岩城京介…人間の悪魔祓師。胸に『名も無きもの』の印を持つ為、下級悪魔
程度は手がだせない。
香藤洋二…元天使で『名も無きもの』。ルシファーの双児で彼に匹敵する力
を持っていたが、岩城を愛し、人間になる。
アスラン…人間の情報屋。悪魔に対しても天使に対しても中立を貫いている。
ニーソン牧師…岩城の恩師で故人。対悪魔用の武器を開発していた。
トマス神父…ニーソン牧師と対悪魔用の武器を開発していた神父。実はハーフ
ブリッドで今は天国に還っている。

ジェフ…警官で香藤の友人
エルンスト氏…ケルベロスの4人目の犠牲者
ペガサス(チビ)…白い小さな犬。セーラ・コールマンの飼犬で岩城と香藤に拾われる
セーラ・コールマン…18歳ペガサス(チビ)の飼主。行方不明
ニック・ジュドー…悪魔崇拝者メンバーの生き残り

要注意!
今回のお話はかなり残虐なシーンや描写を書く予定ですので、それらが苦手な
方は決して読まないで下さい;;

         名も無きもの ―ケルベロスの牙 4―

 香藤はコールマン家の屋敷の前で、車の中から出入り口を見張っていた。
岩城も公園で逃げたもう一人の男の家の前で同じように見張っている筈で
ある。そこは森の中の家で、ニック・ジュドーという秘密結社の生き残りの
物だと調べはついていた。やはり、旅行中というのは嘘だったのだ。隠れて
いるらしいが、それはケルベロスから身を守る為だろう。
 見張りについてからかなりたつが、動く気配はない。夜もかなり更けてき
て、通りは人も車もほとんど通らなくなっていた。
 時間をもてあました香藤は紙を取り出し、今までの事件のあらましをざっ
とおさらいしておく事にした。
「えっと〜まず発端は悪魔信仰者達が、黒ミサを行っていた事からだな…」
 彼等は金でアスランからルシファーの紋章を買い取り、なんとか召還しよ
うとしていたらしい。
 だが、彼等の中にそれ程の能力を持った者などおらず、召還は失敗してい
たとみられる。第一、魔法陣ならいざ知らず、紋だけで地獄の悪魔を、しか
も魔王クラスの悪魔を呼ぶなどできる訳が無い(悪魔そのものが自分の意志
で来るなら別だが、おままごとのような黒ミサにルシファーほどの悪魔が興
味を持つとは思えない)
 ところが何が起こったのか分からないが、彼等は惨殺され始める。
 地獄の番犬、ケルベロスに襲われ、今生き残っているのはニック・ジュドー
という男と、不明だがミサの司祭をしていただろうと予想される人物だけだ。
 そして、この悪魔信仰者達と関わりがあったとみられる男、マイク・コール
マンと、その妹のセーラと飼犬のペガサス…
「う〜ん、このセーラとチビが秘密結社の奴らとどう関わっているのかが分か
らないな〜」
 マイクは素行の悪い不良で、暴行、窃盗、麻薬所持、などの事件を起こし、
たびたび警察の世話になっている。親はさぞかし大変だっただろう。
 その両親は交通事故で亡くなっている。妹のセーラもベガサスと共に行方不
明だ。
 警察は遺産の一人占めをたくらんだマイクの仕業では、と疑ったらしいがセ
ーラが姿を消した時、マイクにはアリバイがあった。元市会議員のハワード氏
のパーティーに出席していたのである。そのパーティで多くの者に目撃されて
いた。もちろん何百人と出入りするパーティーだから、途中でこっそり抜け出
して、分からないように戻ってくる事は可能だ。が、何人かはずっといっしょ
で、10分以上いなかった事は無いと証言している。
「その証言者が秘密結社の奴ら…か……」
 嘘の証言をしている可能性もあるが、何の為にそんな嘘をつくのかが分から
ない。
 元市会議員のパーティーに招待されるぐらいだから、客はすべて地位も財産
もあるセレブ達ばかりだ。マイクのような若造に頼まれて証言するなどありえ
ない。
 不明な司祭がマイクなのでは、と岩城に言ってみたが、同じ理由でそれはな
いと言われた。
「司祭はメンバーの中でもっとも力があり、掌握術のある者が選ばれる筈だ。
リストを見るかぎり財力も社会的地位もある大人ばかりだ。とても二十歳過ぎの、
しかも不良の男などにまかせるとは思えない」
 そう言われた。
