桜吹雪の下で

 真夜中、岩城は小さな何も無い小屋の中で香藤を待っていた。
こんな事はいけない。頭では分っているのに、どうしようもなかった。
たとえようもなく香藤が好きなのだ。この気持ちをどうすればいい?どうすればこの熱い想いを押さえる事が出来るのだろう。今までどれだけ考えただろうか、しかし、いつも答えはない。ただ、香藤への想いを再び実感するだけなのである。
そして、小屋の戸が開いた。
「…岩城さん…来てくれたんだ………」
「…香藤………」
香藤は急いで駆け寄り、岩城を強く抱き締めた。
熱い口付けをかわすと、岩城は香藤の背中に手を回した。
お互いの帯をほどき合い、身体をからませながら床に倒れる。
「…岩城さん………」
岩城の着物を脱がせながら、香藤は岩城の肌に舌で触れた。白くて、滑らかなその肌はいつ触れてもぞくりとする。
「あ…あ…香藤………」
岩城の甘い声が耳に届く。身体が熱を帯びていくのが伝わってくる。
「…岩城さん…待ってたの…もうこんなに濡れてる……」
「香藤………」
岩城は頬を真っ赤にした。香藤の手が触れていると思うだけで、感じている自分が恥ずかしかった。でも……
「岩城さん…俺のも触って……」
岩城が手をのばして香藤のそれに触れる。そして顔を近付けてそれに舌を這わせた。
「うわ…い、岩城さん……」
熱い舌が香藤を狂わせていく……香藤は岩城の頬を包んで顔を上げさせた。
「……岩城さん……いい……」
「……………」
岩城は黙って香藤の膝の上に乗った。香藤は岩城を抱き締め、後ろからそこに指を入れる。
「ああ……!…ん……か、香藤………」
岩城の背中がしなる。飛んでいきそうになる意識を押さえて、岩城は香藤の身体にしがみついた。
「……もう……いい………」
「…ああ……香藤……はやく………」
香藤は岩城の内に自分を突き入れ、激しく揺さぶり始めた。
「あ…あ…ん……い、いい…香藤………」
快楽に溺れ、腰を揺らす岩城は普段からは想像もできないくらい煽情的な姿だった。
こんな岩城を知っているのは自分だけなのだ、と香藤の胸は熱くなる。
岩城はもっとめちゃくちゃにして欲しいと思った。
なにもかも忘れてしまいたい。ただ、今のこの時だけを感じていたい、と切に願っていた。

第一部

 香藤が始めて岩城に会ったのは10才の時だった。
その頃の香藤は大きな庄屋の家に丁稚奉公していた。
両親のいない香藤は毎日、毎日働かされていつも泥だらけであった。食事も満足にできない事が多かったが、香藤はいつも明るくて、いっしょに奉公している使用人達からとても可愛がられていた。
そんなある日、別の場所に奉公にだされると、旦那様からいきなり聞かされたのである。
一体、どんな所に連れて行かされるのだろう、と不安になりながら迎えに来た人物を見た。が、その人はまだ少年だったので香藤は驚いた。しかも、とても美しい少年で、香藤は子供心にこんな綺麗な人初めて見た、と思ったのである。それが岩城だった。
その時の岩城は黒い着物を着て、幼さがのこる面立ちながら、凛とした態度でとても大人びて見えた。
香藤はこの人と同じ所に行けるならいいや、と思いつつ街道をいっしょに歩いた。
夜も更けて一件の宿屋に泊まった。そこで、今まで食べた事のない御馳走をお腹いっぱい食べ、岩城といっしょにお風呂に入った。岩城は優しく背中を流してくれて、香藤はとても幸せだった。
だが、夜、布団に入ると香藤は不安に襲われた。
これは夢じゃないだろうか?こんなにいきなりいい事づくめなんてありえない………
目を覚ませば、また庄屋の家で、隣の部屋に岩城はいないのではないだろうか?
香藤は怖くなって布団から起きだした。襖を開けて、隣の部屋に眠る岩城をじっと見つめる。
「どうした香藤?眠れないのか?」
視線に気付いたのか、岩城が目を覚ます。
「……………」
「早く寝なさい、明日歩くのが辛くなるぞ」
「……………」
「香藤、風邪をひくぞ」
「……………」
香藤は動けなかった。目を離すと岩城がいなくなってしまいそうで、怖かったのである。
「……こっちにおいで……」
岩城は自分の布団をめくって香藤を呼んだ。
香藤は布団に入り、岩城の横にもぐりこんだ。岩城は暖かかくていい香りがした。香藤はそのまま安心して眠りに落ちたのだった。

