永遠の終わり2

 香藤が岩城と初めて会ったのは、二年前だった。
歩道を歩いていて、ちょうど十字路の交差点に差し掛かった時、
反対から歩いてきた岩城にぶつかったのである。実はこの時、
”香藤”は香藤洋二としてこの時代に送り込まれたのだ。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ」
そう言ってお互い別れようとしたが、すぐ横の道路でいきなり車
が電柱にぶつかったのである。
「何!」
「!」
香藤と岩城はすぐにぶつかった車に駆け付けた。
運転席には女性が一人乗っており、気絶している。香藤は急いで
ドアをこじ開け、女性を救出した。
歩道に彼女を横たえると、車にガソリンの火がついて炎上した。
「大丈夫ですか?」
岩城が心配そうに傍らに膝をつく。
「…まずい…息をしてない………」
「な!」
「人工呼吸してみるから、あんたは救急車を呼んでくれ!」
「分った!」
岩城は携帯を取り出し、急いで119番に通報する。その間、香藤
は女性に人工呼吸を繰り返した。
「どうです?」
「やった!息を吹き返したよ!」
「良かった!」
岩城と香藤は顔を合わせて笑顔を浮かべた。
しばらくして、救急車が駆け付け、彼女は病院に運び込まれた。
岩城と香藤は事故の目撃者として、警察に連れて行かれ事情を聞か
れるはめになってしまったのだった。

「あ〜あ、やっと終わった〜」
警察所のロビーで事情聴取の終わった香藤は大きくのびをした。
隣にいた岩城もほっと息をつく。
事故の原因はいきなり道路に飛び出した子供をよけようと、彼女が
ハンドルをきった為であった。
不幸な事にシートベルトをしていなかったので、大怪我を負ってし
まったらしい。しかし、たまたま外国から腕のいい医者が救急病院
にいたので、手術が成功したそうである。
「良かったね、彼女助かって」
「君がいたおかげだな、事故の直後、彼女息をしていなかったんだ
から」
「いや〜あの時は無我夢中で…あ、俺、香藤っていうんだけど、あな
たは…」
「あ、もうこんな時間か!いそがないと!」
時計を見た岩城は大急ぎで立ち上がった。
「じゃあ、私はこれで、さようなら」
「あ、ああ……さよなら……」
走り去る岩城の後ろ姿を、香藤は淋し気に見送った。
そして、次に二人が再会したのは「春を抱いていた」の映画のオーディ
ションであった。
驚く二人に原作者の佐和渚は「お二人でSEXしていただきたい」と言っ
たのだが、結局岩城は出来なかった。
会場を出て行く岩城の瞳に涙が浮かんでいるように見えて、香藤は胸が
痛んだ。
夜、自分のマンションに帰っても岩城の事が頭から離れず、マネージャー
に頼んで岩城の家を教えてもらった。
自分の行動が分からぬまま、香藤は岩城のマンションを訪れたのだった。
「……香藤………」
「こんばんは、岩城さん……ごめんね…こんな真夜中に……」
「……入れ。寒いだろ………」
岩城は香藤を部屋に入れてくれた。
「……何しに来たんだ………」
「……今日、オーディションで会って初めて知ったよ。あの時のあんた
が岩城京介だったなんて………」
「…俺も驚いた………」
名前は知っていたが、AV界のライバルで憎たらしく思っていたので、
お互いろくに顔を覚えていなかったのである。
「……なんでオーディション出来なかったの?」
「……………」
「どんな奴でも相手すんのがプロじゃないの?」
「じゃあ、お前は出来るのか?俺を抱けるのかよ!」
「……………」
「お前が憎たらしいままの香藤洋二なら出来たかもしれない。でも、あ
の事故の時のお前を知っているから出来なかった。あの時のお前の笑顔
が浮かんできて………」
「……岩城さん………」
「……帰れ……」
「……………」
「どのみちお前が選ばれたんだろ。俺は只の敗北者だ。哀れみになんか
来るな!」
「……………」
「早く、帰れ!」
「俺も落ちたよ………」
「え………」
「俺も選ばれなかった。オーディションには落ちたんだ」
「じゃあ………」
「俺達二人とも佐和さんのお眼鏡に叶わなかったみたいだね」
香藤は笑顔を浮かべた。
「……………」
岩城はしばらく香藤の顔を見つめていたが、キッチンの方に足を向けた。
「岩城さん?」
「ブラックでいいか?」
「何?」
「コーヒーぐらい煎れてやる。ブラックでいいのか?」
「うん、ありがとう」
この時から香藤は岩城を愛しく想い始めたのだった。
結局「春を抱いていた」の映画は他のAV男優が佐和と共演したが、TV
ドラマ化されるにあたって、岩城と香藤が役に抜擢された。
そして、二人の関係も恋人として始まったのである。