 セーラの部屋には争った形跡はなく、窓やドアにも押し入った様子のない事か
ら、セーラは愛犬といっしょに自ら身を隠したと警察はみている。
「だけど、なんかひっかかるんだよな〜」
 結局、ペガサスはセーラといっしょにいなかった。香藤と岩城が拾った怪我を
した犬がペガサスだったからだ。
「チビ…どこに行ったんだろう…」
 どうやってあのアパートから出て行ったのか?そして足の怪我はどこで負っ
たものなのか?
 ちょうどケルベロスの牙にかかったエルンスト氏が襲われた日と重なる。彼
は拳銃を所持していて発砲していた。チビの怪我は弾丸によるものだった…
 もう一つの謎は、エルンスト氏が命の危険があるにも関わらず、黒ミサを行
っていた場所にわざわざ出向き、ルシファーの紋を消した事である。
 その頃はメンバーのほとんどが惨殺されていたから、狙われているのは気付
いていた筈だ。それなのに何故?
「う〜ん分かりそうで分からない…」
 きっかけが何かあれば、すべてが繋がるような気がするのに、その何かが見
えてこない。少々苛立った香藤は金田一耕介並に頭を掻きむしって、通りに目
をやった。すると、屋敷の門から一台の車が出て来るのが目に入る。運転席に
いるのはマイクだった。香藤はすばやく車のエンジンをかけ、ゆっくりと後を
追った。
 見失わないよう、気付かれぬように気を付けながら運転し、香藤は携帯で岩
城に電話した。
「もしもし岩城さん」
『香藤か、どうした?』
「マイクが車で家から出て来た。尾行して行き先をつきとめるよ」
『分かった。気付かれないようにな』
「うん。岩城さんの方はどう?」
『動きは何もない。ジュドー氏は家から一歩も出てこない』
「そう。じゃあ、また何かあったら電話するね」
『ああ、気をつけろよ』
 電話を切ってからしばらく慎重に後をつけていた香藤だったが、すぐにマイ
クの行き先が分かって、再び岩城に電話をした。
『どうしたんだ香藤?』
「行き先が分かったんだ。ジュドー氏の別荘だ。つまり、今岩城さんがいる所」
『何?こっちに向かっているのか』
「うん、間違いないよ。あと5分程で着く」
『そうか、じゃあ合流しよう。香藤、お前は辺りに誰もいなくなったら家の前
にある噴水の影に隠れていてくれ。俺から近付いていくから』
「分かった」
 香藤の言ったとおり、マイク・コールマンの車はジュドー氏の別荘に到着し
た。彼は車を降りると家の中に入って行った。合鍵を所持しているようだ。香
藤は見えない場所に車を止めて、辺りに誰もいないのを確認してからこっそり
と噴水の影に隠れた。
『岩城さん分かるかな?』
 と、思ったが、岩城はすぐに香藤の側に来たので心配は杞憂に終わった。
「どんな様子だ?」
「もう家に入っちゃったよ。鍵を持っていたみたいだ」
「…そうか……」
「どうする?ここでまた見張る?」
「…いや…なんとかして家の中に入ろう。何をしているのか知りたい」
「うん、そうだね」
 強行姿勢は岩城らしくないが、すでに11人も亡くなっているので迷っている
時間はない、と判断したのだろう。香藤としても、岩城が見張って待つ、と言
えば反対するつもりだった。
「忍びこめそうな窓や勝手口がないか調べよう。俺はこっちを探してみる」
「分かった。じゃあ俺は裏に回るね」
「ああ、入れそうな所があったらすぐに忍び込め」
「OK」
 香藤と岩城はふた手に分かれて、忍びこめるかどうか調べ始めた。岩城が
北側の小さな窓を調べると、微かだが下に隙間があった。上下にスライドす
る窓で、めいっぱい開くと一人ならなんとか通れそうだった。
 岩城は急いで身体を入れて、家の中に忍び込む事に成功した。
 そこはウォークインクローゼットでたくさんの服が吊り下げられている。ド
アを探して少しだけ開けて外を覗くと廊下だった。
 人気のないのを確かめながら廊下に出る。足音をたてないように慎重に歩き
ながら周りを見渡した。家の中は普通の住宅で綺麗に掃除もされており清潔感
があった。が、モデルルームのようで生活感に欠けている事から普段は誰も生
活していないようである。
 歩を進めていくと誰かの話声が聞こえてきた。
 ジュドー氏とマイクに違い無い、と岩城は神経を集中してどこから聞こえて
