この話を読む前の注意事項
1.この話は映画「ポイズン」を見て思い付きました
2.この話では岩城さんは男娼です
3.岩城さんと他の男のシーンがあります。結構キツイです;
 香藤とはないです;;
4.一つの話としては書きません
 (今回書いてて思いました;こんな暗いの無理;)

以上の事柄が駄目な人は読まないで下さい;;;頼みます;;

まずは、このページの話を読んでから他のシーンへ移動して下さい。

他のシーンへいく→  その1  その2 その3 H21.9/25 UP

      暗闇でワルツを

 香藤は目を見張った。信じられなくて目を擦ってから、もう一度彼を
じっくり見る。
 間違いなく彼だ………美しい黒髪に白い肌、黒曜石のような瞳が淋し
気な色を映している。香藤と同じタキシードに身を包んだ彼は、あの時
よりも優雅な雰囲気に見えた。
 今夜は友人がおもしろいパーティーがあるというので、好奇心から連
れてきてもらったのだ。来てみると、華族の子息達が集まり、女性とお
喋りをしたり、踊ったり、お酒を飲んだりして楽しんでいた。だが、日
頃うるさく言う大人達の姿はここにはない。
 どうやらここは資産家の子息が招かれ、日頃の堅苦しさから解放され
る為にしつらえられた集いのようである。ダンスホールと化した広間も、
鹿鳴館に負けないくらい豪華なものだ。
 集まった男女は身分に関係なく、きままに気に入った相手と踊ったり、
おしゃべりをしている。多分、華族でない、庶民のどちらかというと水
商売的な職業を生業としている者も中にはいるようだが、そんな事を言
うのは野暮だった。なぜなら若さゆえの情熱と、淫らさと、危うさがこ
のホールを満たしているからだ。
 香藤も、誰か気にいった相手を見つけてダンスにでも誘おうと広間を
歩いていたのだが、まさかこんな所で彼に会うなんて……
 香藤は逸る気持ちを押さえつつ、壁際に立つ彼に近付こうと歩を速め
た。しかし、ホールには正装して踊る男女が溢れかえっていて、彼等を
避けて通らなくてはならず、思うように前に進めない。
 香藤は少々イライラしつつ、彼が動きだしても後を追えるよう、常に
視線を彼に注いでいた。すると、一人の男が現れ、彼を広間の外に連れ
出していったのである。
『くそ!』
 香藤は急いで二人が出て行った扉に向かって走った。
 なんとか、広間の外にでると、彼の姿を求めて辺りを見渡す。すると、
少し離れた中庭に通じる扉の前で話をしている彼等を見つける。
 ほっとした香藤は、他に誰もいないので比較的ゆっくりと彼に近付い
ていった。
『なんて声かけようかな?やあ、偶然ですね?とか』
 などと考え、胸を高鳴らせて歩いていた香藤だったが、近付くにつれ、
彼と男は普通に話をしているのではないと気付く。
 二人は言い争っていたのである。
 何を言っているのかは聞こえなかったが、比較的男の方が興奮気味で
あるらしく、彼の方は辛そうで相手の男のように怒鳴っている様子では
ない。
『どうしよう……少し待った方がいいかな?』
 と、香藤は足を止めたが、次の瞬間走りだしていた。
 男が彼の頬を張ったからである。
「何をしているんです?!」
 大声をだして、彼等の元に走っていく。二人は驚いて香藤を見たが、
彼はすぐに顔を逸らしてしまった。香藤の胸が少々痛む。
「なんです、あなたには関係ありませんよ、放っておいてください」
 男が鬱陶しそうに言い放つ。
「そうはいきません。こんな所でいきなり平手打ちなどするなんて。見
過ごす訳にはいきません」
「おい、君、何を言っているんだ、御夫人の頬をぶった訳ではないのだよ
?これは男同士の話し合で、他人の口出しは無用だ」
「他人ではありません。彼は……友人なんです……」
 香藤の言葉に彼が驚いて顔をあげる。そして、ようやく香藤に気付いた。
「……あ……あなたは………」
「はい、お久し振りですね……お元気そうでなによりです……」
「……そ、そのせつは…お世話になりまして………」
「どういう事だ京介?」
 男が怪訝そうな顔をして彼に問いかける。
『京介っていう名前なんだ………』
 香藤は彼の名前を知って胸が熱くなったが、同時に親し気に名前を呼
んだこの男にもやもやとした黒い感情を覚えた。
「……この前…海で溺れたところを助けてもらったんです………」
「ほう……あなたがね……失礼ですがお名前は?」
 男は無礼にも自分が名乗らず名前を聞いてきた。香藤は少々不快に感
