Regret Memory

「目を覚ました………って本当に?」
『そうなのよ!昨日の夜ですって!今朝着替を取りにきていた冬美さんと会って聞いたの。嬉しくて涙ぐんでらしたわ』
いつもと変わらない朝の風景、朝食の食パンをかじっていた香藤洋二は、いきなりの母からの電話に驚愕していた。
彼、岩城京介が目を覚ましたという話だったからである。
岩城京介は香藤の隣に住む岩城一家の次男で香藤より5才年上だった。
小さい頃から面倒をよくみてくれた岩城を、香藤は本当の兄のように慕っていたのだった。が、ある日岩城は交通事故に合い、意識を失ってしまったのである。
そして、それから7年間眠り続けていたのだった。
それが目を覚ましたというのであるから、驚くなという方が無理であろう。
「それで、どんな様子なの?俺でも会いにいけるの?面接時間とかあるの?」
香藤は胸を踊らせながら母に矢継ぎ早に質問した。
『まだ無理よ。なんといっても7年ものブランクがあるんだの、リハリビもあるだろうし………大丈夫かしら?』
「なにが?」
『京介君よ。いきなり7年も時間がたってるんだから、やっぱりショックでしょう。ご両親も亡くなっているし………』
「う……ん………」
確かに、岩城にとってみればいきなり未来に連れていかれて浦島太郎状態であろう。自分の身体も変わっているし、両親は他界しているし、子供だった俺は大きくなっているし………
『辛い思いをするでしょうね…………』
母の言葉がずしりと感じる香藤だった。

岩城が目を覚ましてから三ヶ月が過ぎ、退院する事になった。リハビリを行ったとはいえ、まだ体力は完全に回復していなという話だが、家に帰り少しずつ身体を慣らすらしい。
病院から家に戻った岩城に会いに行った時、彼があまりに儚気で香藤は不安になった。
岩城は将来、俳優になるという夢をもっており、大学で演劇部に所属していた。
その影響で香藤も俳優を目指すようになり、二年前、その夢を叶えたのである。
他に岩城は弓道を習っていて、かなりの段をとっていた。
日本的な凛とした品があって男前で背も高くて………
岩城といっしょに道を歩くと道行く女性が振り返るので、香藤は得意になったものだった。
どうだ、カッコいいだろ、優しい俺のおにいさんだぞ、と。
今、自分の目の前にいる岩城はあの時の岩城とはまるで違って見える。
こんなに細かったのだろうか、小さい肩をしていたのだろうか、こんなに白かったのだろうか、こんなに綺麗だっただろうか………
触れれば消えてしまいそうな程、透明で美しくて………
「香藤……なのか………?」
一方岩城は大きくなった香藤を見て目を丸くして見つめていた。
「うん、俺だよ、香藤洋二だよ、岩城さん、おかえりなさい………」
「あ、ああ………」
「香藤さんは京介さんに憧れて俳優になったんですよ」
嬉しそうに冬美が話す。
「俳優に?」
「うん、二年程前に。俺、学園祭とかで岩城さんの劇とか見てすげー感動してたから」
「…………そうか……」
岩城はそのまま、そっぽ向いてしまった。なにか悪い事でも言ったのだろうか?
「今、お茶をいれますから、香藤さんゆっくりしてらして下さい」
「ありがとうございます」
横顔を向いたまま岩城は黙ったままであったが、香藤は胸を高鳴らせながら、ずっと岩城を見つめていた。

それからも香藤は時間を見つけては岩城に会いに行くようにしていた。ほんの少し話すだけだったが、香藤にはとても幸せな時間に感じた。が、自分は会いに行かない方がいいのかもしれない、とも思う。
子供だった自分が大きくなり、彼のなりたかった俳優になっているのだから、辛いのでは…?と。
岩城が事故に合った時、香藤はまだ中学生で16才の子供だった。
それから7年………
時間が流れ、いろんな経験したが、そのすべてが岩城の中では存在しないのだ。
時間が7年前で止まったいるのだろう。
それでも香藤は会いに行くのを止めるられなかった。岩城に会いたくてたまらないのである。
7年振りに彼を見たあの時から、香藤は岩城の事を毎日考えていた。彼の寂し気な瞳や黒く艶やかな髪、白い肌に綺麗な指………
7年前の子供の頃には分からなかった岩城の美しさが今の香藤には分かる。
同性なのに何故そんなに美しく見えるのだろう。
どうしてこんなに心を奪われるのだろうか………