くるのか確かめようとした。
 声は廊下の一番奥の部屋からもれていた。岩城はゆっくり近付いて、ドアの
鍵穴から中を覗いた。思ったとおり、マイクの横顔が見える。怒鳴っている様
子だが、話の内容が聞こえない。仕方なく岩城はドアを少しだけ開いてきき耳
をたてた。
「どうしてこんな夜に来るんだ?会うのは昼間だけにしてくれと言っただろう!」
「遺産の件で弁護士から電話があったんだよ。妹のセーラが行方不明のままだ
から、遺産の金には手をつけられないってな。冗談じゃない!今すぐ金が欲し
いんだ」
「だから?私にどうしろと?」
「このままセーラが行方をくらましたままだと、いつまでたっても遺産に手を
つけられない。死体がいるんだ。セーラの死体を持ってこい。そうすれば死亡
が確認されて遺産は俺のものになる」
「そんな事できる訳ないだろ!黒ミサを行っていたあの場所に行けというのか!」
 ジュドーは怯えた声をあげた。
「本当にセーラは死んだんだろうな?お前らがアリバイを証言するっていうか
らあの女をくれてやったんだぜ?黒ミサでの生け贄にするって言ってたよな。
つまり殺すって事だろ?」
「…そうだ…我々はいつものように黒ミサを行っていた…」
「あの女がいなくなれば遺産はすべて俺の物になる。悪くないと思ったからお
前らに渡してやったんだ。それがなんだ?てめーもエルンストもメンバーの何
人かが死んだくらいでビクビクしやがって」
「何人かだと!ほぼ全員だ!それも、どんな殺され方をしたと思う!生きたま
ま引き裂かれ、食い殺されたんだ!」
「地獄の犬にか?お前らは悪魔崇拝者だったじゃねーか。本望なんじゃねーの」
「……お前はあの現場にいなかったからそんな事が言えるんだ…あの悲鳴…そこ
らじゅうに血と肉片が飛び散り…ケルベロスの地獄の底から響いてくる咆哮が…」
 ジュドーはガタガタと震えながら顔を両手で覆った。マイクは嫌悪感むきだし
でそんな彼を睨みつけた。
「まったく…悪魔崇拝者が聞いてあきれるぜ。エルンストはいきなり『神にすが
るしかない』とか言い出して十字架を持ち出すし、謝罪の為に悪魔の紋を消しに
行くとか訳分からない事し出すし…お前ら本当にいかれたんじゃねーか?」
「そうだ…こうなった以上神にすがるしかない…神に守ってもらわねば…」
 ジュドーは虚ろな目をしてブツブツと呟きだした。
「エルンストは悪魔の印だか、紋だかを消しに行ったんだろ?」
「ああ…改宗した事を神にしめす為に…」
「でも結局殺されたじゃねーか。誰か人がやったんだ。お前の言ってる地獄の
犬なんかじゃねーよ」
「そんな筈はない!あの女の犬の仕業だ!私はこの目で見たんだ!あの犬が魔犬
と化し、次々とメンバーを食い殺していくのを!」
「ペガサスが魔犬だっていうのかよ?バカ言うなよ、あんな小っこい犬に何がで
きる。第一あの犬は殺したって言ってたじゃねーか」
「そうだ…皆で引き裂いて殺したのだ。生け贄の女の顔に内臓をぶちまけてやっ
た…それなのに…蘇ってきたんだ!」
 またしてもジュドーは身体を大きく震わせ、身を縮めた。
「ちょっとは冷静になれよ。魔犬がメンバーを殺したんなら、なんで黒ミサの現
場にいたお前らは生きているんだ?エルンストの他にお前をふくめて四人生き残
ってたじゃねーか。悪魔なら全員殺す筈だろ。きっと狂犬か何かを使って誰かが
襲わせたんだ。その後も地獄の犬に見せ掛けて生き残ったメンバーを殺させたん
だ」
「私とエルンストは儀式の部屋にいたが、三人は扉の見張りとして、部屋の外の
三方に立っていた。部屋での悲鳴を聞いて怖くなって逃げ出したんだ…だから、
犬の姿を見ていないし、何があったか知らなかったのだ…」
「お前とエルンストはどうして助かったんだ?あ、ハワードもか」
「司祭は祭壇の下にあった隠し通路を使って逃げた…私とエルンストは部屋の隅
にあった箱の中に隠れたんだ…かなり重い石の箱で二人がかりで蓋を開けてなん
とか閉めた…」
「ほー」
「そこから皆の断末魔が聞こえた…俺達はガタガタ震えながら身を抱えていた…
その内悲鳴が聞こえなくなって…蓋をあけてみると…」
 ジュドーは口を押さえて嗚咽をもらした。
「神よ!お助け下さい!」