じつつも答える。
「香藤洋二といいます」
「香藤……あの香藤伯爵の親類でいらっしゃるのですか……?」
「香藤伯爵は父です……」
「……これは、失礼した……あの明治政府のお役人である、香藤様の御子
息とは露知らず……御無礼の段は平にご容赦を………」
 香藤は父親の権力や名前をだして、尊大な態度をとる男ではないが、こ
の時ばかりは父に少し感謝した。
「いいえ……お気になさらずに……申し訳ないが、彼と二人で話をさせて
下さいますか?」
「……え……ええ……よろしいですよ。では、私は席をはずしましょう……」
 はずしましょう、と言いながら男は未練たっぷりの顔を彼に向ける。
 彼がゆっくりと香藤の方に向き直った時、その唇の端に血がついている
のが目に入る。おそらく、先程、ぶたれた時に切れたものだろう。
「あ……血が……」
「……え………」
 香藤はハンカチを出そうとしたが、彼の横に立っていた男が彼の顎をい
きなり掴み、自分の方へ向けると唇の血を嘗めとった。
『なっ!』
 香藤は驚いて身体を硬直させてしまう。だが、固まってしまったのは驚
きだけでなく、嫉妬の炎が全身に燃え上がった為でもあった。
 男はゆっくりと舌を彼から離し、香藤に挑むような視線を向ける。
「では、私はロビーの椅子で待っている……分かったな京介」
「……はい………」
 彼は俯いて小さく返事をした。男が見えなくなるまで待って香藤は口を
開いた。
「あの……大丈夫ですか?」
「……はい…すみません……その……見苦しいところを見せてしまって……」
「い、いえそんな……あの……」
「……………」
 気まずい沈黙が辺りに漂う。彼は俯き加減で、月光のせいか顔色が青白
く見える。
「あ…の…京介さんっておっしゃるんですね……名字も教えてもらっては
いけませんか?」
「……岩城…です…」
「岩城……岩城京介さんですか…いい名前ですね………」
「……いいえ……そんな……」
 心なしか岩城の頬が赤くなった気がして、香藤は可愛い、と思った。
「…もう…大丈夫なんですか?」
「……え………?」
「……岩城さんの母上の事………」
「……あ……はい……大丈夫です……本当にありがとうございました……」
「そっか……よかった……」
 二人が出会ったのは一ヶ月程前、香藤が夜明けの海岸を散歩していた
時だった。
 留学先の巴里から帰国した香藤は、しばらくのんびりしようと別荘の
方に来た。旅の疲れから昨夜は早く床についた為、夜明け頃に目を覚ま
してしまったのである。
 二度寝する気もなかった香藤はそのまま海岸を散歩しに行ったのだ。
 そして岩城に出会った。
 最初は浜辺で誰か立っているのを見て、香藤は自分と同じ散歩をしに
来た人だと思った。が、なんとその人は服を着たまま海に入って行った
のである。
『え、なんだ?まさか入水?!』
 驚いた香藤は大慌てで浜辺に降りて、その人を捕まえようと海に入った。
すでに彼は腰のところまで海に浸かっている。
「なにしてるんだ!ばかな真似はするな!」
「離して下さい!」
 彼は香藤の手を振払って前に進もうともがく。
「離せる訳ないでしょ!ここは引き返して下さい!」
「いやだ!」
 しばらく揉み合っていた二人だったが、彼の力が急に抜けて、海に倒
れそうになる。香藤は彼の身体を抱き抱え、なんとか波打ち際まで運ん
でいっしょに倒れ込んだ。体力には自身のある香藤だが、さすがに同じく
らいの体格の男を、水を吸った衣服を身につけたままこれ以上運べなかっ
たのである。
 肩で息をしながら、大丈夫かな?と、波打ち際に仰向けに倒れている男
の顔を覗き込んだ香藤は、その彼の美しさに息を飲んだ。
 透けるような白い肌に濡れた黒髪がまとわりつき、美しい瞳は海の飛沫
によるものか、涙によるものか分らなかったが濡れて光っている。
『こんな美しい人がどうして自殺なんか?』
「…あの…大丈夫ですか………?」
 香藤はおそるおそる声をかけた。
「………あ…………」
 彼はうつろな瞳をして遠くを見ている。
「……死にたかったんですか………?」
「………母が…………」
「…え…………?」
「………母の元に……行こうかと………」
『あ…………』
 おそらく彼の母親が亡くなったのだ、と香藤は察して彼の悲しみを感じ
て胸が痛んだ。
「……お辛い気持ちは分りますが………」
「……………」
「……でも、今あなたが母上の元にいったら、一番悲しむのはその母上な