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「よう香藤、どうした?ため息ばかりついて」
仕事の合間の休憩時間に丁度他の撮りで同じスタジオにいた悪友の宮坂が香藤に声をかけてきた。
彼は高校の時の同級生で同じ俳優である。以前岩城の目がさめた時、喜びのあまり岩城の事を話してしまったのだった。
その時の香藤の様子が今とまるで違うのを不信に思い、どうしたのかと尋ねてきたのである。
「そういえば岩城さん、だったっけ?彼どうしてるんだ?家に帰ってきたんだろ?」
「うん…それが………」
香藤は今の岩城の様子を簡単に説明した。
「そりゃ〜な〜、いきなり7年も時間たってますって言われても、はい、わかりましたって、すぐ受け止められるもんでもないだろ。親も死んでるし」
「そうなんだよ、それが一番ショックだったみたいで………」
おまけに長男の雅彦は三年前に結婚しており、彼の妻の冬美は現在身重である。
「両親が死んで、知らない女性が家族になってるんだもんな〜まあ、こればっかりはな、まわりがぐちぐち悩んでも仕方ないだろう。元気だせよ」
「うん………」
「じゃあな」
「ああ………」

岩城は一人、誰もいない夜の弓道場に入り込んでいた。
7年前(岩城にとっては7年前ではないのだが………)事故に合うまで稽古をしていた場所である。
更衣室に行くと当然自分のロッカーは別の人物の名前になっていた。
かけていた弓を拝借して、矢を放とうとするが力が入らず弓が引けない。
リハビリを行い、日常生活はおくれるぐらいの体力は身についたが、元に戻るまではまだまだ時間がかかるのだ。
ほんの昨日まで、自分にとってはほんの昨日まで簡単に出来ていた事ができなくなっている。
親しかった人が去って、新しい人がいる。
親しかった友人が自分より年上になっている。
この現実を岩城はまだはっきりと実感できずにいた。
もしかしたら、夢を見ているのではないか?どうしてもそんな気持ちになってしまう。
家族に心配させまいと不安を口に出さないようにしているが、時々堪らない程の喪失感にかられてしまうのだった。
香藤といっしょにいる時はとても恥ずかしかった。あんなに慕ってくれたのに、今の情けない自分をさらしたくないのだ。でも、彼といるとほっとするのも事実だった。彼といっしょにいると、あの暖かい笑顔を見ていると、まるで日だまりの中にいるような暖かさを感じるから………
でも同時に立派な男になった香藤は岩城に7年と言う年月をまざまざと見せつける………
どうすればいいのかわからない。不安に襲われた岩城は道場の床に膝を抱えて座り込んだ。

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その夜、岩城は香藤家で夕食を呼ばれていた。姉の冬美が検査入院する事になり、兄の雅彦はそれに付き添って今夜帰らないからである。
香藤の母親がぜひ、いらっしゃいと誘ったのである。
食事がすんで煎れてくれたコーヒーを飲んでいた時、ふと思い立って2階にある香藤の部屋を覗いた。
昔、よく来ていた部屋に………
中はすっかり変わってしまっていた。持ち主を失った部屋はまるで物置き小屋と化している。
部屋を見渡していた岩城の目に本棚がとまる。その中には何冊かの雑誌とアルバムらしき本があった。
岩城はそっとアルバムを手にとりページをめくった。
そこには自分の知っている香藤がいた。明るくて、自分を慕っていてくれたあの少年。
自分といっしょに映っている写真もあった。
しかし、あるところから知らない香藤が映っていた。
日ごとに逞しく成長していく彼の姿。その側に自分はいない。
自分にとって流れていない時間がそこにある。
知らずに岩城は涙を流していた。
もしかしたら、これは夢ではないかと思っていた。
ずっと悪い夢を見ていて、目が覚めれば両親と少年の香藤がいて………
違うんだ、これは現実なんだ、分っている、でも心のどこかで否定していた事実………
「……う………」
岩城の瞳から涙が溢れ出る。
その時、見知らぬ男が部屋の扉を開いた。
驚いた岩城だったが
「あ……あんた…岩城さん………?」
「え…………」
「俺、香藤の友人で宮坂っていいます………」
彼の言葉に岩城は自分が泣いていたのを思い出した。
恥ずかしくなって顔をそらす。
「あの……俺…なんて言ったらいいか………」
急いで部屋を出ようとした岩城だったが、足がふらついて倒れそうになってしまった。
「危ない!」
宮坂が支えてくれたので、転倒せずに済んだ。
「あ、ありがとう………」
「いえ………」
「宮坂借りてたCDあったか………」
部屋に入った香藤が見たものは宮坂に、抱き締められた岩城の姿だった。
途端に身体中の血が沸騰した。
「あ、香藤………」
「岩城さ…ん……」
「じゃあ、失礼するよ、勝手に入って済まなかった。宮坂君ありがとう」
「いえ………」
急いで去っていく岩城を黙って見送るしか香藤は出来なかった。