次の日、香藤は岩城の家に連れていかれた。
岩城はこの一帯を仕切っている極道岩城組の次男であった。隣町の長谷川組とは長い間覇権を争っているが、長谷川組には跡取りがいないので、今の組長が亡くなれば内部分裂が起こる事は必至だった。
岩城には兄がいて、彼が五代目を襲名する事になっていた。
一方岩城は組の中で少し特殊な存在だった。
喪服のような黒い服しか着ず、毎日寺に出掛け読経を読んで修行しているのである。
組員達の話では、今まで岩城組の犠牲になった者を供養しているらしい。
といっても完全に出家する事は組長が許さなかったようである。
組の中で香藤は楽しく暮していた。組員達は皆、男っぷりが良く、短気で血の気の多い者もいるが、気持ちのいい男ばかりであった。自分もいつか組員になるのだと思っていたが、ある日、組長から森に働きに行け、と言われてしまった。組長は香藤にかたぎになって欲しいのだ。しかし、岩城に恩返しがしたいと思っていた香藤は不満だった。
香藤は岩城に剣道を教えてもらっていた。いつか、岩城のような男になろうと香藤はずっと岩城に憧れ続けていた。
しかし、いつも疑問に思っていた。
なぜ、岩城はいつも悲しそうなのだろう?なぜ、黒い着物しか着ないのだろう?と。
岩城の淋し気な横顔を見る度、香藤は胸は熱くなる。それが恋だと自覚したのは、組員達の会話を聞いてしまった時であった。
「京介さんってなんであんなに綺麗なのかな〜」
縁側で二人の組員が話している。側を通りかかった香藤は思わず足を止めてしまった。
「そうだよな〜肌も白くて綺麗だし、そこらへんの女より綺麗だよな」
「まったく…先日さ〜俺の鼻緒が切れてるって言って俺の前に屈みこむんだもん。俺、押し倒しそうになっちまったよ」
「ばか、立場考えろよ!そんな事が組長や若の耳に入ってみろ!指つめられるぞ!」
「分ってるさ、はあ〜でもな〜いいな〜京介さん………」
「ばか………」
香藤は二人の会話を聞いて、胸が高鳴っていくのを感じていた。
岩城さんが?綺麗?そんな事分ってる……でも、押し倒したいってどういう事だ?岩城さんを………
香藤の顔は真っ赤になった。岩城の乱れた姿を想像してしまったのである。
『何、考えてんだ!岩城さんは男だぞ!でも、誰よりも綺麗で……』
俺、俺…………
その時、香藤は岩城に恋している自分を自覚したのであった。しかし、叶わぬ恋だとは分っていた。所詮自分は何も持っていない、ただのかたぎの男である。かたや、岩城さんはこの一帯を支配する岩城組の次男………
つり合う筈はなかった。

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第三部
 桜並木の下を岩城は歩いていた。
寺に読経を済ませての帰り道、桜はもうそろそろ終わりで、花びらが雪のように舞い落ちている。
すると、香藤が前から歩いてくるのが目に入り、岩城は身体を堅くした。
「………岩城さん…どういう事……」
「…ど、どうって………」
「さっき組長に呼ばれたよ、見合いしないかって………」
「そうか………」
「岩城さん知ってたんだってね。しかも、賛成したそうじゃない?どういう事……!?」
「……それがお前の為だ………」
「俺は岩城さんが好きなんだよ!なのに、他の子と見合いなんて!」
「………香藤………」
「岩城さん、俺の告白なんだと思ってたの?冗談だとでも思ってたの?」
香藤は岩城の肩を掴んで揺さぶった。
「……香藤……俺は………」
「俺はずっと岩城さんが好きだ……初めて会った時から……あの岩城さんが俺を引き取ってくれた日から……」
「香藤………」
香藤……違うんだ、あの時、俺はお前を引き取りに行ったんじゃなくて、お前を殺しに行ったんだ……駄目なんだ香藤……俺達は………
「岩城さん………」
香藤は岩城を地面に押し倒した。
「か、香藤……な、何を………」
「岩城さん……愛してる……」
「……香藤………」
「俺が嫌いなら、本気で嫌なら、俺を殺して。それしか俺を止める方法はないよ……」
香藤は岩城に熱い口付けを落とした。吐息さえも奪う程の熱い口付けを……
「ん……はあ………」
岩城の口から甘い声がもれる。
香藤は岩城の裾をめくり、その中に手を入れた。
「……ああ……!」
襟を広げ、項に舌を這わせるが、岩城は抵抗しなかった。
甘く激しい香藤の愛撫に岩城は目眩がした。
香藤に告白された時、どれ程嬉しかっただろう。そして、自分がどんなに香藤を好きになっていたか気がついたのだった。
いつの間に、こんな大人の男に成長していたのだろう?
いつの間に、こんなに心を奪われていたのだろう?
でも、俺達は………
岩城の瞳から涙がこぼれる。
桜の舞い散る中、二人は初めて肌を合わせたのだった。