岩城京介…人間の悪魔祓師。胸に『名も無きもの』の印を持つ為、下級悪魔
程度は手がだせない。
香藤洋二…元天使で『名も無きもの』。ルシファーの双児で彼に匹敵する力
を持っていたが、岩城を愛し、人間になる。
アスラン…人間の情報屋。悪魔に対しても天使に対しても中立を貫いている。
ニーソン牧師…岩城の恩師で故人。対悪魔用の武器を開発していた。
トマス神父…ニーソン牧師と対悪魔用の武器を開発していた神父。実はハーフ
ブリッドで今は天国に還っている。

ジェフ…警官で香藤の友人
エルンスト氏…ケルベロスの4人目の犠牲者
ペガサス(チビ)…白い小さな犬。セーラ・コールマンの飼犬で岩城と香藤に拾われる
セーラ・コールマン…18歳ペガサス(チビ)の飼主。行方不明
マイク・コールマン…21歳セーラの兄。素行の悪い不良

要注意!
今回のお話はかなり残虐なシーンや描写を書く予定ですので、それらが苦手な
方は決して読まないで下さい;;

         名も無きもの ―ケルベロスの牙 3―

「俺はこのペガサスの飼い主であるセーラ・コールマンの事件を担当しているんだ。忙し
くなるからこのリストの奴らの安否確認はお前が自分でやってくれ。ほれ、これ住所だ」
 と言ってジェフは秘密結社のメンバーの住所が書かれた紙を香藤に手渡した。
「あ、それと、エルンスト氏だが鑑識がおもしろい事を発見したぞ」
 もう一人の婦人警官に聞こえないように小さな声で香藤に話しかける。
「なに?」
「靴の裏と着ていたズボンの裾に白いペンキが付着していたそうだ。それと手にもな」
「どういう意味なんだろ?」
「さあてな。とりあえず教えておくぜ。じゃあ、邪魔したな」
 そう言うと二人の警官は帰っていった。岩城と香藤は別々に行動して一人ずつ訪ねて
いく事にした。チビも気になるが、とりあえず後回しにするしかないようである。
「…心配だな…虐待されたりしなきゃいいんだが…」
 岩城が寂しそうな瞳をして呟く。
「大丈夫だよ、あいつ頭いいからきっと戻ってくるよ。でもどこに行ったんだろう?」
「もしかして、飼い主であるセーラ・コールマンを探しに行ったのかも」
「あ、そうかもしれないね…そのセーラさんって大丈夫なのかな?」
「なんとも言えないな…調べてみるか。兄のマイク・コールマンが4人目の犠牲者となっ
たエルンスト氏と懇意にしていたとしたら、どこかでつながりがあるかもしれない」
「うん、気になるもんね。じゃあ俺はここから地下鉄で行くから」
「ああ、三時間後にいつものカフェで落ち合おう。何かあったら連絡をくれ」
「分かった。気をつけてね」
「お前もな」
 二人は別れ、それぞれの担当したメンバーの確認に急いだ。

