永遠の終わり

香藤が死んだ。
飛行機事故だった。
三月二十日香藤の乗せたロス行き177便は、大平洋上空を飛行中、突然空中爆発したのである。
事故の原因は今のところ分かっていない。
だが、岩城にとってそんな事はどうでも良かった。分かっているのは、自分はもう二度と香藤に会えないという事実だけである。
香藤が消えてしまった時間を岩城はぼんやりと過ごしていた。
まるで、昔見た映画の中にいるかのような感覚であった。
そんな岩城の様子に皆は後追いでもするのでは、と心配して必ず誰かが付き添っていた。
そして葬式が終わり、四十九日が済んだ頃、岩城は倒れた。
しばらく病院に入院していたが、ある日、岩城は付き添っていた清水に香藤がいなくなってから初めて声をかけた。
まったく採っていなかった食事も採るようになり、少しずつ元気を取り戻しているかのように見えて、皆は安心した。
が、岩城は気付いてしまったのである。
香藤に会えないのなら、自分が会いに行けばいい事に………

真夜中、岩城はベッドに座りながら、目を閉じていた。
家には兄の妻である冬美が泊まっており、明日帰る予定なので新幹線のホームまで見送るつもりだった。そこで、清水と交代する事になっているらしい。
退院したとはいえ、まだ岩城から目を離さないつもりのようである。
だが、岩城はそこで、どこかに行く新幹線に飛び乗るつもりであった。
そして香藤に会いに行くのだ。
皆は悲しむかもしれないが、岩城はちっとも悲しくなかった。
むしろ、こんな簡単な事に気がつかなかった自分を笑ったぐらいである。
明日になれば香藤のところに行ける……
そう思うと岩城は幸せな気持になるのだった。
そして、そっと瞳を開けると目の前に一人の男が立っていた。

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事故の一ヶ月前。二月二十日。

「岩城さん、今どこ?あ、そうなんだ。俺も今家に着いたとこ。ん、じゃあ後でね」
香藤が携帯を切りながら階段を登っていた。二階に上がり、寝室のドアを開くと黒づくめの服を着た男が一人立っていた。
「…よう、”香藤”……」
「21号か…何しに来た」
「例の実効日についての最終確認さ」
「……………」
香藤は無言で相手を見つめていた。それはいつもの香藤と違い、冷たい視線だった。
香藤は23世紀から来た未来人だった。しかも時間の行き来を許された、タイムパトロールのメンバーである。
21世紀初頭、デビッド・クロフォードなる化学者が次元に関する画期的な論文を発表し、それを基盤とした次元学が飛躍的な進歩をとげ、ついに、タイムトラベルを可能にする装置が作られたのであった。
しかし、それらを悪用する者が現れた為、彼らを取り締まる組織としてタイムパトロールが設立されたのである。
「例の実行は一ヶ月先の三月二十日の午後九時、変更はなし。予定どおりお前はあの飛行機に乗れ」
「……………」
「九時十分前になったらコックピットの近くに行け。そこに俺達がテレポートしてお前を助ける。いいな」
「……………」
「二年間か。長い間御苦労だった。香藤洋二なる人物に愛着が湧いたんじゃないか」
「……………」
「いや、愛着が湧いているのは香藤洋二ではなく岩城京介に、かな」
香藤は無言で男を睨みつけた。
「間違うなよ、お前は香藤洋二であって香藤洋二じゃないんだ。岩城京介を愛したのは歴史を変えない為だ」
「……………」
この時代を生きていた香藤洋二はタイムパトロールがタイムワープした時の事故で死んでしまったのである。彼は後3年生きる筈であった。いくら時代が進んでも死んだ者を生き返らせる事はできない。その時代、その時間にタイムアウト出来る回数は限りがあるので、事故の前の香藤洋二を救う事も出来なかった。
仕方なくタイムトラベルのメンバーの一人に残りの香藤洋二の人生を代わりに生きてもらう事にした。それが今、ここにいる”香藤”なのである。
それまでの香藤洋二の記憶を植え付け、メンバーとしての記憶を消した。
”香藤”がそれを思い出したのはつい数週間前の事である。
「じゃあ、”香藤”に会うのはこれが最後になるだろう。次に会う時はタイムトラベラーとしてのお前だからな」
「……………」
「おさばがするのが辛いなら、この時代を生きた時の記憶を抹消する事もできるぜ」
「……………」
「どうする?」
「……いや………」
「いいのか?」
「ああ…絶対忘れねー……」
「……そうか…じゃあな……」
そう言って男は消えた。
残された香藤は痛みを押さえようと、手を胸に当てた。
つぶれそうだ………
後、一ヶ月、一ヶ月で岩城と永遠に別れなければならないなんて………
気が狂いそうだ………
その時、後ろでドアが開いた。
「香藤、ただいま、ここにいたのか?呼んでも返事がないから…どうした?顔色悪いぞ?」
「…岩城さん……」
香藤は駆け寄り、岩城を強く抱き締めた。
「岩城さん……岩城さん……」
「香藤?どうし…ん……」
岩城の言葉は激しい香藤の口付けにのまれてしまった。

「ん……ああ……か、香藤………」
「岩城さん………」
ベッドに上で二人は激しく身体をからめ合わせた。
香藤はいつになく激しく岩城を求め、岩城はそんな香藤に翻弄されていた。
「あ、ああ!香藤…い、いや………」
「……………」
香藤が身体を動かす度に、岩城の内で快感が沸き上がる。
快感がたまらないのに、香藤はなかなか許してくれない。
「香藤……も…う……」
「……………」
「香藤………!」
岩城の悲鳴のような声を聞き、香藤は岩城の腰を掴んでうつ伏せにすると、激しく動きだした。
「あ…ああ……ん……いい……」
「岩城さん……俺も………」
そのまま二人は高みへと登りつめて果ててしまった。
しばらく肩で息をする。
「……香藤………」
「ん………」
「お前…ちょっと…意地悪くなったんじゃないか?」
「……そう……?」
「ああ、そうだよ。まったく。で、おい、早くぬけ……」
「……このままで………」
「はあ?ば、ばかあんだけやっといて何言ってる。さっさとぬけ!」
「……いやだ………」
「香藤〜いい加減に……」
文句を言おうと振り向いた岩城は、香藤が泣き出しそうな表情をしているのに驚いた。
悲しそうな、何かを堪えているような辛い表情をしている………
「……まったく………」
岩城は諦めて、香藤の好きにさせてやる事にした。
すっかり疲れ果てた岩城は、すぐに眠りに落ちてしまった。そんな岩城を香藤は背中から抱き締めた。
俺はこんなにもこの人を愛している………
この人がいなくなったら俺はどうなってしまうのだろう………?
岩城との出会いも、愛する事も初めから決まっていた事だった。香藤洋二の人生をなぞっているに過ぎない筈だったのに………
この胸の痛みはなんだ?この引き裂かれそうな悲しみはなんなのだろう。
香藤は自分が岩城を愛している事に気付いていた。出会う筈だった香藤でもない、”香藤”でもない、自分という魂が、岩城を心から求めている。
でなければ、こんなにも苦しい訳がない。こんな死んでしまいそうな程………
岩城と別れる時が、香藤にとって心が死んでしまう時だろうと、”香藤”には分かっていた。

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