Regret Memory 5

「洋二〜あんた何考えてんの!このばか!」
 呼び出しを受け、社長室に入った香藤に浴びせられた第一声はこれだった。
「記者達の前で告ってどうすんの!しかも相手は同性?!本当にあんたって男はばかね!」
「……そんなにばかばか言わないでくださいよ…俺だって傷つきます……」
「本当の事言って何が悪いの?まったく……」
「しゃ、社長、香藤さんも反省しているんですよ……」
 香藤の横に立っていた金子がフォローの言葉をかけようとしたが。
「反省はしてますけど、後悔はしてません」
「はあ?」
「俺は岩城さんが本気で好きなんです」
「…………」
「でも、あんな公の場で言っのは軽率でした。申し訳ありません」
 香藤は深く頭を下げた。
「まあ、しばらくは様子を見るわ。今度の騒ぎであんたの仕事が入ってこなくなったら、こっちもあんたは商品価値がなくなったとみるから」
「……………」
「しばらく家で謹慎していなさい。いいわね」
「はい」
 香藤はまた頭を下げて、社長室を出て行った。
「社長……」
 金子は社長の煙草に火をつけながら、不安そうに彼女を見つめた。
「……まったく……どうしようもないばかね」
 煙草の煙りを吐きながら、社長はため息をついた。
「……社長……」
「ま、今回の事はいい番宣になるかもね……」
「え?」
「金子、あんたにはまだ言ってなかったけど、実はある映画の主役に香藤の名があがっているそうよ」
「映画、ですか?」
「『春を抱いていた』っていう本が映画になるそうなんだけど」
「え!あのベストセラーが?その主役なんてすごいじゃないですか!」
「まだ、決まってないわ。それにまだ確認してないけど、もう一人の主役に岩城京介が抜擢されるんじゃないかって噂があるのよ」
「ええ!そ、それって……」
「話の内容では主役の二人は恋人同士だからね……すごいリアル感溢れる番宣になるかもしれないわ」

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 それから何日後の事。宮坂の楽屋に小野塚が遊びに来ていた。
「あ〜あ、それにしてもつまんなかったな」
「…まあな……」
 あのパーティで、宮坂と小野塚は岩城の話をして、香藤を焦らせるつもりだったのだ。焦って言い訳する香藤が見れる、と予想していたのに……香藤ははっきりと告白してしまったのである。
「拍子抜けだったぜ、なあ」
「…まあな……」
 宮坂はあの時の香藤の様子を思い出していた。
 まっすぐに岩城を見つめる彼の瞳………
 本気なんだな……香藤……
「ま、これからは、そのネタでからかってやるか?なあ、宮坂」
「……そうだな……」
「どうした気のない返事だな。そういえば岩城さんはどうしてるかお前知ってるか?」
「ああ、すぐに他の番組のオファーが来たらしくてな。正式にうちのプロダクションに登録してもらったよ」
「そうか〜香藤との事は問題なしって訳だ。この調子じゃ、香藤の方も問題無しだろうな」
「多分な」
 その時、小野塚を呼ぶ声が聞こえたので、彼は楽屋を出て行った。宮坂もすぐに帰り支度を始める。
 廊下でエレベーターを待ちながら、宮坂は岩城の事を考えていた。
 彼とはあのパーティ以来会っていない。
 撮影も終わってしまったし、同じ事務所とはいえ宮坂もブレイク寸前の俳優として多忙だった。しかし、宮坂は岩城に会いたかった。どうしてなのか自分でもよく分からないが、時々岩城の夢を見る。夢の中の岩城は香藤に抱かれていた時のように妖艶で美しく、自分を惑わせるのだ。なぜ、そんな夢を見るのだろう?宮坂は自分の気持ちを持て余していた。
 と、エレベータのドアが開き、中に入ろうとした宮坂は驚きで固まってしまう。
 そのエレベーターの中には岩城が乗っていたからである。
「宮坂君、久しぶり、元気かい?」
「あ、え、ええ、はい、岩城さんも?」
 宮坂は胸を高鳴らせながらエレベーターに乗り込んだ。
「遅くまで大変だね」
 時刻はとっくに真夜中12時を過ぎている。
「いえ、そうでもないですよ。岩城さんこそどうしたんですか?こんな時間に。何かの打ち合わせですか?」
「……それもあったけど……」
「何か?」