「亡くなった…?」
「はい、旦那様は一ヶ月程前に心筋梗塞でお亡くなりになりました」
 4人目のメンバーの家に辿り着いた香藤は、玄関に出てきたメイドの女性から話を聞
かされ呆然とした。
「一体いつ、どこで亡くなったの?」
「それは…私は詳しくは存じませんので…」
「知っている事だけでいいんだ。話してくれない?」
「も、申し訳ありません。何もお答えできませんので…」
 香藤の目の前で扉は閉められ、それきりどんなに呼ぼうとも開かなかった。
「どういう事なんだ…」
 香藤の口から言葉が洩れる。その時、携帯が鳴り、みると岩城からだった。
「岩城さん、何?」
『…そっちはどんな具合だ?誰かに会えたか?』
「…それが…誰とも…俺が訪ねたメンバーは全員亡くなってた…ケルベロスにやられた
んじゃなくて、心臓発作とか脳梗塞でって話してるけど、なんか様子が変なんだよね〜。
痛い腹探られたくないって感じで」
『お前のとこもか…』
「じゃあ、岩城さんの方も?」
『ああ、一人を覗いて、この一ヶ月の間にみんな死んでる。同じように病死という話だ
が、詳しく話したがらない。どうも病死というのは嘘のようだ』
「ケルベロスにやられたのかな?」
『可能性はあるな…世間体を恐れて隠しているのかも…』
「じゃあ、警察が発表した4人と俺達が調べた7人で合計11人がケルベロスの牙にかかっ
たって計算になるね」
『12人中11人が亡くなっている…これは偶然じゃなく、あきらかにメンバーを狙っ
ているんだ…』
「残っている一人っていうのは誰?」
『ニック・ジュドーという男で旅行中で留守だと言われた…本当かどうか分からない
が…』
「13人目は分かった?」
『いや…今のところ手がかりも無しだ…』
「これからどうする?」
『…エルンスト氏の遺体が発見されたっていう公園に行ってみよう…』
「分かった。じゃあそこで合流しようか」
 エルンスト氏の遺体が発見されたのは郊外にある人気のない大きな公園であった。
そこの入り口で岩城と香藤は待ち合わせて合流した。
 平日の昼間だが、犠牲者の遺体の発見場所という事もあってか誰もいない。
 ゴルフ場のような芝の広場があり、池とその回りを木々が取り囲んでいる。鳥の
さえずりが聞こえ、悲惨な事件が合った場所とは思えない程なごやかな空気だった。
香藤と岩城はその公園の中をあてもなく歩きだした。
「これだけメンバーがやられているんだから、自分も狙われると分かっていただろ
うに。何故、夜にこんな人気のない所に来たんだろう?」
「きっとどうしても行かなきゃいけない理由があった。きっとここに何らかの手が
かりがある筈…ん?あれはなんだ?」
「え?」
 岩城の見ている方角に目を向けた香藤は、木々の間から見える小さな屋根に気が
ついた。
「なんの建物だろ?」
「行ってみよう」
 二人は建物に近付いていくと、それは小さな教会である事が分かった。今は使わ
れていないらしくかなり朽ち果てている。窓ガラスはすべて割れ、室内の備え付け
の椅子も壊されて跡形もない。おそらく浮浪者が薪をするのに取っていったのだろ
う。
「何もないね」
「そうだな…打ち捨てられて大分たつみたいだな」
「ここらへんにマリア像とか飾られていたんだろうけど…あれ?」
「どうした香藤?」
「この辺りだけ床にほこりがないんだ…」
「なんだって?」
 岩城も香藤といっしょにしゃがみこんで木の床を見てみた。すると、確かに香藤
の言うとおり、その辺りの四角スペースだけほこりをかぶっていない。
 香藤がその床の部分をいろいろ触ったりして調べていると、ある部分がへこんで
いるのを見つけた。手の指をいれるのにちょうどいい大きさである。
「よいせ」
 香藤がそこに手をいれて思いきり上にあげてみると、その四角のスペースだけ床
が持ち上がり、その中には地下に続く階段があった。香藤と岩城は顔を見合わせ、
無言で階段を降り始めた。
 階段をすべて降りきると上からの光が届かない為、まっ暗で何も見えなかった。