その日の真夜中、香藤は岩城を訪ねた。
「どうしたんだ、こんな夜中に?」
岩城は眠ろうとしていたのだろう寝間着姿である。それでも岩城は香藤を中に入れ、居間に案内してくれた。
「ごめん、岩城さん………あの…宮坂と何話してたの?」
香藤の脳裏からあの時の映像が消えないのだ。払っても払っても浮かんできてその度に胸が苦しくなる。
「そんなの、別にふらついたんで彼が支えてくれただけだよ」
「他には?何もないの?」
「え………」
泣いていたのを知られるのは恥ずかしかった。
「別に……たいした事じゃないよ………」
「俺には言えないの?!」
香藤が叫びながら立ち上がる。
「香藤………?」
不思議そうな岩城の美しい瞳。香藤は自分が押さえられず、岩城を抱き締め激しく口付けた。
「ん…んん……か、香藤!何を……」
振払った岩城は彼の顔を見て言葉を失った。そこには怖い程熱い瞳を自分に向けている、いつもと違う香藤がいたからである。
岩城が気をとられている隙に、香藤は彼を押し倒した。
「痛!」
倒れた岩城の手を押さえ、顎を掴んで再び深く口付ける。
「……うう………」
「岩城さん………」
唇を離すと岩城の項に歯をたてながら、香藤は乱暴に彼の寝間着の前を開けた。留めていたボタンが周りに飛び散る。
「か、香藤…何を……!」
「岩城さん、好きです……」
「え………」
「愛してる………」
「香藤………」
「ずっと…前から愛してた……ずっと……俺のものにしたかった……」
香藤は顔を埋め、彼の胸に舌を這わせた。
「……ああ!…香藤!…止めろ!」
岩城はなんとか香藤から離れようとするが、香藤はしっかり岩城を押さえ付けていた。力ではまったくかなわないのだ。うつ伏せになり、逃げようとしたが、今度は下着ごとズボンを脱がされてしまう。
岩城は混乱していた。あのいつも優しかった香藤が、別人にように自分を力で押さえ込んでいるなんて。
なぜ、彼がこんな事をするのか分からない。どうして………!
香藤は自分の中の凶暴な何かが、飛び出してくるのを感じていた。
とまどう岩城の瞳を見てもそれは止まらなかった。どうしても岩城が欲しかった。自分でも信じられないくらいの激しい想いであった。
「…い、いや…香藤……!」
「…………」
「あ……あ……や…やめて……」
香藤が岩城を背中から押さえ付けて、そこに触れている。快感が身体中を駆け抜け、岩城は今にも意識が飛びそうだった。
「ああ!」
頭が真っ白になった岩城はぐったりとして倒れた。涙が頬を伝っている。
香藤は岩城の腰を高く上げて、双球の間を舐めた。岩城の身体がぴくりと揺れる。
「……香…藤…な、何…を………」
力の出ない身体を動かそうとするが、香藤にまた押さえつけられてしまう。
頭を押さえられ、上げた腰を掴んで足を開かされた時、岩城のボーとしていた頭がはっきりと分った。
香藤に犯されようとしている………!
恐怖がこみあげてきて、全身が強張る。
「やめてくれ!香藤……!ひ………!」
香藤が内に入ってきて、岩城の頭の中がスパークする。
激しく揺さぶられながら、岩城は意識を失ってしまった。