のではありませんか?」
 彼ははっとした表情になり、香藤の方を初めて見る。その視線が自分に
向けられていると分った香藤は胸が高鳴った。
「あなたの母上は息子に自分の元に来て欲しいと望む人でしたか?」
 彼はふるふると首を振り、その美しい瞳から涙を溢れさせた。
 波打ち際で両手で自分の顔を覆い、肩を震わせる彼の姿は哀しく、儚く、
そして美しかった………
 香藤は彼のその姿が痛々しくて、そっと彼の上半身を起すと、優しく抱
き締めた。
 自分の胸に身を預け、身体を震わせて泣く彼の悲しみを少しでもやわら
げてやりたかった………
 香藤は長い間、泣いている彼の身体を抱き締めていた………
 それが岩城だったのである。
 日が大分高くなった時、岩城はやっと泣くのをやめて立ち上がった。
 そして、香藤に礼を言うと、濡れた服のまま歩いて去っていったので
ある。服を乾かしていったほうがいい、と香藤は別荘に誘ったのだが、
彼は頑としてきかなかった。名前もお互い名乗らなかった。
 だが、香藤はそれ以来、彼の事ばかり考え続けるようになったのであ
る。彼が自分から離れた時、胸が寒く感じたのを覚えている。彼の濡れ
た瞳の美しさや、震える肩を抱いた時の思い出が香藤を苦しめた。
 この集いに参加したのも、その思い出を少しでも紛らわそうとしてで
あった。
『ここで、その彼に会うなんて………』
 この一ヶ月で、香藤は岩城に対する気持ちが『恋』である事に気付い
ていた。
「岩城さんはどうしてここに?俺は友達に連れてきてもらったんですが」
「……友人に誘われまして………」
「先程の彼ですか?」
「……いいえ……違います……」
「あの……不躾とは思いますが……彼とはどういう……」
「……………」
「あ、すみません……あんな事をするなんて、と気になってしまって……」
「………彼は……私の支配者です………」
「え…………」
 思い掛けない言葉に香藤は戸惑った。俯いて黙る岩城の顔は青ざめてい
て、気分を変えようと別の話題をふる。
「実は私は異国から帰国したばかりの大学生なんですが、岩城さんはお仕
事を?」
「……はい………」
「何のお仕事ですか……?」
「……フランス語を教えています……」
「え、本当ですか?では、どこかの学校の?」
「……いえ……主に家庭教師です………」
 答ながら岩城の胸はきりきりと痛んだ。フランス語ができるのも、体裁
が家庭教師なのも本当だが、生徒達との授業時間はベッドの上で過ごすの
が常だったからである。
「私の留学先は巴里だったんです。初めは言葉で随分苦労しましたよ。フ
ランス語の先生が気難しいおじさんでさぼってばかりいましたから。岩城
さんが先生なら真面目に授業受けたのにな〜」
 香藤のおどけた口調に、岩城の笑みが一瞬もれる。それを見た香藤は眩し
そうに目を細めた。
『笑った顔を初めて見た……岩城さんは笑った顔の方が綺麗だ……』
「もう行かなくては。失礼します」
 岩城は一瞬でも笑った自分に驚いていた。これ以上、彼といっしょにい
てはいけない、と岩城は足早に立ち去ろうとするが、その岩城の腕を香藤
が掴んで引き止める。
「待って下さい、もう少しだけ………」
「………いいえ……駄目です………」
「なぜ………」
「私に構わないで下さい………」
「嫌です」
 香藤のはっきりとしたもの言いに岩城は顔をあげた。
 彼の真直ぐな瞳が目に入り、岩城の胸は訳もなく高鳴る。掴まれた腕が
熱い。あの時、泣き続ける自分を抱き締めてくれた彼の温もりが蘇ってくる。
「岩城さん……あなたが心配なんです………」
 海に入ろうとしていた事や、今あの男に打たれた事が香藤は気になって
仕方なかった。
 もっと岩城の事が知りたい!
 岩城には何か人には言えない事情があり、それが彼を苦しめているのだ
と香藤は感じていた。
 彼にはいつも笑っていて欲しい………
 この手を離したくない………
「離して下さい………」
「ならば、次に会う約束をして下さい」
「……できません………」
「では、手は離しません……」
「そんな………」
「お願いです…約束を………」
「……次の…この集いに………」
「次のダンスパーティーですね……いつです?」
「……来月の同じ日です……」
「……分りました………」
「……離して下さい………」
 香藤はゆっくりと手を離し、そこからこぼれるように岩城は去っていった。
 岩城のぬくもりが香藤の手にいつまでも残っていた。