香藤がライターをだして火を灯すと、奥へとのびる狭い廊下があるのが分かった。
「岩城さん…」
「調べてみよう…」
「迷路みたいになってない?」
「左手を壁に伝わせていけば大丈夫だ。危険だと思ったら引き返そう。銃は持って
るな…」
「…持ってる…」
「…すぐに撃てるようにしておこう」
「うん…」
 岩城と香藤は慎重に歩を進めたが、1本道ですぐに大きな部屋に出た。
「なんだろう、この部屋」
「香藤、燭台があるぞ。この蝋燭に火を灯してくれ」
「うん」
 蝋燭の明かりになったので部屋の中の様子を知るのが楽になった。天井の高い広
い部屋で祭壇とおぼしきものがあって、まるで教会が礼拝場所を地下に移したかの
ようであった。だが、その部屋にはマリア像もキリストの十字架もなく、壁には絵
どころか壁紙も張られていない。床はコンクリートで、ところどころ蝋燭とロウの
ドス黒いシミが落ちている。
「…血の痕だな…」
「え?じゃあ、ここでエルンスト氏が襲われたとか?あ、でも遺体の様子からじゃ
この程度の血痕じゃすまないか…」
「エルンスト氏の事は分からないが、この雰囲気は以前にも見た事がある。おそら
く黒ミサが行われていたんだろう。生け贄の鶏などの血だと思う」
「あの秘密結社が?」
「だろうな…香藤、見ろ、この辺り一帯の床…白いペンキが塗られている」
「え?ペンキ…」
「最近塗られたようだな…まだ湿っている…」
 日もささない湿りきった地下では、ペンキなどすぐに乾かない。無臭らしく鼻を
つくようなシンナー臭はないが、ペンキ独特の埃っぽい空気が漂っている。岩城が
部屋の隅に燭台を向けると、空になったペンキの箱が照らしだされた。
「ジェフがエルンスト氏の靴とズボン、それに手に白いペンキがついている、って
言ってたよ」
「ではこのペンキを塗ったのはエルンスト氏か…歩いただけならズボンにつく事は
ないからな」
「ペンキを塗る為にこの人気のない場所にわざわざ来たの?命を危険にさらしてま
で?」
「…床にあった何かを消そうとしたようだ。はけが使われた痕はないから、塗った
というよりかけまくったんだな」
「何が書かれていたんだろ?分かる方法ないかな?」
「…香藤、壁際まで下がってくれ」
 岩城の言うとおり香藤は壁際まで下がった。岩城も反対側の壁までさがり、ポケッ
トから聖餅をとりだした。それを細かく砕くと、ペンキの塗られた床にまんべんなく
落していった。
「岩城さん、何をするつもりなの?」
「床に何が書かれてあったか分かるかもしれない。だが、浮かびあがるのは一瞬だ
からお前もしっかり見ておいてくれ」
「うん、分かったよ」
 岩城は聖水の入った小瓶も取り出し呪文を唱えた。唱え終わると水を床に蒔き散
らすが、水が落ちた瞬間から床が輝きだして文字のような紋様のような何かが浮か
びあがってきた。急いで蝋燭の火を吹き消す。
「見えてきたぞ、香藤。覚えておいてくれよ」
「分かってるよ……こ、これは…」
 光とともに浮かびあがったものを見て岩城は驚愕した。するどい痛みが沸き上がり、
無意識に胸元を押さえてしまう。そこに書かれてあったのは岩城の胸についた刻印と
同じ紋だったからである。
 輝いているそれは不吉な予感を沸き出させ、あっという間に消えていった。
 光りが消え、辺りは闇と沈黙に包まれた。
「…どうして…あの紋が…」
 香藤はライターに火をつけて岩城に近付いた。岩城の顔色は真っ青で微動だにもし
なかった。彼の持っていた燭台を取って、蝋燭に火をつける。
「…岩城さん?大丈夫?」
「……あ、ああ……」
「…俺の紋様…だったね…」
「………いや………違う……」
「でも、あれは……」
「本当に違う……俺も最初は同じかと思ってびっくりしたが……よく考えるとあれは
鏡像だった……」
「え?じゃあ……」
「……ルシファーの紋だ………」
「……じゃあ、あの秘密結社の奴らが信仰していたのはルシファー?」
「おそらく……」