「どこか夜を明かせるところはないかと思って……」
「え?どうしたんです?」
「……ちょっとね……」
「あ!もしかしてマスコミがはりついてて家に帰れないとかですか!?」
「……まあ、そんなとこ………」
 半分はそのとおりだったが、半分は岩城自身が家に帰りたくないという理由があった。
 あの香藤とのパーティーの事件以来、家の周りにはマスコミ関係者がうろつくようになってしまった。お堅い性格の兄がそんな状態を喜ぶ筈もなく、岩城を叱責し、俳優などやるなと言ってきたのである。
 しかし、岩城は演じたかった。TVの後、『春を抱いていた』という映画に出演しないかという依頼があり、岩城はそれを受けたかったのだ。が、兄に猛反対され、家を飛び出してきてしまったのである。
 俳優になりたい。
 夢が叶うかもしれないのに、どうしてそれをしてはいけないのだろう。もう一度夢を見てはいけないというのか?あの時の夢を………
 すると、突然エレベーターが止まってしまった。
「あれ?」
「故障でしょうか?電話してみます」
 宮坂が緊急用の電話で警備員に連絡をとると、ヒューズの関係で止まってしまったが、すぐに動くとこ事だった。
「仕方ない、しばらく待つか」
 別に急ぎもしない、行くあてもない岩城は落ち着いていた。
「……俺の部屋に来ますか?」
「……え………」
 宮坂が岩城に話しかける。
「俺、マンションに一人暮らしですから、誰にも気兼ねする必要ないですし。どうですか、俺なら全然かまいませんよ」
「……ありがとう…でも、いいよ、悪いから……」
「悪くなんてないですよ、俺は……」
「ありがとう、でもいいんだ………」
 岩城は少し淋しそうに、しかしはっきりとした口調で断った。宮坂は岩城のまっすぐな瞳の中に、強靱なものがあるのを見た気がした。
「……香藤だったら…遠慮なんかせずに行きますか……」
「え………?」
「……髪が…濡れて……」
 宮坂は手を上げて岩城の額の髪に触れた。
「ああ、雨が降り始めてたから……」
 少し湿り気を帯びた黒髪に、濡れた瞳が身近に見えて、宮坂の胸の鼓動が早くなる。あの香藤に抱かれていた岩城と、今、目の前にいる岩城の姿が重なってしまう。
「宮坂君?」
 動かなくなった宮坂を不思議に思い、岩城は彼の顔を覗きこんだ。その時、宮坂がいきなり岩城を抱き締めた。
「え?み、宮坂く………」
「岩城さん……好きです……」
「…え………」
「あなたが好きです。香藤と関係があると知っています。でも………」
 宮坂の言葉に岩城は息をのんだ。
 香藤との事を知っている!?なぜ?それに俺が好きって……
 岩城を抱く手に力を込めると、宮坂は岩城に口付けをした。
 驚いて何か喋ろうとした岩城に、更に宮坂は深く口付ける。
「…ん……んん……」
 逃れようとする岩城の身体を宮坂は離さなかった。なんとか唇を離した岩城は
「止めてくれ…宮坂く……!」
 岩城の言葉を封じるかのように、宮坂はまた深く口付けてくる。夢の中なのか現実なのか分からなくなっていた。すると、急にエレベーターが動きだし、起こった振動で宮坂の手は一瞬岩城の身体を離れた。
 その隙をついて岩城は宮坂をおもいきり突き飛ばし、急いで開閉ボタンを押した。ドアが開くや否や岩城は外に飛び出し、かけ出していった。
 息が苦しくなるまで走り続け、気が付くと岩城は人気のない地下駐車場に来ていた。
 壁に背中を預け、息をつく。
 寒気がして岩城は自分を抱き締めた。全身に鳥肌がたっている。
 恐ろしかった。
 宮坂の腕は強くてまるで適わなかった。力づくで口付けられた感覚が蘇って、岩城はゾッとした。
 香藤だったら、こんな風に感じなかったのに………
 初めて乱暴された時は恐ろしかった。だが、混乱の方が勝っていた気がする。そして楽屋で抱かれた時は………
 自分が怖かった……
 香藤の手を求め始めている自分が………
 怖いと感じていても、香藤の暖かさを、彼を無意識のうちに必要としていたのだ。それに気付いてしまうのが怖かった。
 宮坂は嫌いではない。だが、違うのだ、香藤とは。
 香藤でなければ自分は駄目なのだ。岩城は香藤の笑顔を、暖かさを思い出して苦しくなる。
 たまらなく、今、香藤に会いたいと岩城は思った。