         *

 岩城が香藤から離れ、人気のない廊下を歩いていると、後ろから男の
声がかかる。
「つぎのカモはあの男に決まったな」
 驚いた岩城は振り返って、自分の支配者である男を見つめた。
「やめてくれ、彼は駄目だ!」
「なぜ?香藤家の子息なんだぜ、金はたんまりもっているし、なにより
あの男はもうお前に夢中だ」
「違う!そんな訳ない!」
「何言ってる、お前の血を舐めとった時のあいつの顔見なかったのか?
嫉妬する男の顔だったぜ」
 男の下品な笑い声が廊下に響く。
「……俺は……嫌なんだ……こんな事もうしたくない………!」
 男は岩城を睨みつけた。
「京介、お前俺から離れられると思っているのか?」
 男は岩城の腕を掴んで、すばやくどこかの部屋の中に引きずりこんだ。
部屋の中は真っ暗で誰もいない。待ち合い室のようで、椅子と小さなテー
ブルしかない部屋だったが、そのテーブルの上に岩城の顔をいきなり押し
付けた。岩城が顔に殴られたような衝撃を感じて力を抜いたすきに、手を
後ろに回して縛ってしまう。
「何をする!」
「俺から逃れられないって事を身体で分らせてやるよ」
「やめろ、離せ!」
「静かにしてろよ、人が来るだろ」
 岩城がはっとして口をつぐむ。男は岩城のズボンの間から手を差し入れ
た。シャツの中にも手を差し入れて、胸の突起を愛撫する。
「……あ………」
「……ほら…ちょっと触られただけでもう感じている……」
「……いや……だ……」
「嘘つけ、ここはどうかな?」
 男は岩城の身体をテーブルに押さえ付けたまま上手く片手を離し、中指
を自分で舐める。そして、指をいきなり岩城の秘部に入れた。
「…ひっ………!」
 岩城は身体をのけぞらせ、痛みとおぞましさから声を失った。
「まだ、きついな、でもすぐに濡れてくるよな」
 男は指を軽く曲げ、内部の敏感な場所を撫で始める。岩城の敏感な処も、
切なさや苦しみをもたらす処を男はすでに知りつくしているのだ。
「……あ………ああっ……いや……」
「ほら、もう濡れてきた」
 男によって煽られた身体は切ない程に昂ってきて、岩城は苦しかった。
もっと強い快楽を求めて腰が揺れる。
「最近男とやってないせいか?以前はこれぐらいで腰ふったりしなかった
ぜ」
 羞恥と哀しみを感じた岩城の瞳から涙が零れた。
「これぐらいにしとくか」
 男は指を引き抜くと、昂った自分を一気に岩城の内に突き入れた。
「あう………!」
「……くっ……やっぱ…すごいな…京介……もっていかれそうになっちま
った……」
 岩城の内部は男を熱く濡れたその肉でからみとり、ざわざわと快感を
与えていたのである。男が抽送を始め、岩城の唇から喘ぎ声が漏れだす。
「……あ……あう………ん………」
「いい……よ……どんな男も……お前の身体は虜にする……」
 この男に初めて抱かれたのは岩城が17歳の時で、病気の母に薬代を作
る為に仕方なかったのだ。一度きりの約束だったが、男はまたやって来
て岩城を犯し、男を喜ばせる身体に仕込んでいったのである。それは、自
分の仕事に使う駒として利用する為であった。
 男の仕事とは、岩城を富も権力も持っている男に差し出し、虜にし、金
をだまし取るという汚いものであった。中には破産し、自ら命を絶った者
もいる。
 残酷なこの男は岩城の裡には犯しがたい清純な白さがあり、それが男達
の欲望を燃え上がらせるのを知っていたのである。何度抱かれても、何人
の男を知っても岩城から恥じらいと静謐さがなくなる事はなく、どんな権
力者も岩城の虜になった。
 岩城はこの男から逃れたいと何度思ったか分らないが、母の治療費を作
る為に耐えてきた。
 しかし、母は亡くなってしまった。
 もう、卑劣な真似はしたくなかったが、この男はそれを許さないのだ。
「……いいな……次は香藤洋二を騙すんだ……」
「……い、いやだ………」
「…駄目だ……もうお前はこの商売に頭までどっぷり浸かっているんだ…
抜ける事なんてできないのさ……」
 男は激しく突き上げる。
「……あ…!いい……う………」
 生きている甲斐もない、と死のうとした岩城を香藤は救ってくれた。
 あの時、岩城は忘れていた人の温もりを感じたのであった。
 優しくて、太陽の香りのした彼………
 その彼を汚く騙すなど、絶対にしたくはない。
「なによりお前の身体は男なしじゃ生きていけない身体になってんのさ、
あきらめろ」
「……あ……あ…………」
「お前は淫乱なんだよ」
 男の冷たい言葉に、岩城は自分が絶望の暗闇に堕ちて行くのを感じる。
 そして香藤の笑顔だけが、自分に向って差し込んでくる光りのような気
がしていた………

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