「訳が分からなくなってきたよ……崇めたて祭っていたのがルシファーで、エルンス
ト氏はその印を消そうとして、ケルベロスに殺されて……どうなってるの?だいたい
何故あの紋が…」
「……アスラン……だな……彼が金であの紋を秘密結社に売ったんだろう……」
「……あいつ…どうりで秘密結社の話を教えてくれた訳だ。自分が売ったブツのせい
で不祥事があったんじゃないかと多少罪悪感覚えたんだ」
「……だろうな……」
 岩城の顔色はまだ悪かった。
「岩城さん……出ようか……」
 香藤は手をのばして岩城の肩に触ろうとしたが、途端に岩城の身体が飛び跳ねる。
お互いハッと息を止めた。
「…す、すまん……」
 バツが悪くなった岩城は足早くに部屋を出ていった。ひと呼吸して香藤も後を追
う。
 まだ、自分に対する警戒心が岩城の中から完全に消えてはいないのだと、思い知
らされた気分である。
『岩城さんは、まだ俺を許していないんだ……』
 表面上では心を許しているようでも、きっと心の奥底には自分に対する恐れと憎
しみがあるのだろう。香藤はいつまでも待つつもりだが、気持ちとしては落ち込ん
でしまう。
『でも、俺は後悔してないよ…』
 あの時、岩城に印を刻まなければ、魔物のえじきになるのは目に見えていた。そ
れを阻止する為なら、自分は何でもできただろう。例え、一生岩城に憎まれる事に
なろうとも、実行していただろう……
 真っ暗な廊下を歩きながら、岩城は落ち着きを取り戻そうと軽く首を振った。し
かし、まだ胸に刻みつけられた印が熱く燃えている。
 態度に出てしまった香藤への複雑な思い……
 香藤が憎い訳ではない……
 むしろ、かけがいない人で側にいてくれる事に感謝しているというのに……
 何故、あんな態度をとってしまうのだろう……
 彼に触れられると、身体が硬直して…怯えを感じる自分がいる……
 岩城はなによりも一番自分の気持ちが分からなかった。
 地上に通じる階段を上り始めた岩城は、人の言い争う声を聞いて眉を寄せた。
 顔を出すと、教会の中に二人の男がおり、怒鳴りあっていた。二人ともこちらを
見ていたのでその男達と一発で目が合う。二人は一斉に逃げ出した。
「待て!」
 岩城は急いで男達の後を追う。
 地下から出てきた自分を不思議に思わず、逃げ出したという事はこの隠し通路の
存在を知っていたに違い無い。秘密結社の生き残りか、もしかしたら13番目の人物
の可能性もある。なんとしても正体を突き止めなければ。
 だが、二人は公園内は車乗り入れ禁止であるにも関わらず、近くに駐車しており、
岩城が追い付く前に車に乗り込んでしまった。
「くそ!」
 岩城はポケットからある物を取り出し、車めがけて投げ付けた。それはうまくナン
バープレートの端にくっつき、車は発車した。
 遠ざかる車を見つめながら息をついていると、香藤が走りよってきた。
「岩城さん、一体何があったの?」
「男が二人、地下から出てきた俺を見て逃げ出したんだ。秘密結社の奴かもしれない」
「顔は見たの?」
「一瞬な。知らない顔だったが車に追跡装置を付けたので、これで誰か分かるだろう」
「やるね〜岩城さん」
「ばか、とにかく気付かれぬように尾行しよう」
「OK」
 追跡装置によって二人は男達の乗った車の後を簡単に追跡する事ができた。
 一人は森の中にある別荘風の家で降り、運転者は大きな屋敷の中に入って行った。
その屋敷の門には『コールマン家』と書かれてあり、岩城と香藤は逃げて行った男の
一人がマイク・コールマンである事をつきとめた。

   

テュポン
テュポーンともテュポエウスともいう。大地の女神ガイアがティターンの
復讐のために生んだ怪物。
その下半身は蛇のように長く、1000の顔、羽の生えた胴体を持ち、ラ
イオンのように凄まじく吠え、目からは炎を放った。テュポンが攻めてき
た時、神々はあまりの恐ろしさに動物に姿を変えて逃げたと言われている。
だが、ゼウスによって山で押しつぶされ、タルタロスの奥底に幽閉されて
しまう。そこでテュポンは全ての風の父となった。
荒々しい風(台風=typhoon)の語源でもある。
エキドナとの間にキマイラ、オルトロス、ラドン、スフィンクス、ケルベ
ロスなどの怪物を生み出している。

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