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「香藤、もう、そろそろ飛行機の時間じゃないのか?」
岩城の声に香藤は心臓が凍ったように冷たくなった。
運命の三月二十日。
岩城と永遠に別れなければならない時である。
『誰か、夢だと言ってくれ、頼む、誰か………』
「香藤?」
近付いてきた岩城の手を掴んで引き寄せると、激しい口付けをする。
「…ん……ん……」
そのまま手を岩城のシャツに手を入れた。
「…お、おい……香藤…よせ……」
「……………」
「…あ…か、香藤……もう…昨日もあんなに……」
「……岩城さん、愛してる………」
「……ん…あ…ああ………」
二人はソファの上に身を投げ出した。

昨夜、香藤は岩城を激しく抱いた。いや、昨夜ばかりではない。この
ところ毎日香藤は岩城を求めてくる。部屋で一人きりになって何か考
えている事も多くなったし、そんな香藤の様子が岩城は気になっていた。
「香藤?何かあったのか?」
乱れたシャツを整えながら、岩城は香藤に尋ねた。
「……別に…何もないよ……」
「嘘つけ、お前最近変だぞ。一人で辛そうな顔して考え事してるし……
何あったんなら話してくれないか?」
「岩城さん……」
「お前らしくないぞ、うじうじ何も言わずに独りで悩んでるなんて。
どうしたんだ?」
香藤は岩城を抱き締めた。
「怖いんだ……このまま岩城さんに会えなくなるんじゃないかって……」
「ばかだな、何言ってる?今日の旅だってほんの一週間だろ?」
違うんだ、岩城さん……一週間じゃなく、永遠に会えなくなるんだよ……
香藤は岩城を抱き締める手に力をこめる。
「香藤……」
岩城は香藤の顔を両手で包んで見つめた。
「何故お前がそんなに不安に思っているのか分からないが、俺はお前と離
れる気はないぞ。何があってもお前の側にいるつもりだ」
「……岩城さん………」
「お前もそうだろ。違うのか?」
「……ううん……そうだね……そのとおりだ……」
香藤は岩城の胸に頭をうずめ決意した。
絶対に岩城の側に戻ってくる事を……
21号に一度、岩城は何歳まで生きるか聞いた事がある。個人の情報を知る
事は禁じられているが、岩城が死ぬのは大分先であるとだけは教えてくれ
た。
だから、大丈夫だ、きっと帰ってくるから待っててくれ、と香藤は心の中
で岩城に呟いた。
今はまだ、その方法は分からないけれど、必ず岩城といっしょにいる為に
どんな手段を用いようとも、彼の元に戻ってくるから、と………
「岩城さん、俺が戻ってくるまで待っててね……」
「当たり前だろ、待ってるよ………」