 膝まづき、許しを請うジュドーを見下ろしてマイクは冷たく言い放った。
「もういい。セーラの死体はどこにあるんだ?俺が自分で取りに行くから教えろ」
「…お助け下さいお助け下さいお助け下さいお助け下さい……」
「くそ、このカスが」
 マイクは床に這いつくばって震えるジュドーに向かって唾棄した。
 岩城はドアの影から二人の会話を聞いていて、怒りで身体が震えだしていた。
 なんという卑劣な奴らだ!
 マイク・コールマンは人間の屑だと思った。実の妹を生け贄として悪魔崇拝者
らに渡すなど最低である。
 怒りで一瞬我を忘れてしまった為、ドアに足が当って微かな音をたててしまっ
た。
「誰だ!」
 マイクは懐に隠してあった拳銃を向けて怒鳴った。
「誰だ!出てこい!」
『くそ…不覚…』
 仕方なく岩城は手を胸元まであげてゆっくりとドアを開けた。
「貴様…教会の地下にいた奴だな…一人でわざわざここまで来たのかよ」
 マイクの言葉に岩城は『しめた』と思った。
 公園の教会でマイクは岩城しか見ていないので、仲間がいるとは思っていない
らしい。そのうち香藤も開いている窓を見つけて家の中に入ってくる筈だ。この
状況を発見して助けてくれるだろうから、それまでなんとか時間をかぜがねばな
らない。
 岩城は拳銃に視線を合わせ、怯えている振りをした。思ったとおり、銃を持っ
ている自分が有利だと確信したマイクは緊張を緩めた。
「てめー何者だ?何しにここに来た?」
「……………」
「何とか言えよ!」
「……………」
「痛い目にあいたいのか!」
 マイクが銃を岩城に突き出した時、反対側にあったドアがいきおいよく開いて、
香藤が飛び出してきた。
 香藤はすばやくマイクの持っていた銃を蹴り飛ばし、頬に一発くらわせた。マ
イクは吹っ飛び、壁に激突してだらしなく気絶した。
「岩城さん!怪我はない?」
「大丈夫だ。お前の方こ…」
 岩城の言葉はジュドーのものすごい奇声によってかき消されてしまう。
「ルシファー様!お、お許し下さい!決してあなた様を裏切ろうと思った訳で
は…!た、助けてくれー!」
 ジュドーは悲鳴を発しながら部屋を飛び出して行った。
 あまりの狂乱ぶりに、岩城と香藤はしばらく呆然としてしまった。
「…俺が行って捕まえてくる。香藤、お前はその男を縛りあげておいてくれ。
警察に連れて行かなければ」
「うん、分かった。こいつ縛ったら俺も手伝いに行くから気を付けて。様子が
尋常じゃないよ…」
「ああ」
 岩城は飛び出して行ったジュドーの後を追った。
 なぜジュドー氏はいきなり狂乱したのだろう?それまで怯えてはいたがあれ程
ではなかった。香藤を見た途端にである。それに彼はルシファーと叫んだ……
『ジュドー氏はルシファーを見たのか?まさか召還したのか?』
 外に飛び出して行ったかと思っていたジュドーは廊下に立っていた。
 全身がブルブルと大きく震えており、真っ白になった顔色で恐怖に見開かれた
目は一点を見つめている。
『何を見ているんだ?』
 岩城が彼の視線をたどってその先にあるものに気付くと、岩城も言葉を失った。
「……チビ……」
 テラスに続く窓の外。白い小さな犬がこちらをじっと見つめて座っていたので
ある。

   

マモン
七つの大罪の中で『貪欲』を司る悪魔。別名アマイモン、マンモンという
「不正な利益」「収賄金」を意味する名前をもつ。富への欲望の総称と
なっており、人々に金銭欲を持たせる悪魔と言われている。
『マタイによる福音書』の中に記されている
「誰も二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛する
か、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは
神とマモン(世俗的富)とに仕えることはできない」
この「富」を擬人化した一文からマモンという言葉がデーモン化される
ようになった。
貴金属に対し敏感な嗅覚を持つので、駄天使達の居城である万魔殿を飾
る金塊を地獄の山々から嗅ぎ当てて掘り出した。

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