
「とにかく、自重して下さい。こんな事、世間に知られたら、ヒンシュクもので、
仕事もほされてしまう可能性がありますから」
「ははは、大丈夫だって。俺は今一番売れてるプロデューサーだぜ。ま、いちお
う人の目は気にしておこう」
「安藤さん………」
「そんな顔するな。田中は心配性だな」
マネージャーはあきらめ顔でため息をついた。これ以上話しても無駄だと悟った
らしい、早々に衣装置場から安藤を連れて出て行った。残された香藤は怒りの為
に握りしめた手が震えていた。
『ふざけるなよあの野郎。岩城さんをまるで物のように言いやがって………』
安藤は岩城の身体が目当てで、決して岩城に惚れているのではないのだ。
そして、自分の立場を利用して、何度か岩城にせまったのだろう。
彼の事を話した時の不安気な岩城の様子もこれで説明がつく。
何度出て行って殴ってやろうと思った事か。
しかし、岩城の顔が頭の中に浮かんできて、必死に堪えたのである。ここで、も
め事を起こして一番辛い思いをするのは彼なのだから。自分が原因であるという
事はすぐ察しがつくだろうし………
『岩城さんは俺のものだ!誰にも渡さない!どんな奴だろうと指一本だって触れ
させない!』
「そうだ、どんな奴にもだ………」
香藤は知らずに気持ちを口にだしながら、更に手を強く握りしめるのだった。

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その夜、香藤のベッドにはぐったりした岩城が眠っていた。
隣で上半身を起こして眠っている岩城を心配気に香藤は見つめていた。
『無理させちゃったかな〜』
今夜は、帰ってきた岩城を香藤はうむを言わさずベッドに連れて行き、激しく
抱いた。
あんな話を聞いてしまったが、岩城に問いただすのは彼が辛くなると思いやめ
たのだ。
岩城が自分に心配させまいと黙っていたのは分かるが、つい傷つける言葉を言
いそうで自信がなかった。
だから、つい言葉でおさえた反動だろうか、激しく抱いてしまったのだ。
『香藤、もう…やめ……』
そう言いながら、岩城の頬が涙で濡れても押さえられなかった。
岩城の身体に自分を刻みつけたかった。全身に、触れていないところなど、ど
こにもないぐらいに………
自分のものだという確信が欲しかったのである。
「ごめんね、岩城さん………」
香藤が優しく岩城の髪をかきあげた時、床に投げ出された岩城のジャケットの
ポケットの携帯が目に入った。
バイブにしているらしく音はでないが、着信ランプが点滅している。
『誰からだろう?』
こんな時間にかけてくるとは、もしかしたら、清水さんから仕事の緊急連絡か
もしれない。かといって岩城を起こすのは可哀想だと思った香藤は自分がでた。
「もしもし、岩城です」
清水さんでない場合を考えて岩城を名乗った。すぐに間違えましたと切られて
もややこしい。
『あ、岩城君かい?安藤だけど………』
声を聞いた途端、香藤の全身から怒りがこみあがる。
『明日の収録の後なんだが、時間あるようなら、ちょっと付き合わないかい?』
「安藤プロデューサー…香藤です。ご無沙汰してます………」
かなり語尾が低くなる。
『………香藤君か…岩城君はどうした………?』
「眠ってますので、ご用でしたら俺が伝えますけど………」
『いや、いいよ、遅くに悪かったね。じゃ……』
「俺が聞くと何か都合が悪いんですか?」
香藤の喧嘩を売るような口調に安藤も気付いたらしい。態度が挑発的なものに
変わった。
『別に、君が聞いたって構わないが、岩城君と直接話したいと思ってね』
「なぜです………?」
『彼の声が聞きたいからだ。好きなんだ、彼の声が。もちろん声だけではな
いが』
「………どういう意味です?」
『そのままの意味だよ。君も分ってるんじゃないか?』
「………岩城さんは俺のものです。誰にも渡さない………」
『そんなの誰が決めた?君か?随分自己中心的だな。恋愛はもっと自由なもの
だろ?君に岩城君を縛る権利があるのかい?』
我慢も限界だった。香藤はベッドに眠る岩城の上に覆いかぶさった。
「岩城さんは俺のものだ、証拠聞かせてやる」
そのまま携帯を岩城の頭の上に置き、纏っていたシーツを跳ねのける。
「岩城さん………」
「ん………」
眠る岩城に深く口付け、胸を愛撫すると、次第に岩城の意識が戻ってきた。
「…あ…ああ……」
足を抱え上げ、まだ濡れているそこに香藤は自分を沈めた。
「うあ!」
あまりの衝撃に意識が一気に覚める。
「か、香藤……やめ……もう……ああ!」
激しく揺さぶられ、岩城の瞳からまた涙が溢れた。
声をもっと聞かせようと、香藤はつながったまま岩城の身体を後ろに向ける。
「ああ!!」
濡れた自分の内の香藤が蠢く。
岩城は苦しい程の快感に包まれて、香藤以外何も感じられなかった。
「あ…ああ……ん……」
「岩城さんいい?」
「………ん…い…いい……香藤……」
「…俺も………」
二人は一つになったまま意識を飛ばした。
息をついた香藤は携帯を取った。
「どうだ分ったか?」
『………………』
相手は無言だったが聞いていたのは息を飲む様子で察しがついた。
「岩城さんは俺のものだ。誰にも渡さない。これ以上お前が岩城さんにちょ
っかいだしたら、俺は何をするか分からないぞ。分ったな」
香藤は言い捨てるとさっさと電源を切り、サイドテーブルに置いた。
隣で岩城はまだ肩で息をしている。
「岩城さん………」
「……………」
「岩城さん……大丈夫?………」
「……香藤……お前は…俺を殺す気か………」
「……ごめん…………」
辛そうな岩城の姿を見て香藤の心は痛んだ。でも、どうしても我慢できなかっ
たのだ。
そっと岩城を抱き締め胸に顔を埋める。
「……まったく……お前は………」
岩城はしょうがない奴だ、といった感じで香藤の髪を撫でてやった。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「……ううん……ただ…………」
「ただ……?」
「不安になって確かめたくなったんだ…岩城さんが俺のものなのか………」
「ばーか、そんなことか?」
「だって………!」
香藤は思わず顔を起こした。
「俺はお前のものだ。この先何があろうとな………」
「岩城さん………」
「お前も俺のものなんだろう?」
岩城の言葉に香藤は大きく頷いた。
「うん。俺は岩城さんのものだよ。岩城さんだけのものだよ。これから何が
あろうと」
「香藤、お前さっき何か話してたのか?」
意識が朦朧としていた岩城はその内容まで分からなかったらしい。
「うん、おまじないだよ」
「おまじない?」
「岩城さんに悪い虫がつかないようにってね」
「ばか………」
二人は微笑み合い、抱き合ったまま眠りに落ちていった。
『そうだね、俺が岩城さんのものであるのと同じくらい、岩城さんは俺のものなんだね』
『俺はお前のものだ』
岩城のくれたその言葉はまるで呪文のように香藤の心に安らぎを与えてくれた。
香藤は岩城を抱き締める手に力を込めて、やすらかな眠りについた。