そして、運命の時がやってきた。
香藤を乗せたロス行き177便は、大平洋上空を飛行していた。もうすぐ九時
十分前になる。
香藤は座席シートからゆっくりと立ち上がった。と、眠っていた隣の男の
膝から雑誌が落ちる。
拾い上げ、男の膝に戻そうとした香藤の目にその雑誌の写真が飛び込んで
きた。
『あれ?この人?』
雑誌には、見た事のある女性の顔が載っていた。それは、岩城と香藤が出会っ
た日に助けたあの女性だったのである。
内容は運命の日というもので、あの事故の時手術した医者と彼女が結婚した
らしい。
あの事故がなければ彼女は彼と出会わず、まさに運命の日だったという事で
ある。
『運命の日か………』
あの日は彼女だけでなく、香藤にとっても運命の日であった。
岩城という愛すべきたった一人に出会った運命の………
香藤は苦しくなった胸を手で押さえた。
堪えられない程の強烈な痛み。
この痛みをかかえながら自分は生きていくのだろうか?
岩城との思い出に殺されそうになりながら………
『おさばがするのが辛いなら、この時代を生きた時の記憶を抹消する事もで
きるぜ』
21号の言葉を思い出し、いっそ忘れてしまおうか、とも思ってしまう。
「いや、だめだ………」
どんなに苦しくとも、気が狂いそうな程辛くても忘れる事など出来はしない。
あれ程愛した人を忘れるくらいなら、苦しみの為狂った方がましだ。
それに、自分は決意したのだ。絶対に岩城の元に戻ってくると。
香藤は顔を上げ、コックピットに向かった。
タイムワープを可能にする装置、タイムマスターは確実にタイムトラベル
出来る装置ではない。
地球の自転、公転、宇宙の歪みなどで空間が不安定になる時があり、それ
を測定する装置なのである。
タイムマスターで測定したその空間と時間に人工的な付加をかける事でタ
イムワープできる時空の穴、タイムホールが初めて開くのだ。その為、ど
んなに測定しても、行く事の出来ない時間というのは存在する。
どうしてもその時間にいたければ、一番近い時間にタイムアウトし、その
時間になるのをその時代で待たなければならないのだ。場所は機械を使っ
てテレポートしなければならなかった。
そして、何故か分からないが香藤のいた時代の23世紀から千年以上先の時
間も測定出来なかった。
香藤洋二の事故もそういった訳で、彼を救う事は出来なかった。彼を救う
事のできる時間にタイムアウトできなかったのである。その為に今回のよ
うに”香藤”をつくり出したのだった。
香藤洋二の死んだ一年後に”香藤”を送り込み、残りの人生を今日まで生
きた。それは”香藤”にとってすべてともいえる時間であったのだが。
「お客さま、どうなさいました?」
コックピットに向かう香藤に気付いた乗務員が声をかけてくる
「いや、ちょっと、コックピットに知り合いがいるんで会いたいんだけど?」
「そうなのですか?でも申し訳ありませんが今は勤務中ですので会う事は出
来ないと思いますよ」
「え?そうなの?来てもいいって言われたんだけど?」
「本当ですか?」
「うん、確か山本機長だよね?」
「はい」
「聞いてきてくれてもいいかな?」
「分かりました、少々お待ち下さい」
乗務員がコックピットに向かうのを見て、香藤は腕時計を見た。
九時九分、もうすぐだ。
この177便はなんと小さな隕石にぶつかって大破するのである。何億分の
一ともいえる確率だった。
何か異常な轟音が響き始め、大気が揺れ出した、と思った時
「香藤!」
振り返った先に21号が立っており、彼が香藤の腕を掴んだ瞬間、飛行機は
光りに包まれた。

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辺りの静けさを感じ、香藤は閉じていた目を開けた。
「あれ?」
そこは小さな家の庭先であった。
おかしい。予定では飛行機の爆発の瞬間、タイムホールの開く場所にテレポー
トしてそのまま23世紀に帰る筈であったのに、今香藤のいる庭はどうみても
20世紀の日本の家の庭である。
『座標が狂ったのか?』
タイムトラベルでこんな事故は珍しくなかった。不安定な空間に時空の穴を
開けさせ、飛び込むのだから、確実のしろ、という方が無理なのである。す
ると、香藤の頭に21号からのテレパシーが飛び込んできた。
『カトウ、無事か?どこにいる?』
『分からない、どこかの家の庭先だ。時刻は夜明け頃で誰とも接触していな
い』
『そうか、良かった。どうやら飛行機の爆発のエネルギーが空間に左右した
らしい。俺は戻れたんだが、お前がどこかに弾かれたみたいだ。正確に今何時
でどこにいるか分からないか?』
『ちょっと待ってくれ』
香藤はそっと庭から家の中をのぞいてみる。
時計が見えて時刻は五時十分だった。
『時刻は午前五時十分だ』
庭をぬけ玄関に向かう。門の所にあるポストの中を探ってみると手紙と新聞

入っていて、手紙から場所は熊本の荒木町二丁目六番地、新聞を見て六月
三十日と分った。香藤が死んでから約三ヶ月先である。
『分った。すぐに座標を割り出すから、人に見つからないようにじっとして
ろよ』
『ああ………』
香藤はこの時にはすでに居ない存在なのだから、誰かに見られてはならない。
意外にもすぐ返事が来た。
『ラッキーだな香藤、後一時間後に再びタイムホールが開けるそうだ。場所は
ドイツで穴が開くから、すぐに迎えをテレポートさせる』
テレポートできる機械を今の香藤は持っていなかった。事故の直前まで20世紀
の人間なのだから、万が一の事を考えていたのである。
『分った』
そう言って新聞をポストに戻そうとした香藤は、目に飛び込んできたある言葉
に気付き、新聞を広げた。
「ば、ばかな………!」
香藤の身体は新聞を持ちながら震えだした。
あまりの恐怖に血が凍る。
香藤の手に持った新聞には、岩城京介が自殺したという記事が載っていたから
である。

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