秘密の言葉

その夜の桃の様子はいつもと違っていた。
伊達に縋り付き、積極的に、貪るように身体を求めてきた。
まるで、滅茶苦茶にしてくれ、と言わんばかりに…
今日の朝から桃の様子がおかしかった事に伊達は気付いていた。
正確には、朝に一通の手紙を受け取ってからである。
その手紙を読んでから桃の様子はいつもと違っていた。
見掛けには変わりないように見えていたが、伊達にはすぐに分かった。
そして、校庭の裏庭で、その手紙を燃やしていた事も知っている。
桃の瞳に、深い悲しみとも苦しみともつかない色が浮かんでいるのも…
あの手紙は何だったのか?
何をそんなに桃は苦しんでいるのか?
幾度も共に生死をくぐり抜け、お互い惹かれ合い、肌を重ねる関係になっても、
桃は自分に黙っている事がある。
恋人といえる間柄になっても、言えない秘密の一つや二つはあるだろう。そんな
事は伊達にも分かっている。自分もすべてを桃に話している訳ではない。
しかし、苦しみを分かち合う事を許さない桃に苛立ちを覚えてしまう。
その気持ちが乱暴な愛撫となって表れたが、今の桃はそれを求めているかのよう
だった。
もっと、もっと…
と、どれ程激しくかき抱こうとも、伊達に愛撫を強請ってくる。
話したくないのなら、それでもいい…
欲しいものを与えてやるだけだ…
伊達は桃の求めるままに、彼の気のすむまで自分を与えてやった。
激しい律動に、桃は思考が飛びそうになる。
自分の様子がおかしい事に伊達は気付いているだろう、それでも何も言わずに快
楽を与えてくれる彼の優しさが桃は嬉しかった。
しかし、桃の脳裏に幼い頃の記憶が蘇ってくる。
祖父が、亡くなる前に言った言葉である。
『桃太郎、お前に今まで黙っていたが、お前には…』
それ以上、思い出したくなくて、桃は伊達の腰に足をからませ深い愛撫を強請った。
伊達は桃の願いどおりに、桃の内を激しく抉ってくる。
苦しいほどの快楽に包まれ、桃の意識は一瞬真っ白になる。
けれど、他の言葉が頭に響いてくるのだ。
今日、届いた手紙の文章。
『…送って頂いた二人分の細胞のDNA鑑定をいたしましたところ、結果は97.3%
でした。ほぼ間違いありません』
いやだ…
あれは焼き捨てたのだ。
心の奥底に沈め、忘れると決めたのだ。
思い出したくないのに…
「…伊達…もっと…」
胸が苦しくなって、桃は伊達に手をのばす。
何も考えられなくして欲しい。
滅茶苦茶にして欲しい…今だけでも…
伊達が与えてくれる快楽に桃は身を委ね、その夜、二人は何度も激しく高みに登り
つめたのだった。

『桃太郎、お前に今まで黙っていたが、お前には…』
いやだ…
『お前には腹違いの兄弟がいるのだ』
聞きたくない…
『お前のお父さんはその子の行方を探し回ったのだが、ついに見つからなかった』
やめてくれ…
『分かっているのは、その子は孤戮闘という地獄に送られたという事だけだ…おそ
らく生きてはいまい…』

桃は雷に撃たれたかのような衝撃を心に感じて目を覚ました。
鼓動が耳にまで鳴り響き、荒く息をつく。
「…桃…どうした?」
「…あ…」
隣に寝転んでいた伊達が桃の顔を見つめ、優しい仕草で髪を梳いた。
頬を伝っていた涙を指で拭ってくれる。
「桃…」
桃をふわりと抱き締め、伊達は耳もとで囁いた。
「…愛してる…」
「…俺も…」
伊達の背中に手をまわして桃は言葉を返す。
…兄さん…
その秘密の言葉を、桃は心の中でだけ呟いた。







H20.11.19

この話は完全にイレギュラーな話です。予告なく消去する場合がございます。


続編「祈り」(下の十字架からお入り下さい)